星の迷宮と英雄たちのノスタルジア

いわみね

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第37話 東の荒野

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 暗闇の中、携帯式灯火を出来るだけ高く掲げ、遠くまで照らすが、魔物の影は見当たらない。
「ここらで休めそうか」
 ガイアスくんと一緒に私たちは辺りを見回した。
 全員で魔物たちの気配に集中する。
「遠くない場所に魔物の魔力反応はありますが、すぐに気がついて襲ってくるほど近くはないです」
 ノアくんが言った。
 私の魔力探知の魔導具にも反応はない。
 灰色ドドリスたちのようすも穏やかだ。
『大丈夫そうなのだ』

 各々の報告と、灰色ドドリスたちとの連携が高いエドくんの報告で休み場所が決定した。

「お疲れ、なんとか砂漠を乗りきったな!」
 ガイアスくんが、息を吐くように言った。
 乾燥した冷たい空気と澄んだ星空が、心地よい疲れをどっと感じさせた。
 後ろを振り返るとすでに砂丘も見えない場所に来ている。
「休む場所の準備の前に、方角の確認はしておいたほうがいいわ」
 エレイナさんが言うと、ガイアスくんが北の空を見上げ、辺りを確認してから言った。
「たしかに星以外に方角の確認が出来る目印が少ないな」
 砂漠を越えはしたものの、開けた場所は北に山もなく、南にも荒野が広がっている。
 実際には北は沿岸部、南には緑地があるのだけれど。
 それらが遠眼鏡を使わず目視できるほど近くない上、辺り一面似たような景色なので、このまま進むと、休んでいる最中、ふとした拍子に進行方向を見失う心配が出てきた。
 間違えて砂漠の方へ戻ってしまうようでは良くない。
 乾燥地帯はまだ続く。
「来た方角と、進行方向に置くものを決めるのだ」
「そうね。良い案だわシナップちゃん」
「何を置こうか」
「焚き火と釜戸なら痕が残せるぞ」
 話ながら遠眼鏡でシナップくんが砂漠の方角を確認し、バッシュくんが拾った石で矢印を地面に書き、エレイナさんが杖で『砂漠』と書き添えた。
 そのすぐそばにガイアスくんが石を組んで釜戸を作る。
「これでどうだ、シナップ」
「完璧なのだよ、ガイアス君」
 あとは反対側で焚き火を焚いて、普通に休憩すれば目印が勝手に出来上がる。
 休憩場所が整うと、シナップくんが用意してくれた椅子に腰掛けた。
「間違えて引き返しても、焚き火の痕ですぐにわかるね」
 ノアくんが、温かくて甘い飲み物を飲みながら、満足げに焚き火を眺めた。

 ◇

 軽めの食事と休憩を終えて、再び東を目指して移動を開始する。
「砂場の多い砂漠に比べれば、この上なく走りやすいな」
 ロデリックくんとガイアスくんの先導と、ジャックくんと灰色ドドリスたちが連携して魔物を退けてくれるので、わずかな明かりで楽に移動が出来ている。
 おかげでずいぶん進んだはずだけれど、道らしい道はまだない。
 東に突き出した形状の大陸の最東端まで、まだまだ先は長い。
 それでも明け方が近づく頃には、方角を示す立て札などが見つかるようになってきた。
 立て札を参考に地図を見ていると、海がそれほど遠くない場所にいるはずだと思うけれど、実際のところ海の気配は微塵も感じられない。
 進行方向に見えていた暗い夜の闇が、濃い藍色に変わっている。やがてうっすらと明るい藍色が白っぽい藍に変わるのにそれほど刻はかからない。

 ──もうすぐ王都を出て10日目の朝を迎える。

 わずかに顔を覗かせた陽から放たれた朝の光。
 冷たい空気が休息に暖められ微かに湿気を帯びるのが、辛うじて海の近さ、あるいはどこか遠くであっても、水場が存在することの証なのだろうか。
 それをたしかだと教えてくれそうなものは、視界にも耳にもまだ届かない。
「さすがに、そろそろ睡眠をまとめて取った方がいいな」
 ガイアスくんが言った。
 昨日の昼17刻頃に移動を再開して、休憩を挟んでいるとはいえ、もう半日以上も進み続けている。
 もちろん支援魔術も使いながらなので、実際の疲労というのはそこまでひどくはないものの、眠っていないというのは後々体調を崩す原因になりかねない。
「僕たちまだ行けそう」
 黒くて円らな瞳でバッシュくんが言った。
「行けそうでも休んだ方がいいのよ」
 エレイナさんがあわてて止める。
 シナップくんもノアくんも、目がらんらんと輝いている。
 慣れない夜更かしで気分が高揚しているのだろうか。
 止めないと、パタッと動かなくなるやつかもしれない。
「疲れてしまったから、少し休まないかい?」
 私たちが疲れていると言えば休むかもしれない。
「私もです。疲れちゃいました。ジャックもロデリックも疲れたわよね?」そう言ってエレイナさんが合わせてくれた。
「まだ行ける」「エレイナ、私がこの程度で疲れるはずが……」
 体力が高いので、平気なようだ。それでは困る。
 実際に疲れていてもいなくても、休んだ方が良いのは事実だ。
「……疲れてるわよね」
 エレイナさんが、ジャックくんとロデリックくんを睨み付けた。後ろでガイアスくんがジャックくんの肩を掴んでいる。
「……疲れた。休みたい」「強くなるには休むことは重要だな!」
「そうよね!シナップちゃん、甘食でもつまみながら休みましょう」
「甘食!」『甘食!』
 エレイナさんの言葉に、シナップくんとエドくんが良い反応を示し、バッシュくんとノアくんも強くなるためと納得してくれた。立ち止まったことで徐々に疲れに気づいた可能性もある。

「バッシュとノアは支援魔術や結界を張ったりで余分に魔力を残していてほしいからな」
 ガイアスくんが正直に話した。
 魔物の多い場所での休息ではバッシュくんたちに結界を張ってもらうのが通常になっている。当然魔力も使っている。
 その代わり、休憩することで彼らの魔力は回復する。
「草臥れきった後では魔力が残っていても、結界を張るどころじゃないというわけだね、ガイアス君」
「そういうこと」
 ガイアスくんが笑いながら休憩の準備に取りかかった。
 自分が立っている場所の地面を足で削り、痕を残す。
 シナップくんが遠眼鏡で方角を確認して、地面に矢印を書き、ガイアスくんがテントの設置を済ますと言った。
「シナップ、バッシュ、ノア。結界を張り終えたら、飯の用意がすむまで先に休んでくれ」
 太陽がすっかり顔を覗かせ、それを背にしてガイアスくんの姿が逆光で半分影になった。
 日が高くなる昼頃まで休んで、昼食後に移動を再開する予定だ。最も暑い時間帯の移動にはなるけれど、砂漠のような地面からの照り返しが少ないので、ククステアの水や、こまめな水分補給で対応する。
 私が作業台で野菜を切っていると、灰色ドドリスが1匹、興味深そうにようすを見ている。
 外側で警戒にあたる灰色ドドリスと別に、今日は3匹灰色ドドリスが結界の内側にいて休憩している。その内の1匹だ。
 私と目が合うと見つめ返された。
 最初の獰猛な肉食魔獣の印象は、完全に薄まってしまっている。
 切り終えて作業台の横に置いた野菜をジャックくんが運んでくれたので、続けて次の野菜を切っていると、釜戸の方から良い匂いが漂ってきた。
 気がついた灰色ドドリスがいつの間にか釜戸の方に向かい、3匹で遠巻きに、鍋の置かれた釜戸を観察している。
 砂漠の岩場ではあまりしなかった行動だ。
 結界を張らずに警戒を彼らに任せていたせいかもしれない。
 エレイナさんに勧められて、テントで体を横にして休んでいたバッシュくんたちも出てきた。
「スープのお肉と野菜が柔らかく仕上がるまで、もう少しかかりそうだけど、火は通っているわ」
「なら、そろそろ飯にしようか」
 釜戸の近くに置いた台には、お皿の準備が整っているので、それに盛り付ければすぐに食事ができる。
 テーブルにはもう湯呑茶碗カップと、約束通り簡単につまめるお菓子甘食が置かれている。
 ロデリックくんからの提供だ。バベナの市場で購入したものらしい。早速シナップくんがエドくんたちと一つずつ食べている。
「灰色ドドリスたちは行儀がいいな」
『大人しくして役割を果たしていれば、食べ物がもらえると教えてあげたのだ』
「それは、裏切ったらダメな感じか」
「何回もやると信頼を失くすのだ」『のだ』

 ◇

 昼を過ぎて太陽が高い位置に昇る。
 釜戸の片付けと、目印が残っていることを確認し、荷を整えた。朝陽が射していた方向にシナップくんが置いた見張りの台も片付ける。
「よし、行こう」
 睡眠と十分な食事を取ったおかげと、ククステアの効果で強い日差しもさほど問題にならないくらいだ。
 明日にはこの乾燥地帯も抜けることができそうだ。
 見張りの台から遠眼鏡で地形を確認すると、南西側続く山脈がある。これはヴェルニカ近くにある火山を含む山脈なので、南東の沿岸部が近づいているということを指している。
 北と北東にも沿岸部がある。
「砂漠では効き目が少ないように思ったが、ちゃんと効果があるんだな」
 小休憩の間に、ククステアの実から出る水を飲みながら、ガイアスくんが言った。陽射しが強いわりに暑さによる辛さが少ないのは気のせいではない。
「なにもしなくても、ひんやりとした飲み心地なのもありがたいわね。美味しいし、砂漠にしか生えていないのが惜しい気がする」「生育条件がよくわかっていないからな」
 エレイナさんにロデリックくんが言った。
「魔物の避ける岩場の近くに生えてることが多い以外、よくわかってないらしい。収穫した後も実を切って外気に触れないうちは保存も効くし、もっと数があれば東の砂漠にも人は来るんだろうけど」
「魔物から襲われない場所に適応した植物なんですね」
 ジャックくんが言うと、ノアくんが納得したように言った。
 するとバッシュくんがノアくんに、「たまたま、嫌がる場所に生えたのが生き残ったのかも知れないよ」と仮説を立てた。
「ククステアが増えれば人は来るかも知れないが、目当てがククステアだと、すぐに取り尽くされて絶滅しそうだな」
 と、ガイアスくんが笑いながら言った。
 ……どれもあり得そうな話だ。

 小休憩を終えて、再び立ち上がり走っていると、前方に建物の影が遠くに霞んで見え始めた。目的地である飛行船乗り場が見える距離ではないので、中間にある飛行船乗り場か、何か別の、背の高い建物だ。滲むような建物の黒い影は熱気のせいか少し歪んで見える。
「あれは飛行船乗り場?」
「いや、違うな」
 エレイナさんの質問に、前を走るロデリックくんが振り返り言って、そのまま速度を落とし始めた。
 建物はまだ遠くて、何か建っているというのがわかる程度でしか見えていない。見通しがよく、高い建物だから見えている。そんな感じだ。
「乗り場だとすると、近すぎるんじゃないか」
 今度はガイアスくんが言った。
「新しい施設か何かか」
「聞いたことはないが、無いこともないな」
「ここからじゃ全然わからないのだ」
 ガイアスくんが警戒するのに反して、シナップくんは少し興味を持っているようだ。
「我々が進む方角にある。そのうちわかるだろう」
 ロデリックくんがそう言って再び速度を上げた。
「そうですね、行きましょう」
 それを追ってノアくんが走り出した。
 バッシュくんもノアくんも、小さなからだに不釣り合いな大きな背負袋を負っているけれど軽快に走る。
 砂漠を抜けた荒野一帯は、最東端の飛行船乗り場のあるヴェスティア地方まで、はっきりと管理者が決められていない空白地帯になっている。
 途中にある飛行船乗り場は個人が経営する飛行場だ。
 古くからある飛行場で、飛行船だけではなく大型の魔鳥など、使役魔獣を利用した貨物の運搬も行っている。
 東の大陸との交易が盛んになる前からあるのはこちらの乗り場だ。
 国の許可を得られれば、土地を所有出来るので新しく施設が増えていてもおかしくはない。
「ヒトも来ないこんな場所で、何をしてるんだろうな」
「研究施設や工場なら、普段ヒトがいない方が都合が良いんじゃないかしら」
「商業施設は期待できなさそうだな」
 魔物や魔獣を追い払うのにかかる費用は、自前で賄わなければならない。そうまでして何を造ったんだろうか。
「しゃべる魔物と術者のアジトだったりして」
 エレイナさんが冗談っぽく言った。
「かなり高い建物だ。さすがに目立ちすぎじゃないか」
 というジャックくんの声が、走る後方から聞こえた。

 しばらくして目前に見えてきた建物は、エレイナさんが飛行船乗り場の施設か何かと思うくらいに横幅もある。
 実際に近い距離で見ると、敷地はさらに広大で、私たちが東へ向かうためにはいくらか迂回が必要になる。
 見た目では建物の正面がどこかはわからない。
 ヒトが見張っているわけではないものの、塀だけでなく結界も張られていて、敷地内のようすは塀より高い建物部分からしか伺い知ることは出来なかった。
 その建物も、窓は内部が外から見えないよう工夫がされている。
「何かの研究施設でしょうか?」
 ノアくんが建物を見上げながら言った。
「断定は出来ないが、その可能性が高い」
 建物周辺を確認しに行っていたジャックくんが戻ってきた。
「入り口らしき場所がわかったが、関係者以外には開かない」
「研究施設なら不思議じゃないな」
「エレイナ、念のためこの建物のことをイシュタルさんに報告だ。許可のある建物なら問題にならない」
「了解」
「遠いが、いけるのか?」
「手持ちの照明弾ではもう難しいけど、魔紙伝鳩なら直接イシュタルさまの所に返れるわ。私の魔力じゃないから」
 
 ◇

 建物を通りすぎる頃、日が少し傾きはじめた。
 思ったほど時間をかけずに進んできている。
 バッシュくんたちの魔導術による強化を受けているとはいえ、思いの外速く走れているのに自分で驚いていた。
 先ほど目にしたばかりの地面から突きだした岩が、わずかに振り返るともう後方に小さくなっている。
 建物だけを基準にしているとわかりにくいけれど、まるで魔導車か早馬のようだ。
『島』のヒトが今の私を見れば、驚くことだろう。
 時々、倒された魔物が魔石や小さな素材を落とすのが見えても、それを無視して走り続けている。
 キン、という高い音が時折する。
 飛んできた魔石や素材を弾く音だ。
「みなさん、ボクたちの支援魔術の効果が、そろそろなくなります」
 ノアくんが知らせてくれた。
「了解」「了解!」「了解なのだ」

 ──リリン!

 エドくんの出す鈴のような音が辺りに響くと、灰色ドドリスたちが速度を落としながら後方へ下がりはじめた。
 合わせるように私たちも速度を落とす。
「ロデリック、このまま大きめの休憩にしないか」
 ガイアスくんがロデリックくんに向かって声をかけた。
「ふん。一度整え直してからの方が、先々を考えれば良策か。わかった、良いだろう」
 なんだかんだでロデリックくんは譲歩してくれることが多い。
 脳内はエレイナさんへの配慮でいっぱいの可能性があるけれど、エレイナさんへの配慮は結果的にパーティ全体への配慮に繋がる。
 上空に鳥が飛ぶのが見えた。
 飛行船らしき影はまだ、東の空には見えてこない。
 濃いめに映る水色の空に白い雲がわずかにある。
 北と南の空は薄水色が増し、雲と青空の境目はわかりにくかった。
 歩みを止め、周囲を確認して休む場所を決めて準備をする。
 日は傾きつつあってもまだ冷えるには早く、むしろ暑さの方が残っている。
 準備が整い、水分補給に水を飲む。
 今回バッシュくんたちが構築した結界は、エレイナさんと私の魔力も使われた複数による結界陣だ。
 多人数で張る結界というのは集落や村では比較的一般的だけれど、移動で利用する結界陣としてはあまり使われない。
 パーティでの移動のような少人数だと役割分担が分散し、結果的に全員の魔力がちょっとずつ足りてない、などの事態が起きることがまれにあるからだ。
 回復前に魔物や魔獣、賊に襲われると対処できない。
 それでも今回そうしたのは、ガイアスくんが魔導術を使えるようになったというのが大きい。
 たとえ使える魔力がわずかでも、ガイアスくん本人が有する魔力自体は少ないわけではない。というのがロデリックくんの持論であり、魔力を確認できるバッシュくんたちも認めるところだ。

「……ついに、俺も魔術師の仲間入りを果たした」
 先ほどからガイアスくんが自分の両手を見つめている。
 ガイアスくんが魔術を使えるようになったことが判明したのは、ついさっきのことである。
 気がつくきっかけはロデリックくんの一言だ。

 ──「ガイアス、私がくれてやった魔術書で、一つくらいは何か覚えたのか」
 この時点では自覚のなかったガイアスくんが、助言を求めるつもりで披露した術が発動したのである。

 ガイアスくんが発動させた魔術は『着火』
 魔力はほとんど必要としないけれど、複数の元素エレメントを操作する魔導術で、魔力操作の技術としてはバカに出来ないものだ。使用者の適正に水属性とあり、それで選んだようだ。

「やったね、ガイアスくん。『着火』を発動出来るならこれからもっと魔導術を使えるようになるよ」
「ガイアスさんは保有魔力自体は多いので、使える魔力は何度も術を使ううちに増えると思います」
 バッシュくんとノアくんが順に教えると、ガイアスくんの表情がパァっと明るくなった。

 日暮れ間近の休憩を終え、移動を再開し、やがて夜を迎える。
 ──そして、事件は起きた。

 ガイアスくんが倒れたのである。

 ◇

「良かった。目が覚めたのね」
 テントの中に寝かされていたガイアスくんが、意識を取り戻し目を開けたので、エレイナさんがほっと息をついた。
「ロデリックに教えてくる」
 ジャックくんがテントの外に出た。
 状況が良くわかっていないらしい、ガイアスくんが横たわったまま頭を動かし周りを確認しはじめた。
「!?なんだ?どうなってる」
 キョロキョロしている感じなのだろうか。
 すると、私とエレイナさんの隙間から、シナップくんがニュッと顔を出して言った。
「ガイアス君、キミは魔力切れで倒れたのだ。覚えてないのだ?」
 起き上がったガイアスくんが呆然としながら呟いた。
「魔力切れ……」
 ガイアスくんの声とは思えないほどの弱々しい声だ。
「はじめての魔力切れで身体へのショックが大きかったかもしれません。寝てください」
 あわててノアくんとバッシュくんが、ガイアスくんを寝かせる。エレイナさんも、テントに戻ってきたジャックくんも驚いたようすで、ロデリックくんも外から真面目な表情で窺っている。
 ガイアスくんが虫の鳴き声のように小さな声で言った。
「俺の魔力は『着火』3回分に足りていないのか」
 魔力切れは単に魔力が切れただけでは起きにくい。通常は無理に体内の魔力を消費して起きるものである。
「ガイアス。魔力切れを起こす前に兆候とかはなかった?たとえば、少し気分が悪いとか、術が急に発動しなくなったとか……」
 エレイナさんが、ガイアスくんにそっと聞いた。
 ガイアスくんが無言で頷いた。本人もわかっているようだ。
 それだけに今はショックがある。
「シナップみたいに炎の魔導術を使ったわけでも、氷を出したわけでも、バッシュたちみたいに結界を張ったわけでも雨を降らせたり凍らせたりしたわけでもないんだぞ?!」
 ガイアスくんがわりと長めの台詞を捲し立てるように言った後、ガバっと起き上がり掛け布を掴むと、頭からそれを被ってうずくまってしまった。
 私たちは顔を見合せ、ひとまずガイアスくんを置いたままテントの外に出た。

「これまでにも体力を消耗して、魔力切れと似た状況を経験しているはずですが、魔導術が原因で無理やり魔力が引き出されたのははじめてだったせいで、ガイアスさんの身体の安全装置が働いたんでしょうね」
「いつもは減った体力を回復させるのや、怪我を治すのに回ってた魔力が全然違う方法で消費したから身体がビックリしたんだよ」
 ノアくんとバッシュくんが言った。
「医療用魔導具でも、もう異常は見られません。魔力切れで間違いないです」
「魔力回復薬を使ったから、あとは休んでいれば良くなるよ」
 バッシュくんたちの説明で、エレイナさんとジャックくんの表情が柔らかくなった。
「……本人の申告が本当なら、ガイアスは2回『着火』を発動させただけで魔力の回復が必要なのか?」
 ロデリックくんが聞いた。
「今のところ、そうなりますね」
「それは。ショックね」
『着火』に必要な魔力は小銅貨1枚で買える魔石分くらいだ。
 魔力回復薬は一番安いものでも小銅貨で売っているのを見たことがない。

 ◇

 夜の空気が結界内を通り抜けた。
 日中と違い少し冷えた風が、焚き火の炎をわずかに揺らす。
「どうだった」
「だいぶ落ち着いたみたい」
 ジャックくんの質問にエレイナさんが少し笑顔で答えた。
 テントにいるガイアスくんに食事を運んで、戻ってきたところだ。ちゃんと身体を起こして、食欲もあると聞いて安堵する。
「私たちも食事にしましょう」
「そうだな」
 テーブルに並べた料理はまだ温かく、鍋に入ったスープは熱々だ。「ガイアスのやつにあれだけじゃ足りないだろうから、残しておいてやろう」ジャックくんが鍋に視線を移して言った。
「それにしても、ガイアスくんがあんな態度を取るなんて、意外だったのだ」『ボクもなのだ』「ボクも意外でした」「うん。僕も」シナップくんたちの言葉に私もうなずいた。
 すると、エレイナさんとジャックくんが言った。
「ガイアスは魔導術に憧れは昔から持っているの。でも実際に練習しても全然魔力を自分の意思では外に流せなくて」
「その上、魔力を調べたら低くでたらしい」

 諦めたところに希望の日が射してしまったというわけのようだ。
「ジャック君とガイアス君にはバッシュとノアの、魔力や体力を奪う魔導術『二重奏』が効かないのだ。魔力を魔力として外に出して使いにくいのは、ほぼ体質みたいなものと思って良いのだ」
 シナップくんはそう言うと、スープを美味しそうに匙で掬って飲んだ。
「ボクにしてみれば、体質を乗り越えて魔力を使えるようになったのだから、ガイアス君は大したものなのだ」
 そう言うと、シナップくんは甘食に視線を移した。
 それからエレイナさんの方を見て、伸ばしかけた手を引っ込めた。
 代わりに肉料理の盛られたお皿から野菜とお肉を取り分ける。
 先に肉料理を食べていたバッシュくんが、人心地ついて言った。
「だね。ガイアスくんもこれからは自分の意思で魔力を使えるようになるよ」
「今は量が少ないですが。扱いは下手なわけではないようですし」
 バッシュくんの後にノアくんがそう言うと、エレイナさんが、
「そうね。ジャックなんか、むしろ器用よね。ガイアスもそうなのかしら」と言うと、シナップくんが、
「あり得るのだ。少ない魔力で熱を操って炎や氷を創るのは、通常の魔術師でも難しいのだ。魔力が多ければ出来て当たり前なのだ」
 テントの方を見ると、灰色ドドリスが2匹座っている。
『ドドリスが心配しているのだ』
 エドくんはそう言うと、灰色ドドリスたちのところへピョンピョンと向かっていった。
「……しばらく非効率だが、こまめに回復薬で回復させるなりすれば多少魔力は増えるだろう。そのうち立ち直る」
 ロデリックくんは、自分が焚き付けたという気持ちがあるのか、面倒そうにしながらも気遣う素振りも見せた。

『エレイナくーん、ガイアスくんがごはんが足りないって』
 そう言いながらエドくんがピョンピョンと戻ってきた。
「もう大丈夫そうなのだ」

 ◇

 翌朝、私が目を覚ますと、先にガイアスくんが起きていて、エレイナさんと朝食の準備をはじめてくれていた。
 周囲の警戒は灰色ドドリスたちに任せていたので、携帯式灯火だけにして火は消してある。
 3つ用意された釜戸にはすでに火が入っている。
 ふたりとも早い時間から起きているようだ。
「おはようマクスさん」「おはようございます」
「ガイアスくん、エレイナさん、おはよう」
 私たちが朝の挨拶を済ませると、ジャックくんたちも起きてきた。
 スープの鍋から良い香りが漂っている。
 昨晩の分は食べ終えて、香草を入れ今朝新しく作ったもののようだ。
 テーブルには湯呑茶碗が並んでいる。
 朝陽を背にしたテントが逆光で影を作り、その背後や隙間から漏れでた陽は、地面やテーブルを柔らかく照らす。
 まだ冷たい空気が、うっすらと湿り気を帯びている気がした。
 吐く息も、鍋からたちのぼる湯気も白い。
 ガイアスくんの体の具合は良さそうだ。
 準備が整うと、早速食事を開始する。
 テーブルにはバベナで購入したヴェルニカ産の果物、温かい飲み物も並ぶ。
 色鮮やかな赤や黄色、橙色の果物はどれも皮が分厚い。
「ガイアス、行けそうか?」
 ジャックくんが肉料理を食べ終えて、果物に手を伸ばした。
 ガイアスくんが飲んでいたスープのお皿を置いた。
「心配かけたが、もう大丈夫だ。それより、聞いてくれ!」
「ん?」
「今日は3回『着火』で火が点いた」
「すごいじゃないですか、ガイアスさん」
「もう魔力が増えたんだ!」
『仮にガイアスくんの魔力を数字に例えると、2だった魔力が3になったのだ』
「エド。数値にするのはやめてくれ」
「けどわかりやすいのだ」
 実際、魔力の秤かたというのはそんな感じだ。
 1となる基準を決めて数値化する。お店『黒魔石』などに表示される魔力の量は実際に火を点けることの出来る魔力量が基準だと聞いたことがある。
 もちろん不安定な計測にならないよう、平均的に必要な魔力量というのを決めたもので、東の大陸ではもっと精密に計測基準がもうけられている。
「20だった魔力が、30に一気に増えたと考えれば良いんです」
「そのくらいの勢いで増えるのはすごいのだよ」
「大きく伸びるのは最初だけだがな!」
 シナップくんが言ったあとに、ロデリックくんがやたら力強くガイアスくんをガッカリさせそうな言葉を口走って、エレイナさんとバッシュくん、ノアくんに怒られた。
「その頃にはそんなに魔力に困らなくなってるよ。オレたちは魔術師じゃない」
 ジャックくんが果物を食べ終えて、また肉の盛り付けられたお皿に手を伸ばした。
 テーブルには白身魚の煮付けも並んでいて、バッシュくんとノアくんが美味しそうに食べている。
 切り身で売られていたもので、骨もほとんど取り除かれているおかげで食べやすい。ヴェルニカ産の特産魚だ。

 子供の頃や若いときにわからなかったことや、出来なかったことが、時を経て理解できたり出来るようになるのはままあることだ。
 私は湯呑茶碗の温かいお茶をすすった。

 ◇

 ジリジリと真昼の太陽の日差しが、先に見える遠くの景色を少し歪める。いくぶん草の生えた箇所が増えはじめはしたものの、乾いた荒野はまだ続いていた。
「なあ、この辺で昼飯にしないか?」
 バッシュくんたちの支援魔術の効果が切れる頃合い、後方のジャックくんから声がかかった。
 ほどよく魔物の気配が遠い。
 私とエレイナさんが、前方のロデリックくんとガイアスくんに伝える前にジャックくんが速度を上げて合図を送ると、ロデリックくんが気がついて速度を落とした。
 ──地図ではもう少し先に行くと人工の建物がありそうだけど。
 私たちは速度を落として歩みを止め、周囲を見渡した。
「日差しを避けることの出来そうな場所は見当たらないな。テントを張ろう」
 ガイアスくんが荷をおろし、テントの準備をはじめようとすると、シナップくんが言った。
「待つのだ、ガイアス君。日陰を作るなら、ボクに任せるのだ!」
 そう言うと、印をつけた地面に木の棒と布を置いて、魔導術を発動させた。
 古代魔術文字が淡い金の光を帯びて砂の上に浮かび上がり、木で出来た棒切れは熔けるように、布はほどけていくように、シナップくんの魔力と混じり合い、それらは形を変えていく。
 そうして見る間に、木の骨組みと布がかかった屋根付きテントが出来上がった。
 細部に継ぎ目や縫い目がないのは、練金魔術ならではの仕上がりだ。
「素材の特性が出るから、“練金魔術”や“調合魔術”の方がボクの創造魔術より面白いことがあるのだ」
 そう言ってシナップくんが出来上がったテントを見上げた。
「風通しも良くて、いいじゃないか」
 ガイアスくんが感心しながら、「家は創れたりしないのか?」と、以前私がシナップくんに聞いたのとほぼ同じ質問をした。
 魔物避けの結界陣も完成して昼食の準備をはじめる。
 釜戸にガイアスくんが魔導術を施す。
【着火】
 チリチリと細かな木屑から煙が上がり、そこに微かに風が送られると小さな炎が生まれ、火が点いた。
 エレイナさんが鍋に切った野菜と肉、芋、米と水と調味料を入れ蓋をした。
 鍋に入れられた材料を見て、ガイアスくんが嬉しそうに言った。
「今日の昼メシは炊き込み飯か」
 よく味の染み込んだコッコ鶏肉を使った炊き込み飯は、庶民の愛され献立のひとつだ。
 灰色ドドリスたちが、ご飯の準備が整うのを、行儀よく待っている。
 テーブルの席で手の空いたロデリックくんが、冷風を出す魔導石を前に涼をとっている。
湯呑茶碗カップで水を飲んでるだけなのだ。どうして妙に優雅なのだ」
 シナップくんが首をかしげた。
 昼を過ぎ食事を終えて移動を再開すると、やがて夜が近づいてくる。
 私たちの向かう方向に小さく人工物の光と影が映る。薄暗がりにぼんやりと光るのは、目的地との中間に位置する飛行船乗り場だ。
 一度足を止め、遠眼鏡でも確認をする。
「今日のうちにあの辺りまで行けるか?無理なら背負袋に……」
 鍛練のため王都出発直後には控えていた、支援魔術を使っていて、その分だけ移動速度は上がっている。
 懸念は1日の活動時間は多くなっていることだ。
 ガイアスくんの続く言葉を遮ってバッシュくんたちが軽快に答えた。
「まだ行けるよ」「大丈夫です」「行けるのだ!」
 今日3度目の支援魔術の効果がまだ続いている。
 ロデリックくんや私たちもうなずいた。
「今のうちに、進めるだけ進んでしまった方が良いと思うわ」
「わかった、行こう」
 エレイナさんの言葉にガイアスくんもうなずいた。
「ガイアス、止まっていると魔物が寄ってくる」
 ジャックくんと灰色ドドリスたちが、周辺から群がってきた魔物たちを倒した。まだ離れていると思っていた魔物が近づいて、私の探知機も魔物の魔力を感知し振動している。
 人が管理する施設に近づいているものの、魔物の数を制御するほど手は回っていないようだ。
「お前たち、少し離れていろ」
 ロデリックくんに言われて、少し距離を取る。
 白い火花とパリパリという異音が鳴って、同時に前方に光が放たれた。
 低く、広く、地面を這うように閃光が広がって、魔物たちの影を捕らえた。
 進行方向にいた魔物が、一斉に光の渦のように形を崩していく。
 ロデリックくんの雷属性の魔力を帯びた技能『閃光』
 昼間だと何が起きたか一瞬ではわからないかもしれない。
「何をしている、行くぞ」
「行って大丈夫か?まだ光ってる気がするんだが」
「残像のようなものだ。気にしなくていい」
「うっかり通って、麻痺したりしないか?」
 ガイアスくんはマヒを気にしているらしい。
「くどいぞガイアス」
 ロデリックくんはそう言うと再び走り出した。
 速いので、すぐに見えない場所まで行ってしまいかねない。
 私たちはあわてて彼の後を追った。

 1刻ほどで飛行船乗り場のそばに到着する。
 暗がりのなかでも乗り場は飛行船が運航していて、塀と結界で囲われた施設は、照明で明るさが保たれている。
 あと半刻ほどで支援魔術の効果はなくなる。
 私たちは中間地点である飛行船乗り場を素通りし、先を急いだ。
 ゴォーーーーッ
 重低音のあと、数機の飛行船が光を放って上空を飛んだ。
 一瞬強い圧迫感に襲われる。
 巨大な飛行船が急速に高度を上げながら東へ向かっている。
 南にも飛んで行ったようだ。
「びっくりしました!」
「うん。ありがとうマクスさん」
 前を走るバッシュくんとノアくんが、思わず立ち止まってしまいそうになったので、あわてて後ろから拾い上げた。
 ──間違って蹴り飛ばさなくて良かった。
 私自身も上を見上げて速度を緩めたので、どうにかその事態を免れた。
 全速力で走っていたらそんな余裕もなかったろう。
 私は安堵しながらそのままふたりを抱えて走る。
 するとバッシュくんもノアくんも、私の腕をほどいて、器用に 勢いよく横に飛び出し、一瞬遅れながらすぐに速度を上げて追い付いてきた。
 さすが犬族の子供である。
 飛行船と私たちの距離が徐々に開きはじめたけれど、私はなかなか距離が離されないことの方に驚いていた。
 魔導飛行船の技術は昔よりも向上していて、相当に速くなっているはずだからだ。
「今日はこの辺りで休もう」
 前を走るガイアスくんの声が聞こえてきた。
 エドくんの鈴のような音の合図が辺りに響いて、灰色ドドリスたちも速度を落とす。
 その間にも前へ進む。
 急に止まれないほどの速度になっている。
「今の時代、街中だとボクたち速度違反かなにかで捕まるのだ?」
 シナップくんが言った。
 止まる際の反動を打ち消すように、シナップくんがピョンと時々跳ねるように飛び上がった。
 高く飛び上がった時に、くるくるくるッと回転がかかって私が驚いていると、意図してなのか灰色ドドリスの背中に着地して止まった。金色の目を大きく見開いて、小さく口が開いている。
 灰色ドドリスがシナップくんを、うまく拾ったのが正しそうだ。
「すごいよシナップ!」
 ノアくんが駆け寄って褒めると、間髪入れずにエドくんが『ドドリスが頑張ったのだ』と言った。
 ちょっと危なかったようだ。
 暗くても遜色失く動けた灰色ドドリスの美技である。
「よくやったのだシルバ」
 シナップくんが灰色ドドリスを撫でた。
 バッシュくんとノアくんも撫でる。
「偉いねシルバ!」

 ◇

 澄んだ夜の空に星が輝く。
 焚き火から届く暖かい火の揺らぎ。
 肉と野菜のスープの香り、ジュゥジュゥと焼ける肉と脂の弾ける音と漂う匂い。
 バッシュくんとノアくん、シナップくんたちの楽しげな声と、灰色ドドリスたちと転げて遊ぶ微笑ましい光景。
 いまのような状況は楽しい旅の思い出として十分ではないだろうか。
 さほど離れていない距離に、魔物がうようよいるという危険地帯であることを除けば。
 結界の外で、ロデリックくんの技能『閃光』が4度に渡って発動し、その光が辺りを一瞬明るくする。
 一度で広範囲の魔物が姿を消してしまうだけでなく、ロデリックくん自身も敵味方の区別がつけられない技能であることや、いくつかの要因であまり頻繁に使わない技である。
「……終わったのかな?」
 バッシュくんとノアくんが立ち上がって、結界陣の外側を携帯式灯火魔石ランプを持って確認する。
 ロデリックくんの技能の巻き添えにならないよう、念のため結界の中に灰色ドドリスたちを全員避難させている。
 ロデリックくんは、灰色ドドリスは適正魔力が土属性だから、雷属性の自分の技は効きが悪いはずだ、と言っていたけれど。
 バッシュくんたちはその発言にちょっと引いていた。
 鍋の火加減をエレイナさんとガイアスくんに任せ、私とジャックくんとでバッシュくんたちに付き添い、外の様子を窺う。
「暗くて良く見えないね……」
「倒せば減る魔物なので、城郭都市ワルゴを襲ったような術者絡みの魔物はいないはずですが」
 砂漠でライアットさんたちから聞いた話でも、ワルゴ周辺で術者としゃべる魔物が捕らえられている。
 まだ詳細はわからないものの、ワルゴを取り囲んだ魔物たちが、シナップくんが仮説を立てた通り、人と契約して力を得た魔物であることはわかってきている。
「東の砂漠にもいたんだ。どこにいてもおかしくないってことだよな」「はい」
 ライアットさんたちから見て、強さがどうのより目的が不明なのが薄気味悪いようだ。
 それは襲われ、膠着状態に陥っているワルゴもそう感じているかもしれない。
 しばらく結界陣の外を窺っていると、ロデリックくんの魔導石の明かりが点いて、白い息を吐くのが見えた。
 結界の中は魔力で外気温からも護られている。
 焚き火も釜戸もあり、ある程度暖が取れている状態だ。
「外、寒そうだね」「開けてあげましょう」
 ジャックくんが携帯式灯火を上に掲げ、何度か点けたり消したりで点滅させると、ロデリックくんが陣地のどこに出入り口が作られるか気がついた。
 ゆっくり歩いて戻ってくる。
「魔物の反応はどうだ?」
「しばらくは大丈夫です」
 ノアくんの返答にロデリックくんが頷き、結界の中に戻った。
「お疲れ」「お疲れさま、ロデリックくん」「お疲れさまです」「お疲れさま」「お疲れさまなのだ」『お疲れさまなのだー』
 ガイアスくんとエレイナさんも、ロデリックくんが戻ったのに気がつく。
 5匹の灰色ドドリスがロデリックくんに近づき、そのまま伏せて寝そべった。
「お疲れさま」「お疲れさん、ロデリック」
 テーブルに温かい飲み物が置かれた。
 温かい料理も並んで、美味しそうな匂いも漂っている。
 中央に並ぶのはコッコ鶏肉のカラッと揚げだ。
 手分けをして、まだ盛り付けていない料理もお皿に乗せていく。
「この5匹のドドリスたち、ロデリックになついたわね」
「なかなか見所のある獣だ」
 ロデリックくんがまんざらでもなさそうに、ふっと笑った。
 バッシュくんたちは灰色ドドリスに、それぞれ名前をつけたようで、ロデリックくんに教える。
「……魔力で見分けているのか?」
「そういえば、そうですね!みんな魔力が高めになってきていますが、シルバは特に魔力が高いです」
 ノアくんが目を細め、嬉しそうに教えた。
「見た目も少し違うのだ」
「ごはんを食べ終わったら、見分け方を教えてあげるよ」
 シナップくんのあとに、バッシュくんが言った。
 ロデリックくんが興味を示したのが嬉しいのかもしれない。
 
 もうすぐ王都出発から12日目の朝がやってくる。

 ◇

「今日からは、今より移動時間を増やして追い込みをかけることになる」
 早朝、食事の準備が整ってすぐにロデリックくんが言った。
 シナップくんたちと一緒に、灰色ドドリスたちもロデリックくんの方を向いて、声に耳を傾けている。
「私からこれ以上言うまでもないが、何か意見はあるか」
「俺は移動の時間を増やすのはかまわないが、バッシュやノア、シナップは 背負袋かドドリスに乗せた方がよくないか」
 ガイアスくんがそう言うと、エレイナさんも「そうね。私も移動の時間を増やすのに異論はないけれど、バッシュちゃんたちは、ドドリスたちに乗せてもらった方が良いと思う」と続けた。
 ジャックくんと私も、似たようなことを思っていて、ふたりの言うことに黙って頷き、ロデリックくんの方を見た。
 テーブルに並ぶ料理の器から、美味しそうな匂いがするので、シナップくんが早く食べたそうにしているのが、視界に入る。
 バッシュくんとノアくんもお腹が空いていそうだ。
 エドくんはジュエルスライムなので表情はよくわからない。
 そわそわする様子から、お腹は空いている気がする。
 ロデリックくんは、彼のこれまでの方針から考えて、この意見を無視はしないだろう。
 案の定ロデリックくんはすぐに言ってくれた。
「良いだろう。パーティの統率者はガイアス、お前だ。お前の意見を尊重しよう。身体を虐め抜くだけが鍛練ではないからな」
 ロデリックくんの返答に、ガイアスくんが頷く。
 それから取って付けたようにガイアスくんに向かって言った。
「言っておくがガイアス、貴様のためではないぞ。我が女神たるエレイナに感謝の念を捧げ、這いつくばって尽くせ」
「何でだよ!」

 文字通り私たちは女神エレイナさんの加護の下にいるらしい。
「話もまとまったし、もう食べてもいいか?」
 ジャックくんが言った。
 テントが作る長めの影と、その隙間から漏れでる日射しを受けながら、朝の食事が始まる。

「いただきます」「いただきますなのだ」

 お皿に盛り付けられた柔らかい燻製肉は、魔導具を使い、低温で保存しておいた塩漬けの肉を、ジャックくんとで燻製にしたものだ。
「魔冷具、買って正解だったなぁ」
 食事を大方済ませたガイアスくんが、そう言いながら魔力回復薬の小瓶を取り出し、飲もうとした時だった。
 ロデリックくんが厳しい視線をガイアスくんに向けて言った。
「ガイアス、よせ。それを飲むな」
「え、何?どうしたの」
「魔力がまだ3しかないお前が使うなど誰が考えても、もったいないだろう」
 そう言うと、ロデリックくんが食後の甘味の果物の皮を剥いて、果肉を口に入れて飲み込んだ。
 温かい飲み物の入った湯呑茶碗を手に取り、満足げにお茶をすする。
 ロデリックくんの頭の中で『着火』が使える魔力量が1で固まったようだ。
「その程度の魔力は、食後に時間が経過するだけで自然回復する」
 ロデリックくんに言われて、ガイアスくんが黙って小瓶をしまった。まあまあなショックを受けているかもしれない。
 私は自分のアイテムバッグの中に入れてある、最も効果の小さな小瓶を思い浮かべる。
 魔力回復薬の小瓶は、指先ほどの小さなモノで、回復の目安が瓶には100と書かれていることが多い。
 飲めばおが屑に火を点けたり、半刻くらい明かりを灯すのが10回くらい出来るくらいの魔力量はすぐに戻る。
 初歩的な回復魔術なら1度使えるくらいだろうか。
 お店で買えるのは安いもので中銅貨2枚。
 薬草が白銅貨1枚なので、そう比べるとずっと安い。
 魔力切れの症状緩和にもよく使われるので、ガイアスくんが気軽に使おうと思っても、それほど罪深くは感じない。
 魔力は何度も使うことで少しずつ増える。
 急いで魔力を回復、消費を繰り返して増やそうと思ったであろうガイアスくんの気持ちは、ロデリックくんに話してわかるとは思いにくい。
 いかんせん、彼らは冒険者であって、比較対象が同業者や魔導士などになりがちだ。
 シナップくんが果物の蜜煮を、小麦と片栗粉を水で溶いて焼き上げた生地にたっぷり乗せて、美味しそうに頬張った。

 ◇

「魔物の数が増えてきたな」
 王都からも街からも離れ、めぼしい迷宮も資源を供給するような鉱山もなく、人の滅多に訪れない平野が続く。
 上空を見上げると、時折飛行船らしき影を見つけることが出来るようになった。
 道らしい道は見当たらない。
 沿岸沿いに街や村があるため、北と南には道が設けられているのだけれど、ここからでは見えもしないほど遠い。
 人にとって資源と言えるほどではないだけで、魔物が生きるのには十分な魔力源はあるらしく、ガイアスくんが言うように魔物の数はこの移動のなかでは多いとハッキリ言えるだろう。
 魔物地図でも、この地域周辺は多種の魔物が混在して棲息している。
 こちらがなるべく刺激しないようにしていても、魔物たちは放っておいてはくれない。
「キリがない。休むどころじゃないな!」
 ガイアスくんが飛びかかってきた魔物を大剣で切り払う。
「足を止めないで移動している分には魔物も追い付いてこれないけど、止まったら最悪ね」
 エレイナさんが走りながら言った。
「ガイアス君、休まないとドドリスたちがそろそろ限界なのだ!」
 灰色ドドリスの背に乗せてもらったシナップくんが、ガイアスくんに報告する。
 短い休憩を挟んだりはしたものの、朝からほとんど止まらず、4刻ほど走り続けている。
「わかった!バッシュ、ノア!この辺で魔物の数が少なそうな場所はあるか」
「ここからもう少し先は、少し気配が少ないよ」
「了解、ジャック、ロデリック、先へ行ってくれ!バッシュ、ノア、魔障壁と休憩用の結界の準備を頼む!エレイナ、マクスさん、シナップ、エド!ここから魔物を減らしながら進む」
「了解」「了解なのだ」『のだ!』
 かけ声を合図にシナップくんを乗せた灰色ドドリス、シルバが駆ける。
 シナップくんの氷の魔導術が発動し、次々と凍らされていくが、暗闇人面樹にはあまり効果が無いようだ。
 けけけけけっ
 カカカカカッ
 ヒトの笑い声のような不気味な音が辺りに響き渡る。
「お前たちの弱点はわかっているのだ!そのままノロノロと待っていろなのだ!」
 シナップくんがそう言うと、見計らったようにノアくんとバッシュくんを乗せた灰色ドドリスたちが、暗闇人面樹を引き付けながら動きの鈍くなった暗闇人面樹のところに走っていく。
 ズァァッ!
「マクスさん!エレイナ!」「了解!」
 『岩蛇』が土を抉るように巻き上げながら、細長い身体を立ち上げ私に襲いかかった。
【岩盤落とし!】
『岩蛇』に地属性の私の術で損傷を与えることは難しい。
 けれど足止めには十分だ。
 エレイナさんの風の魔導術、『風刃』が魔物の『岩蛇』に襲いかかり、灰色ドドリスたちが体当たりによる止めの一撃を食らわせていく。次々と光の霧のようになって魔物が消えていく。時おり弾け飛びながら光って落ちるのは『岩蛇』が落とす魔石だ。
 視界の端で、シナップくんの炎の魔導術が発動したのが見えた。
 ジャックくんとロデリックくん、ガイアスくんが開いた魔物の空白地帯を、そのまま灰色ドドリスたちと一緒に走り抜ける。
「みんな、あともう少しで休めるからね」
 バッシュくんとノアくんの声が流れて聞こえてきた。
 高い位置にあっても、太陽の日差しが地面に照り返すことは少なくなった。
 前方でジャックくんとロデリックくんが待っている。
 辺りはもう、十分に魔物と距離が保てる状態で落ち着いているようだ。

 ◇

 昼食を兼ねた休憩用の結界の中、石を組んで作られた釜戸の上で鍋から温かい湯気が立ち上りはじめた。
 切り終えた野菜はすでに鍋の中で、お肉が入ってくるのを待ち構えている。

 灰色ドドリスたちは、シナップくんが用意した敷き布の上で気持ちよさそうに寝そべっている。

「いつの間に拾ってたんだ?」

 ガイアスくんと私たちが驚きの声をあげた。
『ドドリスたち、頑張ったのだ』
 エドくんの丸い藍玉アクアマリンのような艶やかで透き通った身体ボディが、陽射しを反射してキラリと輝きを放つ。
 まだ料理が並べられていないテーブルの上に、魔石と暗闇人面樹の素材がいくつも置かれている。エドくんとシナップくんたちが、灰色ドドリスたちから受け取ったものだ。
 ──疲れていたはずなのに、なんて賢くて健気な魔獣なんだろうか。
 思わず灰色ドドリスたちの方を見ると、灰色の毛並みが明るい日の光にうっすら輝いているように見えた。
 中でもシルバと名付けられた灰色ドドリスは、少しばかり神々しさすらある。

「暗闇人面樹の木材擬きは汎用性があることで需要も高い」
『ボクが知ってる暗闇人面樹の素材と少し違うのだ』
「見た目はそっくりでも、3000年前とは暗闇人面樹もちょっと変わったのかもしれないのだ」
 変貌が早い魔物の中で、暗闇人面樹は昔のまま変化がないと言われてきた魔物だ。シナップくんたちから見ても、姿形は同じように見えているらしい。
「変わらないのは見た目だけかも知れないな。色が微妙に違う」
 ガイアスくんが、シナップくんの塔型迷宮メイズで手に入れた暗闇人面樹の素材を思い出すような仕草をして言った。
 目の前にある素材に比べると、塔型迷宮で入手した木材は、夜の闇のように濃い色をしていた。
 少し素材や魔物のことを話して、鍋のことを思い出したエレイナさんが、あわてて様子を見に戻る。
「俺たちも飯の支度の続きをしよう」
 テーブルに料理を並べることが出来るように、ひとまず素材と魔石を袋に詰め込んだ。
 ジャックくんとロデリックくんが倒して、私たちを待つ間に拾い集めた物を入れると、魔石と魔物の素材はそれなりの量がある。

 ◇

 昼の食事を終え、灰色ドドリスたちの回復を待ちながら私たちも休憩を取る。
 空を見上げると飛行船の、豆粒のような影が上空を飛んでいるのが見えた。
 飛行船は毎日数多く運航しているはずなので、もっと数が見えてもおかしくないように思うのだけれど、実際には高度をあげていて、それほど見つけることは出来ない。
 魔導工業大国メルンの技術を取り入れた飛行船は、気体の力だけでは飛んでいないので、巨大な船体でもかなりの高さと速さで航行し、連続で飛行できる時間も長くなっている。
 おかげで私たちが乗る予定の飛行船は、夜間も飛び続けることが可能だ。
 遠くに冒険者らしき人影が、魔物と対峙しているのが複数見える。暗闇人面樹の素材が目当てのようだ。
「この場所が魔物の少ない状態になっていたのは、あのヒトたちのおかげだったかも知れないね」
 バッシュくんが人影の方を見て言った。
 それほど高値で取引される素材ではないけれど、用途が幅広いので換金しやすいというのが魅力らしく、定期的に冒険者ギルドへも調達依頼が入るそうだ。
 商人ギルドからも納品依頼が出される。
 暗闇人面樹の素材は、一見すると黒っぽい木材のようだけれど、そのほとんどが変質した魔力と不純物で構成された物質だ。
 一番簡単な利用方法は、薪と一緒に火にくべてしまうことだけど。
 錬金術や魔導調合などで、木の性質を持った燃料に変えることも出来る。
「そろそろドドリスたちも行けそうか?」
「うん、魔力も体力もだいぶ戻ったようなのだ」
 ガイアスくんが尋ねると、シナップくんが笑顔で答えた。
 灰色ドドリスの方も言っていることがわかるらしく、動き始めている。
 故郷の『島』には灰色ドドリスのような魔獣がいないので、彼らの賢さに私は驚いてばかりいる。
 よくよく考えれば群れで生活し、子育てもする生き物である彼らが、何も考えていないと思う方がどうかしているのだろう。

「それなら、行きましょうか」
「おー!」「行くのだ!」『のだ』

 この先も暗闇人面樹の棲息地域になっている。
 砂漠を抜けてすぐのところよりは、いくぶん草木はあるけれど。植物があまり生えていない場所に、見た目だけは木のような姿をした魔物が数多くいるというのは、謎となっている。

 かつてこの辺りに森があった時代、木に擬態し生き残った魔物が暗闇人面樹だという説が一応有力だ。

 再び東を目指し出発した私たちの行く先で、テントが張られている場所が散見されるようになってきた。
 少量の素材入手では割に合わないので、滞在してまとまった数を調達しているのだろう。

 冒険者ギルドの訓練所で教えてもらった、身体の使い方や移動しながらの魔術を取り入れて試行錯誤を自分なりに繰り返してきた成果が徐々に現れてきている。
 視界に魔物が迫る。

【岩盤落とし!】
 現れた岩石が、周囲の土塊を巻き込み巨大な岩盤となって魔物たちに圧しかかった。
 これまで使ってきた地属性魔術『地縛り』と違い、魔物の行動を完全に封じる術とは違うけれど、威力は大きく足止めの効果もある。
 次第に日が傾き、進行方向に伸びる自分の影が長くなったころ、前方に複数のテントの小さな影が視界に入った。

 邪魔するのを防ぐため、速度を落とす。
「俺たちも休憩が必要だが、晩飯には早い。どうしようか」
 ガイアスくんが、私たちの方を振り返りながら言った。

 魔物も討伐されたのか、近くには見当たらない。
「もう少し先でも、あのヒトたちの邪魔をせずに休む場所を確保できそうだよ」魔力探知をしてバッシュくんが教えてくれた。
「よし、ちょっと回り込んで先に進んだら休憩しよう」

 私たちが立ち止まり、相談していると、テントと別の方からこちらに向かって物凄い勢いで駆け寄ってくる人影が現れた。
 魔物の討伐で何か彼らの意に反したことでもしてしまったのだろうか?
 こちらに敵意や邪魔する意図の無いことを示すため、武器をしまう。バッシュくんとノアくんが魔障壁を発動させたのは、念のためだ。相手も武器をしまっているけれど、道具を使わずに魔導術は使うことが出来る。

「驚かせて済まない。我々は依頼を受け、この辺りで魔物の素材を集めている者だ」
 代表して話す男性が、謝罪しながら切り出した。

 ◇

 私たちに声をかけてきたのは、昨夜通りすぎた飛行船乗り場に雇われている冒険者の一団だった。
「俺たちは周辺の護衛としてではなく、施設運営の燃料集めの要員として、依頼を受けてこの辺りで活動を行っている」
 直に素材を運び込んでもらうことで、輸送費用を省いているようだ。
 素性を明かされた私たちは、テントを設置した彼らの野営地に誘われ、話を聞くことにした。
 ロデリックくんがあからさまに嫌そうな顔をしたけれど、エレイナさんが承知したので、問題なく付いてきている。
「あんたら噂どおり強いなぁ」
「ウワサ?」
「暗闇人面樹を一撃で何体も討伐しながら、灰色ドドリスを引き連れて疾走するパーティがいるっていうんで、俺たちの間で噂になってる。子供までそれをやってのけるとか。まさか本当とはビックリだ」
「そんなウワサになってることに、俺もビックリだよ」
 ガイアスくんが言った。
 暗闇人面樹を一撃で倒す子供というのは、シナップくんのことだろう。
 私たちを野営地に連れてきてくれた冒険者のヒトたちが、飲み物の入った器を手渡ししてくれた。
「ありがとうございます」「いただきます」
「ありがとうなのだ」
 少しとろみのある発酵乳を使った甘い飲み物だ。
「美味しい!」
「野営地での生活をよくするのにヤッギーを飼ってるんで。その乳で作った飲み物なんだ」
 スコルオと名乗った青年が、よく通る声で言った。
 私たちの反応が気恥ずかしかったのか、少し顔を紅潮させた。
 飲み物が行き渡ると、グレイシャーさんが話を再開しようとした。
 グレイシャーさんは最初に代表して私たちと話した男性だ。

「悪いが、魔物の討伐を手伝ったりは出来ないぞ」
 先手を打つようにガイアスくんが言うと、グレイシャーさんが「いや、話というのはそういうのじゃないから安心してくれ。ただ、確認しておきたいことがあって。その……」
 グレイシャーさんが少し言いにくそうにすると、ロデリックくんが、言った。
「私たちが倒して放置した魔物の素材なら、そっちで好きにすると良い」
 グレイシャーさんが、ロデリックくんの方を見て、ガイアスくんや私たちを見回す。
「そういう話なら別に確認なんて要らないよな」
「ええ、むしろ拾って利用してくれた方がありがたいわ。勿体ないもの」
 私たちがお互いに顔を見合わせて、答えるとグレイシャーさんと周りの冒険者のヒトたちが、ほっとしたようすになった。
「助かる」
「ありがとうございます」
 後で私たちが回収に来る可能性に備えて、言質を取っておきたかったようだ。
「頭を上げてくれ。放置したものを回収してもらって、礼を言うのはこっちの方かもしれん」
 魔獣や動物と違い、魔物の場合、討伐後に腐敗するようなものは通常は残らない。
 そのせいで放置する罪悪感は薄くなりがちだけれど、場所によっては馬車など通行を妨げる原因になることがある。
 そういったことを防ぐため、国は定期的に人員を割いて回収を行っているくらいだ。

「大して礼にはならないかも知れないが、これをもらってくれないか」
 グレイシャーさんがそう言って、ガイアスくんに封蝋のされた封筒を8通寄越してくれた。
「これは?」
「あんたたち、さっきチラッと東の大陸に行くのに飛行船乗り場を目指してるって話したろ。俺たちの仲間に東の大陸出身者が結構いるんだ。それがあると満月祭に参加する費用が抑えられる。無料タダで魔石や素材をもらうには多すぎるんだ」
「?割引券みたいなものか?それとも満月祭に参加する入場券?はじめて聞くが」
「地元住人じゃなければ知らなくて普通か……」

 グレイシャーさんはそう言って、私たちに満月祭についての簡単な説明をはじめてくれた。

「ヘゼリア大陸のメルンの満月祭は大きく教会が主催するものと、地元組織が主体のもの、街が執り行っている3つに分けられる。この封に入っているのは街が地域振興で配ってる金券みたいなものだ。限られた期間と地域でのみ利用できる」
「金券……って、良いのか?魔石も素材もそこまで大した量にはなってないはずだ」
「使えるのは祭の期間だけ。あんたたちに使ってもらえなきゃ、タダの紙切れだよ」
「……お互いに『勿体ない』の交換というわけね」
「そう思ってもらえれば、ありがたいな」
 エレイナさんの言葉に、グレイシャーさんが朗らかに笑い、うなずいた。
「8つの封は別の街が発行した券が混ざっている。街によって使い方も違っていたりする。面倒だが確認して使ってくれ」
「ありがとう。ありがたく頂いていくよ」

 ◇

 グレイシャーさんたちの野営地をあとにして、再び東へ進路を取る。
「休憩もさせてもらった上に、金券までもらえてウハウハなのだ」灰色ドドリスの背に乗って、シナップくんがご機嫌な様子で言った。
「シナップ、体力が戻ったならドドリスから降りて自分で走りたまえ。キミは文武両道を目指すのではないのか」
 ロデリックくんが苦言を呈した。
「何を言っているのかね、ロデリック君。それはノアとバッシュの目標なのだ」
 シナップくんの言うことに、ロデリックくんが黙った。
 表情が見えないので、心情はよくわからない。
 エレイナさんがおかしそうに笑っている。
 斜め前方を離れて走るガイアスくんは苦笑ぎみだ。
 バッシュくんとノアくんは、私の少し前を懸命に走っている。
 支援魔術を使っているとは言っても、バッシュくんたちの体力、持久力は明らかに上がっている。
 周辺の魔物のなかに、暗闇人面樹の姿が見えなくなって、代わりに別の魔物の姿が目立ちはじめた。

 渦巻きのような殻を持った魔物たち。
 まるで海と陸を間違えて棲息しているかのようだ。
 色鮮やかな貝に、木の枝を丸く編んだかのような奇妙な魔物も、海中を回遊するようにうろついている。
 この辺りはこの辺りで、魔物の素材を目当てに冒険者が訪れているようだ。
 時間を追うごとに薄暗さを増す中で、冒険者らしき人影が放つ魔導術の光が、時折視界に入る。
 グレイシャーさんの話では、ワルゴの一件で魔物の異変に関する調査や警戒の方に人員が流れ、日常的な魔物の討伐に当たれる冒険者の数が減っているという。
 そこにガイアスくんたちが現れたのは、グレイシャーさんたちにとって本当に天の助けのように思えたのかもしれない。
 ほんの一時分いっときぶんであっても。
 砂漠でしゃべる魔物と術者が見つかったとなれば、もうどこに潜んでいるかなど、疑い出せばきりがない。

 バリバリ!ピシャッ
 シナップくんの雷の魔導術が連続して発動し、魔物たちが消滅するのを見て、ガイアスくんの表情がひきつるのが見えた。
 シナップくんの魔術は多彩である。
「シナップ!頼む、雷を使うときは事前に教えてくれ!」
「なぜなのだ。なぜ雷だけなのだ」
「マヒさせられそうじゃないか!」
 ガイアスくんが走りながら訴えた。
 走りながら話すのが苦しいのか、心情からなのかはわからないものの、必死の訴えにシナップくんが応じた。
「……わかったのだ」
 灰色ドドリスのシルバくんの背に乗って、ガイアスくんから少し離れて並走しはじめた。
 
 もうすぐ日が沈みはじめる頃合いだ。
 地面に長く伸びた影が薄くなり、辺りも暗さを増してくる。
 数度の短い休憩を経る頃には空で星が瞬いていた。



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 □共有アイテム□

 ◇主な食料の在庫
 内訳(長期保存食料143食分)
『追加保存食70食分』
『塩漬け肉500カロ』『塩漬け野菜400カロ』
『ククステア(砂漠の雫)の実』『ククステア(砂漠の雫)の葉』
 ーーー
『塩漬けトントン肉100カロ(低温保存中)』
『燻製トントン肉100カロ(低温保存中)』
『塩漬けコッコ鶏肉100カロ(低温保存中)』
『燻製コッコ鶏肉100カロ(低温保存中)』
『塩漬け魚20カロ低温保存中』
『塩漬け黒アテルディーテの肉1,000カロ低温保存中』
『燻製黒アテルディーテの肉500カロ低温保存中』
『味付け肉黒アテルディーテの肉350カロ低温保存中』
『燻製魚20カロ』
『塩漬け魚20カロ』

 ◇冷凍中
『味付けコッコ鶏肉25カロ』『果物10カロ』『野菜10カロ』『黒アテルディーテの肉850カロ』
 ◇蜜煮
『果物40カロ(密封容器79個)』『野菜130カロ(密封容器260個)』

 ◇嗜好品お菓子(魔導系回復あり)、各種調味料、未調理穀物4日分

『食堂のぬいぐるみ(中)』『2名食事券』『2名宿泊券』

 ◇魔力回復ポーション(EX102本、超回復74本、大130本、中638本、小943本)
 ◇治癒ポーション(治癒薬EX107本、超回復69本、大880本、中2,060本、小4,563本)、薬草(治癒1,059袋)1,059袋、他

 □各自アイテムバッグ
 ガイアス (魔力回復薬小3本)(治癒薬EX2本、超回復4本、大10本)薬草(治癒5袋、解毒5袋)麻痺解除薬5本

 ジャック (魔力回復薬小4本)(治癒薬EX2本、超回復4本、大10本)薬草(治癒5袋、解毒5袋)麻痺解除薬1本)

 エレイナ (魔力回復薬EX1本、超回復1本、大6本、中1本、小2本)(治癒薬EX3本、超回復3本、小10本)薬草(治癒5袋、解毒10袋)麻痺解除薬1本)

 マクス (魔力回復薬EX3本、超回復5本、大5本、中4本、小8本)(治癒薬超回復5本、大5本、中10本、小18本)薬草(治癒18袋、解毒10袋)麻痺解除薬1本)

 バッシュ (魔力回復薬EX1本、超回復1本、大2本)(治癒薬EX1本、超回復1本)薬草(治癒1袋、解毒10袋)麻痺解除薬1本)

 ノア (魔力回復薬EX1本、超回復1本、大2本)(治癒薬EX1本、超回復1本)薬草(治癒1袋、解毒10袋)麻痺解除薬1本)

 シナップ 『塔にあるもの全部』
 ロデリック『私物とお菓子』

 □背負袋

 ガイアス 『共有アイテム』『バッシュとノアの本』『エレイナ、バッシュ、ノア、シナップの荷物』『食糧』『魔導石』『入門!魔術』『魔術図鑑(魔力紙付)』『マナナの実』『入門魔術(ロデリック購入)』

 ジャック (魔力回復薬EX11本、超回復10本、大50本、中210本、小140本)(治癒薬EX1本、超回復85本、大35本、中80本、小120本)薬草(治癒10袋、解毒10袋)麻痺解除薬2本)『もしもの時の燻製肉』『魔導石』『追加保存食22食分』『保存肉(10袋入り)冷凍中』

 エレイナ (魔力回復薬EX3本、超回復10本、大20本、中50本、小100本)(治癒薬EX5本、超回復25本、大30本、中50本、小50本)薬草(治癒60袋、解毒20袋)麻痺解除薬2本、万能薬3つ)『お菓子』『加工魔石(高)』『魔導石』『長期保存食料2食分』
『保存食22食分』『保存肉(10袋入り)冷凍中』

 マクス (魔力回復薬大10本、中100本、小100本)(治癒薬超回復50本、大100本、中200本、小200本)薬草(治癒1,000袋、解毒30袋)麻痺解除薬4本、石化解除薬4つ、万能薬4つ)『草』『魔導石』『図で解る魔導書』『長期保存食料1食分』『ロデリックの魔導書』『追加保存食22食分』『保存肉(10袋入り)冷凍中』

 バッシュ (魔力回復薬EX5本、超回復5本)(治癒薬EX5本、超回復5本)薬草(治癒25袋、解毒5袋)麻痺解除薬5本、石化解除薬1つ、万能薬5つ)『カリカリフード』『魔導石』『長期保存食料2食分』『本』『追加保存食22食分』『保存肉(10袋入り)冷凍中』

 ノア (魔力回復薬EX5本、超回復5本)(治癒薬EX5本、超回復5本)薬草(治癒25袋、解毒5袋)麻痺解除薬4本、石化解除薬2つ、万能薬5つ)『カリカリフード』『魔導石』『長期保存食料2食分』『本』『追加保存食22食分』『保存肉(10袋入り)冷凍中』

 シナップ 『塔にあるもの全部』
 ロデリック『私物とお菓子』『魔導石』『長期保存食料12食分』『果物』
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