悪役令嬢ですが、前世で乙女ゲームは未プレイなもので!

席ゆづる

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▼サクラ咲ケ

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前世では大野智派だったな…と大樹に咲きみだれる桜たちをボンヤリ眺めながら視界を遮る黒髪をかきあげそうになる。

勿論、ヘアスタイルの乱れるそんな行動はしないのがお嬢様たるアリシアさんなので、ぐっと堪えて耳に軽く毛束を掛けるだけに留める。思えばアイドルというものも、全く髪型を崩していなかった。振り乱して踊る姿も見た気はするが、それはそれで、次の瞬間にはもとの髪型だった気がする。凄いことだ。女の子も、男の子も。美というものは、細心の注意を払われるべきものなのだろう。この桜が、幾重ものレイヤーによって描かれているように美しいのと同義なのだ。


…現実逃避というやつです。ごめんね。


今日、この日、ついに、私は、学園に入学してしまう。この檻に入ったが最後、学業を修めるまで、生徒としての本分を果たし続けなければならない。加えて、私は姫様の御学友として、恐く相当優秀でなければならず、しかし勉学ばかりをしているわけにもいかない。交友関係も将来的な社会性もとあれもこれも欲張りに過ごしていかなければならない。たとえ、それが私の性根に全く合わなかったとしても!


美しい顔を見るだけなら、家族絵を見ているだけで事足りるが、兎に角胸につかえたこの暗い澱みを綺麗にしたくて制服を着たまま庭園を占拠したもう大きな大きな桜の木を見詰めている次第なのだ。


昔より重みを感じなくなったベージュのペーパーバックのような本を捲る。

中に登場するひとびととの生活がいよいよ始まってしまう。どうにか最悪のエンディングを避け、家族と楽しい老後エンドを迎える為に、ひとつ気合を入れる。パンっと勢いよく本を閉じ、そろそろ時間かなと邸宅に向かって回れ右をすると、アレクシスがとても真剣な顔でこちらを見ていた。

その立ち姿はとても優美で、まるで桜の妖精なんではないかと美的センスにあまり自信の無い自分にさえ思わせた。


「アリシアちゃん、本当に行ってしまうの?やめない?行ってしまったら、もう僕では手が出せなくなってしまう…」

「仕方がないわ、アレクシス。これは、決まっていたことなのだと思う。」


今にも泣き出してしまいそうな儚げな弟の姿に胸が痛む。今生の別れでもないというのに、アレクシスは学園に私が行くことが決まってから酷く不安定だ。いや、眠り続けていた時から不安定だったのかもしれない。


「アリシアちゃん…どうしていつも僕を置いていってしまうの。待っていて欲しいのに、もどかしくて胸が苦しい…。」


アレクシスに、ただ学校に通うだけではないかと言うのは難しい。自分自身、断罪ルートという重いルート回避任務があるのだ。学校に通う、それだけでいろんなルートが絡み合っていくことになるだろう。それが分かっているだけに、揺れるアレクシスを宥める言葉が見つからなかった。


「出来るだけ早く帰るわ。そうしたら、学園のお話、アレクシスは聞いてくれる?」


もう高い位置になってしまった綺麗で小さな頭を撫でる。


「今日は入学式だから、きっと色々あると思うのだけれど、アレクシスは私の味方でいてくれるかしら…」

「そんなの決まってるっ!」


悪役令嬢は、入学式から大活躍予定だ。もしかしたら、今日から私の敵はどんどん増えていって、オセロのようにもう戻せなくなってしまうのかもしれない。そんな不安の声を感じ取ったのか、落ち込んでいたはずのアレクシスが怒ったように声を上げた。


「僕は会った時からアリシアちゃんの味方だし、これは一生変わらないし、誰が敵になっても味方になっても、1番の理解者は僕でありたいとずっと思っているんだよ。」


少し感動した。

冷たく燃える瞳がいたく真剣で、もう揺れていなかった。


「ん。ありがとう。」


じゃあ、そろそろ行かないと、と馬車に向かって歩き出すとアレクシスがエスコートしてくれた。

昔だったらはにかんでいる間に到着してしまっていただろう。彼にも6年の間に揺らぎだけではない成長があったのだ。


いざゆかん、戦場(学園)へ。

私はゆるゆる老後ルートを勝ち取るべく、馬車に乗り込んだ。

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