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―― 第二章 ―― 紅い血の刻印
【028】女学院の日常
こうして、桜子にとっては今までよりさらに新しい毎日が始まった。
馬車の中では、時折目が合うと、平坦な表情ではなく礼人がごく小さく笑ってくれるようになった。当初こそ髪型が変なのだろうかだとか、顔に何かついているのかだろうとか戸惑ったけれど、今ではそれが自然なことだと受け入れられるようになった。礼人は、ただ自分を見てくれているだけだと分かったからだ。
途中で降りて、礼人は歩いて行く。
その隣を通り過ぎて学び舎へと向かい、朝の挨拶をするのは依然と同じだ。
ただ、お昼休みの話題は様変わりした。
「んもぉ、やっぱり礼人先生が格好良いですわ!」
「あの笑わないお顔を変えてみたいです!」
「あら? にこやかに笑いかけて下さる斑目先生がよくてよ?」
「斑目先生は紳士的よね」
「礼人先生だって立ち居振る舞いは完全に紳士でしょう?」
女学生達は、姦しく顔の整った若い男性教諭の噂をする。雛が鳴くようだ。
許婚がいるものなどを除くと、歳が近い異性の他人はまだ彼女達には少ない。だからどうしても噂に上るのだろう。そのときふと、思い出したように薫子が言った。
「そういえばお聞きになった? 隣の教室の華頂由里子さんが、もう二十日もお休みになっているのだとか」
それを聞くと、横にいた女学生が腕を組む。
「別の教室でも、沫寺咲子さんがもうひと月もお休みになっているそうよ」
「あら? その教室は確か、三神佐保子さんも二週間前からお姿が見えなかったのではなくて?」
その会話を皮切りに、皆が知っている噂――情報を挙げていく。それまでは黙々と食べながら礼人がこんな風に人気なのもよく分かると感じていた桜子だが、これらのお話をよく聞いて持ち帰ることは、礼人のためになるかもしれないと考えなおして、耳を澄ました。
「じゃあもう、十七人も女学院に長くいらっしゃらない方がいるのね」
尋子が不思議そうに、そして心配そうに言った。一同も頷く。
だが特になんという結論も出ないままで、その日の昼食時は終わった。
午後は英語の授業だった。教壇の前に立つ礼人を、ついつい桜子は見てしまう。前を向いて授業を受けることは良いはずなのだが、目が合おうものなら気恥ずかしくて俯いて赤くなってしまう。礼人は気付いているのかいないのか。桜子は気付かれていないことを祈っている。
英語の詩を訳すという授業で、今回は詩が出てきた。
I love you.とある。この言葉は女学院でも大人気の言葉なので、みんな意味は知っている。
「先生! 『I love you.』とはどういう意味ですか?」
薫子が手をあげた。にんまりと笑っている。
「そうだね。俺にはそれを伝えるべき人は一人しかいないから、文豪に倣ってこたえるとすれば、『月が綺麗ですね』と伝えれば、少なくとも帝都の者には伝わるんじゃないかな」
表情を変えず無表情で、淡々と礼人が言った。
「ま、まぁ!? 先生には『愛している』と伝えるべきお一人がいるのですのね!?」
「意味、知っていた様子だね」
「あ」
「あ、じゃないよ。教師をからかうものじゃない」
「お願いです、一つだけ教えてくださらない? 『月が綺麗ですね』と言われたらどうすればいいの? その気持ちに応えたい時に」
「これも文豪に倣うならば、『死んでもいいわ』となるのかもしれないね」
「じゃあ……断るときはなんというのですか?」
「――『星の方が綺麗ですよ』、いくつかあるけど、俺は話を変えるこの台詞が好きだね」
そんな離しをしていると、授業が終わった。授業が終わる時刻になると、たとえ途中でも必ず礼人は授業を終える。ただ、途中になることはめったにない。きちんと計算しているかのように切りが良い。
馬車の中では、時折目が合うと、平坦な表情ではなく礼人がごく小さく笑ってくれるようになった。当初こそ髪型が変なのだろうかだとか、顔に何かついているのかだろうとか戸惑ったけれど、今ではそれが自然なことだと受け入れられるようになった。礼人は、ただ自分を見てくれているだけだと分かったからだ。
途中で降りて、礼人は歩いて行く。
その隣を通り過ぎて学び舎へと向かい、朝の挨拶をするのは依然と同じだ。
ただ、お昼休みの話題は様変わりした。
「んもぉ、やっぱり礼人先生が格好良いですわ!」
「あの笑わないお顔を変えてみたいです!」
「あら? にこやかに笑いかけて下さる斑目先生がよくてよ?」
「斑目先生は紳士的よね」
「礼人先生だって立ち居振る舞いは完全に紳士でしょう?」
女学生達は、姦しく顔の整った若い男性教諭の噂をする。雛が鳴くようだ。
許婚がいるものなどを除くと、歳が近い異性の他人はまだ彼女達には少ない。だからどうしても噂に上るのだろう。そのときふと、思い出したように薫子が言った。
「そういえばお聞きになった? 隣の教室の華頂由里子さんが、もう二十日もお休みになっているのだとか」
それを聞くと、横にいた女学生が腕を組む。
「別の教室でも、沫寺咲子さんがもうひと月もお休みになっているそうよ」
「あら? その教室は確か、三神佐保子さんも二週間前からお姿が見えなかったのではなくて?」
その会話を皮切りに、皆が知っている噂――情報を挙げていく。それまでは黙々と食べながら礼人がこんな風に人気なのもよく分かると感じていた桜子だが、これらのお話をよく聞いて持ち帰ることは、礼人のためになるかもしれないと考えなおして、耳を澄ました。
「じゃあもう、十七人も女学院に長くいらっしゃらない方がいるのね」
尋子が不思議そうに、そして心配そうに言った。一同も頷く。
だが特になんという結論も出ないままで、その日の昼食時は終わった。
午後は英語の授業だった。教壇の前に立つ礼人を、ついつい桜子は見てしまう。前を向いて授業を受けることは良いはずなのだが、目が合おうものなら気恥ずかしくて俯いて赤くなってしまう。礼人は気付いているのかいないのか。桜子は気付かれていないことを祈っている。
英語の詩を訳すという授業で、今回は詩が出てきた。
I love you.とある。この言葉は女学院でも大人気の言葉なので、みんな意味は知っている。
「先生! 『I love you.』とはどういう意味ですか?」
薫子が手をあげた。にんまりと笑っている。
「そうだね。俺にはそれを伝えるべき人は一人しかいないから、文豪に倣ってこたえるとすれば、『月が綺麗ですね』と伝えれば、少なくとも帝都の者には伝わるんじゃないかな」
表情を変えず無表情で、淡々と礼人が言った。
「ま、まぁ!? 先生には『愛している』と伝えるべきお一人がいるのですのね!?」
「意味、知っていた様子だね」
「あ」
「あ、じゃないよ。教師をからかうものじゃない」
「お願いです、一つだけ教えてくださらない? 『月が綺麗ですね』と言われたらどうすればいいの? その気持ちに応えたい時に」
「これも文豪に倣うならば、『死んでもいいわ』となるのかもしれないね」
「じゃあ……断るときはなんというのですか?」
「――『星の方が綺麗ですよ』、いくつかあるけど、俺は話を変えるこの台詞が好きだね」
そんな離しをしていると、授業が終わった。授業が終わる時刻になると、たとえ途中でも必ず礼人は授業を終える。ただ、途中になることはめったにない。きちんと計算しているかのように切りが良い。
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