イロトリドリ

宝。

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ブラック・アイ

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いつからだろうか……


前方では教師による長々とした、それでいてまったく理解できない話が延々と垂れ流されている。これならヘリコプターや工事の雑音の方がまだマシだ。

僕は今も流れてくる授業というBGMを聞くことに区切りをつけ、机の下でバレないように本を取り出す。僕の席は窓際の一番端。時々顔を上げれば教師には真面目に授業を受けているように見えるのだ。

本はいい。自分を異世界に放り込んでくれる。喧しいクラスメイトも、無意味な教師も、勉強しろと叱る親もいない。あるのは、ただ、ココとは違うドコかの世界。ある時は探偵、ある時は魔法使い、またある時は歴史に名を残した偉人…
あらゆる人の側で、あらゆる世界を旅する。もちろん終わりも来る。その時は、少しの満足感と多大な寂寥感を胸に、また別の世界へと一歩を踏み出すだけだ。

ホームルームが終わり、数人の友達に挨拶をして家路に着く。徒歩十数分で着く自分の家を目指して直帰…ではなく、本屋によってから帰る。目当ての本を買い、ついでに近くのコンビニでカルパスをいくつか買う。そこから家に向かうとなるといつもより少し遠回りなのだが、今は本が買えてホクホクした気分なのだ。それくらいなんてこともない。

家に向かう道には空き地がある。いつもなら通らないそこにたまたま目を向けると、そこには
真っ黒な猫が、これまた真っ黒な瞳でこちらを見ていた。
僕はその瞳に誘われいざなわれ、フラフラと寄っていった。
黒猫が横切ると不幸がどうたら、なんて話は聞いたことがあるけど、そもそも猫好きな僕は、猫の毛並みの中で黒が一番好きだ。『ミステリアス』っていう言葉がよく似合うからだろうか。

「…にゃあ」
猫の鳴き声を真似てみる。
返事はない。
だが、逃げる様子もなく、こちらを凝視している。
しかし、あと数歩で届くという時に猫はにげてしまった。

僕は数秒立ち尽くし、溜息を一つして空を見上げた。青空には薄く雲がかかり、まるで太陽にフィルターでもかけているようだ。


次にその猫と会ったのは、それから一ヶ月後のことだった。その日は土曜で、これまた近くの本屋に向かっている時だった。

またもこちらを見つめる猫。それに今度は慎重に寄っていく。前回より近づくことに成功し、あとの距離は手を伸ばせば届く程だった。しかし、深い黒の瞳には僕の手は脅威に見えたのだろう。猫は再び逃げてしまった。

僕は項垂れ、トボトボと本屋にむかった。曇天どんてんにふさわしい、重い気持ちだった。

次に猫に会ったのは、それから一週間後のことだった。猫は相変わらず空き地にちょこんと居た。

僕は懲りずに近づいた。そうしたら、なんと今度は触れたのだった。猫は気持ち良さそうに目を細めていたが、少しすると素早い動きで逃げてしまった。

今度の僕は達成感に満ちていた。
空は今にも泣き出しそうな程暗かった。

次の日、もう一度あの空き地に行ってみると、やはり猫はそこにいた。まるで何処にでもいて、何処にもいないような雰囲気で。

驚いたことに、今度は猫の方から寄ってきた。そのままスリスリと僕の足に自分の体を擦りつける。

数十分後、僕は家に帰ろうと思い、体を家のある方向へ向けた。すると、猫もこちらを向いた。僕が一歩進むと、猫は二歩進む。そうして家まで帰ったのだが、やはり猫もいる。家の前でどうしようかと悩んでいると、不意に、黒猫が僕の目の前に回り込み、闇のような眼を向けて、

『時間です。貴方を迎えに参りました。』

と言った。
いや、言ったというのは少し違う。猫は一切口を開いてはいない。先程の『声』は僕の頭の中に直接流れてきたように感じられた。

「時間…?それに迎えって…?いや、そもそもキミは?」
『私は今、この黒猫を通して貴方に語りかけております。死神でございます。時間というのは他でもありません。貴方の生の時間のことにございます。貴方は今死に、私が貴方の魂を回収するのです。』

死神?魂?それはまるっきり、本の、空想の物語の単語じゃないのか?そもそも、僕はどこも悪くは無い筈だ。

あぁ…
いったい…
いつからだろうか…

そこで僕は初めてこの黒猫と会った時を思い出す。

あぁ…
そうか…
あの時、黒猫死神の眼を見てしまった時点で…
決まっていたのか……

そこまで考えた時、急速に思考に黒い霧がかかり、意識を手放した。


後には倒れたまま二度と動かない少年と、悲しそうな声で鳴く黒猫が寄り添うようにしているだけだった……
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