【本編】神獣の花嫁〜あまつ神に背く〜

一茅苑呼

文字の大きさ
21 / 178
弐 なりそこないの神獣

願いを叶えてやりたい【二】

しおりを挟む
「湯浴みでございますね? 承知しております、こちらへどうぞ」
と、サホこと桔梗に連れられ瞳子は『湯殿』へと向かったのだった。

 それから半刻はんとき。戻ってきた瞳子の頬は上気し、濡れ髪をまとめ夜着をまとう姿は、なかなかに艶っぽい。

「んん? ってことは、おれお邪魔かぁ~? コタ頑張れよ~うッ」

 パシッと虎太郎の肩を叩き、よろめきながら立ち上がるイチに手を貸そうとするも、
「おれのコトは放っとけ!」
と、はねつけ、千鳥足で自室の方へ向かって行ってしまった。

(……まったく、仕様のないヤツだ)

 溜息をつき、それから改めて瞳子に向き直る。

「ネズミの名付けだな?」

「っ……そ、そうよ」

 一瞬の動揺ののち、瞳子はつん、と、虎太郎から顔を背ける。

(オレの“花嫁”は、いつになれば笑顔を見せてくれるのだろうな)

 半月後の別れの前に、見ることができれば良いが。

 虎太郎は、そんなささやかで、けれどもとても価値のあることを切に願いながら、自分の脇を示す。

「とりあえず、座ったらどうだ? 酒もある。瞳子はイケる口か?」

「……まぁ、めなくはないわよ」

「そうか」

 素直でない返答にも大分慣れてきた。

 虎太郎はちょっと笑い、隣に腰かけた己の“花嫁”に盃を差し出す。

 多少の警戒心を見せながらも、瞳子はおずおずと、虎太郎からの酌を受けた。

「……このお酒、美味しい」

「それは良かった」

 ほうっ……と、感嘆の息をつき自らの口を指先で覆う瞳子の盃を、虎太郎はふたたび満たしてやろうとする。今度は、ためらいなく受け入れられた。

「良い匂いがチまチュね?」

 言葉と共に瞳子の夜着の合わせから、ハツカネズミが顔をのぞかせる。鼻をひくひくとさせる姿に、虎太郎は噴きだした。

「……ああ、悪かった。お前も、呑むか?」

「いただきまチュ!」

 床にすべり落ちると後ろ足で立ち、虎太郎を見上げ前足をそろえてみせる。

 その様を微笑ましく思いながら己の盃を与えると、器用に受け取り酒を呑み干した。

「おかわりッチュ!」

「……ずうずうしいわね」

 あきれたように瞳子が言うも、ネズミは素知らぬ顔で虎太郎が注いでやった酒を呷っている。

「……あんたって、いつもそうなの?」

 ぽつり、と。こぼされた言が自分に向いているとは思わず、虎太郎は一拍遅れて瞳子を見た。

「何がだ?」

 切れ長の目を伏せ、少し怒っているかのようにも見える無表情で瞳子が言った。

「“神獣”って……要するに、神サマなんでしょ?
 あのイチって人も……まぁ人っぽくないけど、あんたの部下? 配下っていうのかな。だから、あんたの方が立場が上なワケでしょ?
 なのに……」

「ああ。俺に、威厳が無いってコトか」

「そう! それよ!」

 人差し指を突きつけられ、虎太郎はうなずく。

「イチにもよく言われるな」

「でしょうね。あのイチって奴の方がよっぽど偉そうだもの」

「……そうだな」

 実際のところ、イチの方が神格しんかくという意味では高いだろう。

 自分が彼を配下──正式な“眷属けんぞく”として扱うことができないのは、その部分に引っかかりがあるからだ。

「瞳子は……偉そうな男が好きなのか?」

 話の流れから、瞳子が己に求めている方向性を思い、訊いたのだが。

「はあ? まさか!
 そんな男が前歩いてたら、後ろから蹴り飛ばしてやるわよ!」

 快活ではあるが穏やかでない返答に、虎太郎は失笑する。

「……分かった。イチには瞳子の前を歩かないよう、よく言って聞かせる」

「……そうしてよ」

 虎太郎の軽口に対し、瞳子はバツが悪そうに唇をとがらせた。

 ややしばらくの沈黙が落ちる。

 かたわらでは、調子にのって酒を食らったせいか、ネズミが腹を出していびきをかいていた。

(そうだ。名付けをしてやらないとな)

 そう思い、瞳子を見れば、バッチリと目が合った。

 酒が入ったためか少しうるんだ瞳で、何かを期待するような眼差しを向けてくる。

「どうした?」

 とまどいと高揚を抱え虎太郎が問うと、瞳子は紅い唇をひらいてこう言った。

「あんた、“神獣”ってことは……狼に、変われるんでしょ?」




しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

コワモテ軍人な旦那様は彼女にゾッコンなのです~新婚若奥様はいきなり大ピンチ~

二階堂まや♡電書「騎士団長との~」発売中
恋愛
政治家の令嬢イリーナは社交界の《白薔薇》と称される程の美貌を持ち、不自由無く華やかな生活を送っていた。 彼女は王立陸軍大尉ディートハルトに一目惚れするものの、国内で政治家と軍人は長年対立していた。加えて軍人は質実剛健を良しとしており、彼女の趣味嗜好とはまるで正反対であった。 そのためイリーナは華やかな生活を手放すことを決め、ディートハルトと無事に夫婦として結ばれる。 幸せな結婚生活を謳歌していたものの、ある日彼女は兄と弟から夜会に参加して欲しいと頼まれる。 そして夜会終了後、ディートハルトに華美な装いをしているところを見られてしまって……?

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

暴君幼なじみは逃がしてくれない~囚われ愛は深く濃く

なかな悠桃
恋愛
暴君な溺愛幼なじみに振り回される女の子のお話。 ※誤字脱字はご了承くださいm(__)m

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている

井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。 それはもう深く愛していた。 変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。 これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。 全3章、1日1章更新、完結済 ※特に物語と言う物語はありません ※オチもありません ※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。 ※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。

処理中です...