【本編】神獣の花嫁〜あまつ神に背く〜

一茅苑呼

文字の大きさ
153 / 178
伍 いにしえの誓約【後】

獣である本性をさらす幸い【三】

しおりを挟む
 ようやく腑に落ちたといった表情になった瞳子の眼が、双真に向けられる。そこに宿るのは、真綿でくるむようないたわりの眼差しだった。

 ああ、と、双真は胸中でうめく。

(試されているのは、オレのほうだったのか……)

 己の、“神獣”としての証明あかしが問われている。

「セ……双真」

 両手の指に余るほどしか口にしてない真名なまえで呼び、瞳子はその場でひざをつくと、双真の片手に触れた。

「私、お願いしても、いい? ……アンタの、真実ほんとうの姿、見せて欲しいって」

「瞳子……」

「たぶん、今なら……見せてくれるよね?」

 ──獣である本性をさらすことは、自分を愛しく想ってくれる者を悲しませる。決して、幸せな気分にさせないのだという、過去。

虎太郎こたろう』は、人でなければならなかったから。

 “神獣”といえど、けだものだ。人とは、相容れない。

 人とは違う形をし、人とは違うさがをもつ。異なる種族ゆえの、必然のことわり

『人の形』であるから、愛しいと触れてくれるのだ。想いを寄せてくれるのも、『人の形』をしたうつわがあればこそだろう。

 ──それが、人の本意だ。純然たる事実。

 違う種で実を結ぶことがないように、自然の理とはそういうものだ。

(解っている)

 それでも──この手に触れるぬくもりが、それを、望むなら。応えるのが、“神獣じぶん”。

「ああ──瞳子」

 置かれた手に手を重ね、うなずいて見せる。それから、御座みくらの上のぬしを見やった。

「御前にて、衣を解く御無礼をお赦しいただきたく存じます」

「無論。我の眼が事実ことを見届けるゆえ、構わぬ」

 赦しを得、双真は立ち上がり、袴の腰紐に手をかけた。ゆるめながら、己の心と、向き合う。

(オレは──『人』である前は、『神獣おおかみ』だった)

 四肢を大地に着け、鼻先を上げ、眼を向けるより早く匂いで周囲の状況を嗅ぎ分け、音を聴き──天と地を知った。

 流れる風を感じ、あらゆる生命の気を感じとり、身の内に取り込む。

 いつか出逢う、この身を捧げるべき相手を求め、姿を変えただけ。

 いまはその者の、願いを叶えるための具現化した存在としてここに在る──。

 己の身が空間に溶けて、たゆたうように心もとなく、なにものでもない存在となるような感覚と。

 愛しいと想う者が未だ見ぬ、自分本来の姿をその目にさらすという、一抹の不安におびえるように。

 その瞬間、双真はおのが身をぶるり、と、揺さぶってみせた。

 覆いかぶさっていた緋の衣が、背をすべり落ちる。

「かっ……」

 すぐ側で、瞳子が息をのむのが解った。のどの奥でうめくように発しかけた言葉。

 双真は、瞳子を見た。両手で自らの口もとを覆い、何かをこらえるように双真を見つめてくる。

 涙目の美しい容貌かおが自分に向けられているのが、妙にくすぐったかった。

(そうだ。瞳子は、オレが“神獣”に戻れたら)

 絶対、格好良いはず、と、言いきってくれていた。喜んでくれるのは、道理だ。

 瞳子、と、呼びかけた双真をさえぎり、瞳子が叫んだ。

「かっわいいぃーッ! なに、アンタ、ちっちゃ。可愛いんだけど! え? なんで?」

『瞳子……ちっちゃ、は、なかなかオレの自尊心をえぐる言葉なんだが』
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

コワモテ軍人な旦那様は彼女にゾッコンなのです~新婚若奥様はいきなり大ピンチ~

二階堂まや♡電書「騎士団長との~」発売中
恋愛
政治家の令嬢イリーナは社交界の《白薔薇》と称される程の美貌を持ち、不自由無く華やかな生活を送っていた。 彼女は王立陸軍大尉ディートハルトに一目惚れするものの、国内で政治家と軍人は長年対立していた。加えて軍人は質実剛健を良しとしており、彼女の趣味嗜好とはまるで正反対であった。 そのためイリーナは華やかな生活を手放すことを決め、ディートハルトと無事に夫婦として結ばれる。 幸せな結婚生活を謳歌していたものの、ある日彼女は兄と弟から夜会に参加して欲しいと頼まれる。 そして夜会終了後、ディートハルトに華美な装いをしているところを見られてしまって……?

暴君幼なじみは逃がしてくれない~囚われ愛は深く濃く

なかな悠桃
恋愛
暴君な溺愛幼なじみに振り回される女の子のお話。 ※誤字脱字はご了承くださいm(__)m

「ご褒美ください」とわんこ系義弟が離れない

橋本彩里(Ayari)
恋愛
六歳の時に伯爵家の養子として引き取られたイーサンは、年頃になっても一つ上の義理の姉のミラが大好きだとじゃれてくる。 そんななか、投資に失敗した父の借金の代わりにとミラに見合いの話が浮上し、義姉が大好きなわんこ系義弟が「ご褒美ください」と迫ってきて……。 1~2万文字の短編予定→中編に変更します。 いつもながらの溺愛執着ものです。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

異世界の花嫁?お断りします。

momo6
恋愛
三十路を過ぎたOL 椿(つばき)は帰宅後、地震に見舞われる。気付いたら異世界にいた。 そこで出逢った王子に求婚を申し込まれましたけど、 知らない人と結婚なんてお断りです。 貞操の危機を感じ、逃げ出した先に居たのは妖精王ですって? 甘ったるい愛を囁いてもダメです。 異世界に来たなら、この世界を楽しむのが先です!! 恋愛よりも衣食住。これが大事です! お金が無くては生活出来ません!働いて稼いで、美味しい物を食べるんです(๑>◡<๑) ・・・えっ?全部ある? 働かなくてもいい? ーーー惑わされません!甘い誘惑には罠が付き物です! ***** 目に止めていただき、ありがとうございます(〃ω〃) 未熟な所もありますが 楽しんで頂けたから幸いです。

人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている

井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。 それはもう深く愛していた。 変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。 これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。 全3章、1日1章更新、完結済 ※特に物語と言う物語はありません ※オチもありません ※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。 ※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。

処理中です...