【本編・完結】神獣の花嫁〜かの者に捧ぐ〜

一茅苑呼

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伍 囚われの神女(めがみ)

《三》獣の仔、産むの怖い?【後】

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「……あの。役割を終えると……私たちって……死んじゃう、の? いまは神籍にあるけど、そこからしまうとか……?」

 ここに来る道すがら犬貴いぬきに聞いた『彼の御方』とやらは、すでに現世──この世に居ないとのことだった。だから咲耶は、そう思ったのだが。

「あー違う違う。役割を終えるだけであって、死んだり殺されたりはしないって。そこんとこは、あたしもハッキリあいつに問いただしたから間違いないよ」

 美穂がくれた否定の言葉に咲耶は安心したものの、今度は犬貴の話してくれた内容に矛盾を感じてしまった。それで、美穂に質問を重ねたのだが───ついには音を上げられた。

「あんた、話すことが高度すぎるよ~。あいつ『呼ぶ』から直接訊いて」

 言いながら美穂は、自身の懐をなでた。もこもこと出てきたチュン太に告げる。



 手の甲にのったスズメが応えるように、鳴く。直後、その黒い小さなくちばしから、人の言葉が流れ出た。

『───あら、もう限界なの?』

 つややかな男性の声音にそぐわない、女性的な口調。スズメを通じての茜のからかいに、美穂は不満そうに唇をとがらせた。

「うっさいなー、仕方ないじゃん。咲耶はあたしと違って小難しい話が好きなんだよ」

 文句を垂れたあと、美穂は咲耶が訊いたことをそのまま話す。チュン太の口を借りた茜が応じた。

『あぁ、なるほどね。
 確かに一般論でいえば、現世うつしよに居ないと言われたら「死んだ」と考えるのが普通ね。だけど、アタシたち神獣の感覚でいえば、それは常世とこよに「戻った」ってことなのよ』

 スズメの口から茜の声が出てくる奇妙さにとまどいながらも、咲耶は考え考え問い返す。

「えぇっと、違う世界に行くってことですか? その、神様のいる所っていうか……」

 チュン太の片方の羽が上がった。咲耶を指すように、動く。

『半分、正解。
 異なる世界───アンタ達がいた世界という意味ではない、『異界』ね。常世は、この陽ノ元という世界の延長線上にある特別な場所だから。
 そうねぇ……神獣の里も、いわば常世のなかにあるようなものなのよ』

「……そこが、役割を終えた“国獣”───いずれ神獣や花嫁が行く場所ってことですか?」
『そう。相変わらず、のみこみが早いわね。───どうでもいいけど、まだるっこしいから、ソッチに戻るわよ』

 へ? と、咲耶がまばたきをした瞬間、

「ただいま、美・穂」

 語尾に桃色な吐息を含ませて、セキコ・茜その人が、咲耶の前に姿を現した。

 いつにも増して豪奢ごうしゃなあつらえの打ち掛けに、赤褐色の波打つ髪を結うひもには、白い梅の花が飾られている。季節を考えると奇妙だが、生花のようだ。

「あぁっ! うっとうしいなっ」

 自分を後ろから抱きしめるあでやかな青年に、鈍い音を立てて、美穂がひじ鉄をくらわす。愛が痛いわ~……と、泣き真似をする茜を、咲耶はあっけにとられて見ていた。

(えっ!? いま茜さん、どこから来たの?)

 神獣という虎に変わるように、実は、内緒の相談があるという咲耶の手前、チュン太などというスズメの眷属を装い、ずっと茜はこの部屋にいたのだろうか?

 そんなふうに思う咲耶の視界の端で、小さな鳥がぴょこぴょこと飛び跳ねていた。

(あ、あれ……?)

「ほら、お前がアホなコトするから、咲耶があきれてるじゃんか」
「そうなの? ……違うんじゃない?」

 二人の視線に気づいた咲耶は、あわてて首を横に振る。思わず、茜を指差した。

「茜さん、ですよね……?」

 動揺する咲耶を見て、美穂がポンと手を叩く。

「───そっか。ハクは、『瞬間移動』とか、しないんだよね? 人の姿でいるときは、ちゃんと『歩く』んでしょ?」
「え? え? え?」

 美穂の言っている意味が、まったく解らない。咲耶の反応に、茜が失笑した。

「やぁね。それじゃ、ますます咲耶が混乱するわよ。
 咲耶。アンタの前で、ハクは突然、現れたり消えたりはしないのね?」
「え……あの、はい」
「それ、ハクは愁月しゅうげつの言い付けで、そうしているのよ、きっと」

 苦笑いで付け足す茜に、咲耶の頭のなかで、過去の和彰の不可解な言動が唐突につながった。

(『師に戒められた力』って、そういうこと?)

 和彰は『人として』行動することを、愁月から義務づけられている、ということなのだろう。

(そっか……考えたら、仮にも『神』がつくんだものね)

 咲耶にはあずかり知らない様々な能力を、和彰が持っていても不思議はない。

(あ、そういえば……)

 神獣の里にて和彰に真名なまえを告げた余韻にひたったのちのこと。
 我に返った咲耶は、自分のために闘十郎らや追捕の者らと相対していた眷属たちの元へ、駆けつけたいと思った。

 一刻も早く彼らの所へ戻らなければと焦る咲耶に、和彰は、

「目を閉じろ」

 と言い、そして、一瞬の間ののち咲耶は犬貴と別れた場所に移動していた。
 いまにして思えば、和彰の『力』の片鱗へんりんを、咲耶はすでに体感していたのだ。
 しかし、犬貴や犬朗けんろうの負傷をなんとかしなければという気持ちがはやるあまり、和彰の特殊な能力をありがたがりもしなかった。

(うわ~……私ってば、最低……)

 和彰は咲耶の『願い』に応え、おそらくそれまでは封じていた、自らのもつ“人ならざる力”を遣ったのだ───師と仰ぐ愁月の戒めに背いて。

(ちゃんと、和彰にお礼を言わなきゃ……!)

 いまさら遅い、ということもないはずだ。咲耶はそう思いながら、セキコ・茜の屋敷をあとにした。



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