星の迷宮と英雄たちのノスタルジア

いわみね

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第20話 帰還

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 一夜が明けて、私たちはこれからいよいよ遺跡から出て帰還するための本格的な準備に取りかかっていた。

「シナップ、苦しかったり痛くなったりしないか?」
「平気なのだよ!」
「そうか」
 シナップくんの元気な声がガイアスくんの大きな背負袋の中から聞こえた。
 ガイアスくんの背負袋は魔導研究ギルドと商人ギルドの共同開発商品なので所謂魔導具みたいなものだ。

 「使い方で特別な注意もうけてないし、こういう使い方が推奨されているとは思えない。異変を感じたらすぐに袋から出るんだぞ」

 背負袋の蓋を開けてガイアスくんがシナップくんを引っ張り出して抱き上げた。


 「洞窟を通って外に出るには救援隊との接触は避けることは出来ない。事態の報告をすればシナップの存在に全く触れないのは難しいだろう。下手に隠すほうが後々ややこしい」

 それでも安全が図られるまでは限られた人以外には、出来るだけシナップくんのことが知られないようにしたい。

 その苦肉の対策がこれである。まずは一か八か、シナップくんをガイアスくんの背負袋に隠してしまおうと言うわけだ。

 だが救援隊のメンバーの中には犬族など鼻のきく種族も参加している。

 ◇

 ──翌日の昼過ぎ

 シナップくんが設定した位置に転送の術式を発動させて、私たちが洞窟内に現れると、周囲にいた救援隊メンバーの数名が異変にに気がつき、ざわつきと共に声が上がった。

「帰還者だ!?」「急いで報告して指示をあおげ!」「魔物と疑われるものも連れている!安全の確保も怠るな」
 魔導具による魔力探知、生命力探知をされれば、シナップくんを隠しきることは今の私たちには出来ない。

 他の近くにいた救援隊員も事態に気付き、即座に対応を急ぎはじめた。数名の犬族のメンバーがガイアスくんの背負袋に反応し、私はヒヤリとしたけれど、駆けつけた中の一人の小柄な犬族が無言で制止をかけた。

「シーバ様!」「シーバ隊長!」

 背中に自身の背丈よりも長く細い棒状の武器を斜めにかけて装備している。犬族の中でも小柄な種族で精悍な顔立ちに東の地域に見られる武道の衣装。

 シナップくんの水晶の魔導具に映っていた人物、シーバ隊長だ。
 人柄は事前にジャックくんが言っていた通り、こちらが理由なく隠し事をしないと考えてくれるヒトのようで、私はほっとして様子を窺った。彼はヒルデブラントくんへの対応を部下に指示すると帰還者であるバッシュくんをはじめとする私たちを先に労ってくれた。
「バッシュ!ノア!よく帰ってきた!」
「シーバ隊長!」
 ジャックくんとガイアスくんの肩から降りたバッシュくんとノアくんがシーバ隊長に迎えられる。
「ジャック、ガイアス、エレイナ、ロデリック!君たちも無事で何よりだ」「ありがとうございます」「うむ!」

「疲れているとは思うが大まかな報告をそこのテントで先にきかせてもらいたい」「はい」

「あなたが彼らの同行者のマクスさんですな。お初にお目にかかる。小生、今回の救援部隊の『攻』の一角を預かったシーバ=ラッセルと申す者。直に無事が確認できて良かった。デビス殿が心配していた」

 帰還した全員の確認と挨拶を済ませると、その後の展開は驚くほど速かった。

 ◇

 案内されたテントの中で私たちから事情を聴いたシーバ隊長は、洞窟内の地形の固定が確認されたと判断すると、次々に周囲の部下たちに指示を出し、瞬く間に『何者か』に対する情報の収集と精査が開始される手筈が出来上がった。

 さらにヒルデブラントくんの特徴から、変異の前の魔物の種類の特定なども急ぐ。それによって『何者か』の活動拠点を割り出す考えもありそうだった。
「状況の報告のため諸君らには別の場所へ移動してもらうことになった。馬車の到着まで洞窟の外で待っていて欲しい」
 その言葉から時を置かず、魔力の高い馬が牽引する速い馬車が手配された。馬車を待つ間、私はシーバ隊長やガイアスくんたちの許可を得て、洞窟の外に『水の魔石』を譲ってくれた店主のヒトの姿を探すことにした。

 人相や様子などがうろ覚えでも見れば思い出せる。
 そういう確信があったのだけれど。

 洞窟の出入り口付近は魔物の流出に備えてまだ制限が設けられていて、一部の許可を得た人たちだけで構成された野営地帯となっていた。

 その中を記憶を頼りに探して歩いてみる。
 日にちが経って、もうどこか違うところへ行ってしまったのだろうか。
 記憶が曖昧で見つけられないのかもしれない。
 そういえば男性だったろうか、女性だったろうか。
 時間が経ったのと気にしていなかったせいなのか、それも思い出すことができなくなっているじゃないか。
 ただ、シナップくんと何か関わりのあるヒトなのではないのか。それは気になった。
 そのうちかろうじてあった自信もなくなってきてしまい、一旦諦めてガイアスくんたちのいる場所まで戻ることにすると、ちょうど遠目に迎えの馬車が見えてきて、私は少しあわてて走った。

 ◇

 ──舗装された道を馬車に揺られてしばらくすると、速い馬車というだけあって、いくらもしないうちにガレディア王都近くの宿場町の入り口が見えてきた。

「このまま走っても日の高いうちに王都に着きそうだが、その前にここの領主さんが俺たちから報告を受け取って、王都に情報をあげてくれるらしい」
 ガイアスくんにこれからの予定を教えてもらいながら私はこの辺りについての記憶を手繰り寄せた。

「確かホレスと言う人物が領主を任されているとデビスさんから聞いたことがある。どんな人だい?」

 私が聞くとガイアスくんが「人柄を言えるほど会ったことは実はないんだが、シーバ隊長から信頼されているな。住民からの評判もたぶん良いほうだ」と答えてくれた。

 エレイナさんがそれに続くように「魔導ギルドのマスター、イシュタルさまや他のギルドマスターからも信頼されてるみたいですよ。というか、遊びなかまみたいな」

 遊び仲間。気さくな人物なのだろうか。

 途中まで護衛として馬車と並走していたシーバ隊長とその部下の犬族の人たちはいつの間にか姿を消して、先頭の馬車と共に私たちが乗った馬車の速さがゆっくりになった。
 先程まで流れるように遠ざかっては見失っていた景色が観察できるくらいまで。
 北の空に何羽か鳥が飛んでいるのが見えて、山は遠くなり周辺は低い草の生えた平原に農地が広がる穏やかな風景の日差しは明るい。
 シナップくんガイアスくんの背負袋からコソッと顔を覗かせてそれを見つめている。

 ◇

 宿場町に到着すると待っていた衛兵の人にそのまま案内されて屋敷へ向かった。

 事前に人払いされた『会議室』に一度通され中へ入ると、領主様を主とする側近や使用人の人たちと、ガイアスくんたちにとって直接の依頼人である商人ギルドのデビスさんを代表とする数名が待っていた。

「マクスくん!ガイアスくんたちもよく無事で!」
「デビスさん!ご心配おかけしました」
 立ち上がって出迎えてくれたデビスさんと私たちが挨拶を交わす。
 デビスさんの手に労りを感じて思わず涙腺が緩みそうになるのを堪えていると、すぐに領主のホレスさまから声がかかった。

「簡単な報告と説明は君たちがここへ来る前にすでに聞いているが、相違がないかの確認のため、君たち自身からも報告を聞きたい」
 とホレスさまは私たちに促してから

「積もる話もあるだろう。奥にも別の部屋を用意している。そこなら込み入った話も可能だ。正式な報告書は3日後、出来上がるまでに詳細も聞けるなら聞いておこう」
 と続けた。

 シナップくんや魔宝石、塔型迷宮メイズについても話せる場を用意してくれたようだ。
遺跡』での『何者か』の振る舞いを考えれば、その存在を報告しないわけには行かないし、隠そうとしてもヒルデブラントくんからも多少は情報が伝わるだろう。
 塔型迷宮メイズについては彼がどこまで気がついていて、どこまで『何者か』から知らされているか次第でもあるけれど、私たちに話さなかったことを話す可能性はある。
 それに『何者か』の目的はわからないけれど、遺跡で『魔宝石』を探していたことはわかっている。ただその価値までも報告しなければ情報は捨て置かれてしまいかねない。
 ありのまま話しても信憑性が疑われ、放置されてしまうかもしれない。そのためシナップくんについても上には報せる必要がある。
 その一方で塔の結界を潜り抜けた『何者か』に、魔導に精通した協力者や魔導関係の組織に内通者がいる可能性も考えなくてはいけなかった。
 私たちはさらに人を減らして別の部屋へ移動した。

 通された部屋は会議室と遜色ない広さに、調度品や椅子やソファー、テーブルが備えられていて客間に近い内装で整えられている。

 中でガイアスくんやロデリックくんに負けないくらい大柄な壮年の男性が座っていて、こちらに気がつくと笑顔で片手を上げた。

 私たちと一緒に部屋へ入ったのは領主であるホレスさまとその側近1名、商人ギルドからデビスさん、魔導研究ギルドと魔導ギルドから1名ずつ、中で待っていた冒険者ギルドから1名。いずれもギルドマスターだ。

 それぞれ魔生物、森の異変、洞窟内の調査のために人を派遣し、冒険者ギルドはその人材派遣の多くを担った。

 まだ魔生物からの直接的な被害は少なく、魔宝石や『何者か』の関与がどの程度か不明なはずの割に、ずいぶんと大きな話になっている気がして私が驚いていると、面子を確認したガイアスくんが背負袋のシナップくんに声をかけた。

「シナップ」
「もう出ても良いのだよ?」

 名前を呼ばれたシナップくんが背負袋の口を開けてにょきっと顔を出した。

「『古代種族』!」

 シナップくんを見るなり魔導ギルドと魔導研究ギルドのギルドマスターが驚きの声をあげた。

 ◇

 ──古代種族

 彼らが言っているのはロデリックくんが言っていた南方の狐族を指して発せられたようだけれど、その一族が古代種族の末裔だというなら、シナップくんはその古代種族そのものだ。

 ただ、シナップくんについてまだ録な説明もしていない。

 単に珍しいと思ってなのか、それともシナップくんの魔力に他とは違うものを感じるのか、魔導ギルドと魔導研究ギルドのギルドマスターが、2人が揃ってしげしげとシナップくんを上から下まで眺めるので、シナップくんがフードを被って再びガイアスくんの背負袋の中に入って隠れてしまった。

 エレイナさんが
「ヒトをあんまり不躾に見るのは良くありませんよ」
 と言うと、2人とも
「あ、これは失礼した」と引き下がってくれた。

 エレイナさんとバッシュくんとノアくんの3人は魔導ギルドのマスター、イシュタルさんと面識があり、冒険者ギルドのマスター、ライアットさんとはガイアスくんとジャックくんとロデリックくんと面識がある。

 ロデリックくんは相変わらずどこか偉そうだが、敬意らしきものを見せている。

 魔導研究ギルドのギルド長ルイジさんとは私たちのなかで誰も面識はなかった。

 魔導研究ギルドと商人ギルドの共同開発商品にはお世話になっているくらいの知識でしかないものの、デビスさんから好奇心旺盛な人物だとチラと聞いたことがある。

 なるほどと実際に対峙したルイジさんを見て、私は思った。
 落ち着いた顔立ちをしているけれど、その目は絶えず新しい何かを探しているように楽しげに色々なものを観察しているのがわかった。
 領主のホレスさまが間を見て「座ってくれたまえ」と私たちに促すと、側近の人がテーブルに飲み物やお茶うけの用意をし始めた。

 私たちが全員席について各々で挨拶を済ませたのを確認すると、ホレスさまから事の詳細について話を求められる。

「君たちが出来るだけ知られる相手を狭くしたい情報というのは、その狐族の子供のことだけかな?」

 シナップくんが自分の話題なのでコソっと鼻先を覗かせる。
 私たちは塔型迷宮メイズ魔法石魔宝石、ローブをまとった『何者か』との関連について説明した。
 洞窟近くの険しい山岳上に隠蔽の術式で隠された巨大な塔があり、数千年魔物たちと共に休眠状態にあったこと。

 その塔の維持に魔宝石が使用されていて、何者かが狙っていること。同じような目的であちこちの遺跡を移動している可能性があること。
 シナップくんが魔宝石の在りかにこと以外は遺跡の所有権についてまで全て隠さず話した。

「つまり、そこの古代種族の子供は正真正銘の古代人ということ?」「魔凍結による時間停止なら?」「魔物なら死なずにうまく行くかもしれないが、ヒト相手では危険すぎる」
「それに、塔全体に施したならそんな膨大な魔力を発する物、外から何かあると気づく。いくらなんでも」
「だからそれを隠蔽出来るだけの大魔術を……」
 魔導関係の専門家がふたり、ああでもないこうでもないと話し合った末「信じられないことだが。時を止めていたか、それに近い大魔術が複数、何千年も行使され続けていたことになる……!それほどの魔導術を維持する魔宝石!?」

 一頻り話すと魔導ギルドと魔導研究ギルドのギルド長が揃って呻くように言った。
 魔石には、魔力が結晶化して石のようになったものの他に、鉱石に魔力が一定以上蓄積して魔石と成った物、物質の素が魔力と混ざり合い結び付くことで魔石となるもの、魔石油と呼ばれる地下資源を精製した際に出来る『副産物』を加工して作られるような人工魔石等が存在する。
 その中でも特に数が少ないのが魔力と物質の素が結び付いて産まれる天然の魔宝石だ。
 宝石となる元の物質が、特殊な条件下で長い年月をかけて魔力と混ざり合い、魔力と結び付いて出来た天然宝石。
 その魔力は高品質で価値が高いうえ『宝石』自体が魔力を帯びやすく、そもそも稀少な物だ。
 研磨や特別なカットを施さずに美しい物となるとさらに稀少になる。
 大きなものは中々手に入れることも見ることも出来ない。
 魔宝石というだけでも稀少なものなのに、大魔導術を数千年行使し続ける程の魔力を蓄えた魔宝石と聞いて、2人が信じられないのは無理はないのかもしれない。

 それから絞り出すように「証拠、何か証拠はないか?キミが古代人であるという証拠は」
「お主が古代種だと言うことはわかるが、3,000年も誰にも知られず眠っていて、そのまま無事に目を覚ますなど、にわかには信じられんのだ」

「嘘じゃないのだ!」シナップくんが困惑してしまうのを見てバッシュくんとノアくんが「シナップ、を見せると信じてくれるかも」と助け船を出した。

「あんなので信じるのだ?」シナップくんがいうと「信じる」とバッシュくんが力強く言って「シナップを全力で利用しようとするかもしれないけど、全力で保護してくれるはずだよ」とノアくんが円らな瞳のまま少し不穏な言い方をした。

 私の方は彼らが信じないなら信じないで、そのほうが良いのではないかと思い始めていたのだけれど。

 バッシュくんとノアくんの2人に言われて、シナップくんが懐から『鍵』を取り出し、差し込むような動作をすると、カチャリと鍵の外れるような音がして、空中にポカッと穴が開いたようになった。自在に別の次元に干渉するシナップくんの空間魔術だ。
 ─シナップくんによると術の発動鍵を『鍵』の形にしているのは単に儀礼的なもので、『鍵』は必ずしも『鍵』でなくて良いそうだ。要するに『鍵』が無くてもシナップくんはこの空間魔術を発動出来る─
 それを見た魔導ギルドと魔導研究ギルドのギルド長が唖然としたのと同時に、冒険者ギルドのギルドマスターが飲みかけの紅茶を吹き出した。

「汚!」「ライアットさん!」「汚い!」
「ごほ、俺が汚いみたいな言い方はするんじゃない、ごほ。ていうか、それ、空間魔術か!失われた古代魔術」

「君たちから見ると古代の魔術なのだ。それとこれが古代の魔術の本」
 シナップくんが数冊の本を取り出して見せると、魔導研究ギルドと魔導ギルドのギルド長が興奮気味に本を読みはじめた。

 そして「信じよう。いや、それが真実ほんとうでなかったとしてもキミのことをもっと知りたい……!!」

「嫌なのだ!怖いのだ!」

 シナップくんが再びガイアスくんの背負袋に入った。

 ◇

「塔からの脱出や上の階層や下の階層を見学するためには、それぞれの階層に隠された謎を解いたり、魔物を倒したりするのだな?」「そうなのだ。その前に、最初の階層で『魔物』と闘って攻略の証で資格を得てもらうのだよ」「その、最初の階層の魔物の数はもっと少なくは出来まいか?」「……あれは時間が経って増えすぎたしれないのだ」「バッシュたちの先ほどの話によると、書斎や厨房などがあって、塔には自動修復機能が備わっているとか」

 魔導研究ギルドと魔導ギルドのギルド長の興味はその後塔型迷宮メイズへと移っていて、背負袋に入ったままのシナップくんを質問責めにしはじめていた。

 その間に私たちからの報告に加え、今後の遺跡の取り扱いとシナップくんの処遇についての要望を聞き終えるとデビスさんが

「シナップくんはその『塔型迷宮メイズ』という人工のダンジョンで、攻略型の娯楽施設を開業したいというのだね。聞いている感じだと闘技場の仕組みに似ているようだから、開業自体は手続きが済めば出来る。今の時代にも所有しているダンジョンを公開して商売している人はいるからね」
 と言って頷いた。

 領主のホレスさまは
「塔の所有権についてもこの契約書で問題なく処理が可能だ。他に所有を主張するものもいない。責任をもって受理しよう」

「問題があるとするなら、塔を運用する上で人側の安全がどの程度守られているかだね。後は魔物の外への流出や危険の度合い。娯楽施設としても、魔物の方はその塔で復活できるということのようだが……」

 ホレスさまとデビスさんが同じように言った。
「未踏破の荒地や探索とは話が違う。ヒトが監理し金品を要求する商売だというなら、それなりの安全性も担保される必要がある」

 するとシナップくんが「他のダンジョンはどうやって経営しているのだね?」と訊ねてから

「根本的に強さが足りないと階層に弾かれるし、降参すれば帰してあげるのだよ。それを参加者に教えておくのを怠らないようにするのだ。余所のダンジョンの安全対策もなるべく参考にするのだ」
 と言ったのだけど2人は別の方法がないか期待する顔をした。

 所有したダンジョンを公開する場合、所有者は挑戦者に対し一定の安全をはかることが望ましいとされているが、現状では『挑戦に失敗する』ということは『死』を意味している。

 それでも『未知、或いは冒険ダンジョンで手に入る宝』を求めて挑戦者は後を絶たない。

 イシュタルさんとルイジさんはこれを古代魔術でどうにか出来ないかと期待しているのだろう。

 シナップくんがそれに気づいて「ヒトも『契約』で復活できるけど、それだと復活の度に魂が削れていくのだよ」

 そう言ってから続けて

「この『契約』はヒトとも交わせるけれど、その場合、魔宝石の恩恵から外れないために塔に縛られるのだ。それに復活の度に少しずつ原因不明でなにかが失われていくのだ。エリィは代償として魂が削れちゃうんだって言ってたのだよ。結局、塔型迷宮メイズを離れたら、塔の外で命を落とすし、契約を解除しても命を落とすのだ」

 シナップくんによると塔型迷宮メイズにいる魔物の多くが元は討伐対象にされた魔物で、討伐されない代わりに『契約』して塔内にとどまっているのだという。

「ヒトは塔型迷宮メイズに何を求めるのだよ?」

 そこまで言ってから、ふと思い付いたようにシナップくんが
「脱出魔導具って、売れるのだ?」
 と言った。

 テーブルに美味しそうなケーキと、淹れなおされた温かい紅茶が並んでいる。

 シナップくんが背負袋から顔を覗かせた。

 ◇

「信じられないのだ!しっとりしてるのにふわふわなのだ!甘いのだ!」
 甘い匂いに釣られて背負袋から出たシナップくんが、ガイアスくんの隣に座ってケーキを食べながら幸せそうにして言った。

 シナップくんのケーキにはクリームの他に薄い焦がし飴が添えられていて、匙で割るとパリっと音を立てた。
 シナップくんはそれも面白かったらしい。

 加えて砂糖やミルクをふんだんに使用した食べ物に「キミたちとんでもないお金持ちなのだ?!」と驚愕の声をあげたりした。

 それについて
「ガレディアでは1,000年くらい前に砂糖の原料になる植物の栽培に成功していて、乳製品ミルクやチーズも同じような理由で手に入れるのが難しくなくなっているんだ」
 というバッシュくんの説明を聞くと、シナップくんはそれはそれで感心の声をあげた。

「私のうちに来ればこのような茶菓子、いつでも食べさせてやれるぞぉ。どおだー?」
「貴様!イシュタル!抜け駆けはゆるさんっ。シナップくん、俺のうちでだってこのくらいの茶菓子ならいくらでも用意できるんだよ。もしよければもっとの!ケーキをすぐにでも取り寄せる!是非我が家へ」

 魔導研究ギルドと魔導ギルドのギルド長がシナップくんを家に招こうとせっせと話しかけている。

「菓子ばっかり食わさんで下さい」
「イシュタルさま、ルイジさま、ちょっと邪魔です!」
 シナップくんの両隣に座ったエレイナさんとガイアスくんが両者に苦言を呈した。

 エレイナさんの場合、シナップくんに話しかけるために2人が自分の前に被さるようにするため、本当に邪魔そうだ。

 ロデリックくんが後ろから2人を引っ張っているのだけど、びくともしていない。さすがにロデリックくんでもギルドマスター相手で怪我をさせないよう加減でもしているのだろうか。

 それにしてもこの紅茶は良い香りだ。それでいて香りは強すぎず、渋みが適度にある。
 ケーキも美味しい。
 このクリームの程よい濃厚さと固さ、温かい紅茶との相性が良い。
 私の隣に座ったバッシュくんとノアくんも美味しそうにケーキを食べていて、そのままシナップくん周辺から視線を外すと、領主のホレスさま、デビスさん、ジャックくん、ライアットさん、ホレスさまに促された側近の人がテーブルを囲んで紅茶を飲んでいる。

「騒がしいのだ」
 ケーキを食べ終えて紅茶を飲みきったシナップくんが、「美味しかったのだ!」と側近の人に言って、再びガイアスくんの膝の上を通って背負袋に戻ると、側近の男性が微かに微笑んだ。

 この短時間でシナップくんは商人ギルドと魔導ギルド、魔導研究ギルド、冒険者ギルド、4つのギルドから勧誘を受ける身となっている。
 商人ギルドはシナップくん本人の希望もあるので、手続きさえ済ませばすぐに確定だ。

 ランクは見習いから始まることになるけれど、話を聞いていると形ばかりのものになりそうだった。

「世間は彼の知る技術を『古代の技術そのもの』だといっても、普通には信じない。古代の発想を再現した『新技術』として開発や商売を展開した方がおそらく問題が少ないと思うよ。一時的に注目は浴びてしまうだろうけれど」
 デビスさんが言った。
 それを受けるようにして魔導研究ギルドと魔導ギルドのギルド長のイシュタルさんとルイジさんが続ける。

「魔宝石に関してもそこまで膨大なエネルギーを生み出すような物は滅多にあるものじゃない。おそらく国宝級かそれ以上だ。そんなものがすぐ近くにあって使用されてると思う者はなかなか現れまいよ。仮に思い至っても『天然の魔宝石』の魔力を利用するには高度な魔導技術を必要とする」
「塔の運用については手頃な魔石や蓄積型の魔宝石を利用した術式や魔高炉辺りの方が信じやすいだろう。それでもかなりの技術と多くの魔石燃料を必要とするがね」
「推測だが、シナップくんの家族というのの中に。或いは全員か。少なくとも数学者と建築技師かそれ以上の技術者がいたのは間違い無い。そして彼らの希望を具現化出来てしまうだけの大魔導師と財力だ……」

 この後を魔導ギルドのイシュタルさんがさらに続けた。

「正体不明の人物は君たちの話を聞く限り、最初からシナップくんの塔に執着したわけではなさそうだ。特定の魔宝石が欲しいのではなく『力を持つ魔宝石』であればどれでも良いという可能性が高い」

 イシュタルさんが言い終わってからライアットさんの方に顔を向けた。

「今後めぼしい魔宝石はどれが狙われてもおかしくないというんで、既にシーバ隊長の率いる隊を中心に危機管理強化を促す通達が広くなされているぜ」

 ライアットさんはそう言って、お皿に置かれたケーキを手でパッとつかむと、口にパクっと一息に放り込み、飲み物のように飲み込んだ。

「後は魔生物絡みで謎が残る『ヤマルの森』と『犬族の遺跡』だが」
 領主のホレスさまが口を開いた。

 ◇

「率直に言って、君たちにも調査に加わって欲しい思っている。引き受けてもらえるだろうか」

 ホレスさまがそう言うと、魔導研究ギルドのルイジさんが引き継いで理由を言った。

「知っての通り『森』で魔生物に代わり奇妙な物体が現れているのだが、一体何なのかわからず八方塞がりだったところへ、君たちから情報があげられてきた。どちらも古代の知識や技術を必要とする案件なのだとすれば、シナップくんの協力を得られる君たちが加わってくれれば非常にありがたいんだ」

 ルイジさんがようやく自分の席について、すこし冷めてしまった紅茶を手にとって飲み、テーブルに置かれたケーキを食べはじめた。

 ホレスさまの側近の男性が気がついて立ち上がり、紅茶を温かいものと入れ替えようとすると「ありがとう。冷めたままでかまわない」と丁寧に制止し、イシュタルさんが「私の方は頼む」と温かい紅茶のおかわりを申し出た。

「要するにシナップちゃんの協力が欲しいんですね?」
 エレイナさんが聞くと、イシュタルさんとルイジさんが頷いて

「もちろん君たちの協力も純粋に欲しいと思っているさ。エレイナ、古代文字が全員読めるパーティっていうのは少ないんだよ。魔術を扱う者でもわからない者は多い」
 とイシュタルさんが入れ直してもらったばかりの紅茶のカップを手にとって言った。ケーキがまだ半分ほど残っている。

「古代文字が発見されているんですか?」

「森ではまだ発見されていないが、犬族の遺跡の方ではいくつか古代文字の刻まれた陶器片が出土していると聞いている。だが犬族の遺跡はここからかなり離れた場所にあるのでな、我々が出張る権利がどこまであるかはまだわからない。それでも要請が来れば調査に入れるよう準備を進めている」
 エレイナさんの質問にイシュタルさんが答えた。

「シナップ、どうする」
 ガイアスくんが背負袋の中のシナップくんに聞いた。

「うーん。ボクが行っても急に何かわかったりはしないと思うのだよ?」

「それは承知の上だ」ホレスさまたちが応えた。

「シナップちゃん、断っても良いのよ」
 エレイナさんが言ってガイアスくんも頷いた。

 すると不意にジャックくんがイシュタルさんたちに尋ねた。
「仮に引き受けたとして、シナップは四六時中調査に駆り出されるのか?」

 ジャックくんの問いにイシュタルさんとルイジさんがすぐさま
「いや、そんなことにはならない」と答えてから
「犬族の遺跡の調査が開始されると、保証は出来ないが……」
 と、少々言葉を濁した。

 この様子では森の方も進展しだいではどうなるか、わからなさそうだ。

「マクスさんとバッシュ、ノアは臨時のメンバーだ。シナップもどうしたいか、自由に決める権利がある。ロデリックはそもそもパーティメンバーじゃないから好きにしてくれ」

 ガイアスくんたちは自分達も含め、ひとまず引き受けるか否かの返事を報告書の提出期限の3日後まで保留にした。

 気がつくとずいぶんと時間が経っていて、時刻魔導具を見ると夕飯時になっていた。

「8人とも、報告書が出来上がるまで、しばらくここを拠点として滞在すると良い。屋敷内に休める部屋と別に作業のしやすい部屋も用意しよう」
 領主のホレスさまが提案してくれた。
「良いんですか?助かります」「ありがとうございます」
「こちらとしてもその方が何かと都合がいいからね」

 ホレスさまはそう言うと、側近の男性に「用意を頼む」と指示をした。男性はすぐに「承知いたしました」と言い残して一度部屋を後にする。

 その頃合いで冒険者ギルドのギルドマスターであるライアットさんが立ち上がった。

「そんじゃ、俺はそろそろギルドに帰るわ。ご馳走になった!」
「夕飯も一緒にどうかと思って、もう人数分用意を頼んでいるんだけど」
「んん??」

 片手を上げて部屋を出ようとしたライアットさんをホレスさまが引き留めた。

 ◇

 しばらく経って、私たちは屋敷に用意された部屋へ案内してもらえた。

「夜食の準備が整いましたらお迎えに上がりますので、こちらでお待ちください」
「ありがとうございます」

 こちらの希望通り、隣合う相部屋が2部屋と、報告書を仕上げるための作業部屋を別室1つ、合計で3部屋を用意してもらえた。今通されたのは作業の部屋で、ロデリックくんが率先して仕切ってくれている。

 正直に言ってしまうと、ロデリックくんと行動を共にすることに不安がないわけではなかったけれど。

 ライアットさんからだけでなく魔導ギルドのイシュタルさんからも無闇に斧を振り回さないようにかなり注意されていたし、流石に大丈夫だろう。

 ──部屋に通される直前──

「ロデリック、今度バッシュやノアの前でおかしなことをしてみろ!呪うぞ」イシュタルさんが手で細い杖を揺らしながら、ロデリックくんに向かって言った。

 魔導ギルドの長であるだけでなく、女性の中では大柄で高名な魔術師であるイシュタルさんに凄まれて流石のロデリックくんも慌てる。

「待て!私はおかしなことなどしていない!誤解だ!」

「ほう?遺跡に入るなり、よく確かめもせずに貴重な遺跡の扉を斧で破壊し、ジャックとガイアスを相手に問答無用の大立回りを演じた記憶はないか?」

「悪漢どもがエレイナを拐い立てこもっているというので、何よりも急いで救いだそうとした。その際に邪魔な扉を破壊し、悪漢どもとやりあったのだが、ひょっとすると、それがジャックとガイアスだったかもしれない」

 エレイナさんたちがロデリックくんを胡散臭い物を見る目で見た。
 とどめにシナップくんが
 
「ボクは水晶板で一応様子を見てたのさー。『管理者』だからね!当事者のいる前でこんなことが言えるロデリック君の神経は中々のものなのだよ!」
 と言ったところで、勝敗は決した。
 イシュタルさんとライアットさんがため息をつく。

「ロデリック、君の貢献をないものにするつもりはない。が、それとこういったこととは別の話だ。私情を持ち込んで暴れるのは合理的とも言えないだろう」ルイジさんが諭すように言った。

「ライアット、ロデリックをちゃんと監理してやらないとそのうち本人に厄災が降りかかるぞ」
 イシュタルさんが言うと、ライアットさんが
「お前さんの呪いでか?」
「いいや、本人の業による呪いさ。容易には逃れられない」

 ──と、このようなやり取りがあったのである。

 斧をこちらで預かっているせいもあるのだろうけど、ロデリックくんのガイアスくんたちへの様子の軟化は見られていて、ライアットさんとイシュタルさん、ルイジさんの3人に奥に連れていかれ、小声で話をした後は、さらに軟化に拍車がかかって、弟分か何かのように面倒見の良さまで見せ始めた。

「ははははは!私がいるからには君たちに確実に勝利をもたらすことを約束しよう!!エレイナのことは守りきって見せる!!!大船に乗った気持ちでまかせたまえ兄弟!!!!」

「おう、助かる」

 イシュタルさんたち4人で一体どんな話をしたのだろうか。
 よくわからないけれど、平和になったのなら良かった。

 ロデリックくんの以前をよく知らない私は、心の中でのんきにそう思っただけだったけれど、エレイナさんやバッシュくんたちから見ると、面食らうくらいの変わりようと言えるらしい。

 ちなみにこの機会に、私とシナップくんとロデリックくんの3人は正式にガイアスくんたちのパーティに加入することに決めた。

『森』と『犬族の遺跡』の調査にガイアスくんたちが参加するなら、私もロデリックくんもシナップくんも参加するという意思表示とも言える。

 続いて「犬族の遺跡調査に僕たちが参加しないなんて、そんなの無いよね!」バッシュくんとノアくんがガイアスくんの肩によじ登り、正式なメンバーとしての加入を決めた。

 各々の決断の決めて手はガイアスくんたちがパーティの『拠点』を塔型迷宮メイズの『会議室』のある階層に決めて10日毎に白銅貨40枚4万ゴッズの『賃貸契約』で貸し切り使用することになったことだ。

「キミたちには魔物のことで協力して欲しいから特別ではあるけど、タダで貸切で全然構わないのだよ。『攻略者』お客さんが増えたら別の階層へ誘導するのはもとからなのだから」とシナップくんは言ってくれたのだけど。

「今後商人としてやっていくなら、こういったところはきちんとしておいた方がいいと思うぞ」とガイアスくんが言った。

 私も同じ考えだ。

 シナップくんにしてみると攻略者である私たちはその時点であの階層を使用する権利を獲ているので、私たちにお金を定期的に支払わせるというのはあまりピンと来ていない様子があってなかなかお金を受け取る契約に口先だけでも頷かなかったのだけど。

 他の参加者が攻略した時に別の階層を用意して貰うための代金だと説明すると「承知したのだ!」と言ってくれた。

 あの広さと設備の階層を日にわずか白銅貨4枚4,000ゴッズで借りられるのは破格の安さなのだが、わずかでもお金を受け取ってくれてほっとする。

 魔物から手に入れた素材だけでも目的は達成できていたし、予定していた以上の数の素材に、私たちから見れば新しい未知の素材まで入手出来ているのだ。

「『塔』から『攻略者』として認められたのは、ガイアス君、ジャック君、バッシュ、ノア、マクス君、エレイナ君、ロデリック君の7人。ボクが管理者マスターとして配った『攻略の証』を所持していれば、離れたところからでも塔に戻れるのだ」
「ロデリックくんがどうして『塔』に認められたのかはちょっとわからないけれど、あの『不審者』と闘って貢献したお陰だと思うのだ!」

『攻略の証』は塔への転送魔導具も兼ねていて、地点を登録さえすれば『塔』と私の故郷である『島』を結んで往き来が可能になる。

『何者か』を追うにしても、利便性が高い。

 私は自分の魔力が登録された『証』を大事にアイテムバッグにしまい、部屋に用意された長椅子に腰を掛けた。

 ─それにしても、転送魔導具がこんなに身近になるなんて。

 窓から薄暗くなった空に星が瞬いているのが見えて、思わず私は感慨深い想いにかられた。

 ◇

 ほどなくして夜食の準備が整った食堂へ案内された。

 中にはいると、比較的シンプルな調度品で揃えられた食堂内に大きめでゆったりとした長方形のテーブルに美味しそうな料理の盛り付けられた皿が並んでいて、各々の席についた。

 領主のホレスさま、魔導ギルドのイシュタルさん、魔導研究ギルドのルイジさん、商人ギルドのデビスさん、冒険者ギルドのライアットさん、それにガイアスくん、ジャックくんと私たちとで13人の食事会だ。

「皆、楽にして食事を楽しんでくれ」

 ホレスさんの合図で食事が開始されると、早速ライアットさんが肉料理に手をつけた。

 物凄い勢いでお皿から肉が消えていく。
 ガイアスくんとジャックくんもライアットさんに負けないくらい肉料理を勢いよく食べている。
 洞窟と遺跡では私の予想以上に食事量を抑えていたらしい。

「このお肉の料理、美味しいね」バッシュくんとシナップくんが言うと、ノアくんが美味しそうに口をモグモグさせながらコクコクと頷いた。

「ボク、こんなにいい匂いで柔らかいお肉初めて食べたのだよ!野菜も美味しいのだ」
「口にあったようで良かった。料理人が工夫を凝らして調理してくれているのだよ」
 シナップくんにそう言うと、ホレスさまが優しく微笑んだ。
「このスープも美味だ」イシュタルさんが言うと、側近の男性が「下準備にかなりの時間を要するそうですよ」と耳打ちした。

 野菜と肉を長時間丁寧に煮込んで作り上げた一品のようだ。
 エレイナさんがとても美味しそうに匙で掬って飲んでいる。

 イシュタルさんとロデリックくんは果実酒を飲んで御満悦だ。
 ガイアスくんたちが住む国、ガレディアは食糧全般、特に酪農や農作物作りに力を多く注いでいるので、価格の割に品質のよい食べ物が豊富に出回っている。
 よく見るとルイジさんもイシュタルさんもロデリックくんもライアットさんに負けないくらい食べていて、相当な大食漢だ。

 私が驚いているのに気がついてイシュタルさんがニタリと笑って言った。
「我らはどうにも燃費が悪くてなぁ。大量に食事をして補うのだ。しかしそれは我らに限ったことではないぞ?」
 そしてバッシュくんたちのほうを見た。

「美味しい!」「美味しいね!」「美味しいのだー!」

 育ち盛りの子供たちの食事量は中々のものである。
 追加で運ばれてきた料理もみるみる彼らのお腹におさまっていくのを見ながら、デビスさんが微笑んで、ナイフとフォークで切り分けた肉を口に運び、果実酒を飲んだ。

「マクス君、今日はいい日になったよ」

 私は頷いて、笑顔のデビスさんと同じようにナイフとフォークで肉を切り分けて口に運び、果実酒を飲んでほっと息をついた時、視線の先の透明な水晶板の嵌め込まれた小さめの窓の向こう、ずっと遠くのほうで一瞬微かな光が発せられた気がした。

 暗くなったこの時間帯はもう門は閉まっているし、余程の事でないと町でも村でも中には入れてもらえないので通常ヒトが移動することはあまりない。

 魔物か野性動物が魔導エネルギーを使ったのかな。

 魔力をエネルギーに変えて全力疾走する時、その魔導エネルギーが夜間だと光って見えたりする。

 少しかわいそうかもしれないけれど、植物がちょっとした刺激を受けて光ったりするのはとても綺麗だ。

「そろそろお腹一杯なのだー」

 シナップくんたちのお腹一杯宣言が出たところで「みな、キリのいいところで部屋に戻って休んでくれ。用があれば屋敷のものに遠慮せず声をかけて構わないよ」

 領主のホレスさまはにこやかにそう言うと、後を任せて退出していった。

「それじゃあ俺たちも部屋に戻って休ませてもらうとしようか」
 ライアットさんはそう言うと席を立って食堂から出ていった。
 早朝に出て王都のギルドへ戻るそうだ。

 デビスさんは宿場町の商会に用があるらしく、明日の朝に出掛けるそうだ。

 イシュタルさんとルイジさんは
「我らはそれぞれ別の街に用があって、非常に残念なのだが、明日の昼食後にはここを発たなければならない」
「そこで提案なのだが、シナップくん」
「なんだね。ルイジ君」
「良ければ俺と一緒に街へ同行するというのはどうだろう?」
 魔導研究ギルドのギルド長ルイジさんが、真剣な眼差しでシナップくんに誘いをかけると即座に魔導ギルドのギルドマスターイシュタルさんが割って入った。
「街への同行は私とに決まっているではないか。なぁ?シナップ」
「どっちにも付いて行かないのだ」
 シナップくんの即答にイシュタルさんとルイジさんはあからさまにがっかりしたが、2人ともそれ以上無理に誘ったりはしなかった。

 そして翌日、ライアットさんが早朝に発ち、昼過ぎにイシュタルさんとルイジさんが宿場町からそれぞれの行き先へ発ち、デビスさんも翌翌日に用を済ませ、私たちに挨拶をしてからギルドへ帰った。
 デビスさんにはシナップくんの塔型迷宮メイズで手に入れた黒い素材以外の『鑑定』もお願いしている。
 本当は、塔の主であるシナップくんに聞けば簡単なのかも知れないけれど。
 3日後には私たちも報告書をまとめ、保留にしていた『森』と『犬族の遺跡』の調査に加わることを領主のホレスさまに伝えると、ホレスさまは安堵した様子で

「まずは引き受けてくれる事に領主として礼を言う」
 と私たちに言って

「詳しい依頼内容と報酬については追って王都の冒険者ギルドから連絡させる。依頼主は国だが、調査の指揮は魔導ギルド、魔導研究ギルド、魔導考古学組合、商人ギルドの管轄だ。冒険者ギルドで纏められた各情報と指示書に目を通してもらえれば大丈夫だね」
 と言葉を続けた。

 ◇

 報告をすませ屋敷を出た私たちは宿場町を出て王都へ向かう。

「この道を辿って行けば王都だ」
 門を出てすぐにガイアスくんが背負袋の中のシナップくんに声をかけた。
 西に向かって舗装された幅の広い道が長く続いている。
 ひらけた周辺には広い草原と柵に囲まれた農地と牧場や果樹園も見える。それをシナップくんが目を瞬かせて見つめている。

 首にはいつもつけているのとは別にもう一つ、イシュタルさんとルイジさんが贈ってくれたペンダントがかけられている。

「俺たちが依頼を受けた調査対象の『森』は王都のもっと西にある『ヤマルの森』。そのつぎに向かうことになりそうなのが、『ヤマルの森』からずっと南にある『犬族の遺跡』だ」
 ガイアスくんが説明する。

「近くに僕ら犬族が回復薬の原料に使う薬草の群生地があって、昔から癒しの女神『イルミル様のお社跡』って呼んでるんだ」

 ジャックくんの肩に腰掛けてバッシュくんが言うと、もう片方の肩に座っているノアくんが「『ヤマルの森』と『犬族の遺跡』の間にはボクたち犬族の街『ケレラル』と『バルムント』があるんだよ」と補足した。

 ここから王都までは少し距離はあるけれど、馬車は使わずに全員で歩いて行く。重装備のガイアスくんとロデリックくんを載せて走れる馬車や乗り物が少なかったから、というのもあったけれど、仕事が一段落ついて少し歩くのも悪くないということで意見が一致したのだ。

 舗装された幹線道を辿って行くなら魔物や野性動物に遭遇する可能性はかなり低く抑えられるし、途中には衛兵の駐留場を兼ねた休憩施設が設けられているので無理なく王都まで移動できる。

「この辺りは砂漠じゃないの?」
 景色を眺めていたシナップくんが聞いてきた。

「砂漠はこの大陸のここよりずっと西にあるぞ」
 ガイアスくんが答えると
「西?じゃあボクの記憶違いなのだ?」
 とシナップくんが自分の記憶違いかと納得しかけると
「いや、2,000年位前、この大陸の半分は今より乾燥していて、あまり植物も動物も生きられない厳しい環境だったらしいんだ。シナップが砂漠だと記憶してるなら、この辺りは昔砂漠だったんだろう」

 ガイアスくんにそう言われるとシナップくんが再び景色を眺める。いつの間にかシナップくんと一緒に背負袋に収まったバッシュくんとノアくんが柵のある農地を指した。
「一杯植えられているのがお砂糖の取れる甘芋と品種改良された加糖草」
「じゃあ本当にお砂糖が一杯なのだ?!すごいのだ!」
「あっちはお米、こっちは小麦」
 塔の小窓から見えた遠くの景色と違って、すぐ近くにある景色はシナップくんにとってずいぶん楽しいものらしい。

 途中何台かの荷馬車とすれ違いながら、しばらく歩いていると幹線道沿いに行き先を示す看板と囲いのある敷地が見えてきた。

 小さめの看板には“この先イット駐留場(宿泊出来ます)”
 と書いてある。最初の休憩予定地だ。

 ここを素通りすると次の休憩場所まで徒歩では少し距離がある。

「ここは厨房もあるから昼飯にしよう」
 ガイアスくんたちと話ながら囲いの敷地内に入っていくと、衛兵らしき人たちが数人、囲いの外へ出ていくのとすれ違った。

「何かあったのか?」
 ガイアスくんが残っている衛兵さんに尋ねると
「ああ、すぐそこの農園に魔物が現れたらしいよ。と言っても、魔物スライムが数体という話だ」という軽い調子で返事が返ってきた。

 ヒトが囲いをして作るような農地は、魔物避けの結界も施されているのが普通だけれど、柵や囲いの扉を閉め忘れたり、施した結界自体が弱くて、強引に魔物が入り込めてしまうということが少なからずある。

「休憩か?念のため身分証を確認させてくれ」
「ああ」

 身分証の確認をしながら、衛兵さんが
「馬や小竜を連れているならそこの馬小屋の横に繋いでくれ。俺たち衛兵がいても気にならないなら、休憩は空きのある小屋のどれでもで休んでくれていい。宿泊出来るのは一番奥の2軒の小屋だけで、休憩は無料だが宿泊は1人につき白銅貨1枚。食事は別料金だ」と、施設の簡単な案内をしてくれた。

「わかった。ちなみに今空いてるのはどの小屋かわかるだろうか?」「全員が揃って休めそうなのは、一番奥の2軒とその手前の小屋だな」「そうか、ありがとう」

 私たちは気の良さそうな衛兵さんにお礼を言って、手前の小屋のほうに向かうことにした。

 ◇

「誰もいないな」

 小屋に入ると思ったより広い造りになっていて、4人掛けのテーブルが3つ並べられ、椅子は多めに用意されている。
 食堂と釜戸つきの厨房もあるが、どちらにも今は誰もいないらしい。深めの鍋などが綺麗な状態で壁にかけられている。

 早速エレイナさんが荷物から水を取り出し作業台の上に乗せ、備え付けの黒い小さな魔石で釜戸に火をつけて鍋でお湯を沸かす。
 その間にガイアスくんが背負袋から保存食8人分と宿場町で買っておいた野菜と肉を取り出し、ロデリックくんが意外にも手際よく野菜を刻んでいく。

「わわッ」

 先に食堂の椅子に腰掛けていたシナップくんが何かに驚いて声をあげた。

 見ると備え付けの魔石ポットに驚いたようだ。
 バッシュくんがポット上部に刻まれた魔刻印を軽く押して、下向きに工夫されたポットの口から湯呑茶碗カップにお湯を出す、というのを繰り返し見せている。

「持ち上げずに押している間だけお湯が出るのはいいアイデアなのだ!」「魔石は要るけど少ない魔力で保温も出来るんだよ」
「ずいぶんと便利なのだ。作った人は偉いのだ」
 シナップくんが発明者に思いを馳せて感心している。
 私もこれを考えた人は偉いと思う。

 魔石ポットで沸かしたお湯で飲み物が人数分揃ったところに保存食も配り終えて、後はお肉と野菜の煮込みスープを待つばかり。

「良い匂いがしてきたのだよ。もう出来たのではないかね?」
 シナップくんが待ちきれなそうにそう言うと「もう少し時間がかかるから待ってね」とエレイナさんが笑いながら言った。

 ◇

 食事を済ませて片付けを終えてから休憩室でしばらく休んで荷を整えていると、外から3人の冒険者が入ってきた。

「あれ、先客ってガイアスたちの事だったのか…と、ロデリック・クライン!」

 3人のうちの1人はガイアスくんたちの知り合いらしく、ロデリックくんを少し警戒するような目で見たけれど、自分から事情を詮索する気は無いようだ。

 少し話をした後、3人と入れ替わるようにして私たちは休憩小屋を出た。

 駐留場の出入り口まで戻ると、4、5人の衛兵が外から入ってきた。
 来るときにすれ違った衛兵の人たちだろうか。
 私たちは来た時のように出入り表にチェックを入れ、駐留場を後にした。

「この辺りは王国騎士団の見回り区域で魔物はあまり現れなくなっているんだが、今日はちょっと多いかもしれないな」

 シーバ隊長率いる『百犬隊』の100名とシーバ隊長の消息不明の知らせを受けるのは、この日から数日後のことだった。


 ────────
 ────────

 □共有アイテム□

 ◇主な食料の在庫
 内訳(長期保存食料201食分)
 
 ◇嗜好品お菓子(魔導系回復あり)、嗜好品(燻製肉、乾燥果物、チーズ、各種調味料)、未調理穀物6日分

 ◇魔力回復ポーション(EX132本、超回復112本、大248本、中1,013本、小1,330本)
 ◇治癒ポーション(EX132本、超回復254本、大1,020本、中2,413本、小4,988本)、薬草(治癒2,215袋、解毒120袋)2,335袋、他

 □各自アイテムバッグ
 ガイアス、ジャック、エレイナ、バッシュ、ノア、マクス、シナップ、ロデリック
 □背負袋
 ガイアス、ジャック、エレイナ、バッシュ、ノア、マクス、シナップ、ロデリック

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