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私の攻略対象は。
吸血鬼が本気で吸血すると。
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「……お嬢様は、前に言いましたよね。貧血で倒れる程血を吸われるのは困る、と」
「正確には貧血で倒れる以上の血と言ったと思ったけど、まあ言ったわね。それが?」
「僕はあの時、お嬢様が貧血状態になるまで血を吸いました。一時的とはいえ正気を失って。……なのに困った様子も無い」
レイフレッドは何故か言葉に怒りをにじませる。
「貧血ったってなりかけよ? 貴方には助けて貰ったし、私も止めるタイミングを間違えた。でも今回で学習したから次は同じ失敗はしないわよ」
「……この部屋だって。個室が別にあるとはいえ僕と二人きりで同室なんて。お嬢様には危機感というものが無さ過ぎます」
レイフレッドが珍しく説教口調で反論してくる。
いや、でもね? 八歳の男の子だよ?
もし彼がもっと大人の男性だったなら、私もそういう心配はしたけどさ、小学生相手に何を思うでもなし。
「ではお嬢様、僕にさっさと回復しろと命じるなら手首からではなく、より力ある血を得るため首筋からの吸血を許可していただけますか?」
私の反応にまず呆れ、諦めた顔をした彼は不意ににこりと意味あり気な笑みを浮かべて言った。
「へ?」
「吸血鬼が血に求める力の濃度は体の中心――心臓に近いほど豊富に含まれ、末端程薄くなるのです。普段の吸血なら手首からでも充分事足りますが、回復を早めるならより力ある血が必要です」
レイフレッドがにこやかに手を伸ばし、私の頬に触れる。
人間より若干低めの体温が平熱の吸血鬼の手のひんやり感が頬から首筋をなぞり、脈打つ頸動脈に触れた。
……この世界ではどうか知らないが、前世ではあまりにスタンダードな絵面だ。
ただ、頸動脈は人間の急所。それを無防備に晒すというのは、その相手に生死を委ねると言う事。
……レイフレッドは私を脅しているつもりなのかな?
「いいわよ」
正気の状態の彼が私を殺すなんてあり得ないし。
だから、私はシャツのボタンを二つほど外して襟元をくつろげる。
「……なら、後で文句を言われても僕は謝りませんよ。――吸血鬼の本領を思い知らせてあげましょう」
レイフレッドは挑戦的な笑みを浮かべ、私の背後へ回った。
するりとうなじにかかる髪を退ける指が肌に触れる。……これまでだって吸血される際に腕に手が触れるなんて当たり前だったのに。
姿が視界に無いせいか、 はたまた腕の肌より敏感なせいなのか、何故か分からないけどゾクッとした。……怖い訳じゃない。間違いなく不快な感覚じゃない。
「――いただきます」
いつものセリフも耳元で囁かれると、吐息が耳や肌に触れてこそばゆい上にまたもゾクリと訳の分からない感覚に見舞われる。
直後、牙が肌を破ったのが分かるのにやっぱり痛みは皆無。
……なのに。
やっぱり何かおかしい。
聞きなれたはずの血を啜る水音やぴちゃぴちゃ仔猫がミルクを舐めるようなリップ音も、耳元でやられるとこうも生々しく聞こえるのかと、こそばゆさと良く似た――でも何か違う感覚に惑わされ。
ぢゅう、と血を傷口から吸い出される度に何故だか背筋がゾクゾクするし、下腹部が熱くてもどかしくてたまらなくなる。
経験の無い状況に思考がその対処に占められ、鈍り始める。
ただ、やはりそれらは決して不快では無い。
いやむしろこれは――快楽、と言う類いの感覚では?
前世を高校生で終えた喪女だから自身での経験はないけど、あの国はその手の情報は溢れていたから知識としてはある。
「お嬢様、命令を撤回する気になりました?」
息を継ぐため一端吸血を中断したレイフレッドが耳元で囁く。
……あ。これ確信犯だ。私を惑わせ混乱させて意見を翻させるつもりだ!
「て、撤回なんかしないわよ」
「……強情ですねぇ。知ってましたけど。じゃ、これなら?」
牙が再び肌の下へと埋め込まれ、より強く吸い付かれたと感じた途端、もう間違い様の無い快楽が、全身の血管という血管を通して頭の先から足の爪先までの全てを駆け巡った。
「あっ……」
思わず声をあげたのにも気づけない程に思考はその快楽に浸る事ばかりを考えて。
「お嬢様、お嬢様」
吸血を終えたレイフレッドに肩を揺すられるまで、自分がトリップしていた事に気付けなかった。
こんなこと、もし見知らぬ吸血鬼にされたら吸われ過ぎて死んでも気付かないなんて事もあり得る。
「……この街で他の吸血鬼と知り合っても、その人となりが分かるまでは気を付ける事にするわ」
「はぁ? どうしてこの状況でそんな結論に至るんですかお嬢様は! いえ、勿論見ず知らずの吸血鬼についていくのが危ないのは間違い無いですが、そうではないでしょう?」
「……そうね、正気じゃないレイフレッドへの考えが甘かったのは認めるわ」
まだ甘い感覚に痺れる体で頭を下げた。
「……正気の僕がまたやるとは考えないのですか?」
「私は初めに言ったはずよ。貧血になる以上の血を奪われるのでなければ困らないって。レイフレッドが正気じゃないときにあれをやられたら止めるどころじゃなく死ぬかもしれないから気を付けるけど。……あー、でも最低限時と場所は選んで欲しいわね」
だって、素面のレイフレッドが私を殺す心配するとか時間の無駄以外のなにものでもないじゃん。
……ただまあ、お陰で自覚せざるを得なくなった事実はあるけど。
レイフレッドに対する感情が出会った当初から明らかに変化があった事。
精神年齢的には一回り以上年下の子にまさかと思ったけど……。
これは単なる萌え心だけじゃない。
「で、レイフレッド。体の方はちゃんと回復したのよね?」
「 ……ええ、お陰さまでこれ以上ない程に絶好調ですよ。これまで以上にね」
「なら良かった」
私はまだ悔しげなレイフレッドに断って、自室に入りベッドに倒れ込んだ。
ああ、子供の体で助かった。
そう心底思う。
未だに残る甘やかな快楽の余韻、これが幼児の体だからこれで済んでいる。
もしもこれが二次性微を終えた身体だったら。
レイフレッドが子供でなく、そういう知識があれば。
そのままベッドインルートを私は拒んだだろうか?
――答えはNO。
羞恥に混乱はしても、嫌な気はしなかった。
私はどうやら自分でも気付かないうちにレイフレッドに恋をしていたらしい。
まあ、アンリ=カーライルの実年齢的には吊り合う相手。
でも、レイフレッドはいつか魔族の国へ行くことを強く望んでいる。
一方の私はと言えば、いくら婚約破棄を目指していようと、今は奴の婚約者という立場に甘んじている状態。
奴への思いなど一ミクロンも無くとも、彼に想いを告げればそれは浮気になってしまう。
だから私はその想いをそっと心の引き出しにしまい込んだ。
いつかまた日の目を見る時が来ることを願いながら。
「正確には貧血で倒れる以上の血と言ったと思ったけど、まあ言ったわね。それが?」
「僕はあの時、お嬢様が貧血状態になるまで血を吸いました。一時的とはいえ正気を失って。……なのに困った様子も無い」
レイフレッドは何故か言葉に怒りをにじませる。
「貧血ったってなりかけよ? 貴方には助けて貰ったし、私も止めるタイミングを間違えた。でも今回で学習したから次は同じ失敗はしないわよ」
「……この部屋だって。個室が別にあるとはいえ僕と二人きりで同室なんて。お嬢様には危機感というものが無さ過ぎます」
レイフレッドが珍しく説教口調で反論してくる。
いや、でもね? 八歳の男の子だよ?
もし彼がもっと大人の男性だったなら、私もそういう心配はしたけどさ、小学生相手に何を思うでもなし。
「ではお嬢様、僕にさっさと回復しろと命じるなら手首からではなく、より力ある血を得るため首筋からの吸血を許可していただけますか?」
私の反応にまず呆れ、諦めた顔をした彼は不意ににこりと意味あり気な笑みを浮かべて言った。
「へ?」
「吸血鬼が血に求める力の濃度は体の中心――心臓に近いほど豊富に含まれ、末端程薄くなるのです。普段の吸血なら手首からでも充分事足りますが、回復を早めるならより力ある血が必要です」
レイフレッドがにこやかに手を伸ばし、私の頬に触れる。
人間より若干低めの体温が平熱の吸血鬼の手のひんやり感が頬から首筋をなぞり、脈打つ頸動脈に触れた。
……この世界ではどうか知らないが、前世ではあまりにスタンダードな絵面だ。
ただ、頸動脈は人間の急所。それを無防備に晒すというのは、その相手に生死を委ねると言う事。
……レイフレッドは私を脅しているつもりなのかな?
「いいわよ」
正気の状態の彼が私を殺すなんてあり得ないし。
だから、私はシャツのボタンを二つほど外して襟元をくつろげる。
「……なら、後で文句を言われても僕は謝りませんよ。――吸血鬼の本領を思い知らせてあげましょう」
レイフレッドは挑戦的な笑みを浮かべ、私の背後へ回った。
するりとうなじにかかる髪を退ける指が肌に触れる。……これまでだって吸血される際に腕に手が触れるなんて当たり前だったのに。
姿が視界に無いせいか、 はたまた腕の肌より敏感なせいなのか、何故か分からないけどゾクッとした。……怖い訳じゃない。間違いなく不快な感覚じゃない。
「――いただきます」
いつものセリフも耳元で囁かれると、吐息が耳や肌に触れてこそばゆい上にまたもゾクリと訳の分からない感覚に見舞われる。
直後、牙が肌を破ったのが分かるのにやっぱり痛みは皆無。
……なのに。
やっぱり何かおかしい。
聞きなれたはずの血を啜る水音やぴちゃぴちゃ仔猫がミルクを舐めるようなリップ音も、耳元でやられるとこうも生々しく聞こえるのかと、こそばゆさと良く似た――でも何か違う感覚に惑わされ。
ぢゅう、と血を傷口から吸い出される度に何故だか背筋がゾクゾクするし、下腹部が熱くてもどかしくてたまらなくなる。
経験の無い状況に思考がその対処に占められ、鈍り始める。
ただ、やはりそれらは決して不快では無い。
いやむしろこれは――快楽、と言う類いの感覚では?
前世を高校生で終えた喪女だから自身での経験はないけど、あの国はその手の情報は溢れていたから知識としてはある。
「お嬢様、命令を撤回する気になりました?」
息を継ぐため一端吸血を中断したレイフレッドが耳元で囁く。
……あ。これ確信犯だ。私を惑わせ混乱させて意見を翻させるつもりだ!
「て、撤回なんかしないわよ」
「……強情ですねぇ。知ってましたけど。じゃ、これなら?」
牙が再び肌の下へと埋め込まれ、より強く吸い付かれたと感じた途端、もう間違い様の無い快楽が、全身の血管という血管を通して頭の先から足の爪先までの全てを駆け巡った。
「あっ……」
思わず声をあげたのにも気づけない程に思考はその快楽に浸る事ばかりを考えて。
「お嬢様、お嬢様」
吸血を終えたレイフレッドに肩を揺すられるまで、自分がトリップしていた事に気付けなかった。
こんなこと、もし見知らぬ吸血鬼にされたら吸われ過ぎて死んでも気付かないなんて事もあり得る。
「……この街で他の吸血鬼と知り合っても、その人となりが分かるまでは気を付ける事にするわ」
「はぁ? どうしてこの状況でそんな結論に至るんですかお嬢様は! いえ、勿論見ず知らずの吸血鬼についていくのが危ないのは間違い無いですが、そうではないでしょう?」
「……そうね、正気じゃないレイフレッドへの考えが甘かったのは認めるわ」
まだ甘い感覚に痺れる体で頭を下げた。
「……正気の僕がまたやるとは考えないのですか?」
「私は初めに言ったはずよ。貧血になる以上の血を奪われるのでなければ困らないって。レイフレッドが正気じゃないときにあれをやられたら止めるどころじゃなく死ぬかもしれないから気を付けるけど。……あー、でも最低限時と場所は選んで欲しいわね」
だって、素面のレイフレッドが私を殺す心配するとか時間の無駄以外のなにものでもないじゃん。
……ただまあ、お陰で自覚せざるを得なくなった事実はあるけど。
レイフレッドに対する感情が出会った当初から明らかに変化があった事。
精神年齢的には一回り以上年下の子にまさかと思ったけど……。
これは単なる萌え心だけじゃない。
「で、レイフレッド。体の方はちゃんと回復したのよね?」
「 ……ええ、お陰さまでこれ以上ない程に絶好調ですよ。これまで以上にね」
「なら良かった」
私はまだ悔しげなレイフレッドに断って、自室に入りベッドに倒れ込んだ。
ああ、子供の体で助かった。
そう心底思う。
未だに残る甘やかな快楽の余韻、これが幼児の体だからこれで済んでいる。
もしもこれが二次性微を終えた身体だったら。
レイフレッドが子供でなく、そういう知識があれば。
そのままベッドインルートを私は拒んだだろうか?
――答えはNO。
羞恥に混乱はしても、嫌な気はしなかった。
私はどうやら自分でも気付かないうちにレイフレッドに恋をしていたらしい。
まあ、アンリ=カーライルの実年齢的には吊り合う相手。
でも、レイフレッドはいつか魔族の国へ行くことを強く望んでいる。
一方の私はと言えば、いくら婚約破棄を目指していようと、今は奴の婚約者という立場に甘んじている状態。
奴への思いなど一ミクロンも無くとも、彼に想いを告げればそれは浮気になってしまう。
だから私はその想いをそっと心の引き出しにしまい込んだ。
いつかまた日の目を見る時が来ることを願いながら。
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