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第1話 洞窟の行き止まり
しおりを挟むガイア歴2年、故郷の島が暖かな季節を迎える頃。
外の大陸などから住民の必需品を調達して持ち帰ることを生業としている私は品物の調達のため故郷の島を離れて、ある都市を訪れていた。
事前に必要な物はリストにしてお金と一緒に業者に渡す。
殆どのものはそれで島まで運んでもらえるのだが、中には自分で調達し持ち帰らなければならないものもある。
それと、せっかく島の外に来たのだからと、私は街に足を運んで島で帰りを待つ息子へのお土産になるものを物色していた。
訪れた街の通りには、いくつか露店があって、太古に栄えた文明があったとされる周辺地域の出土品や古い魔導具の珍しいデザインの見た目だけ摸倣したお土産なんかが売られていた。
私が彼に出会ったのは、その道の傍らで1人でいる彼を見かけたのが最初だった。
ブラウンの髪に羊人の私とはちがう、やや細身の体つき。
白っぽい軽金属の部分的な防具と、長くない剣の鞘。
こちらには気がついておらず、彼はすぐに私のいるのとは違う方向へ歩いていった。
私の方もそれほど気にしなかったので、私たちの最初の出会いは一言も会話することなく終わった。
それから、その日のうちに私が欲しがっている少しめずらしい素材のありかがわかったという報せをうけて、私は交流のある商人のギルドへ向かった。
「久しぶりだね、マクスくん。元気だったかい」「おかげさまで。そちらもお変わりありませんでしたか。」「ああ、元気にやってたよ。色々あるにはあるがね!」
一通りの挨拶を済ませて目当ての素材のことを教えてもらう。
「おそらくキミが欲しがってる条件に合う素材だと思うよ。普段ならめずらしいだけで、入手がそれほど難しくないものなんだが、採集場所が現在、少々めんどうな場所になってる」
「魔物ですか」
「ああ、それもまだ危険度もよくわかっていない魔生物でね。最近現れるようになったらしい。そのせいで今は不足の事態に対応できそうな、許可を持つ者しか立ち入れないようになっているんだよ。素材のある洞窟の方はそれ以前に入った者の中に、まだ戻らない人たちがいるらしい」
「そうですか。私でも入れるようになるまでは時間がかかりそうなんですね」私ががっかりしてそういうと、知り合いの商人、デビスさんが言った。彼との付き合いはもうずいぶん長くなってきている。
「……調査のために我々商人ギルドからも冒険者ギルドへ依頼を出している。それで立ち入りの許可の出る者を派遣してもらえることが決まった。調査の内容は周辺の領主とも共有される手はずになっていて、それを見てじきに捜索隊も編成される」
デビスさんがさらに付け加えて言った。
「少々危険だがその調査に参加してみるかい?キミなら彼らの足手まといにはならないし、それどころかキミの知識は役に立つ可能性の方が高いのだから費用の心配もいらない」
「いいんですか?」私が目を丸くする。
デビスさんが「もちろんだ。キミさえよければ」と言ってくれた。
このありがたい申し入れを私はすぐに快諾した。
「キミのことは依頼に加えて私から彼らに伝えておこう」
そうしてその日の晩のうちには顔合わせの日時が決まり、数日も経たずに、私たちは『商人ギルドから調査依頼を受けた冒険者』と『それに同行する者』として、再び出会ったのだった。
まぁ、その事に気がついたのは私だけだったけれどね。
◇
━━ジャック・ウィルカーソン
それが、顔合わせの当日に酒場で再会した彼が名乗った名前だ。
島の外の人の文化にさほど詳しいわけではないが、家名を名乗るのはめずらしい気がして印象に残った。
彼はこの場にいるもう一人、ガイアスと名乗った長身で体格のよい青年と組んで活動することが多いらしく、ガイアスくんと話すジャックくんの表情は明るい。
━━ガイアス
彼のほうは軽装備のジャックくんより、剣も鎧も大きくて重そうで、盾も装備するらしい。
「もう少ししたら、もう一人来る」ガイアスくんがそういうのと殆ど同時くらいに後ろから人が近づいてくる気配がした。
「遅いぞ」ガイアスくんが言って「そんなに待たせてないでしょ!それより、その人がマクスさん?」と若い女の子のような声がした。
私が声のほうへ少し向きを変えると羊人の私とあまり変わらないくらいの背丈の若い女性がいた。私は羊人の中でも少し大きいほうだが、それでも島の外に住む『ヒト』たちの中では小柄になる。
「はじめまして、マクスさん!エレイナといいます。しばらくの間ですが、よろしくお願いします」
「はじめまして、こちらこそよろしくお願いします」
私がそう返すとエレイナさんが少しだけ心配そうな顔で、「そんなにお待たせしちゃいましたか?」と聞いてきた。
私はすぐさま笑いながらそれを否定する。
気を遣ったわけでもなく、本当に着いたばかりで、先に来ていた2人分の飲み物だってまだテーブルには置かれていない。
案の定、エレイナさんの様子をガイアスくんが笑いながら見ている。3人はずいぶんと仲が良いのだろうと私は思った。
◇
酒場で簡単に顔合わせをすませたあと、私たちはそのまま調査当日のための打ち合わせとして、まず各々の役割を確認することにした。
ガイアスくんが基本的に前衛で周囲の安全を確保、私とエレイナさんが後ろからサポートする。と言っても、私は魔物と戦闘になった場合、自分の身だけを守るくらいはどうにか出来ても、追っ払うとか討伐したり、ましてや捕獲するとか、そういう類いの役に立たないのが目に見えているため、基本的に大人しくしていることで役割を果たすことになる。
━━エレイナ
彼女は、遠距離から弓や強い攻撃魔術を使う。
狙いを定めるためにある程度距離を必要とするため後衛。
適性魔力は風だが水属性の魔導術に加え、回復魔術まで扱えるのだという。
感心していると「死んだ人を生き返らせたりはできないから!なるべく死なないでね」とだけ彼女が言った。
なるべく、という一言にどこか感慨深いものを感じて、私は深く頷く。彼女のためにも私たちは死ねない。
ジャックくんは剣等の装備に魔導術を付与して近距離に加え中距離からでも闘うことが可能な万能型だ。
「ジャックの一撃には俺ほどの破壊力は無いが、手数で相手に高いダメージを与える。装備に複数の属性魔術を状況に応じて付与して器用に戦えるから、魔力属性で弱点のある魔物戦だと俺より頼りになる。持久力も耐久も悪くない」とガイアスくんが言った。
「この辺りで問題の魔生物が現れるようになったのは2ヶ所。それで俺たちが調査依頼を受けたのは、ここから北の山岳地帯に位置するこの洞窟だ」ガイアスくんが地図を広げる。
するとジャックくんが洞窟の位置を指しながら「この洞窟は何度か行ったことがあるけど、オレが行ったときは魔物自体に出くわさなかった。一応、魔物の報告があるんだから、いるにはいたんだろうけど。簡単にだれでも追い払えるようなのだったんじゃないのか」と言った。
「ああ。もう1か所の森のほうでもそんな感じで、少なくともごく最近まで魔物の数自体が少なくて、出くわしても危険が少ないやつばかりだったらしい。俺の印象もそんな感じだな」
ガイアスくんがジャックくんの言葉を引き受けて、今度は別に2枚の地図を取り出して広げた。
「こっちが魔生物が報告されるようになってからの洞窟内の地図。こっちがそれ以前の洞窟内の地図だ……ちなみに例の魔生物が報告されるようになってからまだ20日ほどしか経っていない」
エレイナさんが声をあげる。
「この地図が本当なら、オレが行ったときと洞窟内の構造も広さまでがぜんぜん違う」
「ああ。今は限られた人間だけしか立ち入れないようにされていて現状の中の様子はほとんど確認されていないんだが、それ以前、魔生物の報告がされるようになってしばらくの間は、洞窟内を探索した連中はいたんだ。だから一応地図が手には入ったんだけどな。やっぱりぜんぜん違うよな」
ジャックくんが言ってからガイアスくんがため息混じりにそう言った。
そして「これが俺たちより先に調査に行って、帰ってきた奴らが記録してきた地図の写しだ。入り口近くだけに留められた調査だったらしいが」そう言って小さめの地図を取り出して広げた。
テーブルの上に広げられた洞窟内の構造と、わずかだが、それでもわかるくらいに違っている
「洞窟内の鉱物や物質が、地震や魔力の影響を受けて洞窟内の構造や見た目に変化を与えることはあっても、こんな数日やそこらで何回も劇的にかわっちまうなんて、いくらなんでも変化が早すぎる」
◇
しばらくの沈黙のあと、ジャックくんが最初に口を開いた。
「これ以上考えても仕方がない。それをふまえてやれるだけのことをやるしかないだろ」
「ジャック、おまえ。状況のおそろしさがわかってないだろ!こんなに頻繁に洞窟内の地形がかわっちまうってことは、いままでの地図も記憶も一番新しい地図も、今までにつけられた洞窟内の目印だって役に立つかわからねぇってことなんだぞ!」
ガイアスくんのいうことはもっともだと思った。
魔生物が現れてから洞窟や森への立ち入りが制限されているのも、洞窟の調査の対象エリアが入り口近くに限られているのも、未知の魔生物を警戒するのと同時に、不用意に探索したものが洞窟内で遭難するのを防ぐためだろう。
「だからオレたちが行くんだろ?それとも今から、この依頼を断って、他のだれかに行かせるのか?」ジャックくんが言った。
ガイアスくんが椅子に座り直し、ふん、と鼻をならした。
私たちが洞窟へ行かないなら、それはそれで、他のだれかが依頼を受けるだろう。
ガイアスくんが私のほうを見た。
「聞いての通りだ、マクスさん。洞窟内がいまどうなっているか正直わからない。入り口近くで魔生物に遭遇したものは大した怪我もなく帰還できているが、魔生物の脅威以前に俺たちは洞窟内の変化に苦しめられる恐れがある。もちろん十分に準備をしてから出発します、しかし」
ガイアスくんが続ける。
「洞窟内の素材なら特徴を教えてもらえれば俺たちが……」
ガイアスくんが言い終わらないうちに私が言った。
◇
「改めて洞窟の調査に、私も同行させてほしい」
内心足手まといではあるまいか、という不安があった。
だが、この一件は、魔物や未知の魔生物の脅威よりも、洞窟内の今の脅威は短時間で変化する地形と食糧の枯渇や怪我や病気だ。
それに対応するには灯り、周辺の安全の確認、休息等が重要になってくる。
それなら私でも役に立てることは多いはずだ。
これでも体力はそれなりにある。
そんな私の気持ちを汲んでくれたのか、私の申し出に3人が頷いてくれた。
それから私たちは洞窟の調査のための準備に取りかかる計画を立て始めた。調査内容は多岐にわたる。
今のところ森で魔生物と遭遇したものは全員が帰還しているが、洞窟内へ侵入したもの全員は帰還できていないことが、魔生物の脅威度を曖昧なものにしている。
またその一方で入手出来ている洞窟内の地図からは、行方不明者を出す原因の多くが地形の急激な変化による洞窟内での遭難ではないかと推測させている。
そのため遭難者を発見した場合の対応も考える必要がある。
ジャックくんの話では、元はそんなに広いものでもめちゃくちゃにいりくんだ洞窟でもなかったという。
たとえ道を多少間違えてもすぐに入り口近くまで戻れるような。そんな洞窟から帰ってこれなくなっている人達が1人2人ではないなにかが起きている。
━━私たち自身が遭難するのを防ぐことが何より重要になってくる。
私たちが洞窟内部の情報を持ち帰ることで次に繋げるのだ。
「俺たちに与えられた任務は魔物や魔生物の討伐でも、遭難者の捜索でも、この現象そのものを解消することでもない。洞窟内の様子がどんな具合なのか、何か気づいたことがあったらマクスさんの指示に従って調査、そして素材集め!それを忘れるな」
ん?
何かが私のなかでひっかかった。
「マクスさん、よろしければ握手してもらえますか!光栄です!」
なぜかエレイナさんに握手を求められる。
あれ?
デビスさんは彼らに私のことをどんな風に紹介したのだろう。
ジャックくんがいつの間にか運んできた肉料理を頬張りながら、私にも料理の盛られたお皿を差し出してくれた。
するとガイアスくんが叫んだ。「ジャック!それ!羊肉じゃねぇか!」
こうして私たち4人は数日を目処に、洞窟内の調査のための準備に取りかかることになったのだ。
ちょうど私たちの準備が整う頃、先に洞窟内に調査に入っている他のパーティが戻ってくる予定になっていて、新しい地図の写しが手にはいる見込みだ。未知の魔生物についても新しい情報がえられるかもしれない。
そして予定通りなら、私たちの探索範囲は入り口付近を越えるだろう。
◇
初の打ち合わせから1日が過ぎて、私たちは得られた情報を基に洞窟内に持ち込む食料やアイテムについて話し合っていた。
魔生物の出現から調査のために編成されたパーティが4組。
私たちは5組めの予定で、現在4組目の帰還を待っている状態だ。
調査のため編成されたパーティはすべて1日あまりの探索で引き返し、それぞれ3日ほどで洞窟の外へ帰還している。
いずれのパーティもその間、大した魔物には遭遇せず、2組が魔生物を見かけ、1組は衝突もなく、もう1組は4人の内1人が飛びかかられたものの、わずかに振り払っただけで逃走されたという。2組とも追跡は入り口近くの範囲内で中断。
それぞれのパーティが洞窟内部の入り口付近をマッピングしている。
「『使い魔』を持った魔術師のパーティの情報によると、奥もかなり深くなっている。地形の変化を考えると、引き返すにも慎重さが求められて、とって返すような真似は出来なかったらしい。だが幸いなことに今のところ道が塞がれたり途切れたりして戻れなくなったりはしなかった」
「俺たちが入り口近くを越えて洞窟内部へ進むとなると、そこまでだけで1日以上、予定では3日は探索をして、引き返すのに往復で7日からそれ以上洞窟内にいることになる。当然だが予定外のことが起きればもっと延びる」
ガイアスくんの説明を聞きながら、それぞれ自分に必要な食糧や荷物を頭のなかで確認する。
地図の変化が緩やかになっていても、激しいままでもガイアスくんたちのパーティは奥へ進む。
「マッピングしながらの行きつ戻りつの探索だ。装備も重要だが、十分な水と食料を準備しておくんだ。いざとなったときはエレイナ、頼む」「ええ」
水属性の魔術で何とかするという意味だ。
そこまで聞いて、おもむろにジャックくんがガイアスくんに質問した。「果物や生肉はもってはいっていいか」
「……なるべく水分が少なくて日持ちするのがいいだろうな。あと、肉は現地調達」
「私はそれ食べないから!!」
「戻ってきた人達の話だと、魔物や魔生物が少ないだけでなく、小動物も昆虫も見かけなくなってたらしいぞ」
「そんな、ウソだろ……ウソだと言ってくれ!」
「ばんざーい、ばんざーい」
私のルーツは草食獣だが、ガイアスくんたちは違うから、肉類の調達あたりは気になるのだろう。
けれども私も新鮮な草は諦めなくてはいけない。
そうだ、薬草をたくさん持っていこう。
◇
翌日、私は宿の1室で、洞窟に持ち込むために灯り取りの魔石ランプ、ロープ、小型ナイフ、長さを測る紐、時を知るための時刻魔導具、加工魔石、傷を癒すポーションや解毒効果のあるポーション類に加え、用意しておいた蜜蝋を染み込ませた布で、食料となる柔らかいパンと乾パン、チーズなどをそれぞれ複数に分けてくるんだ。穀物や乾燥した豆類、芋、胡桃やナッツ類は袋に分けていれる。
それから古来より保存効果が高いとされる種類の大きな葉で、燻製した肉や魚、乾燥果物や乾燥野菜などをこちらもなるべく分けて包む。
後は火が使えそうな場所があれば使える手鍋とそれに用途の多い布、たびびとクッキー、異国のチョコラタに、砂糖、調味料……多めの薬草と飲み水。
それらを背負袋に詰めて一度重さを確認する。
まだいける。袋にもまだ余裕がある。
洞窟内では飲める水の確保に苦労する可能性が高い。私は用意した水やポーション、食糧に目をやり追加して詰めなおす。
飲み水に関してはエレイナさんがいるので水よりは食料を優先することになっている。とは言え魔導術で水を用意するには魔力を消費するので魔力回復ポーションも必須だ。だからと言って魔力回復ポーションばかり持っていくわけにもいかない。
制限なく持っていけたらどんなにいいだろう。
そう言えば、どこかの魔導研究ギルドが画期的魔導技術を使って大容量アイテムバッグを開発中だと噂に聞いたが、重さの軽減がうまくいかないとかで、まだ実用品として出回っていない。
見た目よりたくさん入るというだけでも役に立つと思うのだけれど。ガイアスくんみたいな人なら、使いこなせるんじゃないだろうか。
ふと、そう思った。
◇
翌朝
昨夜の内に調査4組目のパーティが無事に帰還したことが知らされ、私たちは情報を共有するため、今回は酒場ではなく依頼主である商人ギルドのデビスさんの元に集まった。
そこで渡された新しい地図は前のものと思ったほど変化はなかったが、わずか数日の差で書かれたものだと考えると洞窟内は恐ろしい変化を遂げている。
調査のために洞窟内部に入ったパーティが洞窟から帰還して次のパーティが洞窟に入るまでのわずかな時間で、内部の地形が変わっているのは疑いようがない。
洞窟内の地形はどんなタイミングで変化しているのか。
「報告では帰還した4組とも、洞窟の地形が目の前で変わるような様子には気がつかなかったらしい」デビスさんが難しい顔で言った。
「最初、我々は1日から3日程度かけてわかるくらいまで地形が変わるのかとも推測していたのだが……それなら1日から3日程度洞窟内にいて、地形の変化する様子に気づけないのは奇妙だ。そして次のパーティが洞窟内へ入るまでの時間差は3日未満にも関わらず、洞窟内部の様子は、事前の地図と違いが明確にわかるほど変化しているのだという」
ジャックくんが結論付けるように言った。
「入る度に違う洞窟になっている」
◇
ボンヤリとだが、ガイアスくんやエレイナさんも同じことをもう考えていたのかもしれない。ジャックくんの言葉に特に驚く様子もなく、反対意見もしなかった。
「キミの意見を聞かせてくれジャック君。推測でかまわない。」
デビスさんが言った。
「たぶんだけど、今洞窟は人が出ることで地形が動いてる。だから次に中にはいると地形が変わっている」
「なぜ出たとき、と断定的なんだ?」
ジャックくんの意見にガイアスくんとデビスさんが同時に同じ質問をした。
「入ってから洞窟内の地形が動くんなら、帰還したパーティがそれを報告するはずだ。けど戻ったパーティは4組とも中にいる間、目立った変化に気がつかなかった。奇妙だとデビスさんも言ったけど、オレも思う。彼らはそんな間抜けじゃない」
ジャックくんにデビスさんがうなずいた。
「これは洞窟の地形が変わるきっかけがあるとしたら、の話」
ジャックくんが少し念をおすように言った。
それにデビスさんが「かまわない。1つの可能性として聞いている。続けてくれたまえ」とジャックくんを促した。
「人の出が洞窟内部の地形の変化のスイッチになってると考えれば、後から入ったパーティから見て洞窟の地形が変わっていて、中にいる間はそれ以上特別なことが起きず、それでいて洞窟から戻れない人がいる説明もできる」
原因はわからないが、問題の洞窟は現在、人の出が発生すると地形が変化するようになっている可能性がある。
その際に洞窟内に人がまだ残っていた場合、その人は急激な地形の変化に見舞われる。帰ってこない人たちは対応しきれず取り残されてしまっているということだろうか?
◇
私たちが洞窟に入ることが延期された。
推測が正しければ、単なる調査名目で私たちが中に入っても、外へ戻ることで洞窟内の地形を変化させてしまう恐れがあるからだ。
かといって行方不明のパーティをそのまま放置することもできないため、いずれ救出のために捜索メンバーを編成して誰かが洞窟内に行かなくてはいけない。
現時点での調査結果の仮説だと、出てから入りなおすことはできない。入るなら、洞窟から帰還するときには洞窟内に取り残されたパーティも一緒でなくてはならないのだ。
「商人ギルドからの君たちへの依頼は継続されている。だがその内容に大幅な変更が加わって、その上おそらく当初の想定より危険であるといわざるを得なくなってしまった。残念だが、断ってくれてもかまわない」
商人ギルド内の応接室で、デビスさんが他のギルド職員に囲まれるなか、代表して言った。
「デビスさん、俺たちに出された依頼は最初から限られたものにしか立入許可のおりないエリアの調査依頼だった。問題解決か解明の必要が出てきたことは確かに想定外だが、危険というだけで依頼を断る理由にはならないので安心してくれ」
ガイアスくんがパーティを代表して言ってから、ジャックくんが付け加えた。
「依頼主の想定外の危険の可能性があるからオレたちが喚ばれた。それで案の定、危ない仕事だっただけ」
エレイナさんと私にもその点に異論はない。
「そういうことだ。それで加わった大幅な変更点というのは?断るとしたらその変更点を聞いてからだ。場合によっては依頼報酬も上げてもらいたいとは思ってる」
ガイアスくんが抜け目無く言った。
「ああ、もちろんだよ。ありがとう」デビスさんがそう言うと、促されるようにギルド職員の1人が私たちに飲み物を順に置いていく。
飲み物が全員に配り終えられるのを確認してからデビスさんが続けた。
「君たちへの依頼が洞窟内の調査依頼のままで基本的な部分は変わらない。だが君たちには依頼当初の想定よりずっと長く洞窟内を探索してもらうことになる」
「理由はすでに承知しているだろうが、洞窟内に取り残されたと思われるパーティの救援を依頼内容に追加したい。そして可能なら洞窟内になにが起きているのか解明してほしい。そのために物資など支援が必要なら、できるだけのことはしよう」
デビスさんがそこまで言い終わると、ジャックくんが笑った。
「そういうのだから。オレたちが受けたかった依頼って」
「よっしゃぁ!」エレイナさんが歓喜する。
「俺、お前らのそういう博愛主義みたいなのちょっと苦手」
「依頼、断るのか?」
「断らない。懐を痛めずにお金を稼ぎながら人助けができるチャンスなんてそんなにないだろ」
デビスさんが笑いながら言った。
「それでは改めてよろしく頼むよ」
その日のうちに私たちは洞窟内に入るための準備を練る。
洞窟内で遭難した可能性の高いパーティは2組で合計8名。
調査1組目が洞窟から帰還して調査2組目のパーティが洞窟内に入るまでの間に、洞窟内に入ったと見られている。
そこから計算すると共に消息不明になって15日か16日が経過している可能性がある。
ただし、彼らが洞窟内に入った時点ですでに魔生物は報告されており、洞窟の周辺からすでに立ち入りに制限があったため洞窟内にまで入ることが出来たということは、それなりに実力が認められたパーティであると考えてよかった。
「ある程度の準備は整えて向かっただろうから、一般人が1人で遭難しているというのよりは希望が持てる。楽観視すべきではないが諦めるにはまだ早いと思っている」
デビスさんがそういうと、ガイアスくんが頷いた。
「何日洞窟に挑むつもりでいたかによるが、全員予定の日数分よりは多めに水や食料を持ち込んでいたと思う。地形の変化に気づいた時点で対策もしたと考えられる」
それだけでも生存率は上がっているはずだ。
後は希望を捨てず私たちが洞窟内で彼らを捜索、救援するには私たち自身の食料と彼ら8人分の救援物資も持ち込まなくてはならない。
「無限に入るアイテムバッグとかがあればいいのにな」
後になって知るのだが、ガイアスくんがそうつぶやいた頃、森で奇妙なものが発見されるようになっていたという。
それから数日後、デビスさんとの打ち合わせどおり私たちが洞窟近くまでやって来ると、知らない間に洞窟周りがちょっとした集落のようになっていた。
調査4組目のパーティが帰還してもう5日あまりが過ぎて、洞窟の前にはいくつものテントが並び、食糧や物資の入った箱などが積み上げられている。
大小並んだテントには領主が派遣した人員に加え、なんと私たちのためのテントまで用意されていて、必要な物資もここで補給が可能になった。中には通常の店では置いていないような貴重なアイテムまである。
それに魔導ギルド、魔導研究ギルド、商人ギルド、冒険者ギルドから派遣された人たちが交代で駐留し、洞窟内からの帰還者の救護、万一の魔物襲撃に備えているのだ。
私は並べられた物資や売られているものを見てまわる。
その中に値段の代わりに『水』と書かれた札のついた魔石が1つだけあった。
店主に説明してもらうと、魔術師がいなくてもほんの少しだけ『水』を出すことの出来るように加工された魔石で、今のところ試作品らしい。
「今は試作品だが、いずれ世界中で重宝される品物になる」
そう言って、店主が魔石を私に譲ってくれた。
私は一通り見て今度は洞窟のほうにも足を向けてみた。
もちろん1人で入ったりする気はなかったけれど、少し好奇心に駆られてしまったのかもしれなかった。
人を飲み込んだまま、いまは入る度に姿を変えてしまう洞窟。
山にぽっかり空いた岩石で出来た入り口の内部はとても暗く、かろうじて入ってすぐに壁のような黒っぽく見える岩肌が見えた。そのなかに何か得体のしれない物が見えた気がして私はギクリとしたけれど、すぐに気のせいだと気がついた。
外からはそれ以上の様子をわずかに窺うことも難しいことにも。
◇
テントのあるところまで戻ると、ガイアスくんが大きな背負袋を背負って満足げに小走りで走っているのが見えた。
そのそばで、エレイナさんが「ちょっと!今から体力使わないでよ!」と言うと、ジャックくんが「大丈夫だ。ガイアスの場合、寝て起きたら体力増えるから。むしろ好きにさせるのがいい」「それもそうね?」という会話をしていた。
少し前にガイアスくんが魔導研究ギルド開発のアイテムバッグ試作品の提供を受けていたので、それの試し中なのかもしれない。
ガイアスくんのあの様子だとかなりよい出来に見える。
重さの問題が解決できたのかもしれない。
そう思いながら見学していると、同じように思ったのか、ジャックくんがガイアスくんに近づいていって、彼から背負袋を受け取った。しかしそのジャックくんがしぶい顔で「重い」と言って背負袋をガイアスくんに返した。
どうやらあのバッグはまだ彼限定のアイテムらしい。
私のすぐ後ろで「彼、なんでも使えてしまうから実用に向けてとなると、あんまり参考にならないかもしれませんねぇ」「面白いからどんどん試してもらおう」などという話声が聞こえてきた。彼というのはガイアスくんだろうか?
魔導研究ギルドの人と商人ギルドのデビスさんたちのおかげで大幅に持ち込める物の量も質も上がっている。
中でも重宝しそうなのが魔導研究ギルドと商人ギルドが共同開発した製品だ。
専用の予算を組み、共同チームまで起ち上げている。それに携わる彼らは積極的に様々な職種の人に殆ど無償で商品を提供し、問題点を改善して質を高めることに余念がない。
それでも無制限ではないから、しばらく4人で互いの荷を確認し合い、必要に応じ入れ替え、足りなさそうなものを補充する、という作業を私たちは何度も繰り返した。
その間洞窟の入り口から誰かが自力で出てきたという報告はされていない。
刻一刻と時間は流れていて止まらない。
◇
物資と食料をそれぞれ持って、私たちが洞窟入り口前に立てたのは、4組目のパーティが帰還したことを知らされてから数えて7日後、魔生物の報告がされるようになってからなら30日あまりも過ぎようとする頃。
2組のパーティが取り残されたと考えられる日数で言えば、もう20日を経過している可能性があった。
私たちが洞窟内に入ったあと、5日後に別に編成された救援パーティが洞窟内に入る予定になっている。
彼らの主な役割はさらに救援物資を運んで洞窟内入り口で待機し戻った人を救護するのと同時に、全員が揃うまで洞窟内から人を不用意に出さないことだ。
「それじゃ、行くぞ」
「ああ」
「うん!」
ガイアスくんを先頭に私たちは洞窟内に突入した。
◇
「せ、狭い!」
洞窟内突入後、数歩程度で先頭のガイアスくんが詰まった。
続いて羊人で少し、他より丸い私が詰まる。
「…………」
後ろでエレイナさんが何か言っている。ごめんなさい。
洞窟入り口を外から覗いたとき、正面すぐが壁のようにみえたので、通路が狭いかもとは思っていたけれど、予想以上でした。
少し時間をかけて、洞窟内入り口通路のようになった場所を通り抜けると今度はやや広がった場所に迎えられた。
そこは広さが小さな部屋なら縦横に数個分の横に楕円のようになった空間で、真ん中辺りの壁に灯りを向けると、もっと奥へつながるひろめの道のような場所が1箇所だけあった。
先に抜けていたガイアスくんが数ヵ所に小さな灯りを置いたおかげで、全体の様子がかなりわかるようになっている。
けれど何度も人が出入りしてきた洞窟にも関わらず、灯りらしいものはガイアスくんが置いた物以外、見える範囲に明るい場所は1つもなかったようで、それが不自然で私に一層気味が悪いと感じさせる。
私たちは念のため端まで歩いて行って確認してから奥へ向かった。
◇
しばらく歩いて後ろを振り返ると私たちが通った場所が弱いけれど柔らかい光の通路になっていた。
灯り用に加工された光る魔石を先頭を行くガイアスくんが置いているのだ。
「安価で小さい魔石だが、半日近く光ってる」
その中に1つだけ明るく光る平たい魔石も置かれていた。
いくつかの分かれ道のある場所を無事に通過しても、魔生物や魔物、小動物や昆虫も見かけることなく、私たちはそのまま奥へ進んだ。
光が届いていないからか植物も見かけないが、適応して棲息する何かがいるにはいたはず。どこへ。
なにもないことが安心ではなくなぜか不安を感じさせる。
それからいくらかの時間が経った頃、ガイアスくんが言った。
「そろそろ腹、減らないか?」
魔導研究ギルドから新しく支給してもらった時刻魔導具で時間を確認すると、外ではちょうどお昼頃になっていることがわかった。ガイアスくんたちの時刻魔導具も同じ時間を指している。
「魔導具が壊れてもガイアスがいればご飯の時間とかは教えてくれそうよね」エレイナさんがそう言って面白そうに笑う。
こうして各々地面に布を敷いたりして1度食事を兼ねた休憩をとることになった。背負袋とは別のアイテムバッグから携帯食と水を取り出しお腹に入れる。
2度目の休憩となった『晩ごはんの時間』はエレイナさんの空腹が教えてくれた。
「もう少し広いところまで行ったら、今日はもう休もう」
ガイアスくんの言葉にジャックくんと私もエレイナさんも頷いた。魔生物にも魔物にも遭遇することなく私たちが洞窟内に入ってから半日以上が経過していた。
それから火が使えそうな広い場所を時間をあけずに見つけることができ、そこを一時的に拠点にすることに決めて、私たちはその日1日の探索を終えた。
明日からは入り口付近を越えてさらに奥へ進むことになる。
◇
翌日、朝食を終えた私たちは複数の道に別れた場所まで来た。
昨日のうちに一度来ていた場所で、奥に続く道が3つある。
そのうち2つを一度軽く確認しておいて、少し進んだだけで再びいくつもの分岐があることがわかったので、一度引き返していたのだ。
今日はその道を進む。
「この先はこんな風にいくつも分岐した道を進むことになるだろうけど、丁寧に進んでいこう」
昨日来たときに置いた光る魔石がまだ光っている。
私たちは夜のうちに打ち合わせした通り、まず左端の道を進むことにした。途中すぐに2つの分かれ道が現れる。また左側を進む。「置いた石がちゃんとあるってことは昨日と変わってないと思って大丈夫だろう」ガイアスくんが言った。
真っ暗な道を灯りで照らすと、今度は細くて長い道が現れた。
光に驚いたりして何かが動くとかそういう気配は感じられない。
ガイアスくんが小さいほうの光る魔石をそっと取り出して、それを奥に向かって軽く投げた。小さくカツン、と硬い音がして壁か何かに当たったらしい魔石がコロンと落ちて周辺をボンヤリと照らした。
「まずあの辺りまで行ってみよう」
足元や周囲を確認しながら進むと、道が急角度で右に向かって曲がっていたが、すぐに行き止まりになっているのを確認し、それを新たに作成している地図に書き込み、簡単な経緯をメモする。
来た道を引き返して今度は先ほど進まなかった方の道を進む。
こちらも細長い道が続いていて少し蛇行していたが分岐などはなく行き止まりになっていた。
私たちは3つの分かれ道のところまで引き返して真ん中の道を照らす。残り2つの道、どちらかの先に遭難したパーティがいるはずなのだ。
「よし、行くぞ」
私たちは分岐があることがわかっている真ん中の道を進んだ。
◇
真ん中の道を進むといくらもしないうちに分かれ道のあるところに到着した。
一見するとそのままゆるやかに左に向かって長く伸びている一本道のように見えるが、灯りで照らして少し進むと、その道の途中に右折するように曲がっている分かれ道があった。
私たちはまず、ゆるやかに長く伸びている道を進む。
道幅が不規則な眺めの道を、これまでと同様、足元や周囲を確認しながらゆっくりと進む。
時々石が落ちていたり、鉱物の結晶が地面や壁に見つけられる程度で、魔生物も魔物にも遭遇しない。
「他のパーティは見かけたり飛びかかられたりしてるんだよな。1日くらいいるだけじゃ遭遇できないくらい、レアってことなのか」ガイアスくんが道の先を照らしながら言った。
それから私たちを制止して灯りで照らしながら私たちより少しだけ前に進み、小さいほうの光る魔石を一つずつ数回に分けて投げた。
それから少し様子を見る仕草をしてから引き返してきた。
「この道はまだだいぶ先が長い。時間がかかるが、一度もう1つの分岐まで戻ってそっちも確認するか。このまま行けるとこまで行くか、どうしたい?」
「このまま進もう」ジャックくんがすぐに答えた。
私とエレイナさんが同意したのを見てガイアスくんが頷いた。
「よし、行こう」
私たちは再び歩き始めた。
◇
ガイアスくんが投げた光る魔石は3つ。
1つ目の石にたどり着いてから、残りの2つの石が光るところに私は視線を向ける。
3つめはどうやらだいぶ遠くまで飛んだらしい。
しかも道はそれよりもまだ先まで続いている。
といっても、通常であれば大した距離ではない。
手探りのような慎重さが求められる状況では、すこしだけたどり着くのに時間がかかるという感じだ。
行方知れずになってしまったパーティにこの先で合流できる可能性もある。
ガイアスくんと私たちは、数回似たようなやり取りを行ってはそのまま進むを繰り返し、誰もいないことと道が行き止まりになっているのを確認したところで、来た道を引き返した。
分岐した道のあるところまで戻って、行きには右に見えていた暗い道を左に入る。
ガイアスくんが前方を灯りで照らすと、すこし先の方で左に向かって道が伸びているのがわかった。
それをゆっくりと進んで行く。
ジャックくんが時折後ろまで後退したり振り返りしながら周囲を確認する。私とエレイナさんはなるべくガイアスくんから離れすぎないようについて歩いた。
そうしてしばらく歩いていると道幅の広いところへ出たところで「行き止まりだ」
灯りで前方を照らしながらガイアスくんが言った。
念のため周囲を灯りで確認しても、特に変わった風なところはないように思えた。
私たちは来た道を引き返す。
これで3つの分かれ道のうち、まだ確認していないのはあと1つだけになったのだ。
「一度拠点に戻って休憩をとろう」
「この先は今までより危ないかもしれないし、休める保証もないもんね」
「じゃあ誰かがここまで来たときの念のため、俺たちが来ていることがわかるように余分に灯りの石を置いておくか」
こうして私たちは一度戻って休憩をとることにしたのだった。
時刻魔導具を見るとまだお昼前だったけれど、私はもうおなかが空いていた。
◇
洞窟内の通路から拠点に戻って休憩をとりながら、各々食事の準備を始めた。どうやらお腹が空いていたのは私だけではなかったようだ。
私は乾燥させた野菜でスープを作りながら蜜蝋布でくるんだパンを取り出した。
エレイナさんはクルミなどが入ったパンを持参して来ていて、ガイアスくんは栄養価の高い携帯食を取り出して先に水を飲んでいる。
私たちはたぶんみんな食事をしながら、洞窟内に入って1日以上が経過しても魔生物にも魔物にも遭遇していないことについて考えていた。
「洞窟に適応した動物や昆虫すら見かけないのはなんでだろうな」とガイアスくんが言葉にして言った。
けれども誰もそれに答えられない。
すこし間を開けて燻製肉を食べ終わったジャックくんが「考えてもいまは仕方がない。気にはなるけど」とだけ答えた。
それから私たちは休憩をすませて再度分かれ道のある場所まで行き、いよいよ残りの1つの道の先を確かめに向かう。
◇
真っ暗な道を灯りで照らしながら、どれくらい進んだろうか。
食事を兼ねた休憩をすませたあと私たちは今、残り1つの分かれ道を進んでいる。
途中でひどく天井の低い箇所があって這うように進んだりもしなければならなかったけど、地面の凹凸があまりなかったため、比較的スムーズに通り抜けれたとは思う。
「すこし休んでいいか」
すこし開けたところに出たところでガイアスくんが言った。
重装備な上に一番重い荷を担いで先頭を歩いているのだ。
時刻魔導具を見るとお昼をだいぶ過ぎて、外はそろそろ日が落ち始めるくらいの時間になっていた。
私たちは灯りを置いて少し休むことにした。定期的に水分補給や消耗した体力を回復しなければ私たちももたなくなる。
「まだこの道は長そうだな」
「ああ。もとの洞窟にこんな道はなかったのにな」
「虫とかが出ないのはありがたいけど……」
「虫だってがんばって生きてるんだぞ!」
そんな会話をしていると、視界の隅に私たち以外に何か動くものを見た気がした。
奥に何かがいる。
◇
ガイアスくんがすぐさま立ち上がり、ジャックくんが身構える。
私とエレイナさんが2人から少し距離をとって反応が出来るように周囲を見た。ガイアスくんが先を行き、光の届ききらない暗い通路の様子を窺う。
「………何もいない。何かいた気がしたんだが」
そう言ってから、今度ははっきりと灯りを向けて通路を照らした。
全員が動く何かを見たと思った以上、何かはいた可能性が高い。それが行方知れずのパーティの誰かなら、灯りで私たちに気づくだろうし、気づいてそのままいなくなるのは奇妙だ。
魔物か魔生物だった可能性が高い。
「ここから先は今までより魔物や魔生物に遭遇するエリアだと考えて進んだ方がいいな」
「考えたところでやることは同じだけどな」
「気構えのことだ、気構え!」
ガイアスくんがそういいながら、先ほどまでいた場所よりも幅の狭くなった道を進んでいく。
しばらく歩いたところで道が2つになっていたが、1つは入ってすぐに行き止まりの何もない空間になっていた。
「休めそうだな」
ガイアスくんが様子を見ながら空間に光が行き渡るように灯りを置いた。
時刻魔導具が夜を教えている。
私たちは銘々に荷物を置いて、その日の探索を終えることにした。
火は狭くて使えないため、私は野菜スープを我慢して袋にしのばせた薬草を見つめる。少し思案してアイテムバッグから野菜がたっぷり練り混まれた大きめのパンを取り出した。
ジャックくんが燻製肉を食べている。
私とエレイナさんは奥のほうに座って全員が入り口になっている方をなるべく監視できるようにして休んだ。
こうして2日目の夜が更けていった。
◇
小部屋のようになった洞窟の行き止まりで夜間の休息をとってから、私たちは時刻魔導具が朝を示す時間になるまえに、もと来た道を一度、少しだけ引き返してみることにした。
眠っている間に地形に変化がないか確認しようと思ったのだ。
「時間を決めて引き返そう。来た道の全部を確かめている時間はない」長くても時刻魔導具の丸い盤面に示された長い針が一周して、12まで刻まれた大きな目盛りを短い針が1つ移動するまで。
そう決めて、来た道を辿って、私たちが動く何かを見た場所まで到着した。置きっぱなしにしておいた小さな光る魔石が、まだかろうじて弱々しく光っている。
ガイアスくんがそれを回収し、別の小さな魔石を置き直してから言った。
「戻ろう」
時刻魔導具の短い針が目盛り1つ分動いていた。
「腹が減ってそろそろ動けなくなりそう」
ガイアスくんが言った。
そういえば、今朝はまだ食事をとっていないのだった。
私たちは時刻魔導具の短い針が、また目盛り1つ分動くくらいの時間をかけて、2つに分かれた道の1つ、小部屋のようになった洞窟の行き止まりに戻ることにした。
点々と置かれた小さな光る魔石が、分かれ道のあるところまでの道をほんのりと照らしている。ガイアスくんが光の弱くなった魔石を回収して新しく置き直した魔石もある。
「再利用出来るんだよ、コレ」とガイアスくんが笑った。
◇
行き止まりの小部屋に戻ると私たちは各々アイテムバッグから朝食を取り出した。
今日の私の主食のパンは乾パンだ。もう柔らかなパンは無い。
エレイナさんの朝食も今日の主食は乾パンになっている。ガイアスくんは私たちの乾パンより栄養価をグッと高めた携行食だ。
ジャックくんは燻製肉を取り出していた。
火はここでは使えないため乾燥させた野菜を水で戻す。水場が見つかるまで水は貴重だが、水分をとらないわけにもいかないのだ。
野菜が膨らんでいくのを待つ間、私はアイテムバッグに忍ばせている薬草を見る。
薬草というのは私たちに即効性の超自然的回復力を促す貴重な薬効効果のあるアイテムだ。著しく弱っていたり、怪我をしているときにこそ、薬草は本領を発揮するのだ。
いざというとき食料にもなる優れものだが、まだそのときではない。
私はそっとアイテムバッグのフタを閉じた。
それぞれが空腹を満たしたところで
「そろそろ行こう」とジャックくんが言った。
私たちは立ち上がり、ふたたび奥へ続く道を進んだ。
途中4つに道が分かれた箇所があって、それらは結局どれもひろめの空間になった同じ道につながっていたのだけれど。
そのひろめの道に4つの分かれた道とは別の、短い行き止まりになった道が2つ、私たちが来た入り口側に向かって伸びていた。
そのあとはそれ以上複雑に分岐するようなことのない一本道だったが、道幅は狭くて、天井が低かったり、何度も蛇行する長い道を私たちは手探りで歩かなければならなかった。
そうして半日ほどの時間をかけて、ようやく私たちが辿り着いたのは、またしても誰もいない行き止まりだったのだ。
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