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第38話 上位種
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王都出発から13日目
まだ低い位置にある太陽の眩しい光を受けながら、私たちは東へ進路を取っていた。
周囲にグレイシャーさんたちの野営地とは別の、野営地のテントが、あちらこちらにあるようだ。
古い時代は海だったこの辺りの土地には、特有の植物や魔物が多く生息している。彼らはそれらから『塩』や『魔石』などをかき集めて売るのを生業にしている。
かつては土地そのものから『塩』が取れる塩田のようなものがあったらしいのだが、ほとんど取り尽くされ、塩に耐性のあるものが残っている。
『結晶魚』もそんな魔物の一つだ。
私たちの前に巨大な『結晶魚』が何体も立ち塞がる。
呼び名に“魚”とついているけれど、魚とはまるで別物だ。
海でも広く目撃され、しばしば船を襲う。
人間も対抗するので、滅多なことで沈められはしないものの、航海を難しくする一因になっている。
ギシャァアアアーーーーッ
グギャァーーーー!
耳障りな音が周囲に響き渡る。
一節によると、結晶魚は自分を本気で魚の仲間だと思っているという。
それも、肉食の魚だ。
結晶魚がヒトを積極的に襲うのはそのせいだと云われているが、真実はわからない。
地殻変動のせいで海の水が干上がって、平坦で岩の多い陸地に取り残され、他の海洋生物が滅んでも、魔物である結晶魚は生き残ってしまった。
「音で他の結晶魚もこっちに来始めたぞ」
「数が多くなってきました!」
四方から次々と魔物が押し寄せ、私たちは速度を落としながら結晶魚たちを倒す。
奇妙なほどに輝く結晶魚の全身が、空の色を反射して、青になったり緑に見えたり、不気味に輝きながら光の塵になって次々消えては別の結晶魚が現れる。
結晶魚だけでなく、魔獣と化した植物も混ざっているが、結晶魚が獲物とするのは、私たちと灰色ドドリスたちだ。
ノアくんとバッシュくんとが、私たちの周囲に魔障壁を展開し、ガイアスくんも『大盾』の技能を発動し、守りを固める。
強固な魔障壁を制御しながらの移動は難しい。
重たい巨大な鉄布の傘を腕一つで支えるようなものだ。
足止めを余儀なくされるけれど、それも僅かな時間。
「ロデリック、ジャック、エレイナ、シナップ、エド!なるべく離れた魔物まで撃破を頼む!エドとシナップは、ドドリスたちに俺たちからはぐれないよう指示してくれ!マクスさんは後方の魔物の足止めを!ノア、バッシュ!前方が空いたら教えてくれ!全員で突破だ!」
ガイアスくんの声が後方まで響き、私たちがそれに応じる。
「任せたまえ」「了解」「了解!」「了解なのだ!」『のだ!』
後ろから接近していた結晶魚がジャックくんに蹴り飛ばされて光の塵になり、シナップくんの炎の魔術で魔獣となった植物『イビルシーウィード』が燃え落ちる。
【岩盤落とし!】
射程範囲ギリギリ、後方の出来るだけ遠くの魔物を狙い、私が足止めの魔導術を発動させる。
その間にもエレイナさんが弓と魔導術を行使して周囲の魔物たちに損傷を与えていく。
イビルシーウィードのほとんどがそれで倒れていくが、結晶魚はまだ倒せない。
エレイナさんが距離をとって弓による追撃に入る。
弓の矢じりに仕込まれた魔導石が弾け、損傷を受けていた結晶魚が一斉に光の塵と化した。
光の塵に混じって、わずかに黒い霧が辺りに散っていく。
「道が開いた!行こう」
遠目に見える冒険者らしき人影がこちらを見ている。
素材や魔石を私たちが置いて行くので、グレイシャーさんたちと同じように、どうすべきか考えているのかもしれない。
◇
結晶魚が群れる一帯を通り過ぎると、私たちの進行方向からさほど離れない場所にテントが見えてきた。
「イビルシーウィードの皮を集めている一団みたいだな」
見た目は海草のようなイビルシーウィードは、植物と動物が合わさった性質を持つ魔獣だ。
食用としての利用は少ないけれど、皮はしっかりなめして処理することで、紙としても古くから利用されていて、今でも一部で需要が残っている。
「皮を集めているヒトたちなのかね。ボク、イビルシーウィードは燃やして討伐してしまったのだ」
シナップくんがちょっとだけ、『しまった』という顔をしたので、慰めるようにガイアスくんが言った。
「数が多かったから、仕方ないさ。それに……」
ガイアスくんが辺りを見回して言った。
「イビルシーウィードは植物のように地面から栄養と水を吸い上げ、足りなきゃ草や生き物を食ってしぶとく生きる。生息地域も広範囲で、繁殖力も強いし、数が多い」
ガイアスくんが言い終わると、バッシュくんが、
「シナップが燃やしちゃったのはほんの少し。だから気に病むことはないよ」と、付け足した。
すると、話を聞いていたロデリックくんが言った。
「我々が狩ったイビルシーウィードだ。彼らのものを燃やしたわけではない。わずかだろうが、塩や魔石は残っているだろう。それで十分感謝される」
イビルシーウィードは、養分と一緒に塩分も取り込んで体内に溜め込む。奇妙なことに、塩を排泄せずに溜め込んで、一生を終える。
なぜそうなのか、理由はわかっていない。
ただ、イビルシーウィードが生息することで、塩害で植物が育ちにくい土壌は徐々に改善すると言われている。
塩が今より希少だった時代は、イビルシーウィードから取れる塩が高値で取引されたそうだ。
「それはそうと、レクスヘルマンと呼ばれるイビルシーウィードの上位種といわれる魔獣から取れる塩の結晶は、一部で今も高額で取引されているらしい」
まだ日が上がりきらない時間、私たちは立ち止まり、ロデリックくんの話に耳を傾けながら小休憩を挟んだ。
「見たことはないが、色のついた宝石のように塩が結晶化しているそうだ。レクスヘルマンの魔力と結び付き、特殊な効能も持っていると聞いている。羊君、キミは聞いたことくらいあるんじゃないか?」
不意にロデリックくんに話を向けられた。
私は首を横に振った。
「高額で取引される塩の結晶があるというのは聞いたことがあるんだけど、出所が魔獣だというのを聞くのは、はじめてだよ」
ロデリックくんが顎に手をやり、うなずいた。
「この辺りの連中の目的が見えたな」
「え?」
「この辺りで狩りをしてる連中は、イビルシーウィードや結晶魚の素材や塩が目当てじゃないってことだ。量産される紙、昔のように貴重ではなくなった塩。魔石もあるからそれで納得しかけたが……」
「ひょっとして、彼らの本命は……」
「イビルシーウィードの中から現れる、レクスヘルマンを待ってるんだ」
そう言いながら、ロデリックくんが遠くに見える人影を見回すのに釣られて私たちも辺りを見た。
「とはいえ、この推測が本当だとしても、レクスヘルマンが現れるのはいつになるかわからない」
「浪漫だな……」
ガイアスくんがポツリと言った。
◇
太陽が高い位置になって昼時を迎える頃合い。
イビルシーウィードと結晶魚が生息する地域はまだ続いているけれど、数がだいぶ減り、入れ替わるように別の魔物の数が増えてきた。
私たちは昼食を兼ねた休憩のため、魔物避けの結界陣を張って、食事の準備をはじめた。
「あれがこの辺りで一番厄介と言われる魔物だよ」
「魔導人形に似ているのだ」
「似た原理で動いているかもしれない」
休憩場所の結界陣を張り終えたシナップくんたちが、魔物のようすを見ながら話している。
辺りには相変わらず、冒険者らしき人たちが設営したテント以外に目立つ特徴のない景色が広がっていて、方向を見失わないよう、忘れずにシナップくんが地面に印をつけた。
変わったことと言えば、万一の事故に備えて、飛行船が飛んでくるようなことはほとんどない王都周辺と違い、上空に飛行船の小さな影が見えるようになったことと、地面の色が濃くなってきたくらいだ。
乾燥地帯がもうすぐ終わる。
料理の下ごしらえを終えてしばらく経つと、辺りに良い匂いが漂いはじめた。
「ジャック君、何を焼いているのかね?」
ジャックくんが小さな火を焚いて、網で何かを焼いているのを見て、シナップくんが聞いた。
「イビルシーウィードの皮だ。さっきそこでへばってたから捕まえた」
「美味しいんですか?」
ジャックくんが答えると、ノアくんも興味深げに質問した。
「どうだろうな?オレも食べたことがない」
ジャックくんがそう言って、焼きたてのイビルシーウィードの皮を細く切ったものを、私たちの方に差し出した。
バッシュくんが早速受け取ってパクリと口の中に入れた。
ジャックくんと、私たちもかじりつく。
「……」「……」
「塩を溜め込む魔獣だから、塩の味でもするのかと思ったんだが」
「ビックリするほど固くて不味いですね」
ノアくんが円らな瞳をぱちくりさせて感想を言った。
結界の外側では、まるで力の差を示すように、結晶魚もイビルシーウィードも大きさが小さい。
特にイビルシーウィードは、ひょこひょこと逃げ回りながら、時々地面に葉をペタリと横たえて、魔物が近づいてくるまでは大人しくじっとしている、というのを繰り返しているようだ。
同じ種類の魔獣でも、微妙に行動の差が出るのは興味深い。
ちゃんと考えて生きているのだろう。
少し離れた場所で、同じ種類の魔物も関係なく近くのものを傍若無人に殴り倒しているのが、『泥人形』と言われる大型の魔物だ。
呼び名通り、泥の塊で出来た魔物で、倒すと大量の土と泥が残る。魔石を落とすのは希で、少しくらいの損傷は周囲の土ですぐに治ってしまう。
同じ『泥人形』でも、火山地帯に現れるものは金や銀、宝石を落とすことがあるので珍重される。
『泥人形』に殴られている結晶魚やイビルシーウィードを見ていると、シナップくんが言った。
「イビルシーウィードの上位種がこの近くで育つのは、ちょっと無理そうなのだ」
すると、出来上がった料理をテーブルに運ぶ途中のガイアスくんが言った。
「そうとも限らないぞ」
ガイアスくんの視線のずっと先にいるイビルシーウィードが、カッと強い光を放って、なんと劣勢に見えた泥人形との戦況をひっくり返したのだ。
「おお……」
「す、すごい」
泥人形を倒したイビルシーウィードは、あっという間に姿を隠して見えなくなった。
◇
昼食の準備が整って、それぞれの席について食事をはじめる。
灰色ドドリスたちも一緒だ。
「シナップ、あと4日ほどで俺たちは飛行船に乗って東の大陸へ渡る。ドドリスたちはどうする?“使役魔獣”として連れていくか?」
そう言うと、ガイアスくんは鍋にまだ残った肉料理を、自分のお皿に移し変えて椅子に座り、シナップくんの返事を待った。
通常、個人で20匹を超えるような魔獣の移動を飛行船でするのは難しい。
ただし、『魔物使い』が使う召喚石など、一部再現が困難な召喚技術をシナップくんは持っている。
灰色ドドリスたちが応じれば、シナップくんの力量次第で、数多くの魔獣と行動が可能なのだ。
灰色ドドリスのシルバくんが、シナップくんと見つめ合うような姿勢になった。
出会った直後よりも、ハッキリと艶やかに美しくなった毛並みは、もはや灰色というより、銀色という方がふさわしい。
他の灰色ドドリスたちの毛並みも、当初よりも銀色に近づいてきている。
「何を迷うことがある。ドドリスたちが嫌がっているのか」
シルバくんと見つめ合ったまま、返事をしないシナップくんに、ロデリックくんが不思議そうな様子で聞くと、代わりにエドくんが答えた。
『ドドリスは嫌がってないのだ』
「シナップの方に支障があるということか?」
どうやらシルバくんたちより、シナップくんの方が迷っているようだ。
「実は、どの石を使うか迷っているのだ。シルバたちはどう見ても、ドドリスの上位種なのだ。だからそれにふさわしい石を使うのが良いのだ」
『シナップ!ボクももう、ただのジュエルスライムじゃないのだ!』
「却下なのだ」
「ええと、シナップ。それじゃあ、僕たちはドドリスたちとこれからも一緒にいて良いの?」
「それはボクの方が聞きたいことなのだ。ドドリスたちを連れていっていいのかね?」
私も、エレイナさんも、ガイアスくんたちも、迷いなくうなずいた。もちろん、同意の意思表示に決まっている。
私たちを見上げるバッシュくんとノアくんの瞳が輝いた。
「うん!」
2人がそろって力強い返事をすると、ロデリックくんが上機嫌で灰色ドドリスたちを撫でながら言った。
「フッ、私やエレイナと共に旅が出来ることを光栄に思うと良いぞ」
灰色ドドリスたちが気持ちよさげに撫でられていた。
◇
灰色ドドリスたちとの今後も決まり、食事も終えた私たちは、片付けをしながら、グレイシャーさんたちから聞いた情報の整理をしていた。
非公表の情報だったため、しゃべる魔物と術者の件は直接グレイシャーさんたちに聞くことは出来なかったものの、魔物に目立つ変化が無いということが聞けただけで十分だった。
「イシュタルさんたちの話と、グレイシャーさんたちの話はこんな感じだな」
「私たちが知ってる情報と合わせて、シーバさまたち百犬隊の手掛かりをつかむには、やっぱりメルンに行くのが一番手っ取り早い方法で間違いないわね」
エレイナさんが洗い終えた食器を裏返して台の上に置いた。
その表情はようやく確信を得たというものだ。
台の上の置かれた食器を、私はバッシュくんたちと一緒に布で拭いていく。
ガイアスくんが鍋や釜戸を片付けながら、言った。
「『何者か』の関わりがあるのか無いのかも知りたいしな」
結界の角の方でロデリックくんが、シナップくんとエドくんと一緒に灰色ドドリスたちと『訓練』をしている。
「ロデリックは良い遊び相手を見つけたな」
「ジャック、本人が聞いたら怒りそうだから黙ってろよ?ドドリスたちが頼りになるのは間違いないんだからな」
「了解」
ガイアスくんとジャックくんが面白がって言った。
「そういえば、ロデリックとマクスさんだけじゃなくて、ガイアスとジャックもメルンに行ったことがあるのよね」
「ああ。といっても俺は2回、それも別の派遣者に付いていっただけだ」
「オレも似たような感じだな。けどガイアスに比べると回数と期間は長い。何か聞きたいことがあるのか?」
ジャックくんがエレイナさんに聞くと、エレイナさんがうなずいて答えた。
「こないだ王都のダンジョンに行ったことは話したけど、その時ロデリックに魔弾銃を貸してもらったのよ。それはすぐに返したんだけど」
エレイナさんが続けた。
「メルンはガレディアから飛行船での武器の持ち込みは禁止してるでしょう?だから基本的に装備は向こうで調達しなおすことになるわ。それでなんだけど……」
そこまで聞いて、ガイアスくんが言った。
「メルンで弓が手に入るのか、気になり出したというわけか」
「ええ。手に入らないから、ロデリックが私に銃の扱いに慣れさせようとしたんじゃないかと思って」
「弓より銃の方が主流なのは確かだ。けど弓を置いてないわけじゃないぞ」
「そうなの?」
「弓は銃よりも費用面で安く作れるからな。それに、他の国からメルン入りした人間は銃よりも弓の方が使い慣れている」
それを聞いてエレイナさんが、和らいだ表情でホッと息を吐いた。どうやら弓の方が扱いやすいと感じているようだ。
魔導術との相性を考えての判断かもしれない。
実際のところ、冒険者としての実績がほとんど無い私には、よくわからない話だ。
◇
昼を過ぎて再び飛行船乗り場を目指して出発した私たちは、途中でひときわ大きな『泥人形』を見つけた。
「魔物が荷馬車を襲ってるみたいだ」
護衛と思われる人影が、複数で交戦しているのが遠目に見える。
「地面に何人か倒れているのだ」
灰色ドドリスの背に乗って、前の方を走っていたシナップくんが叫んで教えてくれた。
すぐさまガイアスくんが私たちを振り返って言った。
「あれは『岩傀儡』だ。冒険者じゃなさそうだ、助けに入るか?」
「そうしましょう」
エレイナさんが即答し、ノアくんとバッシュくんが続く。
「救援です!」
「急ごう」
前方から、呆れたようなロデリックくんの声がした気がしたけれど、気のせいかもしれない。
後方から物凄い速さでジャックくんが追い上げ、私たちの前に出た。エレイナさんたちも速度を上げる。
息切れ寸前の私も、思いきって速度を上げた。
少し遅れて私が到着すると、早くも状況は一変している。
劣勢は優勢に逆転し、倒れていた人も、馬も治療され、荷馬車ごとバッシュくんたちの魔障壁の内側に避難が済んでいる。
『岩傀儡』は魔導術も物理攻撃も効きにくい。
損傷も周囲の土と魔力で治してしまうそうだけど。
【地縛り!】
私は迷いなく、10数えるほどの時間しか効果のない魔導術を『岩傀儡』に使った。
“掴んだ”という、確かな手応えを感じたのと同時に『岩傀儡』の体が動きを止めた。
どこにあるかわからない『岩傀儡』の本体。
わからないなら、全身を砕いてしまうのが彼らだ。
ガラガラガラッ
ゴロン、ゴロン!ゴロゴロ……
がしゃっ……がしゃっ……
『岩傀儡』が音を立ててバラバラになり崩れていく。
私が術を発動させなくても、おそらく崩壊は時間の問題だっただろう。
崩れていく『岩傀儡』の中に、色のついた石の塊のようなものが3つ、黒い霧を噴き出しながら散っていくのが見えた。
◇
「本当に助かりました……!」
「ありがとうございます、ありがとうございます!」
助けた荷馬車の男性が、お礼の言葉を何度も繰り返しながら、ガイアスくんの手を握ってブンブンと上下に振った。
護衛の人たちや、他の積み荷を運ぶ労働者らしきヒトたちも、私たちにお礼を言ってくれる。
当然だけど、特に手当てを受けたヒトたちは、エレイナさんやバッシュくんたちにものすごく感謝した。
「私たちは南から、北の沿岸部にある町へ物資を運ぶ途中だったのですが、運悪く『岩傀儡』に見つかってしまい……」
『岩傀儡』は大きいので、遠眼鏡ですぐに気がついて避けようとしたそうなのだけど。
「逃げた先にもう一体いたわけか……」
「はい……」
ガイアスくんが気の毒そうに眉を下げて言うと、荷馬車の主の男性がしょんぼりとした。
「スヴェニアの旦那!荷はほとんど無事なんですから、そんなに気を落とさずに行きましょう!」
「うん、それもそうだね。今回はほんのちょっと運が悪かっただけだ」
荷馬車の主、スヴェニアさんがそう言うと、ロデリックくんが口を挟んだ。
「君たちが不運?それは本気で言っているのか」
「なんだよロデリック」
「みたまえこれを。『岩傀儡』が落とした魔石だ」
ロデリックくんの手に乗せられた大きめの魔石。
加工される前から、まるで磨き上げられた宝石のように輝いている。
泥人形は倒しにくい割に、なかなか魔石を落とさないので嫌がられる魔物だ。上位種の岩傀儡もそれは変わらない。
「そもそも、我々の見える場所で交戦になっていたのも、幸運といえると思わないか」
◇
日が傾きはじめる頃合い。
私たちはスヴェニアさんたち一行とも別れて東を目指すうち、ひどく細く背の高い木が生えている一帯にたどり着いていた。
辺りが薄暗くなるにつれ、木々の見た目に不気味さが漂う。
原因は所々に木に擬態した魔物が混ざって立っているせいだ。
地図を見ると森や林は描かれていないので、かなりの木が擬態した魔物ということになる。
魔物地図と照らし合わせると、『死骨樹霊』という魔物だ。
滅多に動かず、攻撃性は低い魔物だといわれているけれど……
ギョロりとした目玉が付いていて、どれも大きく見開いている。
「なにもされないのに怖いね……」
バッシュくんが静かに呟いたタイミングで、長くて黒い影が、動いた。
思わず息を飲んだけれど、それ以上何も起きない。
「ただ動いただけらしい」
バッシュくんとノアくんが、サッとガイアスくんの肩によじ登り、素早く背負袋に潜り込んだ。シナップくんは平気そうな表情をしているけれど、シルバくんにしがみつくようにしている。
「はやく、先へ行きましょう」
心細げにエレイナさんが言った。
先頭を歩くロデリックくんの方を見ると、ついさっきまで見えていた彼の後ろ姿が見えない。
ハッとして後ろをエレイナさんが振り返った。
「ジャックもいないわ!」
「こいつら、よく見ると少しずつだが動いて移動してるぞ」
「滅多に動かないはずじゃなかったの?!」
「食事するときは動くんだよ……」
「滅多に動かないのは……たまにしか食事しない、から……?」
エレイナさんが顔をひきつらせた。
「燃やすのは不味いのだ?」
「近くに普通の木が多すぎる……疑いだけでは」
私たちは互いに顔を見合わせた。
灰色ドドリスくんたちの数を22匹、確認し終わる。
「仕方ない。シナップ、エド!ドドリスたちから離れるな!ロデリックとジャックは自力でなんとかなる!バッシュ、ノア、そのまま背負袋から出るなよ!エレイナ、マクスさん!急いでここを走り抜けよう」
ガイアスくんの号令と共に、私たちは一目散に駆け出した。
逃がすまいとでも思ったのか、周囲の死骨樹霊の細い幹から枝のようなものが伸びはじめて、水中に漂う紐か何かのようにうねりはじめた。
「突っ切れー!」
「のだー!」
死骨樹霊の枝がこれでもかと伸びてくる。
まとわりついた細い枝を、必死で引きちぎりながら、走る。
全力疾走は長くは持たない。
太さのある蔓のような枝が見えた。
捕まる!私が覚悟を決めかけたとき、寸でのところで枝の動きが止まった。
「マクスさん!」
エレイナさんとガイアスくんが、止まりそうになる私の腕を引っ張ってそのまま走った。前方で灰色ドドリスたちが、シナップくんと待っている。エドくんも一緒だ。
「魔物だけど、あいつらなりに縄張り意識があるのかも知れないな」
私たちを追うのを止めて戻っていく死骨樹霊の姿を見ながら、ガイアスくんが言った。
◇
死骨樹霊の林を抜けた私たちは、ロデリックくんとジャックくんを捜さず、合図の照明弾を打ち上げた後、速度を落として歩を進めていた。
すぐに合流出来ていないのは、道に迷わされているからだと私たちは考えたからだ。
「それにしても。死骨樹霊の脅威度が高めの理由がわかったな」
襲って来ないうちは、こちらも刺激しないようにしていたのは、それが理由のひとつだったけれど、攻撃性が低いというので、強さとは結びつけて考えなかったのが正直なところだった。
「あの2人が殺られるはずないからな」
「そのうち追い付いてくるわ」
ガイアスくんとエレイナさんがそう言いながら笑った。
なかなか追い付いてこないふたりに、内心は不安を感じてはいるようで、もう何度も照明弾を打ち上げている。
「今日はここらで休もうか」
「そうですね。そうしましょう」
「うん、それがいいよ。今日は死骨樹霊が怖かったしね!」
「あの目玉は夢に見そうなのだ……」
相談して休憩場所を作り、いつものように食事の準備を始める。
日が暮れ辺りがいっそう暗くなって、大きく欠けた琥珀色の月が夜空に輝いても、ジャックくんたちはまだ追い付いてこない。
鍋の料理と、お皿に盛り付けた2人分の料理が、冷めてしまっている。
「朝になっても追い付かないようなら、捜しにいってくる。エレイナたちは先に行っててくれ」
「捜索ならガイアスくんより僕たちの方が向いてるよ」
バッシュくんが言ったけれど、ガイアスくんは首を振った。
「万が一、飛行船乗り場の搭乗時間に間に合わなかったら、券が無駄になる!3人分ならダメージは少ない……後は頼んだ……」
「そんな……!」
「……わかったのだ。ガイアスくん、キミの犠牲は無駄にしないのだ」
シナップくんが真面目な顔で、冗談ともつかないことを言った時、ちょうどの頃合いで聞き慣れたジャックくんの声が聞こえてきた。
声のする方角に見える人影が灯り石の光をこちらに向けている。エレイナさんが遠眼鏡を使って確認した。
「ジャック!ロデリックも一緒だわ」
「やっと追い付いてきたか」
「良かった!」
シルバくんたちも2人の気配に気がついて起きあがった。
◇
『インフェルゴ』
ジャックくんとロデリックくんを足止めした魔物の正体だ。
普段は石のように動かず、地面でじっとしている魔物で、周囲の魔力を植物のように吸い上げて生きている。
「たまに他の魔物に寄生していることもあるそうらしいです」
バッシュくんとノアくんが、魔物研究ギルドで教わったという話をしてくれた。
裏返すと、刺のようなものが発達していて、それを使って相手に食いつく。気がつかずにそのまま寄生されると、徐々に魔力を奪われてしまう。魔力だけで構成された魔物にとっては、死に直結する恐ろしい魔物だろう。
地面に刺さっていると、なかなか剥がせないらしい。
「断定できないけど、2人が遭遇したのは『インフェルゴ』の上位種だね。通常の本体と変わらない大きさの魔石を落とすなんて、普通じゃないよ」
ジャックくんが拾ってきた魔石を見ながら、バッシュくんが言った。普通のインフェルゴは、石ころのような大きさの魔物なのだそうだ。
ジャックくんが持ち帰った魔石は、ゴツゴツとして不純物が混ざったもので、あまり品質は高くなさそうだけど、大きめだ。
本体の魔物の大きさは、それ以上でないと不自然だった。
「……上位種との遭遇率が高いな」
「たまたまかしら……」
温めなおした料理を、ジャックくんとロデリックくんがテーブルの席について食べている。
2人の話から、死骨樹霊を避けながら進むうち、徐々に私たちから引き離されて行ったようだ。
ガイアスくんや私たちは多少なりお互いに会話があったので、はぐれにくかったと思われる。
気がつくと、大きなインフェルゴに囲まれていたそうだ。
まるで魔物に誘い込まれたようだけど、2人共、しゃべる魔物は見ていないらしい。
「東の大陸で魔物が強さを増しているって噂話、本当かもしれないな」ガイアスくんが呟いた。
◇
翌朝、私たちはまだ薄暗いうちから、遅れを取り戻す勢いで東を目指していた。
今日から先頭に灰色ドドリスのシルバくんが加わっている。
感知能力、方向感覚に優れたシルバくんに先頭に立ってもらうことで、昨日のような事態を避ける狙いだ。
他の灰色ドドリスたちとも連携がとれているので、移動も速やかだ。
「昨日は不覚を取ったが、私は負けていない」
「お前はいつもなにと戦ってるんだよ」
ロデリックくんの不敗宣言に、ガイアスくんが首を傾げる。
「なあ、それより聞いてくれ!『着火』を連続で7回も発動できるようになった!」
「もう少しで1回くらいなら回復術が使えるかもしれんな。覚えればだが……」
「本当か?」
「簡単じゃないぞ。適正も必要だ。だが水が適正魔力のお前は可能性が高い」
途端にガイアスくんの表情が明るくなった。
「もし覚えることが出来れば、お前が戦況をひっくり返す鍵になりやすくなる」
「?」
「防御力、耐久と体力の全てが高いお前が、回復術を使えれば、たとえ追い込まれても最後まで勝負が出来るということだ」
ロデリックくんが不敵な笑みを浮かべた。
先頭を走るシルバくんが速度を上げるにつれ、2人の速度も上がっていく。
私はバッシュくんたちの施してくれた支援魔術の力で、どうにか付いていける感じだ。
小休憩を取る頃合いまでは、どうにか頑張れるだろうか。
小さな体で私の前を走る、バッシュくんとノアくんがまぶしい……。
そうやって何度か休憩を挟みながら走り、徐々に日が高くなった頃、上空を大型の魔獣が、飛んで行くのが見えた。
大きさから、飛竜とは別の種の翼竜だ。
海の近くに棲んでいることが多いという一方で、目撃される場所は多様で、長距離を飛ぶことが出来るのだと考えられている。
「マクスさん!お昼休憩の合図みたい」
すぐ隣を走るエレイナさんが声をかけてくれた。
先を走っていたガイアスくんたちが速度を落とし、手を上げて合図を出している。
私たちも速度を落としつつ、ガイアスくんたちのいる場所で足を止めた。
「全員揃ったな。この辺で飯にしようか」
ガイアスくんが言った。
辺りを見ると、魔物の影は見当たらない。
遠眼鏡で確認できるくらいだ。
『賛成!ボク腹ペコ』
ジュエルスライムのエドくんは、そう言うとピョン!と灰色ドドリスくんの背中から飛び降りた。
シナップくんが返事の代わりに、創造魔術でテーブルと椅子を創りあげる。
座り心地の良さげな平たい長座布団は、灰色ドドリスくんたちの休憩用のようだ。
私はバッシュくんたちと、魔物避けの結界の準備に取りかかる。陣地の広さを決めてバッシュくんとノアくんが線を引き、ふたりから預かった小さな魔石を、地面の印の場所に置いていく。
印に置かれた隣り合う魔石が、共鳴でもするように一瞬だけボウッと光る。
魔石を配置し終えたら、バッシュくんとノアくんが魔力を注いで、結界を発動させ仕上げだ。
わずかな時間、光を帯びた魔術文字がそこらじゅうに浮かび上がって消える。
薄くて丈夫な魔力の壁の完成だ。
結界を張り終わると、辺りに魚やお肉の焼ける良い匂いが漂ってきた。
「ヴェルニカ産の魚はこれが最後ね」
バベナの市で購入したヴェルニカ産の魚はクセがなく、塩気がよく合う白身魚だった。旨味もあって食べやすかったので、エレイナさんが残念そうに言った。
「肉も旨いぞ」
ジャックくんがそう言うと、エレイナさんが、「ジャックはお肉があればなんでも良さそうよね」と軽口を言って笑った。
その様子をロデリックくんが怨めしそうに見ている。
「ロデリック君、キミも加われば良いのではないのかね?」
シナップくんがわりと普通のことを言った。
白金級のロデリックくんだけれど、ままならないことはあるのである。
◇
出来上がった料理をお皿に盛り付け、手分けして並べるとテーブルが賑やかになる。切り分けた果物は見た目の彩りが良い。
「いただきます」「いただきます、なのだ」
食事が進み、人心地ついてくると、予め話していたことの確認も兼ねて、東の大陸での私たちの行動を決める話題になった。
予定では到着後、メルンの首都であるアジェナに向かうことは決定している。
「途中の街で聞き込みをしてから、首都に行くほうがよくないか」食事をあらかた終えて、ジャックくんが私たちを見回しながら言った。
湯呑み茶碗をガイアスくんが置いて、
「そうだな。百犬隊が首都にすでにいないことはわかっているし、乗り場から首都まで距離もある。俺も聞き込みをしてから首都に向かうのが良いと思うんだが」
「私は聞き込みを後に回して首都へ向かい、アジェナを拠点に本格的な調査を行うのが良いと思っている。アジェナはヘゼリア大陸の中心に近い場所にあるからな」
ロデリックくんはそう言うと、まだ半分氷った果物を口に入れ飲み込み、温かいお茶を啜った。
なぜか優雅な雰囲気を漂わせている。
「私はジャックとガイアスの意見に概ね賛成。聞き込みをしながら首都に行って、それからロデリックの言う通りアジェナを拠点にすれば良いのよ」
エレイナさんがそう言うと、バッシュくんとノアくん、シナップくんも顔を見合せうなずいた。
「ボクたちも、それが良いと思うのだよ」
「私も異論はないよ。アジェナを拠点にするのは賛成だからね」
シナップくんの後に私も続けて言った。
ヘゼリア大陸にあるメルンは、何度か首都を変えているけれど、現在のアジェナにしてから1000年ほどは移転することなく続いているらしい。
元の首都メルンよりも大陸の中央付近に位置するので、利便性が勝ったのだろう。
「良いだろう。途中で聞き込みを行い、それが済んだらアジェナだ」
「あとの細かいことは飛行船の中で話そう」
「現地でしかわからないことも起きるだろうし、まだざっくりと考えましょう」
大体のことが決まると食事の片付けをして、一服しながら休んでいると、ガイアスくんが使える魔力がぐんぐんと増えてきていることに話題が移った。
「増えたと言っても魔力7だがな」
ロデリックくんが釘を刺しつつも、伸び率の良さには思うところがあるらしく、それについては率直に誉める。
硬すぎて動かせなかったガイアスくんの魔力栓が、ようやく開いたというところだろうか。
「最初の頃より“着火”するまでの時間が早くなってるから、魔力操作も上達してるね」
バッシュくんがそう言うと、ガイアスくんが嬉しそうに笑った。灰色ドドリスくんたちにも雰囲気が伝わっているようで、ガイアスくんと一緒に嬉しそうにして、尻尾をパタパタと振っている。
◇
休憩のあと、再び東の飛行船乗り場を目指し1刻ほどが経った頃、進行方向に南へ移動する複数の人影が見えてきた。
シルバくんの背に乗ったシナップくんが速度を落とした。
「こっちに合図を出してるみたいなのだ」
「止まってくれということか。どうする」
ガイアスくんが私たちを振り返って意見を求めた。
「僕はかまわないよ」「ボクもです」
バッシュくんたちがすぐに答える。
エレイナさんと私がジャックくんの方を振り返ると、彼がうなずいた。
「私たちもかまわないわ。止まって話を聞きましょう」
エレイナさんの返答を聞いて、ロデリックくんも速度を落として行く。
「おーい」
移動するヒトたちの声が、こちらに届きはじめた。
私たちが避けずに止まることに気がついて、数人が立ち止まり、両腕を上げて振っている。
「乗り物を使わずに横断しているのか」
「冒険者かしら」
「わかっているだろうが、強盗でないという保証はないぞ」
ロデリックくんが言った。
思ってもみなかった私はビックリしてしまったけれど、言われてみれば、そういう可能性は十分あるのだ。
様子をうかがう私たちに対し、相手の方もこちらをいくらか警戒しているようだ。
それでも引き留めたい事情が出来たということだろう。
ガイアスくんが、私たちに腕を振って合図をしていたヒトたちに話しかけた。
彼らの後ろに隠れるように、小柄な女性と子供がついている。
エレイナさんが屈んで笑いかけると、女性が少しほっとした表情になった。
◇
「俺の名はバーノ。事情を話す前に、まず止まってくれたことに感謝する」
バーノさんがガイアスくんに向かってそう言ったあと、私たちの方にもお礼を言ってくれた。
「ありがとうございます」
周りの男性も、後ろの女性と子供もそろって言った。
「まだなにもしないうちに礼は早い。何か困り事が起きたから俺たちを止めたんだろう?怪我人か?」
ガイアスくんがようすをうかがった。
バーノさんたちは、十数人で移動中のようで、怪我人がいるのかどうか、パッと見ただけではわからない。
重症のヒトがいるようには見えないけれど。
「実は……」
バーノさんが話し始めた。
「俺たちは北にある沿岸沿いの集落へ、交易品である物資を届けた帰りなんだが。さっき魔物に襲われて……大型の翼竜だ」
「翼竜の目当ては土産の魚で、大した怪我人は出なかった。ただ……」
「ただ?」
ガイアスくんが続きを促すと、バーノさんが言いにくそうに口ごもった。
「……恥を晒すようだが、帰りの食料は土産の魚をあてにしていた」
南の街までここから普通の移動であれば、まだ数日の距離があるはずだ。それで私たちはやっとバーノさんたちの事情をのみこめた。
「無理にとは言わない。子供の分だけ、1日分の食料を分けてもらえないだろうか」
バーノさんが申し訳なさそうに言った。
私たちは互いに顔を見合せる。
ジャックくんがすぐに言った。
「オレはかまわないと思う」
バッシュくんたちも続いた。
「僕たちも良いよね」
エレイナさんや私もうなずいた。
ロデリックくんも反対する気は無いようだ。
止まると決めた時点で、ある程度想定していたのかもしれない。
私たちが食料を選り分けている間、周囲を灰色ドドリスくんたちと一緒に見張ってくれている。
「こんなに、良いのか?」
「ああ。まだ十分残してる」
ガイアスくんがそう言うと、別の男性が気がついて言った。
「これ、黒アテルディーテじゃないか」
「ちょっと前に狩りで手に入れたものだ」
「安くない肉だ。本当に良いのか」
バーノさんが焦ったようすで懐からお金を出そうとするのを、ガイアスくんとエレイナさんが止めた。
◇
「もし街へ立ち寄る機会があったら、声をかけてくれーー!」
「ありがとうございましたー!」
バーノさんたち一行に見送られながら、私たちは再び東を目指して出発した。
しゃべる魔物の話は噂程度にも出なかったけれど、海の異変に関することと、メルンで行われる『満月祭』の話を聞くことが出来た。
「船便が出せない理由がわかってきたわね」
「海竜の出現。それが一ヶ所だけでなく各地でともなれば、迂闊に船が出せないのは納得だな」
「でも、どうして公表されていないんでしょうか」
「簡単に討伐できないからだろう」
ノアくんの疑問にロデリックくんが答えた。
先頭のシルバくんと共に、徐々に移動速度を上げていく。
塩害のせいで作物が育ちにくいという土壌なりに、適応した植物も多く、乾燥地帯を抜けたことで周囲は次第に木々や草花の多い景色に変わってきている。
「海竜のような大きな魔海獣が何体も現れるなんて。これも魔物の異変の一つなのかしら」
エレイナさんの疑問に今は誰も答えることが出来ない。
走るにつれ周囲の景色が変わる。
隆起した地形に加えて草木が多くなり、見通しが悪くなってきている。
緩やかに上り斜面が続く。
「一度大きめの休憩を取ろう」
魔物の少ないひらけた場所が見えた頃合いで、私たちは休憩のために速度を落とす。
青い空に白い雲が流れる。
上空を南へ向かう渡り鳥の群れが通った。
「ここなら休めそうね」
日当たりの良い平地を見つけ、私たちは各々の荷物を置いた。
地面に布を敷いて休む場所を作ると、バッシュくんが魔力ポットのお湯でお茶を淹れてくれた。
最後の一滴が湯呑茶碗に落ちて、ポットが役目を終え、光になって消える。
「おつかれさま」
バッシュくんとノアくんがそっと呟いた。
◇
「わーーー」「わーーー」
緩やかな上り傾斜のあとは、緩やかな下りの傾斜が続く。
灰色ドドリスくんの背に乗って、バッシュくんとノアくんが風を切って疾走する。
私もバッシュくんたちの支援魔術で、身体強化の補助と下りの傾斜のお陰で、思いの外軽々と疾走している。
強い風を受けているけれど、天候の良さも手伝って爽快な気持ちだ。
前方に木が生えていても、都合良く進路を阻むような位置ではない。
次第に傾斜がなくなり、地面が平坦さを取り戻していく。
私たちの移動に合わせるように、草が風に揺れ、陽を反射して白っぽく光る。
上がっていた速度が平常に戻り、再び上りの傾斜が始まり上りきったところで休憩を挟む。
それを繰り返すうち、日が暮れはじめた。
「だいぶ進めたが、今日のうちにもう少し進んでおこう。シナップ、エド、ドドリスたちは大丈夫そうか?」
ガイアスくんに聞かれたシナップくんが、
「休憩をしながらなら問題ないのだ」
『のだ!』
返事を聞いたガイアスくんがうなずいた。
シルバくんはもちろん、他の灰色ドドリスくんたちも、素晴らしい体力と持久力を兼ね備えている。
私には魔獣の定義はわからないけれど、確かに彼らは上位種なのに違いない。
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□共有アイテム□
◇主な食料の在庫
内訳(長期保存食料143食分)
『塩漬け肉500カロ』『塩漬け野菜300カロ』
『ククステア(砂漠の雫)の実』
ーーー
『塩漬けトントン肉100カロ(低温保存中)』
『燻製トントン肉90カロ(低温保存中)』
『塩漬けコッコ鶏肉100カロ(低温保存中)』
『燻製コッコ鶏肉100カロ(低温保存中)』
『塩漬け黒アテルディーテの肉1,000カロ低温保存中』
『燻製黒アテルディーテの肉500カロ低温保存中』
『味付け肉黒アテルディーテの肉350カロ低温保存中』
◇冷凍中
『黒アテルディーテの肉300カロ』
◇蜜煮
『果物25カロ(密封容器50個)』『野菜100カロ(密封容器200個)』
◇嗜好品お菓子(魔導系回復あり)、各種調味料、未調理穀物2日分
『食堂のぬいぐるみ(中)』『2名食事券』『2名宿泊券』
◇魔力回復ポーション(EX102本、超回復74本、大130本、中635本、小942本)
◇治癒ポーション(治癒薬EX107本、超回復69本、大880本、中2,060本、小4,563本)、薬草(治癒1,059袋)1,059袋、他
□各自アイテムバッグ
ガイアス (魔力回復薬小3本)(治癒薬EX2本、超回復4本、大10本)薬草(治癒5袋、解毒5袋)麻痺解除薬5本
ジャック (魔力回復薬小4本)(治癒薬EX2本、超回復4本、大10本)薬草(治癒5袋、解毒5袋)麻痺解除薬1本)
エレイナ (魔力回復薬EX1本、超回復1本、大6本、中1本、小2本)(治癒薬EX3本、超回復3本、小10本)薬草(治癒5袋、解毒10袋)麻痺解除薬1本)
マクス (魔力回復薬EX3本、超回復5本、大5本、中4本、小8本)(治癒薬超回復5本、大5本、中10本、小18本)薬草(治癒18袋、解毒10袋)麻痺解除薬1本)
バッシュ (魔力回復薬EX1本、超回復1本、大2本)(治癒薬EX1本、超回復1本)薬草(治癒1袋、解毒10袋)麻痺解除薬1本)
ノア (魔力回復薬EX1本、超回復1本、大2本)(治癒薬EX1本、超回復1本)薬草(治癒1袋、解毒10袋)麻痺解除薬1本)
シナップ 『塔にあるもの全部』
ロデリック『私物とお菓子』
□背負袋
ガイアス 『共有アイテム』『バッシュとノアの本』『エレイナ、バッシュ、ノア、シナップの荷物』『食糧』『魔導石』『入門!魔術』『魔術図鑑(魔力紙付)』『マナナの実』『入門魔術(ロデリック購入)』
ジャック (魔力回復薬EX11本、超回復10本、大50本、中210本、小140本)(治癒薬EX1本、超回復85本、大35本、中80本、小120本)薬草(治癒10袋、解毒10袋)麻痺解除薬2本)『もしもの時の燻製肉』『魔導石』『追加保存食22食分』『保存肉(10袋入り)冷凍中』
エレイナ (魔力回復薬EX3本、超回復10本、大20本、中50本、小98本)(治癒薬EX5本、超回復25本、大30本、中50本、小50本)薬草(治癒60袋、解毒20袋)麻痺解除薬2本、万能薬3つ)『お菓子』『加工魔石(高)』『魔導石』『長期保存食料2食分』
『保存食22食分』『保存肉(10袋入り)冷凍中』
マクス (魔力回復薬大10本、中100本、小98本)(治癒薬超回復50本、大100本、中200本、小200本)薬草(治癒1,000袋、解毒30袋)麻痺解除薬4本、石化解除薬4つ、万能薬4つ)『草』『魔導石』『図で解る魔導書』『長期保存食料1食分』『ロデリックの魔導書』『追加保存食22食分』『保存肉(10袋入り)冷凍中』
バッシュ (魔力回復薬EX5本、超回復5本)(治癒薬EX5本、超回復5本)薬草(治癒25袋、解毒5袋)麻痺解除薬5本、石化解除薬1つ、万能薬5つ)『カリカリフード』『魔導石』『長期保存食料2食分』『本』『追加保存食22食分』『保存肉(10袋入り)冷凍中』
ノア (魔力回復薬EX5本、超回復5本)(治癒薬EX5本、超回復5本)薬草(治癒25袋、解毒5袋)麻痺解除薬4本、石化解除薬2つ、万能薬5つ)『カリカリフード』『魔導石』『長期保存食料2食分』『本』『追加保存食22食分』『保存肉(10袋入り)冷凍中』
シナップ 『塔にあるもの全部』
ロデリック『私物とお菓子』『魔導石』『長期保存食料12食分』
まだ低い位置にある太陽の眩しい光を受けながら、私たちは東へ進路を取っていた。
周囲にグレイシャーさんたちの野営地とは別の、野営地のテントが、あちらこちらにあるようだ。
古い時代は海だったこの辺りの土地には、特有の植物や魔物が多く生息している。彼らはそれらから『塩』や『魔石』などをかき集めて売るのを生業にしている。
かつては土地そのものから『塩』が取れる塩田のようなものがあったらしいのだが、ほとんど取り尽くされ、塩に耐性のあるものが残っている。
『結晶魚』もそんな魔物の一つだ。
私たちの前に巨大な『結晶魚』が何体も立ち塞がる。
呼び名に“魚”とついているけれど、魚とはまるで別物だ。
海でも広く目撃され、しばしば船を襲う。
人間も対抗するので、滅多なことで沈められはしないものの、航海を難しくする一因になっている。
ギシャァアアアーーーーッ
グギャァーーーー!
耳障りな音が周囲に響き渡る。
一節によると、結晶魚は自分を本気で魚の仲間だと思っているという。
それも、肉食の魚だ。
結晶魚がヒトを積極的に襲うのはそのせいだと云われているが、真実はわからない。
地殻変動のせいで海の水が干上がって、平坦で岩の多い陸地に取り残され、他の海洋生物が滅んでも、魔物である結晶魚は生き残ってしまった。
「音で他の結晶魚もこっちに来始めたぞ」
「数が多くなってきました!」
四方から次々と魔物が押し寄せ、私たちは速度を落としながら結晶魚たちを倒す。
奇妙なほどに輝く結晶魚の全身が、空の色を反射して、青になったり緑に見えたり、不気味に輝きながら光の塵になって次々消えては別の結晶魚が現れる。
結晶魚だけでなく、魔獣と化した植物も混ざっているが、結晶魚が獲物とするのは、私たちと灰色ドドリスたちだ。
ノアくんとバッシュくんとが、私たちの周囲に魔障壁を展開し、ガイアスくんも『大盾』の技能を発動し、守りを固める。
強固な魔障壁を制御しながらの移動は難しい。
重たい巨大な鉄布の傘を腕一つで支えるようなものだ。
足止めを余儀なくされるけれど、それも僅かな時間。
「ロデリック、ジャック、エレイナ、シナップ、エド!なるべく離れた魔物まで撃破を頼む!エドとシナップは、ドドリスたちに俺たちからはぐれないよう指示してくれ!マクスさんは後方の魔物の足止めを!ノア、バッシュ!前方が空いたら教えてくれ!全員で突破だ!」
ガイアスくんの声が後方まで響き、私たちがそれに応じる。
「任せたまえ」「了解」「了解!」「了解なのだ!」『のだ!』
後ろから接近していた結晶魚がジャックくんに蹴り飛ばされて光の塵になり、シナップくんの炎の魔術で魔獣となった植物『イビルシーウィード』が燃え落ちる。
【岩盤落とし!】
射程範囲ギリギリ、後方の出来るだけ遠くの魔物を狙い、私が足止めの魔導術を発動させる。
その間にもエレイナさんが弓と魔導術を行使して周囲の魔物たちに損傷を与えていく。
イビルシーウィードのほとんどがそれで倒れていくが、結晶魚はまだ倒せない。
エレイナさんが距離をとって弓による追撃に入る。
弓の矢じりに仕込まれた魔導石が弾け、損傷を受けていた結晶魚が一斉に光の塵と化した。
光の塵に混じって、わずかに黒い霧が辺りに散っていく。
「道が開いた!行こう」
遠目に見える冒険者らしき人影がこちらを見ている。
素材や魔石を私たちが置いて行くので、グレイシャーさんたちと同じように、どうすべきか考えているのかもしれない。
◇
結晶魚が群れる一帯を通り過ぎると、私たちの進行方向からさほど離れない場所にテントが見えてきた。
「イビルシーウィードの皮を集めている一団みたいだな」
見た目は海草のようなイビルシーウィードは、植物と動物が合わさった性質を持つ魔獣だ。
食用としての利用は少ないけれど、皮はしっかりなめして処理することで、紙としても古くから利用されていて、今でも一部で需要が残っている。
「皮を集めているヒトたちなのかね。ボク、イビルシーウィードは燃やして討伐してしまったのだ」
シナップくんがちょっとだけ、『しまった』という顔をしたので、慰めるようにガイアスくんが言った。
「数が多かったから、仕方ないさ。それに……」
ガイアスくんが辺りを見回して言った。
「イビルシーウィードは植物のように地面から栄養と水を吸い上げ、足りなきゃ草や生き物を食ってしぶとく生きる。生息地域も広範囲で、繁殖力も強いし、数が多い」
ガイアスくんが言い終わると、バッシュくんが、
「シナップが燃やしちゃったのはほんの少し。だから気に病むことはないよ」と、付け足した。
すると、話を聞いていたロデリックくんが言った。
「我々が狩ったイビルシーウィードだ。彼らのものを燃やしたわけではない。わずかだろうが、塩や魔石は残っているだろう。それで十分感謝される」
イビルシーウィードは、養分と一緒に塩分も取り込んで体内に溜め込む。奇妙なことに、塩を排泄せずに溜め込んで、一生を終える。
なぜそうなのか、理由はわかっていない。
ただ、イビルシーウィードが生息することで、塩害で植物が育ちにくい土壌は徐々に改善すると言われている。
塩が今より希少だった時代は、イビルシーウィードから取れる塩が高値で取引されたそうだ。
「それはそうと、レクスヘルマンと呼ばれるイビルシーウィードの上位種といわれる魔獣から取れる塩の結晶は、一部で今も高額で取引されているらしい」
まだ日が上がりきらない時間、私たちは立ち止まり、ロデリックくんの話に耳を傾けながら小休憩を挟んだ。
「見たことはないが、色のついた宝石のように塩が結晶化しているそうだ。レクスヘルマンの魔力と結び付き、特殊な効能も持っていると聞いている。羊君、キミは聞いたことくらいあるんじゃないか?」
不意にロデリックくんに話を向けられた。
私は首を横に振った。
「高額で取引される塩の結晶があるというのは聞いたことがあるんだけど、出所が魔獣だというのを聞くのは、はじめてだよ」
ロデリックくんが顎に手をやり、うなずいた。
「この辺りの連中の目的が見えたな」
「え?」
「この辺りで狩りをしてる連中は、イビルシーウィードや結晶魚の素材や塩が目当てじゃないってことだ。量産される紙、昔のように貴重ではなくなった塩。魔石もあるからそれで納得しかけたが……」
「ひょっとして、彼らの本命は……」
「イビルシーウィードの中から現れる、レクスヘルマンを待ってるんだ」
そう言いながら、ロデリックくんが遠くに見える人影を見回すのに釣られて私たちも辺りを見た。
「とはいえ、この推測が本当だとしても、レクスヘルマンが現れるのはいつになるかわからない」
「浪漫だな……」
ガイアスくんがポツリと言った。
◇
太陽が高い位置になって昼時を迎える頃合い。
イビルシーウィードと結晶魚が生息する地域はまだ続いているけれど、数がだいぶ減り、入れ替わるように別の魔物の数が増えてきた。
私たちは昼食を兼ねた休憩のため、魔物避けの結界陣を張って、食事の準備をはじめた。
「あれがこの辺りで一番厄介と言われる魔物だよ」
「魔導人形に似ているのだ」
「似た原理で動いているかもしれない」
休憩場所の結界陣を張り終えたシナップくんたちが、魔物のようすを見ながら話している。
辺りには相変わらず、冒険者らしき人たちが設営したテント以外に目立つ特徴のない景色が広がっていて、方向を見失わないよう、忘れずにシナップくんが地面に印をつけた。
変わったことと言えば、万一の事故に備えて、飛行船が飛んでくるようなことはほとんどない王都周辺と違い、上空に飛行船の小さな影が見えるようになったことと、地面の色が濃くなってきたくらいだ。
乾燥地帯がもうすぐ終わる。
料理の下ごしらえを終えてしばらく経つと、辺りに良い匂いが漂いはじめた。
「ジャック君、何を焼いているのかね?」
ジャックくんが小さな火を焚いて、網で何かを焼いているのを見て、シナップくんが聞いた。
「イビルシーウィードの皮だ。さっきそこでへばってたから捕まえた」
「美味しいんですか?」
ジャックくんが答えると、ノアくんも興味深げに質問した。
「どうだろうな?オレも食べたことがない」
ジャックくんがそう言って、焼きたてのイビルシーウィードの皮を細く切ったものを、私たちの方に差し出した。
バッシュくんが早速受け取ってパクリと口の中に入れた。
ジャックくんと、私たちもかじりつく。
「……」「……」
「塩を溜め込む魔獣だから、塩の味でもするのかと思ったんだが」
「ビックリするほど固くて不味いですね」
ノアくんが円らな瞳をぱちくりさせて感想を言った。
結界の外側では、まるで力の差を示すように、結晶魚もイビルシーウィードも大きさが小さい。
特にイビルシーウィードは、ひょこひょこと逃げ回りながら、時々地面に葉をペタリと横たえて、魔物が近づいてくるまでは大人しくじっとしている、というのを繰り返しているようだ。
同じ種類の魔獣でも、微妙に行動の差が出るのは興味深い。
ちゃんと考えて生きているのだろう。
少し離れた場所で、同じ種類の魔物も関係なく近くのものを傍若無人に殴り倒しているのが、『泥人形』と言われる大型の魔物だ。
呼び名通り、泥の塊で出来た魔物で、倒すと大量の土と泥が残る。魔石を落とすのは希で、少しくらいの損傷は周囲の土ですぐに治ってしまう。
同じ『泥人形』でも、火山地帯に現れるものは金や銀、宝石を落とすことがあるので珍重される。
『泥人形』に殴られている結晶魚やイビルシーウィードを見ていると、シナップくんが言った。
「イビルシーウィードの上位種がこの近くで育つのは、ちょっと無理そうなのだ」
すると、出来上がった料理をテーブルに運ぶ途中のガイアスくんが言った。
「そうとも限らないぞ」
ガイアスくんの視線のずっと先にいるイビルシーウィードが、カッと強い光を放って、なんと劣勢に見えた泥人形との戦況をひっくり返したのだ。
「おお……」
「す、すごい」
泥人形を倒したイビルシーウィードは、あっという間に姿を隠して見えなくなった。
◇
昼食の準備が整って、それぞれの席について食事をはじめる。
灰色ドドリスたちも一緒だ。
「シナップ、あと4日ほどで俺たちは飛行船に乗って東の大陸へ渡る。ドドリスたちはどうする?“使役魔獣”として連れていくか?」
そう言うと、ガイアスくんは鍋にまだ残った肉料理を、自分のお皿に移し変えて椅子に座り、シナップくんの返事を待った。
通常、個人で20匹を超えるような魔獣の移動を飛行船でするのは難しい。
ただし、『魔物使い』が使う召喚石など、一部再現が困難な召喚技術をシナップくんは持っている。
灰色ドドリスたちが応じれば、シナップくんの力量次第で、数多くの魔獣と行動が可能なのだ。
灰色ドドリスのシルバくんが、シナップくんと見つめ合うような姿勢になった。
出会った直後よりも、ハッキリと艶やかに美しくなった毛並みは、もはや灰色というより、銀色という方がふさわしい。
他の灰色ドドリスたちの毛並みも、当初よりも銀色に近づいてきている。
「何を迷うことがある。ドドリスたちが嫌がっているのか」
シルバくんと見つめ合ったまま、返事をしないシナップくんに、ロデリックくんが不思議そうな様子で聞くと、代わりにエドくんが答えた。
『ドドリスは嫌がってないのだ』
「シナップの方に支障があるということか?」
どうやらシルバくんたちより、シナップくんの方が迷っているようだ。
「実は、どの石を使うか迷っているのだ。シルバたちはどう見ても、ドドリスの上位種なのだ。だからそれにふさわしい石を使うのが良いのだ」
『シナップ!ボクももう、ただのジュエルスライムじゃないのだ!』
「却下なのだ」
「ええと、シナップ。それじゃあ、僕たちはドドリスたちとこれからも一緒にいて良いの?」
「それはボクの方が聞きたいことなのだ。ドドリスたちを連れていっていいのかね?」
私も、エレイナさんも、ガイアスくんたちも、迷いなくうなずいた。もちろん、同意の意思表示に決まっている。
私たちを見上げるバッシュくんとノアくんの瞳が輝いた。
「うん!」
2人がそろって力強い返事をすると、ロデリックくんが上機嫌で灰色ドドリスたちを撫でながら言った。
「フッ、私やエレイナと共に旅が出来ることを光栄に思うと良いぞ」
灰色ドドリスたちが気持ちよさげに撫でられていた。
◇
灰色ドドリスたちとの今後も決まり、食事も終えた私たちは、片付けをしながら、グレイシャーさんたちから聞いた情報の整理をしていた。
非公表の情報だったため、しゃべる魔物と術者の件は直接グレイシャーさんたちに聞くことは出来なかったものの、魔物に目立つ変化が無いということが聞けただけで十分だった。
「イシュタルさんたちの話と、グレイシャーさんたちの話はこんな感じだな」
「私たちが知ってる情報と合わせて、シーバさまたち百犬隊の手掛かりをつかむには、やっぱりメルンに行くのが一番手っ取り早い方法で間違いないわね」
エレイナさんが洗い終えた食器を裏返して台の上に置いた。
その表情はようやく確信を得たというものだ。
台の上の置かれた食器を、私はバッシュくんたちと一緒に布で拭いていく。
ガイアスくんが鍋や釜戸を片付けながら、言った。
「『何者か』の関わりがあるのか無いのかも知りたいしな」
結界の角の方でロデリックくんが、シナップくんとエドくんと一緒に灰色ドドリスたちと『訓練』をしている。
「ロデリックは良い遊び相手を見つけたな」
「ジャック、本人が聞いたら怒りそうだから黙ってろよ?ドドリスたちが頼りになるのは間違いないんだからな」
「了解」
ガイアスくんとジャックくんが面白がって言った。
「そういえば、ロデリックとマクスさんだけじゃなくて、ガイアスとジャックもメルンに行ったことがあるのよね」
「ああ。といっても俺は2回、それも別の派遣者に付いていっただけだ」
「オレも似たような感じだな。けどガイアスに比べると回数と期間は長い。何か聞きたいことがあるのか?」
ジャックくんがエレイナさんに聞くと、エレイナさんがうなずいて答えた。
「こないだ王都のダンジョンに行ったことは話したけど、その時ロデリックに魔弾銃を貸してもらったのよ。それはすぐに返したんだけど」
エレイナさんが続けた。
「メルンはガレディアから飛行船での武器の持ち込みは禁止してるでしょう?だから基本的に装備は向こうで調達しなおすことになるわ。それでなんだけど……」
そこまで聞いて、ガイアスくんが言った。
「メルンで弓が手に入るのか、気になり出したというわけか」
「ええ。手に入らないから、ロデリックが私に銃の扱いに慣れさせようとしたんじゃないかと思って」
「弓より銃の方が主流なのは確かだ。けど弓を置いてないわけじゃないぞ」
「そうなの?」
「弓は銃よりも費用面で安く作れるからな。それに、他の国からメルン入りした人間は銃よりも弓の方が使い慣れている」
それを聞いてエレイナさんが、和らいだ表情でホッと息を吐いた。どうやら弓の方が扱いやすいと感じているようだ。
魔導術との相性を考えての判断かもしれない。
実際のところ、冒険者としての実績がほとんど無い私には、よくわからない話だ。
◇
昼を過ぎて再び飛行船乗り場を目指して出発した私たちは、途中でひときわ大きな『泥人形』を見つけた。
「魔物が荷馬車を襲ってるみたいだ」
護衛と思われる人影が、複数で交戦しているのが遠目に見える。
「地面に何人か倒れているのだ」
灰色ドドリスの背に乗って、前の方を走っていたシナップくんが叫んで教えてくれた。
すぐさまガイアスくんが私たちを振り返って言った。
「あれは『岩傀儡』だ。冒険者じゃなさそうだ、助けに入るか?」
「そうしましょう」
エレイナさんが即答し、ノアくんとバッシュくんが続く。
「救援です!」
「急ごう」
前方から、呆れたようなロデリックくんの声がした気がしたけれど、気のせいかもしれない。
後方から物凄い速さでジャックくんが追い上げ、私たちの前に出た。エレイナさんたちも速度を上げる。
息切れ寸前の私も、思いきって速度を上げた。
少し遅れて私が到着すると、早くも状況は一変している。
劣勢は優勢に逆転し、倒れていた人も、馬も治療され、荷馬車ごとバッシュくんたちの魔障壁の内側に避難が済んでいる。
『岩傀儡』は魔導術も物理攻撃も効きにくい。
損傷も周囲の土と魔力で治してしまうそうだけど。
【地縛り!】
私は迷いなく、10数えるほどの時間しか効果のない魔導術を『岩傀儡』に使った。
“掴んだ”という、確かな手応えを感じたのと同時に『岩傀儡』の体が動きを止めた。
どこにあるかわからない『岩傀儡』の本体。
わからないなら、全身を砕いてしまうのが彼らだ。
ガラガラガラッ
ゴロン、ゴロン!ゴロゴロ……
がしゃっ……がしゃっ……
『岩傀儡』が音を立ててバラバラになり崩れていく。
私が術を発動させなくても、おそらく崩壊は時間の問題だっただろう。
崩れていく『岩傀儡』の中に、色のついた石の塊のようなものが3つ、黒い霧を噴き出しながら散っていくのが見えた。
◇
「本当に助かりました……!」
「ありがとうございます、ありがとうございます!」
助けた荷馬車の男性が、お礼の言葉を何度も繰り返しながら、ガイアスくんの手を握ってブンブンと上下に振った。
護衛の人たちや、他の積み荷を運ぶ労働者らしきヒトたちも、私たちにお礼を言ってくれる。
当然だけど、特に手当てを受けたヒトたちは、エレイナさんやバッシュくんたちにものすごく感謝した。
「私たちは南から、北の沿岸部にある町へ物資を運ぶ途中だったのですが、運悪く『岩傀儡』に見つかってしまい……」
『岩傀儡』は大きいので、遠眼鏡ですぐに気がついて避けようとしたそうなのだけど。
「逃げた先にもう一体いたわけか……」
「はい……」
ガイアスくんが気の毒そうに眉を下げて言うと、荷馬車の主の男性がしょんぼりとした。
「スヴェニアの旦那!荷はほとんど無事なんですから、そんなに気を落とさずに行きましょう!」
「うん、それもそうだね。今回はほんのちょっと運が悪かっただけだ」
荷馬車の主、スヴェニアさんがそう言うと、ロデリックくんが口を挟んだ。
「君たちが不運?それは本気で言っているのか」
「なんだよロデリック」
「みたまえこれを。『岩傀儡』が落とした魔石だ」
ロデリックくんの手に乗せられた大きめの魔石。
加工される前から、まるで磨き上げられた宝石のように輝いている。
泥人形は倒しにくい割に、なかなか魔石を落とさないので嫌がられる魔物だ。上位種の岩傀儡もそれは変わらない。
「そもそも、我々の見える場所で交戦になっていたのも、幸運といえると思わないか」
◇
日が傾きはじめる頃合い。
私たちはスヴェニアさんたち一行とも別れて東を目指すうち、ひどく細く背の高い木が生えている一帯にたどり着いていた。
辺りが薄暗くなるにつれ、木々の見た目に不気味さが漂う。
原因は所々に木に擬態した魔物が混ざって立っているせいだ。
地図を見ると森や林は描かれていないので、かなりの木が擬態した魔物ということになる。
魔物地図と照らし合わせると、『死骨樹霊』という魔物だ。
滅多に動かず、攻撃性は低い魔物だといわれているけれど……
ギョロりとした目玉が付いていて、どれも大きく見開いている。
「なにもされないのに怖いね……」
バッシュくんが静かに呟いたタイミングで、長くて黒い影が、動いた。
思わず息を飲んだけれど、それ以上何も起きない。
「ただ動いただけらしい」
バッシュくんとノアくんが、サッとガイアスくんの肩によじ登り、素早く背負袋に潜り込んだ。シナップくんは平気そうな表情をしているけれど、シルバくんにしがみつくようにしている。
「はやく、先へ行きましょう」
心細げにエレイナさんが言った。
先頭を歩くロデリックくんの方を見ると、ついさっきまで見えていた彼の後ろ姿が見えない。
ハッとして後ろをエレイナさんが振り返った。
「ジャックもいないわ!」
「こいつら、よく見ると少しずつだが動いて移動してるぞ」
「滅多に動かないはずじゃなかったの?!」
「食事するときは動くんだよ……」
「滅多に動かないのは……たまにしか食事しない、から……?」
エレイナさんが顔をひきつらせた。
「燃やすのは不味いのだ?」
「近くに普通の木が多すぎる……疑いだけでは」
私たちは互いに顔を見合わせた。
灰色ドドリスくんたちの数を22匹、確認し終わる。
「仕方ない。シナップ、エド!ドドリスたちから離れるな!ロデリックとジャックは自力でなんとかなる!バッシュ、ノア、そのまま背負袋から出るなよ!エレイナ、マクスさん!急いでここを走り抜けよう」
ガイアスくんの号令と共に、私たちは一目散に駆け出した。
逃がすまいとでも思ったのか、周囲の死骨樹霊の細い幹から枝のようなものが伸びはじめて、水中に漂う紐か何かのようにうねりはじめた。
「突っ切れー!」
「のだー!」
死骨樹霊の枝がこれでもかと伸びてくる。
まとわりついた細い枝を、必死で引きちぎりながら、走る。
全力疾走は長くは持たない。
太さのある蔓のような枝が見えた。
捕まる!私が覚悟を決めかけたとき、寸でのところで枝の動きが止まった。
「マクスさん!」
エレイナさんとガイアスくんが、止まりそうになる私の腕を引っ張ってそのまま走った。前方で灰色ドドリスたちが、シナップくんと待っている。エドくんも一緒だ。
「魔物だけど、あいつらなりに縄張り意識があるのかも知れないな」
私たちを追うのを止めて戻っていく死骨樹霊の姿を見ながら、ガイアスくんが言った。
◇
死骨樹霊の林を抜けた私たちは、ロデリックくんとジャックくんを捜さず、合図の照明弾を打ち上げた後、速度を落として歩を進めていた。
すぐに合流出来ていないのは、道に迷わされているからだと私たちは考えたからだ。
「それにしても。死骨樹霊の脅威度が高めの理由がわかったな」
襲って来ないうちは、こちらも刺激しないようにしていたのは、それが理由のひとつだったけれど、攻撃性が低いというので、強さとは結びつけて考えなかったのが正直なところだった。
「あの2人が殺られるはずないからな」
「そのうち追い付いてくるわ」
ガイアスくんとエレイナさんがそう言いながら笑った。
なかなか追い付いてこないふたりに、内心は不安を感じてはいるようで、もう何度も照明弾を打ち上げている。
「今日はここらで休もうか」
「そうですね。そうしましょう」
「うん、それがいいよ。今日は死骨樹霊が怖かったしね!」
「あの目玉は夢に見そうなのだ……」
相談して休憩場所を作り、いつものように食事の準備を始める。
日が暮れ辺りがいっそう暗くなって、大きく欠けた琥珀色の月が夜空に輝いても、ジャックくんたちはまだ追い付いてこない。
鍋の料理と、お皿に盛り付けた2人分の料理が、冷めてしまっている。
「朝になっても追い付かないようなら、捜しにいってくる。エレイナたちは先に行っててくれ」
「捜索ならガイアスくんより僕たちの方が向いてるよ」
バッシュくんが言ったけれど、ガイアスくんは首を振った。
「万が一、飛行船乗り場の搭乗時間に間に合わなかったら、券が無駄になる!3人分ならダメージは少ない……後は頼んだ……」
「そんな……!」
「……わかったのだ。ガイアスくん、キミの犠牲は無駄にしないのだ」
シナップくんが真面目な顔で、冗談ともつかないことを言った時、ちょうどの頃合いで聞き慣れたジャックくんの声が聞こえてきた。
声のする方角に見える人影が灯り石の光をこちらに向けている。エレイナさんが遠眼鏡を使って確認した。
「ジャック!ロデリックも一緒だわ」
「やっと追い付いてきたか」
「良かった!」
シルバくんたちも2人の気配に気がついて起きあがった。
◇
『インフェルゴ』
ジャックくんとロデリックくんを足止めした魔物の正体だ。
普段は石のように動かず、地面でじっとしている魔物で、周囲の魔力を植物のように吸い上げて生きている。
「たまに他の魔物に寄生していることもあるそうらしいです」
バッシュくんとノアくんが、魔物研究ギルドで教わったという話をしてくれた。
裏返すと、刺のようなものが発達していて、それを使って相手に食いつく。気がつかずにそのまま寄生されると、徐々に魔力を奪われてしまう。魔力だけで構成された魔物にとっては、死に直結する恐ろしい魔物だろう。
地面に刺さっていると、なかなか剥がせないらしい。
「断定できないけど、2人が遭遇したのは『インフェルゴ』の上位種だね。通常の本体と変わらない大きさの魔石を落とすなんて、普通じゃないよ」
ジャックくんが拾ってきた魔石を見ながら、バッシュくんが言った。普通のインフェルゴは、石ころのような大きさの魔物なのだそうだ。
ジャックくんが持ち帰った魔石は、ゴツゴツとして不純物が混ざったもので、あまり品質は高くなさそうだけど、大きめだ。
本体の魔物の大きさは、それ以上でないと不自然だった。
「……上位種との遭遇率が高いな」
「たまたまかしら……」
温めなおした料理を、ジャックくんとロデリックくんがテーブルの席について食べている。
2人の話から、死骨樹霊を避けながら進むうち、徐々に私たちから引き離されて行ったようだ。
ガイアスくんや私たちは多少なりお互いに会話があったので、はぐれにくかったと思われる。
気がつくと、大きなインフェルゴに囲まれていたそうだ。
まるで魔物に誘い込まれたようだけど、2人共、しゃべる魔物は見ていないらしい。
「東の大陸で魔物が強さを増しているって噂話、本当かもしれないな」ガイアスくんが呟いた。
◇
翌朝、私たちはまだ薄暗いうちから、遅れを取り戻す勢いで東を目指していた。
今日から先頭に灰色ドドリスのシルバくんが加わっている。
感知能力、方向感覚に優れたシルバくんに先頭に立ってもらうことで、昨日のような事態を避ける狙いだ。
他の灰色ドドリスたちとも連携がとれているので、移動も速やかだ。
「昨日は不覚を取ったが、私は負けていない」
「お前はいつもなにと戦ってるんだよ」
ロデリックくんの不敗宣言に、ガイアスくんが首を傾げる。
「なあ、それより聞いてくれ!『着火』を連続で7回も発動できるようになった!」
「もう少しで1回くらいなら回復術が使えるかもしれんな。覚えればだが……」
「本当か?」
「簡単じゃないぞ。適正も必要だ。だが水が適正魔力のお前は可能性が高い」
途端にガイアスくんの表情が明るくなった。
「もし覚えることが出来れば、お前が戦況をひっくり返す鍵になりやすくなる」
「?」
「防御力、耐久と体力の全てが高いお前が、回復術を使えれば、たとえ追い込まれても最後まで勝負が出来るということだ」
ロデリックくんが不敵な笑みを浮かべた。
先頭を走るシルバくんが速度を上げるにつれ、2人の速度も上がっていく。
私はバッシュくんたちの施してくれた支援魔術の力で、どうにか付いていける感じだ。
小休憩を取る頃合いまでは、どうにか頑張れるだろうか。
小さな体で私の前を走る、バッシュくんとノアくんがまぶしい……。
そうやって何度か休憩を挟みながら走り、徐々に日が高くなった頃、上空を大型の魔獣が、飛んで行くのが見えた。
大きさから、飛竜とは別の種の翼竜だ。
海の近くに棲んでいることが多いという一方で、目撃される場所は多様で、長距離を飛ぶことが出来るのだと考えられている。
「マクスさん!お昼休憩の合図みたい」
すぐ隣を走るエレイナさんが声をかけてくれた。
先を走っていたガイアスくんたちが速度を落とし、手を上げて合図を出している。
私たちも速度を落としつつ、ガイアスくんたちのいる場所で足を止めた。
「全員揃ったな。この辺で飯にしようか」
ガイアスくんが言った。
辺りを見ると、魔物の影は見当たらない。
遠眼鏡で確認できるくらいだ。
『賛成!ボク腹ペコ』
ジュエルスライムのエドくんは、そう言うとピョン!と灰色ドドリスくんの背中から飛び降りた。
シナップくんが返事の代わりに、創造魔術でテーブルと椅子を創りあげる。
座り心地の良さげな平たい長座布団は、灰色ドドリスくんたちの休憩用のようだ。
私はバッシュくんたちと、魔物避けの結界の準備に取りかかる。陣地の広さを決めてバッシュくんとノアくんが線を引き、ふたりから預かった小さな魔石を、地面の印の場所に置いていく。
印に置かれた隣り合う魔石が、共鳴でもするように一瞬だけボウッと光る。
魔石を配置し終えたら、バッシュくんとノアくんが魔力を注いで、結界を発動させ仕上げだ。
わずかな時間、光を帯びた魔術文字がそこらじゅうに浮かび上がって消える。
薄くて丈夫な魔力の壁の完成だ。
結界を張り終わると、辺りに魚やお肉の焼ける良い匂いが漂ってきた。
「ヴェルニカ産の魚はこれが最後ね」
バベナの市で購入したヴェルニカ産の魚はクセがなく、塩気がよく合う白身魚だった。旨味もあって食べやすかったので、エレイナさんが残念そうに言った。
「肉も旨いぞ」
ジャックくんがそう言うと、エレイナさんが、「ジャックはお肉があればなんでも良さそうよね」と軽口を言って笑った。
その様子をロデリックくんが怨めしそうに見ている。
「ロデリック君、キミも加われば良いのではないのかね?」
シナップくんがわりと普通のことを言った。
白金級のロデリックくんだけれど、ままならないことはあるのである。
◇
出来上がった料理をお皿に盛り付け、手分けして並べるとテーブルが賑やかになる。切り分けた果物は見た目の彩りが良い。
「いただきます」「いただきます、なのだ」
食事が進み、人心地ついてくると、予め話していたことの確認も兼ねて、東の大陸での私たちの行動を決める話題になった。
予定では到着後、メルンの首都であるアジェナに向かうことは決定している。
「途中の街で聞き込みをしてから、首都に行くほうがよくないか」食事をあらかた終えて、ジャックくんが私たちを見回しながら言った。
湯呑み茶碗をガイアスくんが置いて、
「そうだな。百犬隊が首都にすでにいないことはわかっているし、乗り場から首都まで距離もある。俺も聞き込みをしてから首都に向かうのが良いと思うんだが」
「私は聞き込みを後に回して首都へ向かい、アジェナを拠点に本格的な調査を行うのが良いと思っている。アジェナはヘゼリア大陸の中心に近い場所にあるからな」
ロデリックくんはそう言うと、まだ半分氷った果物を口に入れ飲み込み、温かいお茶を啜った。
なぜか優雅な雰囲気を漂わせている。
「私はジャックとガイアスの意見に概ね賛成。聞き込みをしながら首都に行って、それからロデリックの言う通りアジェナを拠点にすれば良いのよ」
エレイナさんがそう言うと、バッシュくんとノアくん、シナップくんも顔を見合せうなずいた。
「ボクたちも、それが良いと思うのだよ」
「私も異論はないよ。アジェナを拠点にするのは賛成だからね」
シナップくんの後に私も続けて言った。
ヘゼリア大陸にあるメルンは、何度か首都を変えているけれど、現在のアジェナにしてから1000年ほどは移転することなく続いているらしい。
元の首都メルンよりも大陸の中央付近に位置するので、利便性が勝ったのだろう。
「良いだろう。途中で聞き込みを行い、それが済んだらアジェナだ」
「あとの細かいことは飛行船の中で話そう」
「現地でしかわからないことも起きるだろうし、まだざっくりと考えましょう」
大体のことが決まると食事の片付けをして、一服しながら休んでいると、ガイアスくんが使える魔力がぐんぐんと増えてきていることに話題が移った。
「増えたと言っても魔力7だがな」
ロデリックくんが釘を刺しつつも、伸び率の良さには思うところがあるらしく、それについては率直に誉める。
硬すぎて動かせなかったガイアスくんの魔力栓が、ようやく開いたというところだろうか。
「最初の頃より“着火”するまでの時間が早くなってるから、魔力操作も上達してるね」
バッシュくんがそう言うと、ガイアスくんが嬉しそうに笑った。灰色ドドリスくんたちにも雰囲気が伝わっているようで、ガイアスくんと一緒に嬉しそうにして、尻尾をパタパタと振っている。
◇
休憩のあと、再び東の飛行船乗り場を目指し1刻ほどが経った頃、進行方向に南へ移動する複数の人影が見えてきた。
シルバくんの背に乗ったシナップくんが速度を落とした。
「こっちに合図を出してるみたいなのだ」
「止まってくれということか。どうする」
ガイアスくんが私たちを振り返って意見を求めた。
「僕はかまわないよ」「ボクもです」
バッシュくんたちがすぐに答える。
エレイナさんと私がジャックくんの方を振り返ると、彼がうなずいた。
「私たちもかまわないわ。止まって話を聞きましょう」
エレイナさんの返答を聞いて、ロデリックくんも速度を落として行く。
「おーい」
移動するヒトたちの声が、こちらに届きはじめた。
私たちが避けずに止まることに気がついて、数人が立ち止まり、両腕を上げて振っている。
「乗り物を使わずに横断しているのか」
「冒険者かしら」
「わかっているだろうが、強盗でないという保証はないぞ」
ロデリックくんが言った。
思ってもみなかった私はビックリしてしまったけれど、言われてみれば、そういう可能性は十分あるのだ。
様子をうかがう私たちに対し、相手の方もこちらをいくらか警戒しているようだ。
それでも引き留めたい事情が出来たということだろう。
ガイアスくんが、私たちに腕を振って合図をしていたヒトたちに話しかけた。
彼らの後ろに隠れるように、小柄な女性と子供がついている。
エレイナさんが屈んで笑いかけると、女性が少しほっとした表情になった。
◇
「俺の名はバーノ。事情を話す前に、まず止まってくれたことに感謝する」
バーノさんがガイアスくんに向かってそう言ったあと、私たちの方にもお礼を言ってくれた。
「ありがとうございます」
周りの男性も、後ろの女性と子供もそろって言った。
「まだなにもしないうちに礼は早い。何か困り事が起きたから俺たちを止めたんだろう?怪我人か?」
ガイアスくんがようすをうかがった。
バーノさんたちは、十数人で移動中のようで、怪我人がいるのかどうか、パッと見ただけではわからない。
重症のヒトがいるようには見えないけれど。
「実は……」
バーノさんが話し始めた。
「俺たちは北にある沿岸沿いの集落へ、交易品である物資を届けた帰りなんだが。さっき魔物に襲われて……大型の翼竜だ」
「翼竜の目当ては土産の魚で、大した怪我人は出なかった。ただ……」
「ただ?」
ガイアスくんが続きを促すと、バーノさんが言いにくそうに口ごもった。
「……恥を晒すようだが、帰りの食料は土産の魚をあてにしていた」
南の街までここから普通の移動であれば、まだ数日の距離があるはずだ。それで私たちはやっとバーノさんたちの事情をのみこめた。
「無理にとは言わない。子供の分だけ、1日分の食料を分けてもらえないだろうか」
バーノさんが申し訳なさそうに言った。
私たちは互いに顔を見合せる。
ジャックくんがすぐに言った。
「オレはかまわないと思う」
バッシュくんたちも続いた。
「僕たちも良いよね」
エレイナさんや私もうなずいた。
ロデリックくんも反対する気は無いようだ。
止まると決めた時点で、ある程度想定していたのかもしれない。
私たちが食料を選り分けている間、周囲を灰色ドドリスくんたちと一緒に見張ってくれている。
「こんなに、良いのか?」
「ああ。まだ十分残してる」
ガイアスくんがそう言うと、別の男性が気がついて言った。
「これ、黒アテルディーテじゃないか」
「ちょっと前に狩りで手に入れたものだ」
「安くない肉だ。本当に良いのか」
バーノさんが焦ったようすで懐からお金を出そうとするのを、ガイアスくんとエレイナさんが止めた。
◇
「もし街へ立ち寄る機会があったら、声をかけてくれーー!」
「ありがとうございましたー!」
バーノさんたち一行に見送られながら、私たちは再び東を目指して出発した。
しゃべる魔物の話は噂程度にも出なかったけれど、海の異変に関することと、メルンで行われる『満月祭』の話を聞くことが出来た。
「船便が出せない理由がわかってきたわね」
「海竜の出現。それが一ヶ所だけでなく各地でともなれば、迂闊に船が出せないのは納得だな」
「でも、どうして公表されていないんでしょうか」
「簡単に討伐できないからだろう」
ノアくんの疑問にロデリックくんが答えた。
先頭のシルバくんと共に、徐々に移動速度を上げていく。
塩害のせいで作物が育ちにくいという土壌なりに、適応した植物も多く、乾燥地帯を抜けたことで周囲は次第に木々や草花の多い景色に変わってきている。
「海竜のような大きな魔海獣が何体も現れるなんて。これも魔物の異変の一つなのかしら」
エレイナさんの疑問に今は誰も答えることが出来ない。
走るにつれ周囲の景色が変わる。
隆起した地形に加えて草木が多くなり、見通しが悪くなってきている。
緩やかに上り斜面が続く。
「一度大きめの休憩を取ろう」
魔物の少ないひらけた場所が見えた頃合いで、私たちは休憩のために速度を落とす。
青い空に白い雲が流れる。
上空を南へ向かう渡り鳥の群れが通った。
「ここなら休めそうね」
日当たりの良い平地を見つけ、私たちは各々の荷物を置いた。
地面に布を敷いて休む場所を作ると、バッシュくんが魔力ポットのお湯でお茶を淹れてくれた。
最後の一滴が湯呑茶碗に落ちて、ポットが役目を終え、光になって消える。
「おつかれさま」
バッシュくんとノアくんがそっと呟いた。
◇
「わーーー」「わーーー」
緩やかな上り傾斜のあとは、緩やかな下りの傾斜が続く。
灰色ドドリスくんの背に乗って、バッシュくんとノアくんが風を切って疾走する。
私もバッシュくんたちの支援魔術で、身体強化の補助と下りの傾斜のお陰で、思いの外軽々と疾走している。
強い風を受けているけれど、天候の良さも手伝って爽快な気持ちだ。
前方に木が生えていても、都合良く進路を阻むような位置ではない。
次第に傾斜がなくなり、地面が平坦さを取り戻していく。
私たちの移動に合わせるように、草が風に揺れ、陽を反射して白っぽく光る。
上がっていた速度が平常に戻り、再び上りの傾斜が始まり上りきったところで休憩を挟む。
それを繰り返すうち、日が暮れはじめた。
「だいぶ進めたが、今日のうちにもう少し進んでおこう。シナップ、エド、ドドリスたちは大丈夫そうか?」
ガイアスくんに聞かれたシナップくんが、
「休憩をしながらなら問題ないのだ」
『のだ!』
返事を聞いたガイアスくんがうなずいた。
シルバくんはもちろん、他の灰色ドドリスくんたちも、素晴らしい体力と持久力を兼ね備えている。
私には魔獣の定義はわからないけれど、確かに彼らは上位種なのに違いない。
────────
────────
□共有アイテム□
◇主な食料の在庫
内訳(長期保存食料143食分)
『塩漬け肉500カロ』『塩漬け野菜300カロ』
『ククステア(砂漠の雫)の実』
ーーー
『塩漬けトントン肉100カロ(低温保存中)』
『燻製トントン肉90カロ(低温保存中)』
『塩漬けコッコ鶏肉100カロ(低温保存中)』
『燻製コッコ鶏肉100カロ(低温保存中)』
『塩漬け黒アテルディーテの肉1,000カロ低温保存中』
『燻製黒アテルディーテの肉500カロ低温保存中』
『味付け肉黒アテルディーテの肉350カロ低温保存中』
◇冷凍中
『黒アテルディーテの肉300カロ』
◇蜜煮
『果物25カロ(密封容器50個)』『野菜100カロ(密封容器200個)』
◇嗜好品お菓子(魔導系回復あり)、各種調味料、未調理穀物2日分
『食堂のぬいぐるみ(中)』『2名食事券』『2名宿泊券』
◇魔力回復ポーション(EX102本、超回復74本、大130本、中635本、小942本)
◇治癒ポーション(治癒薬EX107本、超回復69本、大880本、中2,060本、小4,563本)、薬草(治癒1,059袋)1,059袋、他
□各自アイテムバッグ
ガイアス (魔力回復薬小3本)(治癒薬EX2本、超回復4本、大10本)薬草(治癒5袋、解毒5袋)麻痺解除薬5本
ジャック (魔力回復薬小4本)(治癒薬EX2本、超回復4本、大10本)薬草(治癒5袋、解毒5袋)麻痺解除薬1本)
エレイナ (魔力回復薬EX1本、超回復1本、大6本、中1本、小2本)(治癒薬EX3本、超回復3本、小10本)薬草(治癒5袋、解毒10袋)麻痺解除薬1本)
マクス (魔力回復薬EX3本、超回復5本、大5本、中4本、小8本)(治癒薬超回復5本、大5本、中10本、小18本)薬草(治癒18袋、解毒10袋)麻痺解除薬1本)
バッシュ (魔力回復薬EX1本、超回復1本、大2本)(治癒薬EX1本、超回復1本)薬草(治癒1袋、解毒10袋)麻痺解除薬1本)
ノア (魔力回復薬EX1本、超回復1本、大2本)(治癒薬EX1本、超回復1本)薬草(治癒1袋、解毒10袋)麻痺解除薬1本)
シナップ 『塔にあるもの全部』
ロデリック『私物とお菓子』
□背負袋
ガイアス 『共有アイテム』『バッシュとノアの本』『エレイナ、バッシュ、ノア、シナップの荷物』『食糧』『魔導石』『入門!魔術』『魔術図鑑(魔力紙付)』『マナナの実』『入門魔術(ロデリック購入)』
ジャック (魔力回復薬EX11本、超回復10本、大50本、中210本、小140本)(治癒薬EX1本、超回復85本、大35本、中80本、小120本)薬草(治癒10袋、解毒10袋)麻痺解除薬2本)『もしもの時の燻製肉』『魔導石』『追加保存食22食分』『保存肉(10袋入り)冷凍中』
エレイナ (魔力回復薬EX3本、超回復10本、大20本、中50本、小98本)(治癒薬EX5本、超回復25本、大30本、中50本、小50本)薬草(治癒60袋、解毒20袋)麻痺解除薬2本、万能薬3つ)『お菓子』『加工魔石(高)』『魔導石』『長期保存食料2食分』
『保存食22食分』『保存肉(10袋入り)冷凍中』
マクス (魔力回復薬大10本、中100本、小98本)(治癒薬超回復50本、大100本、中200本、小200本)薬草(治癒1,000袋、解毒30袋)麻痺解除薬4本、石化解除薬4つ、万能薬4つ)『草』『魔導石』『図で解る魔導書』『長期保存食料1食分』『ロデリックの魔導書』『追加保存食22食分』『保存肉(10袋入り)冷凍中』
バッシュ (魔力回復薬EX5本、超回復5本)(治癒薬EX5本、超回復5本)薬草(治癒25袋、解毒5袋)麻痺解除薬5本、石化解除薬1つ、万能薬5つ)『カリカリフード』『魔導石』『長期保存食料2食分』『本』『追加保存食22食分』『保存肉(10袋入り)冷凍中』
ノア (魔力回復薬EX5本、超回復5本)(治癒薬EX5本、超回復5本)薬草(治癒25袋、解毒5袋)麻痺解除薬4本、石化解除薬2つ、万能薬5つ)『カリカリフード』『魔導石』『長期保存食料2食分』『本』『追加保存食22食分』『保存肉(10袋入り)冷凍中』
シナップ 『塔にあるもの全部』
ロデリック『私物とお菓子』『魔導石』『長期保存食料12食分』
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フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
追放された『ただの浄化係』、実は国中の魔石を満たしていた精霊姫でした〜今さら戻れと言われても、隣国のイケメン皇帝が離してくれません〜
ハリネズミの肉球
ファンタジー
「おい、城の噴水が止まったぞ!?」
「街の井戸も空っぽです!」
無能な王太子による身勝手な婚約破棄。
そして不毛の砂漠が広がる隣国への追放。だが、愚かな奴らは知らなかった。主人公・ルリアが国境を越えた瞬間、祖国中の「水の魔石」がただの石ころに変わることを!
ルリアは、触れるだけで無尽蔵に水魔力を作り出す『水精霊の愛し子』。
追放先の干ばつに苦しむ隣国で、彼女がその力を使えば……不毛の土地が瞬く間に黄金のオアシスへ大進化!?
優しいイケメン皇帝に溺愛されながら、ルリアは隣国を世界一の繁栄国家へと導いていく。
一方、水が完全に枯渇し大パニックに陥る祖国。
「ルリアを連れ戻せ!」と焦る王太子に待っていたのは、かつて見下していた隣国からの圧倒的な経済・水源制裁だった——!
今、最高にスカッとする大逆転劇が幕を開ける!
※本作品は、人工知能の生成する文章の力をお借りしつつも、最終的な仕上げにあたっては著者自身の手により丁寧な加筆・修正を施した作品です。
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