僕を惑わせるのは素直な君

秋元智也

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52話 牽制

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舞台の幕が降りると電気がついた。

その頃には郁也は体育館を出ていた。

自分の見た目で騒がれるのが嫌だったからだ。
お面を被ってはいても騒ぎにならないうちに立ち
去るのが一番だった。

それは分かっている、いるのだがつい足が向いて
しまうのは控え室の方だった。

少しでも歩夢に会えるだろうかと、期待してしま
う。
きっと軽蔑されるかもしれない。

それでも、『良かったよ。』と伝えたかった。

裏手に回ると、一番近いトイレの前を通ると、
そこで、何か揉めているような声が聞こえて来た
のだった。



その頃。

舞台を終えて、化粧を落としたくて一番近くのト
イレへと駆け込んでいた。

歩夢にしてはずっと化粧をしたままなのが少し気
持ち悪かった。
嗅ぎ慣れない化粧の匂いに、軽く頭が痛くなる。
クレンジングを貸して貰うと、手に馴染ませてか
ら、バシャバシャと洗う。

「ふぅ~、やっと落ちたかな……」

歩夢はクンクンと匂いがしない事を確認して鏡を
覗き込んだのだった。

そこにはいつもの自分が写っている。
舞台上にいた自分はもういない。

やっぱり慣れ親しんだ自分だった。

「化粧って本当にすごいな……」

「あれ~?さっきのシンデレラちゃんじゃん?
 どうしたの?今一人なの?」

「すぐに退くので、使ってもらっていいです…」

洗面所を占領している事を言ってきているのだと
思うと、荷物をまとめると出ていこうとした。

「待った、待った~!」

目の前を遮るように立たれると、出て行けない。

「そこ使っていいですよ?」

「せっかく似合ってたのに~、化粧落とさなくて
 も良かったのにな~。そうだ、この後一緒に回 
 ろうよ?俺、どっちでもいけるクチなんだよ」
『男でも、これならイケるな……』

「あの…言っている意味がわからないんですけど?」

意味がわからないと言って再び出て行こうとすると、
今度は腕を掴み掛かられた。

今は一般人も来ているので、この見知らぬ男の
目的も全く見当もつかない。

「付き合ってよ?今から暇でしょ?その格好の
 ままでいいからさ~、それとも脱がせて欲し
 かったりするの?」

「結構です。あの。悪いんですけど、暇じゃ無
 いんでこれで失礼します」

握られた手に力が籠った。

「ちょっ、痛いんですけど……」

「逃げようとするからだろ?それとも彼女でも
 待ってるの?なら、一緒に呼んじゃう?」
『簡単に連れ帰れそうだな。力も弱いし……』

「本当に離してくださいっ!」

「やーだ!君が付き合ってくれたらいいぜ?」

「悪いが、その子には先約がいるんだ。離して
 もらおうか?」

後ろから耳覚えのある声がしたと思うと、掴ま
れた腕が自由になった。

「郁也兄さんっ!なんで……」

「歩夢、遅くなったな?さぁ、行くぞ」

そう言って郁也に引かれるようにその場を離れ
た。

「ちょっと、どうしてここにいるんだよっ!」

「あのままだったら…危なかっただろ?少しは
 警戒しろよ!」

来た事を責めようとした歩夢を、郁也は逆に叱
りつけた。
身の危険すら感じていなかった事に、腹を立て
たのだった。
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