【本編】神獣の花嫁〜あまつ神に背く〜

一茅苑呼

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参 まやかしの花器

イヤじゃないから、困ってた【三】

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「イチ」

 ぎゅっと、腕のなかの瞳子を抱きしめたのち、セキが黒髪の従者に鋭い視線を投げる。

 呼ばれた当人は両拳をにぎり、セキに頭を下げた。

「申し訳、ございません。
 力のあるあやかし……“眷属”に対する備えの“結界”は施して置きましたが、まさか、生霊を飛ばしてくるとは。私の、手落ちです」

「……それは、お前の責めではない。ハク殿の所に遣いはやっていたのか?」

「いえ、先に“国司こくし”である穂高ほだか氏へ報告の文を届けました。ハク様には、私が直接お会いしてからと思い、先触れの文だけです」

「……そうか」

 小さくうなずいて、セキがそこで初めて瞳子を見下ろした。いたわるような眼差しを向けられる。

「悪いな、瞳子。怖い思いをさせた」

「それは……大丈夫。だけど、さっきの人って……」

「あの者は、この国──“上総かずさノ国”の“神官しんかん長”貝塚かいづか 保平やすひらだ。
 ……ハク殿と懇意にしている者だと、聞いている」

 何かを思うようにセキから告げられた内容に、瞳子は自分がこの世界──“陽ノ元”にやって来た当初のことを思い返す。

「あなたは、僕の“花嫁”として喚ばれたのだから」

 そう言って、銀色の狼に変わった、銀髪の美形の男。

(そうだ……私、もともとはあの胡散うさん臭い男の“花嫁”だった……)

 あれは、たった四日前の出来事だ。それからあまりにも目まぐるしく自分の状況や環境、そして気持ちの変化もあって、忘れていた。

(ちゃんと考えてこなかったけど……私、これから、どうなっちゃうんだろう……)

「大丈夫だ、瞳子。俺は、約束をたがえるつもりはない」

 不安にかられた瞳子を見越したように、セキの手が瞳子の右手の“あかし”に触れる。

「瞳子は、俺の“花嫁”だ。心配いらない、何があっても護り抜く」

「セキ……」

 心許こころもとない思いを打ち消してくれたセキに、感謝の念をこめて瞳子が見上げた矢先。

「──お言葉ですが」

 イチが、面白くなさそうに口をはさんできた。

「あの“神官長”の申した通り、残念ながら瞳子サマは白い“神獣”、白狼はくろう様の“花嫁”でもあります。
 瞳子サマはいわばお二方の共有の『花器はなうつわ』。セキ様からのご寵愛ちょうあいも、ハク様からのご寵愛も、受けることが可能な存在なのです。
 ですから」

「もういい、口を閉じろ」

 初めて聞く、冷たい命令口調。

 とてもセキのものとは思えないその声色に、イチの話す内容に嫌悪感をいだいていたことも忘れ、瞳子は驚いてセキを見た。

 目が合うと、その瞳によぎったかげを隠すようにして、セキが廊下の端へ顔を向ける。

桔梗ききょう。瞳子に付き添ってやってくれ」

「かしこまりました」

「瞳子、今日はもう遅い。明日また話をしよう」

 いつの間にやら控えていたらしい桔梗に告げ、セキが瞳子から離れて行く。

 同意をしかねる気持ちとは裏腹に、瞳子はうなずいた。

「……分かった。お休み、セキ」

 一瞬のためらいを感じさせたのち、セキが瞳子を振り返る。

「お休み、瞳子」

 そこに、屈託のない笑顔はなかった。ただ、手放したかけがえのないものを惜しむ、せつなげな微笑みだけがあった。



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