退院患者、一人。

界 あさひ

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退院患者、一人

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 これは私がまだ、小学生だった頃の話です。
 昔から体が弱かった私は、夏休みに、実家からは、かなり離れたところにある、とても大きな病院に入院する事になりました。
 その病院は、かなり昔からある県内でも有数の大病院でしたが、老朽化が進んでいてそこそこボロボロの、言ってしまえば「雰囲気のある」建物でした。
 希望を言えば、当時小学生とはいえど、勿論一人部屋、つまり、個室へ入院したかったのですが、実際はそう上手く行く訳もなく、四人部屋へ入院する事になりました。
 しかし、四人部屋とは言っても、私以外に入院している人はおらず、四人分のそこそこ広い部屋に一人、と言う形になりました。
 最初こそ一人で嬉しかったのですが、暫くすると、やはり寂しさが出てきました。そこで、声をかけてくれた看護師さんと、ちょっとだけ話す事にしました(今にして思うと、相手の看護師さんにとっては仕事中だったので、迷惑だったかもしれませんが、そんなことはおくびにも出さず、笑顔で話し相手になってくれました)。その看護師さん曰く、その部屋は少し前まで私と同じくらいの子供が長く入院していたが、つい一週間ほど前に、その子は退院して、現在、私一人が交代でそこに入院する事になった、と言う訳だそうです。
 そして、入院初日のその夜、事は起こりました。
 
 22時の消灯を少し過ぎた頃だったと思います。普段はその時間に寝ているのですが、環境や布団の変化からか、なかなか寝付けないでいました。
 こういう時は、無理に寝付こうとすると余計に寝られなくなる、と子供ながらの経験則で、眠くなるまで目を開けていました。消灯によって、病室は勿論、病室のドアの、すりガラスになっているところから廊下を見ると、廊下も消灯しているようでした。そのすりガラスから僅かに光が見えたのは、遠くのナースステーションのものかな、と思いました。
 今思うとアホらしいですが、当時の私は怖い話に凝っており、雰囲気のある病院で、皆が寝静まった消灯を少し過ぎた時間帯、というシチュエーションは、その私を、妄想の世界に駆り立てるには充分すぎるものでした。
 例えば、「コツ コツ」と廊下から足音が聞こえて来る。
 なんて考え始めてすぐでした。「コツ コツ」という音が聞こえたのは。私は一瞬、私の妄想が聞こえさせたものだと思いました。しかし、それはどう考えても妄想のものじゃないと分かる程の重みのある靴音で、それでいて、この世のものとは思えない程、質量が感じられない軽さを併せ持っていました。
 私は、泣きそうになりました。その靴音が、徐々に近づいてくるのです。怖い話が好きとは言っても、怖い体験なんてしたくありませんでしたから。
 「コツ コツ」どんどん近づいてきて、近づくにつれ、その「コツ コツ」と言う音は、ゆっくりになるのです。丁度、この部屋を目指しているのではないか。そんな妄想が既に恐怖で震えている私の脳裏によぎりました。そんなはずは無い。下らない妄想だ。すぐにそう考え直し、目をぎゅっと瞑りました。
 「コツ  コツ」という音は、既に私の病室の前まで歩いて来てました。どうかこのまま何事もなく通り過ぎてくれ。脂汗を滲ませながら、しかし、あり得ないほどの寒気を感じながら、そう願ってました。
 しかし、そうはいきませんでした。
 「コツ   コツ」。私の病室のドアの丁度前で、足音は完全にピタリと止まってしまいました。咄嗟に出てしまいそうになる声を何とか抑え込みました。
 そんな時に、最悪な考えが頭をよぎります。もしかしたら、今、病室のドアのすりガラスには、病室の前にいる「それ」が見えるのではないか。尤も、私にそれを見ようとする勇気はありませんでしたが。ただ、その更なる妄想が、より私自身に恐怖をもたらしました。間違ってもドアの方を見ないように、改めてぎゅっと目を瞑り、手を握り締め、早くこの時間が終われと願っていました。
 ドアの前の「それ」が、ドアに手を掛けた気がしました。何で私がこんな目に。もはやそんなことを考える余裕もありませんでした。
 微かにドアが動いたと思ったのですが、それ以降、奇妙な程に、しんと静まりかえってしまいました。
 
 気付いたら私は寝ていたようです。真っ白な病室には光がさしていました。
 昨日の看護師さんに、昨夜のことを話してみました。「そんな訳はない。きっと見間違いだよ」と一蹴して欲しかったのかもしれません。
 しかし、帰って来た言葉は、思っていた物とは違っていました。どうやら、昨日、言っていた私の前にこの病室を使っていた「退院した患者」は、「退院」した訳ではなく、亡くなって、部屋を去ったのだそうです。
 その日のうちに、私は新しい病室に移動させてもらいました。
 それ以降、不思議なことは何も起きなかったのですが、あの日、「コツ コツ」とあの部屋を訪ねたのは、亡くなってしまった子なのか、もしくは、そうでないのか、今となっては知る術もありません。
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