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陸 告げられる秘事(ひみつ)【上】
《三》椿ちゃんは、どこ?【前】
しおりを挟む犬貴の術によって切り裂かれた障子に近寄り、犬朗は舌打ちした。
「……ったく、あのクソ坊主、言うだけ言ってトンズラかよ───」
そこで言葉を失ったように絶句する。
犬朗が力任せに蹴り飛ばした障子の先。咲耶の視界に広がった景色は、想像していたものとはかけ離れていた。
どこまでも見通せるほど何もない、荒れ地。ゴツゴツとした岩が大小あるだけで、草木はもちろんのこと、生き物の気配がまるでしない。
「……どうやら、奴の術中にはまったようだな」
苦々しげな犬貴の声に合わせたかのように、室内にあったはずの調度品や咲耶が寝ていた布団も……畳さえ、消えて無くなっていた。
頭上には、太陽も月も出ていなかった。気味の悪い赤紫色のよどんだ空気が、天を覆っている。
どこからか、臭気も漂ってきた。こちらの季節は真冬のはずだが、咲耶の頬をなでるのは、生暖かい風だ。
「なにこれ……。私、まだ夢を見ているの?」
「いいえ、咲耶様。これは現実にございます。おそらく道幻の奴めが仕掛けた罠───」
犬貴が咲耶に説明をするさなか、咲耶のいる数歩先の地面に、人の頭大の盛り上がりができた。地の下から何かが、飛びだそうとしている。
「咲耶様!」
かばうように犬貴が咲耶の前に立つ。身構えた犬朗の背後からも、同じ現象が起きていた。
「犬朗、後ろ!」
咲耶が叫ぶのとほぼ同時。あちらこちらから鈍い音を立て、得体の知れないモノが飛びだす───!
「ウヒャ、ヒーヒヒッ」
人とも獣ともつかない声を放つ、目玉だけが異様に大きい痩せこけた顔。口からは、ダラリと長い舌が垂れている。腹部だけが栄養失調の者のように、大きくふくらんでいた。
「餓鬼か───!」
いまいましげに、犬貴がつぶやく。
「グフェッ!」
ひょろりとした腕は人間のそれ。手にした鉈を振り回し、咲耶たちに近づいてくる。
「失礼、咲耶様」
短く許しを乞うた犬貴の片腕が、咲耶の腰をさらう。ふわっと抱え上げられた咲耶は、黒虎毛の犬のもう一方の前足が、素早く空を切る様を見た。
「旋風、撃破ッ!」
咲耶を片腕で抱いたまま宙に浮かせ、犬貴はその場で身体を半回転させる。つむじ風が地を這い、命をもった独楽のように異形のモノに向かう。すとん、と、咲耶が地に足を着いた時には、石つぶてとなり粉々に散っていた。
「閃光弾ッ」
赤虎毛の犬の左前足から繰りだされる無数の火花が、逆方向からの襲い手を打ち砕く。
地中から現れた十数の餓鬼を、眷属である甲斐犬たちは、いともたやすく撃退したかに思えた。
───が。
「おい……まさか、延々出てくるとか、言わねぇよな……?」
土人形のように崩れた山から、ふたたび地獄の亡者を模したモノが、這い出てきた。
犬朗のうんざりとしたような嘆き声に、犬貴が鋭い声でぴしゃりと応じる。
「つべこべ言わずに排除しろ! これしきのことでぼやくな、駄犬がっ」
「……へいへい、しっかり働かせていただきますよ。犬貴、サ・マっ」
言って、振り向き様、隻眼の虎毛犬の後ろ足が、餓鬼の頭に打ち下ろされる。続いて別の一体を、今度は前足の拳が叩きつぶした。
「真空裂破!」
犬朗とのやり取りのなか、咲耶たちの近距離にあった餓鬼を、犬貴の術が砕く。主を片腕に抱き、災いから遠ざける生真面目な犬に対し、咲耶は思わず言った。
「ねぇ、犬貴。私の影に入ったほうが、楽なんじゃない?」
咲耶を護りながらの攻撃は、犬貴には悪いが、効率が良いとは思えない。咲耶の影にあっても術使用が可能なはずの高度な力をもつ眷属だ。その考えが及ばないはずがないのだが───。
「あ~、残念だけどな、咲耶サマ。できたらそうしてぇはずなんだよ、こいつも」
咲耶を挟んで、犬貴と背中合わせになっていた犬朗が、苦笑ぎみに応じる。
「けどよ、いまの咲耶サマの影に、俺らは入れねぇんだ」
「どうして?」
「……咲耶様の御魂が、現在はハク様のお力によって、護られているからでございます」
単純に疑問に思った咲耶に、今度は犬貴が応えてくれた。
「え? よけいイミ解んないんだけど。どういうこと?」
「───我らが『不浄のモノ』であるからでございます」
告げた眷属の片方の前足が、スッと横に空を切る。見えない力によって、対面した異形のモノらは一斉に排除された。
「ハク様のご加護を受けている咲耶様の御魂は、清浄であるがゆえに、我らの憑依を拒む状態にあらせられるのです」
堅い文言に、咲耶の眉根が思いきり寄せられたのを、背後の眷属は感じたらしい。かすれた声音が、説明を加えた。
「あ~、平たく言うと、だな」
右前足の拳で一体、回転した勢いの右後ろ足で一体。さらに、やや離れた位置にいた五六体の餓鬼に、小さな雷のような攻撃を放つ。
そうして目につくモノすべてを掃滅した犬朗が、咲耶を振り返った。
「いまの咲耶サマの影に俺らが入るには、旦那の清い力が強すぎて消されちまうかもってコトさ」
「そんなっ……」
非難めいた反応をした咲耶に、赤虎毛の犬は頭の後ろをかきながら、うーんとうなる。
「……旦那なりの気遣いだろ。自分が側に居てやれないから、咲耶サマに『よくないモノ』が憑かないように、ってさ」
犬朗の言葉に、咲耶ははっとした。自らの唇に手をやる。
(『私の想いをお前の魂に刻んだ』っていう、あれ……?)
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