70 / 178
参 まやかしの花器
イヤじゃないから、困ってた【三】
しおりを挟む
「イチ」
ぎゅっと、腕のなかの瞳子を抱きしめたのち、セキが黒髪の従者に鋭い視線を投げる。
呼ばれた当人は両拳をにぎり、セキに頭を下げた。
「申し訳、ございません。
力のある妖……“眷属”に対する備えの“結界”は施して置きましたが、まさか、生霊を飛ばしてくるとは。私の、手落ちです」
「……それは、お前の責めではない。ハク殿の所に遣いはやっていたのか?」
「いえ、先に“国司”である穂高氏へ報告の文を届けました。ハク様には、私が直接お会いしてからと思い、先触れの文だけです」
「……そうか」
小さくうなずいて、セキがそこで初めて瞳子を見下ろした。いたわるような眼差しを向けられる。
「悪いな、瞳子。怖い思いをさせた」
「それは……大丈夫。だけど、さっきの人って……」
「あの者は、この国──“上総ノ国”の“神官長”貝塚 保平だ。
……ハク殿と懇意にしている者だと、聞いている」
何かを思うようにセキから告げられた内容に、瞳子は自分がこの世界──“陽ノ元”にやって来た当初のことを思い返す。
「あなたは、僕の“花嫁”として喚ばれたのだから」
そう言って、銀色の狼に変わった、銀髪の美形の男。
(そうだ……私、もともとはあの胡散臭い男の“花嫁”だった……)
あれは、たった四日前の出来事だ。それからあまりにも目まぐるしく自分の状況や環境、そして気持ちの変化もあって、忘れていた。
(ちゃんと考えてこなかったけど……私、これから、どうなっちゃうんだろう……)
「大丈夫だ、瞳子。俺は、約束を違えるつもりはない」
不安にかられた瞳子を見越したように、セキの手が瞳子の右手の“証”に触れる。
「瞳子は、俺の“花嫁”だ。心配いらない、何があっても護り抜く」
「セキ……」
心許ない思いを打ち消してくれたセキに、感謝の念をこめて瞳子が見上げた矢先。
「──お言葉ですが」
イチが、面白くなさそうに口をはさんできた。
「あの“神官長”の申した通り、残念ながら瞳子サマは白い“神獣”、白狼様の“花嫁”でもあります。
瞳子サマはいわばお二方の共有の『花器』。セキ様からのご寵愛も、ハク様からのご寵愛も、受けることが可能な存在なのです。
ですから」
「もういい、口を閉じろ」
初めて聞く、冷たい命令口調。
とてもセキのものとは思えないその声色に、イチの話す内容に嫌悪感をいだいていたことも忘れ、瞳子は驚いてセキを見た。
目が合うと、その瞳によぎった翳を隠すようにして、セキが廊下の端へ顔を向ける。
「桔梗。瞳子に付き添ってやってくれ」
「かしこまりました」
「瞳子、今日はもう遅い。明日また話をしよう」
いつの間にやら控えていたらしい桔梗に告げ、セキが瞳子から離れて行く。
同意をしかねる気持ちとは裏腹に、瞳子はうなずいた。
「……分かった。お休み、セキ」
一瞬のためらいを感じさせたのち、セキが瞳子を振り返る。
「お休み、瞳子」
そこに、屈託のない笑顔はなかった。ただ、手放したかけがえのないものを惜しむ、せつなげな微笑みだけがあった。
ぎゅっと、腕のなかの瞳子を抱きしめたのち、セキが黒髪の従者に鋭い視線を投げる。
呼ばれた当人は両拳をにぎり、セキに頭を下げた。
「申し訳、ございません。
力のある妖……“眷属”に対する備えの“結界”は施して置きましたが、まさか、生霊を飛ばしてくるとは。私の、手落ちです」
「……それは、お前の責めではない。ハク殿の所に遣いはやっていたのか?」
「いえ、先に“国司”である穂高氏へ報告の文を届けました。ハク様には、私が直接お会いしてからと思い、先触れの文だけです」
「……そうか」
小さくうなずいて、セキがそこで初めて瞳子を見下ろした。いたわるような眼差しを向けられる。
「悪いな、瞳子。怖い思いをさせた」
「それは……大丈夫。だけど、さっきの人って……」
「あの者は、この国──“上総ノ国”の“神官長”貝塚 保平だ。
……ハク殿と懇意にしている者だと、聞いている」
何かを思うようにセキから告げられた内容に、瞳子は自分がこの世界──“陽ノ元”にやって来た当初のことを思い返す。
「あなたは、僕の“花嫁”として喚ばれたのだから」
そう言って、銀色の狼に変わった、銀髪の美形の男。
(そうだ……私、もともとはあの胡散臭い男の“花嫁”だった……)
あれは、たった四日前の出来事だ。それからあまりにも目まぐるしく自分の状況や環境、そして気持ちの変化もあって、忘れていた。
(ちゃんと考えてこなかったけど……私、これから、どうなっちゃうんだろう……)
「大丈夫だ、瞳子。俺は、約束を違えるつもりはない」
不安にかられた瞳子を見越したように、セキの手が瞳子の右手の“証”に触れる。
「瞳子は、俺の“花嫁”だ。心配いらない、何があっても護り抜く」
「セキ……」
心許ない思いを打ち消してくれたセキに、感謝の念をこめて瞳子が見上げた矢先。
「──お言葉ですが」
イチが、面白くなさそうに口をはさんできた。
「あの“神官長”の申した通り、残念ながら瞳子サマは白い“神獣”、白狼様の“花嫁”でもあります。
瞳子サマはいわばお二方の共有の『花器』。セキ様からのご寵愛も、ハク様からのご寵愛も、受けることが可能な存在なのです。
ですから」
「もういい、口を閉じろ」
初めて聞く、冷たい命令口調。
とてもセキのものとは思えないその声色に、イチの話す内容に嫌悪感をいだいていたことも忘れ、瞳子は驚いてセキを見た。
目が合うと、その瞳によぎった翳を隠すようにして、セキが廊下の端へ顔を向ける。
「桔梗。瞳子に付き添ってやってくれ」
「かしこまりました」
「瞳子、今日はもう遅い。明日また話をしよう」
いつの間にやら控えていたらしい桔梗に告げ、セキが瞳子から離れて行く。
同意をしかねる気持ちとは裏腹に、瞳子はうなずいた。
「……分かった。お休み、セキ」
一瞬のためらいを感じさせたのち、セキが瞳子を振り返る。
「お休み、瞳子」
そこに、屈託のない笑顔はなかった。ただ、手放したかけがえのないものを惜しむ、せつなげな微笑みだけがあった。
0
あなたにおすすめの小説
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
借金まみれで高級娼館で働くことになった子爵令嬢、密かに好きだった幼馴染に買われる
しおの
恋愛
乙女ゲームの世界に転生した主人公。しかしゲームにはほぼ登場しないモブだった。
いつの間にか父がこさえた借金を返すため、高級娼館で働くことに……
しかしそこに現れたのは幼馴染で……?
今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
主人公の義兄がヤンデレになるとか聞いてないんですけど!?
玉響なつめ
恋愛
暗殺者として生きるセレンはふとしたタイミングで前世を思い出す。
ここは自身が読んでいた小説と酷似した世界――そして自分はその小説の中で死亡する、ちょい役であることを思い出す。
これはいかんと一念発起、いっそのこと主人公側について保護してもらおう!と思い立つ。
そして物語がいい感じで進んだところで退職金をもらって夢の田舎暮らしを実現させるのだ!
そう意気込んでみたはいいものの、何故だかヒロインの義兄が上司になって以降、やたらとセレンを気にして――?
おかしいな、貴方はヒロインに一途なキャラでしょ!?
※小説家になろう・カクヨムにも掲載
月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~
真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる