現代詩集 電脳

lil-pesoa

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印象に残っている女性三人 ③

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僕が高校二年生の時だ。
僕のクラスは三階建ての校舎の三階にあった。ある日の休み時間に廊下に出て、友達と窓を開けて下の中庭を見ながら話をしていた。

すると中庭を挟んだ向かいの校舎の三階、僕たちのちょうど真正面にあたる窓から女の子が二人、僕たちと同じように窓を開けて中庭を見ながら話しているのが見えた。

それでなんとなく嬉しくなった僕は、向かい側の彼女達に向かって大きく手を振った。すると彼女達も僕に気がついて、ケラケラと笑いながら手を振り返してくれた。

次の日も同じ休み時間に窓を開けてみると、昨日の女の子のうちの一人が窓を開けて空を見ていた。髪が肩のあたりまであって、毛先が内側に向かってふわふわとカールしている。制服の白シャツを腕まくりした袖から、細く白い腕が
伸びていて、手首には黒いヘアゴムを着けていた。この日も僕は彼女に対して手を振ると、彼女もまたそうするのを待っていたかの様に笑いながら手を振り返してきた。ただそれだけの事だったが、愉快な気持ちになった。

休み時間が終わり教室に戻ると昨日一緒に窓辺で話していた友達が声をかけてきた。

「お前今日も手振ってたんか?あっちの校舎の三階は、三年生のクラスやぞ。わかってんのか、先輩やぞ。」

僕を注意するような口調でそう言ってきたので、僕は「それがどうしてん」と言ってやった。
この日から三、四週間に渡って、僕と向こうの校舎の先輩との休み時間に手を振り合うだけの遊びをする関係が続いた。雨の日は窓を開けられないので、退屈だった。

季節は秋に変わり始めていて、三年生は受験勉強に必死の様子だった。
放課後も向かいの校舎は補習などで日が暮れる頃まで何やら特別授業のようなものをしているようだった。
そんな調子なので、例の先輩もだんだん窓辺に姿を見せてくれなくなっていった。

その頃には、僕が休み時間に窓辺に行ってヘラヘラと先輩に手を振っている事はクラスの男友達には周知の事実だった。ある日僕が窓を開けて、先輩が居ないのを確認して帰ってきた時、
「まあ受験やから、しゃーないわ。」と言って慰めてくる奴や、「おいこのままでいいんかあ。根性なしか。」と煽ってくる奴もいた。

「このままでいい訳あるか、俺はあの先輩の名前も連絡先も知らん、近くで顔を見た事もないんやぞ。」

と言って騒いでいると、友達の一人が「おい、向かいの窓に女の先輩おるぞ、出てきた。」と言ってきたので、急いで確認すると、本当にいつもの先輩が居て、僕に向かって手を振ってきた。
それを見た僕は急いで教室に戻り、制服を脱いで下に着ていた白のTシャツ一枚になり、「マジックペン貸してくれ」と叫んだ。
友達の一人が太いマッキーを持ってきて、「おい、どうすんねん」と聞いてきたので、「このシャツに、散歩をしましょう、ってデカく描いてくれ、そのメッセージを窓越しに伝える。」
と言うと、あほやなあ、と笑いながら僕の腹にメッセージを書いてくれた。

その後、近くにいた、ラグビー部で体の大きい太田という友達のところに走った。
「俺を肩車して、窓ん所に行ってくれ。」
「まかしとけ。」
二つ返事で太田が了承してくれたので、場は整った。
そうして白シャツにメッセージを書いて、友達の肩に乗った僕が窓辺に再登場すると、先輩は僕をその視界に捉えた瞬間、大いに笑い転げた。

一通り笑いおわると、彼女は僕の方に向き直って、窓の下をチョンチョンと指さした。
つまり、中庭で会おうという事だ。僕が肩車されたまま両手で大きく丸を作ると、彼女はこくりと頷いて、窓辺から去っていった。

急いで教室に戻り、太田と、ペンを貸してくれた岡本に礼を言った後、教室を出て中庭への階段を駆け降りていった。

その時の僕が中庭へと駆け降りていった階段の一段一段が僕の青春だったのだと、最近初めて気がついた。

階段を三段飛ばしで飛び降りた音や、窓から身を乗り出して様子を見ようとする友人達、向かいの校舎からコツコツと降りてきた彼女の、初めてはっきりと見た顔、その全てを今でも思い出す事ができる程印象に残っている。

中庭でその先輩と会った時、彼女と何を話したは覚えていないが、とにかく何の話でも、僕はしどろもどろで下手くそを極めていたに違いなかった。
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