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シイキ ゲン

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 俺たちはタイムマシンがある場所へと戻ってきた。ドーバ島には10日程いた事になるのだろうか。思えば、あっという間の出来事だった。

 タイムマシンの場所のすぐ近くには、天気を操作していたマシンが置いてある。このマシンはオートモードにして、このまま置いて帰るそうだ。

「——いよいよだな、ユヅル。何か言っておきたい事はないか?」

ゲンは右手をかざしてタイムマシンを出現させた。

「あるよ……本当は気付いて欲しかったんでしょ?」

 ゲンは何も言わず俺を見ている。きっと、俺の次の言葉を待っているのだろう。

「ゲンは、『リストバンドは利き腕の反対に着けろ』と言ったよね? なのに、ゲンは右手に着けている。——最初からずっと」

 俺は生まれたときから右利きだ。どこかのタイミングで左利きになるなんて話、俺は聞いたことがない。

「——いつ、気付いたんだ?」

「いつだろう……案外早かったと思う。だけど、使い慣れたら利き腕の方が使いやすいのかも、なんて思ったりもした。ゲンは食事は右手で食べていたしね。だけど、ホウクの城で何かを書いている時……使っていたのは左手だった。
——なあ、ゲン。アンタは一体、誰なんだ?」

「——タイムマシンの中でゆっくり話そう。起動するまでに少々時間が掛かる。まずは服を着替えてくれ」

 俺はタイムマシンの中に残していた、高校のジャージに着替えた。ジャージに重みを感じてポケットを探ると、バッテリーが切れたスマホが入っている。

 タイムマシンに乗り込む前に、もう一度ドーバ島を見渡した。

 澄み切った空気のせいと、明るい月のお陰だろう。遙か遠くまで見渡せる。北に見える微かな灯りは、ホウクの城がある場所だろうか。もしかして、ヨタカたちが夜通し会議をしているのかもしれない……

 そんな名残惜しい気持ちのまま、俺はタイムマシンに乗り込んだ。


「すまないな……最初から最後まで、黙っていた事が多くて。確か最初は、魔物の正体さえも黙っているつもりだった。でも、今から話す事に関しては……ユヅルが言ったとおり、気付いて貰えると思っていた。そう、いつか話すつもりでいたんだ」

 この島に来た時と同じように、ゲンは前の席に座っている。ゲンの表情は分からない。

「ずっと正体を隠すつもりじゃ無かったって事は分かった。——で、誰なんだアンタは」

「俺は……シイキ ゲンだ」

「おっ、おい! ふざけないでくれ!」

「……いや、すまんが本当なんだ。ただ、ゲンという字は……弦楽器の『弦』ではなくて、現代の『現』だ。椎木現……これが俺の本名だ。そして、この名前を付けてくれたのはあなただ。
——俺はあなたの息子なんだよ、父さん」

 ゲ、ゲンが俺の息子……!?

 急に父さんなんて呼ばれても、理解が追いつかない。頭の中でグルグルと思考が回り続ける。

「む、息子が本当だとして……な、なんで俺とこの島に来たんだ……?」

「俺は……父さんの事が大好きだったんだ。友達にも自慢するくらい、大好きな父さんだった。だから……若い頃の父さんに会ってみたかった。それが、一つ目の理由」

「ひ、一つ目?」

「そう、一つ目。二つ目は……父さんは早くに死ぬ。俺がまだ、6歳の時に」

「な、何で、それが二つ目の理由なんだ……?」

「父さんに長生きして欲しいからだよ。今回タイムリープした事で、新たなパラレルワールドが生成される。——父さんは事故死だった。少しでも運命が変われば、乗り越えられると信じてる」

「でも、それって……ゲンが生まれてこない可能性が高いんじゃないのか?」

「ああ、生まれてこない。例え母親が一緒だとしても、今の俺とは違う人間が生まれる……だから、次の世界では幼いゲンと、大好きな母さんを悲しませないで欲しい。それが、俺の願いだ」

 タイムマシンの『キューン』という甲高い音が大きくなってきた。もう、いつでもタイムリープ出来る状態なのかもしれない。

「な、なんで、最初は60年後の俺って嘘吐いたんだよ!?」

「ハハハ、いきなり息子が出てきても、俺との距離感が分からないだろうと思ったんだよ。自分自身なら、親近感も湧くんじゃないかと。
——そろそろ、出発するよ父さん。最高に楽しい時間だった……本当にありがとう……」

 この世界に来た時のように、タイムマシン内は白く光り、俺の意識が緩やかに遠のいていく。

 嫌だ……消えないでくれ、俺の記憶……

 少しでもいい、憶えていたい……

 クイナの事……アトリの事……そして、ゲンの事……
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