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伍 いにしえの誓約【後】
獣である本性をさらす幸い【三】
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ようやく腑に落ちたといった表情になった瞳子の眼が、双真に向けられる。そこに宿るのは、真綿でくるむようないたわりの眼差しだった。
ああ、と、双真は胸中でうめく。
(試されているのは、オレのほうだったのか……)
己の、“神獣”としての証明が問われている。
「セ……双真」
両手の指に余るほどしか口にしてない真名で呼び、瞳子はその場でひざをつくと、双真の片手に触れた。
「私、お願いしても、いい? ……アンタの、真実の姿、見せて欲しいって」
「瞳子……」
「たぶん、今なら……見せてくれるよね?」
──獣である本性をさらすことは、自分を愛しく想ってくれる者を悲しませる。決して、幸せな気分にさせないのだという、過去。
『虎太郎』は、人でなければならなかったから。
“神獣”といえど、獣だ。人とは、相容れない。
人とは違う形をし、人とは違う性をもつ。異なる種族ゆえの、必然の理。
『人の形』であるから、愛しいと触れてくれるのだ。想いを寄せてくれるのも、『人の形』をした器があればこそだろう。
──それが、人の本意だ。純然たる事実。
違う種で実を結ぶことがないように、自然の理とはそういうものだ。
(解っている)
それでも──この手に触れるぬくもりが、それを、望むなら。応えるのが、“神獣”。
「ああ──瞳子」
置かれた手に手を重ね、うなずいて見せる。それから、御座の上のぬしを見やった。
「御前にて、衣を解く御無礼をお赦しいただきたく存じます」
「無論。我の眼が事実を見届けるゆえ、構わぬ」
赦しを得、双真は立ち上がり、袴の腰紐に手をかけた。ゆるめながら、己の心と、向き合う。
(オレは──『人』である前は、『神獣』だった)
四肢を大地に着け、鼻先を上げ、眼を向けるより早く匂いで周囲の状況を嗅ぎ分け、音を聴き──天と地を知った。
流れる風を感じ、あらゆる生命の気を感じとり、身の内に取り込む。
いつか出逢う、この身を捧げるべき相手を求め、姿を変えただけ。
いまはその者の、願いを叶えるための具現化した存在としてここに在る──。
己の身が空間に溶けて、たゆたうように心もとなく、なにものでもない存在となるような感覚と。
愛しいと想う者が未だ見ぬ、自分本来の姿をその目にさらすという、一抹の不安におびえるように。
その瞬間、双真は己が身をぶるり、と、揺さぶってみせた。
覆いかぶさっていた緋の衣が、背をすべり落ちる。
「かっ……」
すぐ側で、瞳子が息をのむのが解った。のどの奥でうめくように発しかけた言葉。
双真は、瞳子を見た。両手で自らの口もとを覆い、何かをこらえるように双真を見つめてくる。
涙目の美しい容貌が自分に向けられているのが、妙にくすぐったかった。
(そうだ。瞳子は、オレが“神獣”に戻れたら)
絶対、格好良いはず、と、言いきってくれていた。喜んでくれるのは、道理だ。
瞳子、と、呼びかけた双真をさえぎり、瞳子が叫んだ。
「かっわいいぃーッ! なに、アンタ、ちっちゃ。可愛いんだけど! え? なんで?」
『瞳子……ちっちゃ、は、なかなかオレの自尊心をえぐる言葉なんだが』
ああ、と、双真は胸中でうめく。
(試されているのは、オレのほうだったのか……)
己の、“神獣”としての証明が問われている。
「セ……双真」
両手の指に余るほどしか口にしてない真名で呼び、瞳子はその場でひざをつくと、双真の片手に触れた。
「私、お願いしても、いい? ……アンタの、真実の姿、見せて欲しいって」
「瞳子……」
「たぶん、今なら……見せてくれるよね?」
──獣である本性をさらすことは、自分を愛しく想ってくれる者を悲しませる。決して、幸せな気分にさせないのだという、過去。
『虎太郎』は、人でなければならなかったから。
“神獣”といえど、獣だ。人とは、相容れない。
人とは違う形をし、人とは違う性をもつ。異なる種族ゆえの、必然の理。
『人の形』であるから、愛しいと触れてくれるのだ。想いを寄せてくれるのも、『人の形』をした器があればこそだろう。
──それが、人の本意だ。純然たる事実。
違う種で実を結ぶことがないように、自然の理とはそういうものだ。
(解っている)
それでも──この手に触れるぬくもりが、それを、望むなら。応えるのが、“神獣”。
「ああ──瞳子」
置かれた手に手を重ね、うなずいて見せる。それから、御座の上のぬしを見やった。
「御前にて、衣を解く御無礼をお赦しいただきたく存じます」
「無論。我の眼が事実を見届けるゆえ、構わぬ」
赦しを得、双真は立ち上がり、袴の腰紐に手をかけた。ゆるめながら、己の心と、向き合う。
(オレは──『人』である前は、『神獣』だった)
四肢を大地に着け、鼻先を上げ、眼を向けるより早く匂いで周囲の状況を嗅ぎ分け、音を聴き──天と地を知った。
流れる風を感じ、あらゆる生命の気を感じとり、身の内に取り込む。
いつか出逢う、この身を捧げるべき相手を求め、姿を変えただけ。
いまはその者の、願いを叶えるための具現化した存在としてここに在る──。
己の身が空間に溶けて、たゆたうように心もとなく、なにものでもない存在となるような感覚と。
愛しいと想う者が未だ見ぬ、自分本来の姿をその目にさらすという、一抹の不安におびえるように。
その瞬間、双真は己が身をぶるり、と、揺さぶってみせた。
覆いかぶさっていた緋の衣が、背をすべり落ちる。
「かっ……」
すぐ側で、瞳子が息をのむのが解った。のどの奥でうめくように発しかけた言葉。
双真は、瞳子を見た。両手で自らの口もとを覆い、何かをこらえるように双真を見つめてくる。
涙目の美しい容貌が自分に向けられているのが、妙にくすぐったかった。
(そうだ。瞳子は、オレが“神獣”に戻れたら)
絶対、格好良いはず、と、言いきってくれていた。喜んでくれるのは、道理だ。
瞳子、と、呼びかけた双真をさえぎり、瞳子が叫んだ。
「かっわいいぃーッ! なに、アンタ、ちっちゃ。可愛いんだけど! え? なんで?」
『瞳子……ちっちゃ、は、なかなかオレの自尊心をえぐる言葉なんだが』
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