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第一章 ── 斎藤 蒼 ──
口止め料の接吻【3】
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一瞬、何を言われたのかが分からなかった。
ただ、目の前にいる尚斗が、赤くなった自らの顔を片手で覆っている。
その理由が、自身の発言によってもたらされたことだけは確かだった。
瑤子は冷静に、彼の言葉を思い返した。そして───。
「分かったわ」
二人の間の距離を縮める。
「えっ」
尚斗は赤い顔のまま、近づく瑤子に目を向けた。
動揺したのか、半歩、後ずさった。
「キスすればいいのよね?」
うろたえる尚斗に、栗色の瞳を正面から見据え、はっきりと確認してみせる。
自分から言いだしたものの、尚斗は瑤子の反応を予想しなかったらしい。
困らせるつもりが、逆に自分の首を締める結果となり、どう対処したらいいのか分からないようだ。
そんな尚斗には構わず、瑤子は彼の両肩に手を置いた。
ほんの少し背伸びして、唇が届いてしまうほどの身長差。
「あのっ───」
何かを言いかけた尚斗の唇に、自らの唇を押しあてる。
触れるだけの、軽いキス。
びくっと尚斗の肩が、震えた。
瑤子が唇を離しかけた、その時。
(えっ……)
伸ばされた腕が、瑤子の腰を引き寄せる。
ぎこちない力強さによって、コンクリートの地に、かろうじて爪先が残った。
尚斗の唇は、触れただけの瑤子の唇に割って入ってきた。
応えかけて、あわてて瑤子は彼の胸を押し返す。
「……ん、やっ……」
唇が、ようやく離れる。
我に返ったように、尚斗は瑤子から腕を外した。
「あのっ、オレ……」
困惑を隠しきれない尚斗の目が気まずそうに、こちらを見ていた。
(どうして……?)
拒む必要はなかった。
いつもの瑤子なら、何分でも、相手の望むまま応じたはずだ。もちろん、その先も───。
「これで……いいのよね……?」
声はかすれ、震えていた。その原因すら、今はつかめない。
「───はい……」
うつむきかげんのまま、尚斗は低く答えた。頭を下げてみせる。
「じゃ、オレはこれで……」
立ち去りかけ、屋上の重い扉の前で立ち止まる。
思いだしたように、瑤子を振り返ってきた。
「約束、ですから。オレ……誰にも言いません。あの場所にも……行きませんから」
最後は独りごとのように言い、尚斗は扉の向こうへと消えた。
残された瑤子の耳に、昼休み終了のチャイムの音が届く。
尚斗のいた空間を思いだすように瞳を閉じ、自分を抱きしめた。
『これで……いいのよね……?』
それは、尚斗に向けた言葉のはずだ。
けれども、今にして思えば、自身に向けたものであったのかもしれないと、気づいた。
指を上げて、そっと唇に触れる。
尚斗の残した唇の感触が、そこにはまだ、あって。
瑤子は、訳もなく悲しくなった。
ただ、目の前にいる尚斗が、赤くなった自らの顔を片手で覆っている。
その理由が、自身の発言によってもたらされたことだけは確かだった。
瑤子は冷静に、彼の言葉を思い返した。そして───。
「分かったわ」
二人の間の距離を縮める。
「えっ」
尚斗は赤い顔のまま、近づく瑤子に目を向けた。
動揺したのか、半歩、後ずさった。
「キスすればいいのよね?」
うろたえる尚斗に、栗色の瞳を正面から見据え、はっきりと確認してみせる。
自分から言いだしたものの、尚斗は瑤子の反応を予想しなかったらしい。
困らせるつもりが、逆に自分の首を締める結果となり、どう対処したらいいのか分からないようだ。
そんな尚斗には構わず、瑤子は彼の両肩に手を置いた。
ほんの少し背伸びして、唇が届いてしまうほどの身長差。
「あのっ───」
何かを言いかけた尚斗の唇に、自らの唇を押しあてる。
触れるだけの、軽いキス。
びくっと尚斗の肩が、震えた。
瑤子が唇を離しかけた、その時。
(えっ……)
伸ばされた腕が、瑤子の腰を引き寄せる。
ぎこちない力強さによって、コンクリートの地に、かろうじて爪先が残った。
尚斗の唇は、触れただけの瑤子の唇に割って入ってきた。
応えかけて、あわてて瑤子は彼の胸を押し返す。
「……ん、やっ……」
唇が、ようやく離れる。
我に返ったように、尚斗は瑤子から腕を外した。
「あのっ、オレ……」
困惑を隠しきれない尚斗の目が気まずそうに、こちらを見ていた。
(どうして……?)
拒む必要はなかった。
いつもの瑤子なら、何分でも、相手の望むまま応じたはずだ。もちろん、その先も───。
「これで……いいのよね……?」
声はかすれ、震えていた。その原因すら、今はつかめない。
「───はい……」
うつむきかげんのまま、尚斗は低く答えた。頭を下げてみせる。
「じゃ、オレはこれで……」
立ち去りかけ、屋上の重い扉の前で立ち止まる。
思いだしたように、瑤子を振り返ってきた。
「約束、ですから。オレ……誰にも言いません。あの場所にも……行きませんから」
最後は独りごとのように言い、尚斗は扉の向こうへと消えた。
残された瑤子の耳に、昼休み終了のチャイムの音が届く。
尚斗のいた空間を思いだすように瞳を閉じ、自分を抱きしめた。
『これで……いいのよね……?』
それは、尚斗に向けた言葉のはずだ。
けれども、今にして思えば、自身に向けたものであったのかもしれないと、気づいた。
指を上げて、そっと唇に触れる。
尚斗の残した唇の感触が、そこにはまだ、あって。
瑤子は、訳もなく悲しくなった。
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