境界線のモノクローム

常葉㮈枯

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始まりの町・リンデンベルグ

11.侵入

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赤いレンガの道を迷いなく歩きながら、ヘリオは不意に話しだす。

「パパのこと怒らないでね」

唐突な話に、2人は何も言えなかった。

「エミリオさん、凄くいいヒトなんだよ。この町が賑やかなのは、エミリオさんが凄く働いてくれてるからなんだ」

大きな瞳は穢れを知らない子供の輝きを映していながら、とても深い色を湛えている。
まだ幼い歳の頃だと思ってはいたが、彼は彼なりに色々感じている事があったのだろう。子供の感受性は豊かなのだから、それもおかしな事ではないのかもしれない。

「でも、秘密にしちゃダメな事を隠してたのは悪いことだって僕にもわかるよ」
「……うん」
「パパは怖いだけなんだよ。"いつも"が壊れちゃうのが怖いんだ。だからもし、エミリオさんが悪い事してたなら……って考えたくないんだと思う」

子供は親が思うより聡い。

ヴェルとシリスの服を掴む手に皺が寄り、力が入ったことがわかった。

「でもそれは僕も同じなの。みんな"いつも"が壊れちゃうのは怖いって、僕にもわかるよ。だからね、パパを怒らないで」

それは子が親を想っての精一杯の言葉だった。



「───大丈夫。そもそも怒ってないからね」

シリスは服を掴むヘリオの手を上から包み込んだ。独特の高い体温と同時に、ほんの少し汗ばむ感触も伝わってくる。

ヘリオが言いたいことは分かる。

ヘリオの父にも、ニーファにも、その他の住民にも、そして恐らくエミリオにも、それぞれの言い分があり考えがある。
その世界に住む人々の背景は考慮されるべきだし、尊重されるべきだ。

「グレゴリーさんの件はまた別だけどね」

シリスが小さく呟いた言葉は、隣にいる弟にしか届かない。

ヴェルも複雑そうな顔でヘリオを見ていたが、その頼みを拒絶することはしなかった。彼もまたシリスと同じように考えているのだろう。
彼は姉と違い明確な返事をしなかったが、それでも彼女と同じようにヘリオの手を上から包み込んでやった。

「へへっ」

両手を温もりに包まれて安心したのか、ヘリオは白い歯を見せて笑う。そのまま3人は赤レンガの道を歩き続けた。

朝方でまだ人も少ない大通りを横切り、3人は店とは通りを挟んで逆のエリアに足を踏み入れる。その頃になるとヘリオの調子もだいぶと戻り、少しずつ話をするようになっていた。

「そういえばお姉ちゃん達はそっくりだけど、きょうだいなの?」

服の裾を掴む手はもう離されていた。
代わりにその手はヴェルとシリスの手をしっかりと握り、同じ歩幅で歩いている。

「あたし達?双子だよ」
「え、男の子と女の子でも双子になるの!?僕の知り合いに双子は居るけど、みんな男の子同士だったり女の子同士だったりするよ!?」
「なんつーの……?準一卵性……いや、逆にややこしくなるな」
「珍しいんだけど、そういう双子もいるんだよ」

実際、男女の双子というのはそれなりにあることらしい。2人の知り合いにも双子は何組か居るし、そのうちの1組は男女の双子だ。
準一卵性がかなり稀だという事を置いておけば、ヘリオだってそのうち性別が別々の双子に会う機会だってあるだろう。

「そうなんだ、どっちがお姉ちゃんでお兄ちゃんなの?」

その言葉に、一瞬2人の動きが止まった。
しかしすぐにシリスがニコニコと笑いながらその問いに答える。

「あたしがお姉ちゃん、こっちが弟だよ」
「俺はあんまり認めてないけどな」
「長子争奪戦負けたくせに」
「あれはシリスが卑怯な真似したんだろうが!!絶対ぇ0カウントよりフライングしてたからな!」
「それでも勝ちは勝ちっしょ。競争じゃなくても、組み手でも今までの試験の点でも……悔しかったら何回でも受けて立つけど?」
「どっちが先にクロを爆笑させられるか」
「絶対に勝負決まらないやつじゃん」

ぎゃいぎゃい。

唐突に始まる口喧嘩。
要約すると双子の兄か姉を決めるために争ったが、ヴェルがシリスに負けたために姉弟という構図になったということだ。
自分を挟んで言い合いを始めた2人を見て、ヘリオはしばらくキョトンとその様子を眺める。

やがて、くすくすと小さく笑いを溢しながら2人の手を再度引いて進み出す。

「あのね、僕、もう直ぐ弟か妹が生まれるんだ」

そうだろうな、ということは昨日のヘリオの母親の腹を見てシリスもヴェルも分かっていた。よく見ないとそこまで目立たない腹だった。まだ赤子の性別もはっきりしていないのだろう。

「生まれたら、僕もお姉ちゃんとお兄ちゃんみたいに仲のいいきょうだいになりたいな!」

屈託のない素直な言葉。その感想に思わずシリスとヴェルは気まずそうに言い合いをやめた。
同じタイミングで黙った双子をよそに、ヘリオは機嫌良くグングンと進む。
また暫く沈黙があったが、今度はそう長くないうちにそれは終わりを告げた。


道中で、何か手掛かりになるようなものは見つからなかった。

「着いたよ」

ヘリオの言葉に、2人は示された方向に目を向ける。
目的の家は少し広めの通りに建っていた。
立地や家の大きさからすると、リンデンベルグでも富裕層が多く住んでいるような地域なのだろう。3人が立つ道にも何軒か似たような家が建ち並び、その家の隙間からエミリオの家がある通りへと小道がつながっている。ヘリオは父親との約束通りその場で足を止め、小道から見える景色を指さした。

「あそこに見える家がエミリオさんのおうちだよ」
「……どれだ?」
「ウッドデッキがある家?」
「ううん、その2つ隣」

ヘリオの指の動きでヴェルとシリスはようやくエミリオの家を認識できた。リンデンベルグの建物は見た目が似たようなものが多く、ごく一般の居宅を見分けるのはなかなかに難しい。特に、エミリオの家は何の特徴も持たなかった。町の住人でもない双子だけで来たならば、暫く悩んでいたかもしれない。ヘリオが案内してくれて良かったと2人は心の底で思った。

「ありがとな、助かった」
「うん……えっと、僕……」
「大丈夫だよ、お父さんとの約束は守らないとね」

ヘリオが言いづらそうにモジモジのする様子を見て、ヴェルが繋いだ手を離しその頭を軽くポンポンと叩く。次いでシリスも手を離し、ヴェルとは違い背中を軽く叩いた。
案内をしてくれただけでも有り難いのだ。子供に親との約束を破らせるわけにはいかない。

「おじちゃんのこと知ってるか聞いたらまた店に行くからさ。先に帰っててくれるか?」
「……うん、帰り道わかる?」
「大丈夫、時計台見たら大体の方向分かるからね」

たとえこの周辺で迷ったとしても、時計塔さえ見えていれば大通りへ出ることは出来る。町を一望するにも便利だったが、位置関係を把握するためにも一役買っている。この町は土地自体も平坦だが、建物自体も突出した高度のものがないのはこういった一面があるからかもしれない。

チラチラと何回も振り返りながら、来た道を戻るヘリオの姿が小さくなる。やがて角を曲がりその姿が完全に見えなくなったことを確認すると、ヴェルとシリスは把握したばかりのエミリオの家に再度目を向けた。

「んじゃ、まずは聞きに行くか」

2人が向かった先の家は、先述のとおり特徴がある家ではなかった。ただこの周辺の家は殆どが家の前に庭と門扉があり、エミリオの家もその例に漏れず小さな庭と鉄の門扉がある。
来訪者を拒む重々しいものではなく、繊細なレリーフを施されたそれはむしろただの装飾と言って差し支えない。

まがりなりにも町の長であるはずの人間の家に関わらず、門扉の前には警備1人いなかった。
この町がどれだけ平穏であるのかを窺わせる。

「ここ、呼び鈴もねーの?」
「扉を直接叩くタイプじゃない?周りの家にもなさそうだし」
「じゃあ別にこの門は開けてもいいってことだな。お邪魔しまーす」

間延びした口調でヴェルが言うも、当然返事などはない。門を抜けると申し訳程度の庭を横切り、そのまま躊躇いもなくシリスはノッカーを叩いた。

「すみませーん」

ゴン、ゴン、と重たい金属が打ち付けられる鈍い音。

「……なんも聞こえないな」
「……もう一回?」

反応がないことに2人は顔を見合わせ、再びシリスが先ほどより少し強めにノッカーを叩きそっと扉に右耳を当てた。間を置かずヴェルも左耳を当て、返事を待つ。

「……なんも聞こえないね」
「……この扉叩くやつ、家の奥まで音届いてんのかな?」

それはシリスも疑問だった。暫く待ってみても返事はおろか、扉に向かってくるような足音すら聞こえず2人は耳を離す。

「臥せってるのがホントなら、気力なくて返事できない可能性もあるけど……あ」

何気なしにシリスがドアノブを回すと、それは確かな手応えを伝えてくる。

がちゃり。


「「……」」


「……開いてるな?」
「開いてるねぇ……」



最後まで回り切ったドアノブを手に少し考えた後、シリスは庭を見回す。次に門扉へ向かい、顔を覗かせてキョロキョロと顔を左右に向けてから、ヴェルのところへ戻り事もなげに言った。

「入っちゃえ」
「正直、そう言うと思った」

この町は大通り以外もそれなりに賑やかな町だ。表戸のある通りや広い道には談笑を楽しむ住人や散歩しているカップル、遊び回る子供を見かけることができる。
だが、この周囲では運がいいのか住民をほとんど見かけない。
閑散とでもいえばいいのか。
ここに来るまでに、2人ともその状況は把握していた。

鍵が開いてる時点で姉がそう言うと予測していたようで、ヴェルは特に苦言を呈するつもりもなくその言葉に素直に頷く。

「もしさ、ほんっとーにエミリオさんが関係なかったらどうする?」
「ないと思うけど。その時は、素直にグレゴリーさん探して入り込んだって言えば良いさ」
「じゃあ、"指導員が行方不明だから、最後に向かったと思わしき場所を調べてます"って感じでいいいかな」
「守護者って事も伝えといた方が良いんじゃない?あとでなんか言われても、"相手が町長だし、身分明かすの問題ないって思いました"ってことで」
「怒られるかもだけど……すでに"待ってろ"って指示をガン無視してる時点で、怒られるの確定だからね」
「最悪"俺ら2人なら何があっても対処できると思ってました"で貫こうぜ」
「最高」

とんとん拍子に口裏合わせが終わる。

ストレスフリーなやりとりに2人満足して頷き合うと、シリスは再びドアノブに手をかけた。
先ほどと同じく抵抗もなく最後まで回り、ラッチが外れた感触がする。そのまま手前に引くと蝶番ちょうつがいが軋む音が鈍く響き、無断で開けたのもあってか少し後ろめたい気持ちにもなる。

それでもここまで来れば最後まで確認するつもりで、2人は開いた戸の隙間から中に身を滑り込ませた。
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