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66 後悔先にたたず
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同期の田嶋は平凡な生徒だったはずだった。
納戸響にとってはどこにでもいそうな青年にしか見えなかった。
いつも真面目でどこか人との距離を取る癖がある様だったが、
誰よりもよく気がきくので上司ウケはよかった。
そんなところは妬ましくもあったが、それなりの努力はしている
のを知っているので、認めざるを得ない。
看護婦達の誘惑にも一切応じず、噂では同棲中の彼女がいるとか。
うらやましくなんかない!とは言いにくい。
マジで羨ましかった。
そんな折、有名プロデューサーの杉本悠星が入院してきた。
彼に気に入られれば、芸能活動も夢じゃない。
数多くの女優と数人の俳優も手掛けてきていた。
医師という割に合わない職業より、効率よく稼げて、女性からも
チヤホヤされて、これ以上自分向きの職はない。
ただコネが無ければやっていけない業界なので、口利きしてくれ
る人がいれば、人気者にだってすぐになれるだろう。
そう思っていた。
杉本悠星が目をつけたのが、同期の田嶋の方だった。
どんだけいい条件を言っても、返事はいつもNO。
医者など労働に見合わない職業より、華やかなところに行った方
が、楽しいに決まっている。
納戸響にとっては、自分を売り込むチャンスだった。
そこで、取引をしたのだ。
説得にも応じない田嶋を帰り際に拉致するのを手伝う代わりに、
田嶋を説得できれば、コンビで俳優でもアイドルでもデビューさ
せてくれると言うのだ。
簡単な事だった。シフトを教えて、裏口から出るように仕向けば
その通りに行ってくれた。
難なく眠らせ、杉本の車に押し込んだ。
そこまでは、なんの問題もなかった。
ただ、次に見たのは顔色が悪くぐったりした田嶋の姿だった。
杉本が慌てた声で電話でしてきた時は本当に驚いた。
何があったかも言わず、ただ急患だと呼び出されたのだ。
さっきまで呼吸も止まっていたと言う。
AEDによる電気ショックで今は呼吸を取り戻したと聞いた時は
何があったのかと問いただそうとしたが、それよりすぐに運ぶ
事を優先した。
髪もぐっしょりと濡れているのを考えれば水による呼吸困難と
判断するのが正しいだろう。
考えられるのは、無理矢理水に押し込んだとしか考えようがな
い。そんな事をするだろうか?
しかし現に、同期のこんな姿を目の当たりにしては何も言えな
かった。自分にも責任があるようで、目を覚ましたら何て言お
うかと、考えていると先生も到着し脈やCTなど、異常がないか
を検査し、病室に運んだ。
空いてる個室に寝かせるとしばらくして目を覚ました。
田嶋を気に入っている林医師は気がついた彼に触れようと手を
伸ばしたところで、田嶋自身によって叩かれてしまった。
何が起きたか何て、分かる訳もなく、ただ恐怖に怯える目でこ
ちらを見たかと思うと逃れようと暴れ出したのである。
点滴も外れ、悲鳴と周りの危惧が床に大きな音を立てて落下す
る。こんな彼は見たことが無かった。
先生はとっさに麻酔を打って眠らせた。
いつも大人しく、冷静な田嶋を知っているだけに、あそこまで
取り乱すなど、考えられなかった。
暴れられると困ると言うことで、拘束具が持ち込まれた。
あのままだと、自分をも傷つけてしまう恐れもあったからだ。
林医師「一体、何があったんだ?普通じゃありえない怯え方だ」
ヒビキ「さぁ~。運び込まれた時は意識がなかったので。ただ、
心肺蘇生するまで呼吸が止まっていたと聞きましたが」
林医師は眉を歪めると、事情を聞きたそうだったが、納戸自身も
それ以上は分からなかった。
田嶋の携帯が鳴り響き、男の声で田嶋の事を聞かれたので、病室で
眠っている事を伝えた。
そのまま麻酔を点滴に混ぜると、朝まで寝かせる事になった。
記憶に異常をきたしているようなら他にも検査をしなければなら
なかったからである。
朝、当直で見に行くと知らない男性が田嶋に寄り添っていた。
目を覚ました彼を抱きしめ、必死に呼びかけていた。
暴れる彼をものともせず、引っかかれても全く動じなかった。
拘束具は外され、抑えるので必死だったのだろう。
納戸はすぐ様麻酔を用意して打とうとすると、その男性に止
められた。
しばらく、ジタバタと暴れていたが、大人しくなって男性に
抱きしめられたまま、じっとしていた。
視線はどこを見ているのかわからない状態だったが無数の涙
が頬を伝っていた。
田嶋をベットに横たえると、上から押さえたまま、何か話し
かけていた。
先生を呼んでこようと、考えた矢先男性は田嶋の唇にキスを
したのである。
目を疑ったが、長いディープなやつで、舌を絡ませたのか、
離れる時には唾液が糸を引いていた。
黙ったままされるがままの同期が不覚にもやけに色っぽく
見えてしまった。
次に先生を連れて来た時には、いつも通りの田嶋に戻っていた。
何があったのかと聞かれると、彼は記憶が曖昧で覚えていないと
答えた。
死にかけたと言うのに覚えてないはずがない。
しかもあの、動揺して錯乱した姿を見た者ならば、何か恐怖を感
じることがあったと推測するだろう。
しかし、何も言わなかったおかげか納戸の罪も、問われる事は
ない。しかし、全てが元どおりにはならなかった。
一緒に医者を目指した同期は、この病院から出ていく事になっ
たのである。その原因は視力を失っていたからだった。
元には戻ったのだが、彼の瞳には誰も映ってはいなかったのだ。
先生の見立てでは、一時的な恐怖から視力を失う事は稀にある
と言う。
治るか、一生そのままなのかはわからないという。
医療を目指す者として、視力を失えば、職をも失ってしまう。
いくら資格があっても無意味となる。
さっきまでずっと側にいた、男性は何も言わず、ただ彼を見守っ
ていた。
荷物は後日自宅へ発送する事を言いわれ、田嶋自身気落ちして
いるように見えた。
その日の夜、病室からは啜り泣く声がずっと聞こえて来ていた。
納戸響にとってはどこにでもいそうな青年にしか見えなかった。
いつも真面目でどこか人との距離を取る癖がある様だったが、
誰よりもよく気がきくので上司ウケはよかった。
そんなところは妬ましくもあったが、それなりの努力はしている
のを知っているので、認めざるを得ない。
看護婦達の誘惑にも一切応じず、噂では同棲中の彼女がいるとか。
うらやましくなんかない!とは言いにくい。
マジで羨ましかった。
そんな折、有名プロデューサーの杉本悠星が入院してきた。
彼に気に入られれば、芸能活動も夢じゃない。
数多くの女優と数人の俳優も手掛けてきていた。
医師という割に合わない職業より、効率よく稼げて、女性からも
チヤホヤされて、これ以上自分向きの職はない。
ただコネが無ければやっていけない業界なので、口利きしてくれ
る人がいれば、人気者にだってすぐになれるだろう。
そう思っていた。
杉本悠星が目をつけたのが、同期の田嶋の方だった。
どんだけいい条件を言っても、返事はいつもNO。
医者など労働に見合わない職業より、華やかなところに行った方
が、楽しいに決まっている。
納戸響にとっては、自分を売り込むチャンスだった。
そこで、取引をしたのだ。
説得にも応じない田嶋を帰り際に拉致するのを手伝う代わりに、
田嶋を説得できれば、コンビで俳優でもアイドルでもデビューさ
せてくれると言うのだ。
簡単な事だった。シフトを教えて、裏口から出るように仕向けば
その通りに行ってくれた。
難なく眠らせ、杉本の車に押し込んだ。
そこまでは、なんの問題もなかった。
ただ、次に見たのは顔色が悪くぐったりした田嶋の姿だった。
杉本が慌てた声で電話でしてきた時は本当に驚いた。
何があったかも言わず、ただ急患だと呼び出されたのだ。
さっきまで呼吸も止まっていたと言う。
AEDによる電気ショックで今は呼吸を取り戻したと聞いた時は
何があったのかと問いただそうとしたが、それよりすぐに運ぶ
事を優先した。
髪もぐっしょりと濡れているのを考えれば水による呼吸困難と
判断するのが正しいだろう。
考えられるのは、無理矢理水に押し込んだとしか考えようがな
い。そんな事をするだろうか?
しかし現に、同期のこんな姿を目の当たりにしては何も言えな
かった。自分にも責任があるようで、目を覚ましたら何て言お
うかと、考えていると先生も到着し脈やCTなど、異常がないか
を検査し、病室に運んだ。
空いてる個室に寝かせるとしばらくして目を覚ました。
田嶋を気に入っている林医師は気がついた彼に触れようと手を
伸ばしたところで、田嶋自身によって叩かれてしまった。
何が起きたか何て、分かる訳もなく、ただ恐怖に怯える目でこ
ちらを見たかと思うと逃れようと暴れ出したのである。
点滴も外れ、悲鳴と周りの危惧が床に大きな音を立てて落下す
る。こんな彼は見たことが無かった。
先生はとっさに麻酔を打って眠らせた。
いつも大人しく、冷静な田嶋を知っているだけに、あそこまで
取り乱すなど、考えられなかった。
暴れられると困ると言うことで、拘束具が持ち込まれた。
あのままだと、自分をも傷つけてしまう恐れもあったからだ。
林医師「一体、何があったんだ?普通じゃありえない怯え方だ」
ヒビキ「さぁ~。運び込まれた時は意識がなかったので。ただ、
心肺蘇生するまで呼吸が止まっていたと聞きましたが」
林医師は眉を歪めると、事情を聞きたそうだったが、納戸自身も
それ以上は分からなかった。
田嶋の携帯が鳴り響き、男の声で田嶋の事を聞かれたので、病室で
眠っている事を伝えた。
そのまま麻酔を点滴に混ぜると、朝まで寝かせる事になった。
記憶に異常をきたしているようなら他にも検査をしなければなら
なかったからである。
朝、当直で見に行くと知らない男性が田嶋に寄り添っていた。
目を覚ました彼を抱きしめ、必死に呼びかけていた。
暴れる彼をものともせず、引っかかれても全く動じなかった。
拘束具は外され、抑えるので必死だったのだろう。
納戸はすぐ様麻酔を用意して打とうとすると、その男性に止
められた。
しばらく、ジタバタと暴れていたが、大人しくなって男性に
抱きしめられたまま、じっとしていた。
視線はどこを見ているのかわからない状態だったが無数の涙
が頬を伝っていた。
田嶋をベットに横たえると、上から押さえたまま、何か話し
かけていた。
先生を呼んでこようと、考えた矢先男性は田嶋の唇にキスを
したのである。
目を疑ったが、長いディープなやつで、舌を絡ませたのか、
離れる時には唾液が糸を引いていた。
黙ったままされるがままの同期が不覚にもやけに色っぽく
見えてしまった。
次に先生を連れて来た時には、いつも通りの田嶋に戻っていた。
何があったのかと聞かれると、彼は記憶が曖昧で覚えていないと
答えた。
死にかけたと言うのに覚えてないはずがない。
しかもあの、動揺して錯乱した姿を見た者ならば、何か恐怖を感
じることがあったと推測するだろう。
しかし、何も言わなかったおかげか納戸の罪も、問われる事は
ない。しかし、全てが元どおりにはならなかった。
一緒に医者を目指した同期は、この病院から出ていく事になっ
たのである。その原因は視力を失っていたからだった。
元には戻ったのだが、彼の瞳には誰も映ってはいなかったのだ。
先生の見立てでは、一時的な恐怖から視力を失う事は稀にある
と言う。
治るか、一生そのままなのかはわからないという。
医療を目指す者として、視力を失えば、職をも失ってしまう。
いくら資格があっても無意味となる。
さっきまでずっと側にいた、男性は何も言わず、ただ彼を見守っ
ていた。
荷物は後日自宅へ発送する事を言いわれ、田嶋自身気落ちして
いるように見えた。
その日の夜、病室からは啜り泣く声がずっと聞こえて来ていた。
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