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弐 なりそこないの神獣
願いを叶えてやりたい【二】
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「湯浴みでございますね? 承知しております、こちらへどうぞ」
と、サホこと桔梗に連れられ瞳子は『湯殿』へと向かったのだった。
それから半刻。戻ってきた瞳子の頬は上気し、濡れ髪をまとめ夜着をまとう姿は、なかなかに艶っぽい。
「んん? ってことは、おれお邪魔かぁ~? コタ頑張れよ~うッ」
パシッと虎太郎の肩を叩き、よろめきながら立ち上がるイチに手を貸そうとするも、
「おれのコトは放っとけ!」
と、はねつけ、千鳥足で自室の方へ向かって行ってしまった。
(……まったく、仕様のないヤツだ)
溜息をつき、それから改めて瞳子に向き直る。
「ネズミの名付けだな?」
「っ……そ、そうよ」
一瞬の動揺ののち、瞳子はつん、と、虎太郎から顔を背ける。
(オレの“花嫁”は、いつになれば笑顔を見せてくれるのだろうな)
半月後の別れの前に、見ることができれば良いが。
虎太郎は、そんなささやかで、けれどもとても価値のあることを切に願いながら、自分の脇を示す。
「とりあえず、座ったらどうだ? 酒もある。瞳子はイケる口か?」
「……まぁ、呑めなくはないわよ」
「そうか」
素直でない返答にも大分慣れてきた。
虎太郎はちょっと笑い、隣に腰かけた己の“花嫁”に盃を差し出す。
多少の警戒心を見せながらも、瞳子はおずおずと、虎太郎からの酌を受けた。
「……このお酒、美味しい」
「それは良かった」
ほうっ……と、感嘆の息をつき自らの口を指先で覆う瞳子の盃を、虎太郎はふたたび満たしてやろうとする。今度は、ためらいなく受け入れられた。
「良い匂いがチまチュね?」
言葉と共に瞳子の夜着の合わせから、ハツカネズミが顔をのぞかせる。鼻をひくひくとさせる姿に、虎太郎は噴きだした。
「……ああ、悪かった。お前も、呑むか?」
「いただきまチュ!」
床にすべり落ちると後ろ足で立ち、虎太郎を見上げ前足をそろえてみせる。
その様を微笑ましく思いながら己の盃を与えると、器用に受け取り酒を呑み干した。
「おかわりッチュ!」
「……ずうずうしいわね」
あきれたように瞳子が言うも、ネズミは素知らぬ顔で虎太郎が注いでやった酒を呷っている。
「……あんたって、いつもそうなの?」
ぽつり、と。こぼされた言が自分に向いているとは思わず、虎太郎は一拍遅れて瞳子を見た。
「何がだ?」
切れ長の目を伏せ、少し怒っているかのようにも見える無表情で瞳子が言った。
「“神獣”って……要するに、神サマなんでしょ?
あのイチって人も……まぁ人っぽくないけど、あんたの部下? 配下っていうのかな。だから、あんたの方が立場が上なワケでしょ?
なのに……」
「ああ。俺に、威厳が無いってコトか」
「そう! それよ!」
人差し指を突きつけられ、虎太郎はうなずく。
「イチにもよく言われるな」
「でしょうね。あのイチって奴の方がよっぽど偉そうだもの」
「……そうだな」
実際のところ、イチの方が神格という意味では高いだろう。
自分が彼を配下──正式な“眷属”として扱うことができないのは、その部分に引っかかりがあるからだ。
「瞳子は……偉そうな男が好きなのか?」
話の流れから、瞳子が己に求めている方向性を思い、訊いたのだが。
「はあ? まさか!
そんな男が前歩いてたら、後ろから蹴り飛ばしてやるわよ!」
快活ではあるが穏やかでない返答に、虎太郎は失笑する。
「……分かった。イチには瞳子の前を歩かないよう、よく言って聞かせる」
「……そうしてよ」
虎太郎の軽口に対し、瞳子はバツが悪そうに唇をとがらせた。
ややしばらくの沈黙が落ちる。
傍らでは、調子にのって酒を食らったせいか、ネズミが腹を出していびきをかいていた。
(そうだ。名付けをしてやらないとな)
そう思い、瞳子を見れば、バッチリと目が合った。
酒が入ったためか少しうるんだ瞳で、何かを期待するような眼差しを向けてくる。
「どうした?」
とまどいと高揚を抱え虎太郎が問うと、瞳子は紅い唇をひらいてこう言った。
「あんた、“神獣”ってことは……狼に、変われるんでしょ?」
と、サホこと桔梗に連れられ瞳子は『湯殿』へと向かったのだった。
それから半刻。戻ってきた瞳子の頬は上気し、濡れ髪をまとめ夜着をまとう姿は、なかなかに艶っぽい。
「んん? ってことは、おれお邪魔かぁ~? コタ頑張れよ~うッ」
パシッと虎太郎の肩を叩き、よろめきながら立ち上がるイチに手を貸そうとするも、
「おれのコトは放っとけ!」
と、はねつけ、千鳥足で自室の方へ向かって行ってしまった。
(……まったく、仕様のないヤツだ)
溜息をつき、それから改めて瞳子に向き直る。
「ネズミの名付けだな?」
「っ……そ、そうよ」
一瞬の動揺ののち、瞳子はつん、と、虎太郎から顔を背ける。
(オレの“花嫁”は、いつになれば笑顔を見せてくれるのだろうな)
半月後の別れの前に、見ることができれば良いが。
虎太郎は、そんなささやかで、けれどもとても価値のあることを切に願いながら、自分の脇を示す。
「とりあえず、座ったらどうだ? 酒もある。瞳子はイケる口か?」
「……まぁ、呑めなくはないわよ」
「そうか」
素直でない返答にも大分慣れてきた。
虎太郎はちょっと笑い、隣に腰かけた己の“花嫁”に盃を差し出す。
多少の警戒心を見せながらも、瞳子はおずおずと、虎太郎からの酌を受けた。
「……このお酒、美味しい」
「それは良かった」
ほうっ……と、感嘆の息をつき自らの口を指先で覆う瞳子の盃を、虎太郎はふたたび満たしてやろうとする。今度は、ためらいなく受け入れられた。
「良い匂いがチまチュね?」
言葉と共に瞳子の夜着の合わせから、ハツカネズミが顔をのぞかせる。鼻をひくひくとさせる姿に、虎太郎は噴きだした。
「……ああ、悪かった。お前も、呑むか?」
「いただきまチュ!」
床にすべり落ちると後ろ足で立ち、虎太郎を見上げ前足をそろえてみせる。
その様を微笑ましく思いながら己の盃を与えると、器用に受け取り酒を呑み干した。
「おかわりッチュ!」
「……ずうずうしいわね」
あきれたように瞳子が言うも、ネズミは素知らぬ顔で虎太郎が注いでやった酒を呷っている。
「……あんたって、いつもそうなの?」
ぽつり、と。こぼされた言が自分に向いているとは思わず、虎太郎は一拍遅れて瞳子を見た。
「何がだ?」
切れ長の目を伏せ、少し怒っているかのようにも見える無表情で瞳子が言った。
「“神獣”って……要するに、神サマなんでしょ?
あのイチって人も……まぁ人っぽくないけど、あんたの部下? 配下っていうのかな。だから、あんたの方が立場が上なワケでしょ?
なのに……」
「ああ。俺に、威厳が無いってコトか」
「そう! それよ!」
人差し指を突きつけられ、虎太郎はうなずく。
「イチにもよく言われるな」
「でしょうね。あのイチって奴の方がよっぽど偉そうだもの」
「……そうだな」
実際のところ、イチの方が神格という意味では高いだろう。
自分が彼を配下──正式な“眷属”として扱うことができないのは、その部分に引っかかりがあるからだ。
「瞳子は……偉そうな男が好きなのか?」
話の流れから、瞳子が己に求めている方向性を思い、訊いたのだが。
「はあ? まさか!
そんな男が前歩いてたら、後ろから蹴り飛ばしてやるわよ!」
快活ではあるが穏やかでない返答に、虎太郎は失笑する。
「……分かった。イチには瞳子の前を歩かないよう、よく言って聞かせる」
「……そうしてよ」
虎太郎の軽口に対し、瞳子はバツが悪そうに唇をとがらせた。
ややしばらくの沈黙が落ちる。
傍らでは、調子にのって酒を食らったせいか、ネズミが腹を出していびきをかいていた。
(そうだ。名付けをしてやらないとな)
そう思い、瞳子を見れば、バッチリと目が合った。
酒が入ったためか少しうるんだ瞳で、何かを期待するような眼差しを向けてくる。
「どうした?」
とまどいと高揚を抱え虎太郎が問うと、瞳子は紅い唇をひらいてこう言った。
「あんた、“神獣”ってことは……狼に、変われるんでしょ?」
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