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第1章 夏は終わる
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第1章 夏は終わる
おれのかあさんの言葉。
「いい、ショウ? おかあさんはもういなくなるけど、自分の使命を絶対に忘れちゃ駄目よ」
それは死ぬ間際の言葉。
顔から血の気は一切感じられず、呼吸も弱々しい。瞼を上げていることすらつらそうだった。
「ちゃんと覚えてる?」
「うん」
おれは頷いて、何百回も聞き、そして復唱させられた文句を口にする。
「おれたちの使命は『世界の中核』を壊し、世界を再生させること」
起伏のない機械的なおれの言葉に、かあさんはそう、と首肯した。
それでいいのよ、と。
「生きる希望を見失わないで。絶望なんて絶対にしては駄目。それさえ守っていれば、ショウが『夢幻病』に冒されることはないのだから」
それも何百回も聞いたことだった。
世界に絶望して、『夢幻病』に冒されて、おれたちを残して死んでいった馬鹿なとうさんのようになるな、と。
「おかあさんはね、ショウ」
かあさんはもう、ほとんど息をしていなかった。
声もすごくか細くて、ちゃんと耳を傾けていなければ聞き逃してしまうほどに、かあさんの言葉は弱々しかった。
「あなたをお腹に授かったとき、産むか堕ろすか、本当に悩んだの。この廃れた世界で、あなたが幸せになれるなんて、まるで考えられなかったもの」
戦争で大地が大きな傷を負って、夢幻病で人類の8割がいなくなって……。
かあさんの瞼は既に下りている。
何も映らない闇の世界で、かあさんは言葉を紡ぎ続ける。
「でもおかあさんは、ショウを産んだ。なぜだかわかる?」
「うん」
これも、もう何百回も聞かされ、復唱させられたことだった。
「まだこの世界にも希望はあるから」
そう、とかあさんは息を吐くように言った。
「『世界の中核』さえ壊せば、綺麗で、美しい世界にまた戻るから」
するとかあさんの閉じた瞳から、一筋の涙が滴った。
かあさんが見せる、最初で最後の涙。
「だから、あなたは生きなさい。生きて、世界を、救いなさい」
そうしてかあさんの呼吸は、静かに止まった。
「……………………」
眺めていた。かあさんの顔を、じっと眺めていた。
死んだのだ。おれを産んで、そして9歳になるまで育ててくれた、かあさんが。
感情が揺れることは特になかった。ただ淡々と、かあさんの死を受け入れた。
珍しいことではなかった。人が死ぬのはありふれた話で、人が生まれるのは今後ありえない、と聞いたことがあった。
おれはリュックを背負って、ひと月ほど住居にしていた建物を出ようとドアに手をかける。
「さようなら、かあさん」
最後にそれだけを言って、おれはかあさんを尻目に外へ出た。
この世界は嫌いだ。
以前、この言葉を口にしたらかあさんにひどく怒られた。
でも嘘じゃなかった。本当に、この世界のことが嫌いだった。
……違うかな。世界を好きになる、という感覚がわからなかった。
生きる希望を見失うな、とかあさんは言ったけど、その希望という意味もよくわからない。
希望を持つと、何が変わるのだろう。
世界を救えるというのか。
世界を救ったら、おれはこの世界を好きになれるというのか。
わからない。本当にわからない。
だからおれはきっと、この世界が嫌いだと思うのだ。
「……………………」
灰色の大地が広がる。
比喩じゃない。おれの視界に広がる光景を素直に表現した。
地面に帰化した廃墟。つまりは廃屋と廃ビルの群れ。
かあさん曰く、この街はかつて大きな都市だったという。
けれどおれが生まれるよりも前に、ここから数キロメートル離れた地点に核を撃ち込まれた。そのときの衝撃波がここまで達し、コンクリートの群衆を鋭く薙いだらしい。
残ったのは建物の残骸。ライフラインも完全に断絶され、10年以上経った今でも復旧されていない。
でも、これでもこの街はまだマシな方だった。
物心がついたときには、おれはかあさんと一緒に『世界の中核』を探して旅をしていた。
その道中で様々な街を見てきたけれど、大抵の街はもう、街の名残すら失った更地だった。ひどいところではクレーターのような爪痕が刻まれていた街もあった。
ただ、
「…………」
ただこれは、かあさんから聞かされた知識でしかなかった。
おれは『街』を知らない。街というのは、建物が密集している地域のことを指す、という知識でしか知らない。
人が溢れかえる街なんて見たことがない。そもそも、かあさん以外に動いている人なんてほとんど見たことがない。
人って、いつも地下で寝ているものなんでしょ、とかあさんに訊いたら、かあさんは悲しそうに笑って、首を振るだけだった。
おれが生まれてから9回目の夏。
太陽はちょうど真上。時刻は昼。
雲ひとつない晴天は地平線の遙か彼方まで続いている。日差しを遮るものはなく、おれの身をじりじりと灼きつけているようだった。
「さて」
これから何をすべきかを考える。
白状すれば、『使命』のことはよくわからなかった。『世界の中核』が何なのか、おれは何も教えられてないのだ。
どこにあって、どんな形をして、どれくらいの大きさなのか。
なにか具体的な物質を指すのか、あるいはどこかの地点なのか。
何ひとつ知らない。そんな漠然なものを探し出せと言われても、おれはどうすることもできなかった。
だからとりあえず、気の赴くままに歩こうと思う。
ずっと前から気になっていた場所があった。そこに向かって足を動かす。
汗が全身から噴き出る。リュックを背負っているため、肩と背中は蒸れてしまっている。
でも夏は大好きだから、それほど苦にはならなかった。
「あ……」
思わず声を漏らした。
潮風の香りが鼻をくすぐった。海が近い証拠だ。
おれの足取りは自然と軽くなる。
今まで2回しか見たことのない海。いずれもかあさんに引っ張られて長居はできなかったけど、今なら好きなだけ眺めてられる。
やがて堤防が見えてきた。階段は原型を留めておらず、瓦礫と化している。
手を使い、這うように堤防を登る。夏の日差しに晒されるコンクリートはすごく熱くて、痛かった。
手のひらに走る痛みと背中にかかるリュックの重みに耐え、ようやく登りきった。
そして目を奪われる。
どこまでも続く、広くて大きな海に――
「……ひと?」
――ではなく、ひとりの女の子に。
ここからじゃよく見えないけど、おそらくはおれと同い年くらいの女の子。
浜辺に座って、なにやらせっせと手を動かしている。すぐそばには水の入ったバケツ。
女の子の表情は真剣そのもので、どうやら遊んでるわけではなさそうだった。
おれは浜辺まで降りて、彼女に歩み寄る。
砂浜のため足音はほとんどせず、また彼女も作業に集中していたため、すぐ近くまで来てもおれに気がつかなかった。
「ねぇ」
声をかける。それでようやく女の子はおれに気づいた。
「だれ?」
警戒する様子はなく、立ち上がってお尻の砂を払うと、小首を傾げて訊ねてきた。
眠いのか、瞼が半分ほど下りている。
「おれはショウ。おまえは?」
「わたしの名前はナツ」
「おれ9歳」
「そうなんだ、わたしもだよっ」
同い年だと知ったからか、ナツと名乗った女の子は柔らかく微笑んだ。
眠そうに緩んだ瞳。肩にも届かない短い髪。薄地の白いワンピース。外見については特筆するほどのものはなかった。
とそこで、ふと気づく。
「……なんかおまえ、ぜんぜん焼けてなくねぇ?」
ワンピースを着ているのにもかかわらず、その体はまったく日に焼けていなかった。淡い肌色の手足がすらりと伸びている。
するとナツはなぜか照れくさそうに笑って、
「えへへ、ほめられちゃった」
なんてことを言った。
ほめたつもりじゃなかったんだけどな……。
そう思っていると、ナツは「くあぁ~」と大きなあくびをした。
「眠いのか?」
「うん、ちょっとね」
目をこすりながらはにかむナツ。
そんな彼女を見て、素直に思った。
「かわいいな」
「…………え?」
ナツは目を丸くさせると、熱気とは別にみるみる頬が朱に染まっていった。
視線も慌ただしくなる。
「な、なに、いきなり……?」
「いや、ナツがかわいいって思ったからさ、そう言っただけ」
「そ、そうなの?」
「うん」
「……えと、ありがとう」
そう言って、なにやらもじもじと両手の指を絡め始めた。いきなりかわいいと言われて戸惑いつつも、やっぱり喜んでるみたい。
そんな仕草がやっぱりかわいらしく、おれの顔は無意識に綻ぶ。
同い年の人に会うのは初めてだった。というか、自分より年下の人なんか見たことがなかった。
この世界で新しく子どもを産もうとする女の人は、もうほとんどいないから。
だから同じ目線で話ができるのが嬉しかった。
反面、ナツはそのような感慨は覚えていない様子。もしかしたら、この辺りには年齢の近い人がいるのかもしれない。
とそこで、ナツがなにかを意を決したように拳を握った。
「そ、その」
「その?」
緩い瞳が少し引き締められ、けれど恥ずかしがっているような曖昧な視線をおれに向ける。
やがてのどで立ち往生させていた言葉を発した。
「シ、ショウくんもかっこいいよ!」
「んなっ!?」
一瞬で鼓動が高鳴った。
「目つきがするどいし、服はぼろぼろでワイルドな感じだし」
「やめろ、そんなことを言うなっ」
言われてる意味はよくわからないけど、なんだか妙に焦る。
初めて言われたから、と信じたい。
「あ、ショウくんの顔、まっかっかだよ」
「なにっ」
お、おれとしたことが、まさかこんなことで……。
もしかして、これが照れる、ということなのだろうか。
「ま、まぁそれはともかくとしてだな」
「てれ屋さんなんだねっ」
「………………」
まずい、なんて言い返したらいいかわからない。
落ちつけ。落ちつくんだ、おれ。
おれはクールなんだ。いや、クールを目指してるんだ。そう簡単に動揺しちゃいけない。
「ん?」
ナツの手が砂にまみれていることに気がついた。
視線を彼女の足下に降ろすと、そこには泥だんごのような塊。
「そういやさ、ここでなにしてたの?」
おれの視線に気づいたナツは、足下の泥だんごを拾い上げると、眠そうな瞳を緩やかに細めて、言った。
「あのね、砂だるまを作ろうとしてるの」
「……初めて聞いた」
雪だるまなら知ってるけど。
「ほら、砂浜でお城を作るのはよくあるでしょ?」
うん、と頷く。
実物は見たことないし、自分で作ったこともないけど、知識としては知っている。
「でもお城は、生きてないもん。だからね、生きてるのが作りたいな、って」
「…………」
冗談を言っている様子はなかった。
むしろちょっと恥ずかしそうにしていることから、本気で言っていることが窺える。
おれは軽く嘆息。
それからごく当然の疑問を口にした。
「雪だる……いや、砂だるま? それなら命が宿るとでも言うのか?」
それにナツはクスっと笑って、
「そんなの、やってみなきゃわからないじゃない」
どこか誇らしげに、そう言った。
おれは言葉を失う。
それはやってみなきゃわからないと言いながらも、その語気には確信が込められていた。
砂だるまを作れば、命が宿るのだと、そう信じていた。
「普通はありえないってわかってる?」
意地が悪いとは自覚しつつも、釘を刺してみる。
するとナツは、
「たとえそうでも、なにごともやってみなきゃわからないもん」
「うん、まぁそうなんだけどさ」
「ほら、ショウくんだって認めちゃった」
たじろぐことはなく、ただただ笑って言い返してくる。
おれはそんなナツを訝るどころか、清々しい印象さえ受けた。
「あのさ」
バカなやつだ、とは思った。ちょっと頭おかしいんじゃないか、とも疑った。
でもそれ以上に、期待と好奇心が勝った。
「なに?」
首を傾げるナツに、おれは訊ねた。
「おれも手伝っていいか?」
ありえないとは思う。
けれど、ナツはなぜか、砂だるまに命が宿ることを信じている。
どのみち他にやることもないわけだし、その結末を見届けたいという気持ちだった。
それでもし、砂だるまに命が宿らなかったら、笑ってやるつもりだった。
ナツは半分下りていた瞼を持ち上げ、その瞳を見開いた。
「いいの?」
申し訳なさそうに、上目遣いで問い返してくるナツ。
おれは迷うことなく、快活に頷いてみせた。
やっぱりナツはバカかもしれない。
心の中で人の悪口を言うなんて、性格が悪いと言われても反論の余地はないだろう。
「ナツ」
「んー?」
間延びした返事をして、眠そうな瞳をこちらに向けた。
まずはナツに砂だるまを作る手本を見せてもらっていたおれは、半ば呆れながらこう言ってみせた。
「おまえ、バカだろう」
予想通り、ナツは「えっ、えっ?」と動揺し始めた。
おれは基本的に思ったことは口にするタイプだ。そうかあさんに育てられた。
「んと、なんでバカなの……?」
目を伏せ、怯えたような表情でおれの顔を見上げて訊ねてくる。
偶然だろうけど、それは上目遣いのようになっていた。
バカだろう、と言っておきながら、そんなナツが不覚にもかわいいな、とか思ってしまった。
「かわいいな」
言ってみた。
「え……えぇぇええっ」
うわずった声を発しながら両手で頬を覆う。指の隙間から朱に染まっているのが見えた。
「な、なに? バカって言ったり、かか、かわいいとか言ったり」
また上目遣いだ。
もう一回かわいいって言ってみようか。いや、そろそろ話を進めることにしよう。
「まぁそれはともかく。おまえさ、砂だるま作りたいんだろ?」
「そ、そうだよ。見ててわかったでしょ」
うん、とおれは頷いた。
「よくわかったよ。おまえがバカだってことに」
「だからなんでっ」
「……はぁ」
「ためいきなんかつかないでよ!」
そう言うけど、ため息だってつきたくもなる。
「あのさ、雪と砂って性質がぜんぜん違うんだよ?」
「それくらいわかってるよっ」
「だったらなんで雪だるまと同じ要領で作ろうとしてるんだよ」
その問いに、ナツは「え、ダメなの?」とでも言いたげに小首を傾げた。
はぁ、ともう一度ため息。
「まず泥だんごを作るのはいいと思う。雪だるまだって、最初は拳くらいの雪玉を作るもんな」
不満そうな表情でナツが頷く。
「でもさ、それをここで転がしたって、いつまで経ってもでかくならないぞ?」
「……そうなの?」
ナツの表情が一転。
不満げな顔から不安げなそれになった。
「そうだ。砂の上でいくら転がしても、だんごの表面に砂が付着するだけだろ」
その光景を見たとき、「……まじで」と思わず呟いてしまったくらいだ。
「おまえ、今までずっとその方法で作ろうとしてたのか?」
半眼で訊ねると、ナツはややたじろぎ、おれから目を逸らして答えた。
「う、うん」
「で、いつまで経っても完成しなかったんだろ?」
「うん……」
しょんぼりと目を伏せるナツ。
むぅ……。
「ちくしょう、かわいいじゃねぇか」
こんな顔をされちゃ嫌でも罪悪感が湧いてしまう。
「え、なんて?」
「いや、なにも」
つい口にしてしまった言葉を誤魔化して、この方法では完成しないことをナツに説明した。
どうにか納得してもらい、水で塗り固めながら少しずつ大きくしていくことにした。というか、他に砂だるまを作る方法があったら教えて欲しいくらいだ。
「よし、やろっか」
おれは近くにリュックを置いて、ナツと一緒に作業にとりかかった。
ここは浜辺。砂はいくらでもある。
すぐそばには海。水だっていくらでもある。
まずは泥だんごを作って、少しずつ周りを砂で覆いつつ、水をかけて固める。
単純だけど、意外に難しい作業だった。
砂浜の砂は粒子がものすごく細かく、つまりはあまりにも脆かった。だんごにしたところで、わずかにでも力を入れすぎれば簡単に崩れてしまう。
顔くらいの大きさが限界だった。それ以上に大きくさせようとすると、だんご自体が重みに耐えられなくなる。
めちゃくちゃ太った人が、自分の体重が重すぎて立っていられない……こんな感じなのかな。
ぎらぎらした日差しに照りつけられ、額から溢れ出る汗が止めどなくあごから滴り落ちる。
それでもナツは諦めず、休憩を挟むことなく何度もやり直していた。瞳こそ眠そうに緩んでいるものの、その表情はやはり真剣そのもので、遊んでるわけではないのだと改めて思い知った。
なんでだろう、と疑問は抱いた。
どうしてこんなにも必死なんだろう。
ただ興味はなかった。ナツがどうしてここまで頑張るのかは、正直に言えばどうでもよかった。
でも、休憩すらとらないのだ、次第に気になり始めていた。
だから訊いてみる。
「なぁ、どうして砂だるまを作ろうと思ったんだ?」
するとナツはきょとんとした表情で顔を上げた。
「だから、お城じゃ生きていてないからだよ」
「そういう意味じゃなくて、砂だるまを作ろうと思ったきっかけだよ」
そこまで言って、ようやく得心したようだった。
「ふふ」
不意に、ナツが笑みをこぼした。不敵な笑み。
瞬間、ざわっと空気が蠢いた気がした。
それはね、とナツは砂まみれの手を胸に当てる。口元が吊り上げられる。
その姿はどこか勇ましく、これから発言することを誇りに思っているようで。
「っ」
おれは圧倒される。無意識のうちに生唾を飲んだ。
緊張しているのがわかる。これから発せられるナツの言葉に、心の中で身構えている。
おれはクールな性格だと自負している。大抵のことでは動じない自信がある。
だけど、今のナツの表情を見て、少しばかり心が揺らいでいた。
それほどまでに、ナツの表情から高圧的なものを感じた。
「わたしね……」
そしてナツは、眠そうな瞳とは不似合いな口調で、高らかに言った。
「雪だるまがだいすきなの!」
「……………………!」
重い、一撃だった。なんとか堪えられたけど、少しでも気を抜けば負けていた。何が勝ちで何が負けなのかはともかく。
けれどもおれは、返す言葉が見つからなかった。そういう意味ではおれの負けなのかもしれない。
だって。
だってそれは、
「…………へぇ」
としか言いようのないくらい、ものすごく平凡で、何の変哲もない動機だったから。
「へぇ、って、それだけ?」
ナツにとっておれの反応は不満だったらしく、眠そうに緩んだ瞳で見つめてきた。
おれは特に考えもせず頷く。
「そう、それだけ」
「……そっかぁ」
しょんぼりしてしまった。視線を足下に落とす。
なんだろう、おれが驚愕することを期待していたのだろうか。残念だけど、おれのキャラを考えるとそれはありえないな。
「雪だるまが好きなのはわかった」
話を戻す。
ナツは表情を戻して、眠そうな緩い眼差しをおれに移した。
「だったらさ、冬を待って、雪が積もってから作ればいいんじゃねぇの?」
ごく当然のことを言ったつもりだった。
でもナツは、悲しそうに笑って、また視線を落とした。
「ダメなの」
「なに?」
「冬ね、来ないの」
「……なんだって?」
おれは眉をひそめる。
意味がわからなかった。冬が来ないはずがない。
ここは日本だ。所々に穴が空いて、人がものすごく減って、国中が廃墟と化してしまったみたいだけど、ちゃんと四季は訪れる。
実際、今までおれは肌で体験してきた。
「来ないの」
ナツはそう繰り返す。
「……来ないんだよ」
「っ!?」
息を呑んだ。
一瞬、ほんとに一瞬だけ、ナツが消えた気がした。
か細くて、今にも消え入りそうな声だった――というわけじゃない。
ほんとうに、ナツを見失った気がした。
もちろん、ただの気のせいだと思うけれど、おれは本気で悪寒を覚えた。
「冬だけじゃない。秋だって来ない。だから、春も来ない」
依然として意味がわからない。
そんなはずないだろ、と否定したかった。それなのに、おれの口はパクパクと動くだけで、声を発することができていなかった。
「夏だけなの」
そう言って、ナツは伏せていた顔を上げた。
そして明らかに作りものの笑顔で、唇を動かした。
「だから、砂で雪だるまを作るしかないの」
それ以上のことは何も聞き出せなかった。
声が出せるようになってすかさず訊ねたけど、ナツは悲しそうに笑うだけで答えなかった。
あまりしつこくするのも気が引けたからとりあえずは保留にした。
その代わり……というわけではないけれど、砂だるま作りをしながらナツの話を少しだけ聞けた。
ナツはこの街で生まれ育った。
街から出たことはなく、出たいとも思っていない。
ナツの両親を含め、街の大人はみんな夢幻病に冒されたらしい。つまり、この街には大人がいないのと同義だ。
だからナツはずっとひとりだったのかと訊ねたら、意外にも首を振った。驚くことに、この街には同年代のともだちがたくさんいるという。
さすがに信じられなかった。おれはこの街にしばらく居るし、それに『世界の中核』を探すためにある程度は街を歩いている。その際に誰も見かけることはなかった。
だけどナツは「それがいるんだよっ」と嬉しそうに言うもんだから、信じざるを得ないようだった。
砂だるま作りは夏になってから始めたらしく、今日はたまたまひとりだったけれども、普段はたくさんのともだちとやっているらしい。
……うん、やっぱりにわかには信じ難いな。
「くぅう~」
ナツが大きなあくびをしたところで、もう日の入りが近付いていた。
痛いほどの日差しはトゲを潜め、水平線の向こう側に帰ろうとしていた。
結局、砂だるまはまったく進展なしだった。
「これじゃ雪だるまみたいに作るのと変わらないな……ごめん」
自分で出した案にナツは昼からずっと実践してくれたのに、成果が出なくておれは申し訳ない気持ちでいた。
けれどナツは責めようとはしなかった。
「ううん。ショウくんのおかげでここまで大きくなったんだよ、大成長だよっ」
緩い瞳を細めて、顔サイズほどの塊を掲げた。
その表情はほんとに満足そうで、眺めているだけでおれの罪悪感が薄れていくようだった。
それならよかったよ、と言いながらリュックを背負った。
「じゃあそろそろ行くな。寝床を探さなきゃいけない」
「ねどこ? お家はないの?」
「根無し草なんだ。親もいないしさ」
今日いなくなったことは黙っておく。
ナツも実質的にはいないから、「そっか」とだけ呟いて深追いはしてこなかった。
「ナツはまだ帰らないのか?」
「んー、もうちょっとだけいるつもり」
「そっか。じゃあまた明日な」
「うんっ、今日はありがと!」
明るい声を聞き届けて、ナツに背を向けて砂浜をあとにする。
眠そうに緩んだ瞳。肩にも届かない短い髪。薄地のワンピース。
そこまで印象に残るようなものはないんだけど……なんだろう。
おれが初めて出会った同年齢の女の子は、違和感というか、ちょっと不思議な存在感を漂わせていた。
ナツと別れてから5分ほどで新しい住処を見つけられた。
1階建ての小さな家で、壁や天井には多くのヒビが生じている。
床はほこりとすすで埋め尽くされてるけど、雨風を凌げるのであれば大した問題じゃない。
東側に窓があるのが気に入った。起きるときに朝の日差しを浴びるのは気分がいい。だいぶ暑いけど。
おれは地面にあぐらをかいて、リュックからふたつの瓶を取り出した。
それぞれに灰色と水色の、豆粒大の錠剤のような乾物が入っている。
薬じゃない。食事だ。
茶色の方は完全栄養補給食品。これを1日2粒摂取するだけで生きていける。満腹感も得られるようになっていて、朝に摂れば夜までお腹が空くことはない。
元々は非常食として開発されたらしいけど、その利便性から戦争前にはサラリーマンの強い味方だったとか。
水色の方は飽和維持水分食。体内を潤す成分が凝縮されていて、これも1日2粒摂取すれば水分が枯渇することはない。もちろん、今みたいな夏は3粒ほど必要になる。
のども常に潤うようになっていて、開発当時は革命的だと騒がれたとか。
「ん……」
1粒ずつ瓶から取り出して、一緒に飲み込んだ。
料理というものが戦前はあったみたいだけど、おれは見たことがない。
かあさん曰く、いい香りがして、とても美味しいと言っていたけど、おれにはその美味しいという感覚がわからない。だから「料理してあげられなくてごめんね」って謝られたときも、なにを謝られたのかよくわからなかった。
そしてかあさんがいなくなった今、その料理とかいうのは二度とお目にかかることはないだろう。
「…………」
そう、かあさんはもういない。
今日の出来事だ、かあさんがいなくなったのは。
はっきりとした死因はわからなかった。前兆のようなものも感じなかった。
ただ、かあさんがいなくなって、悲しいとは特に思わなかったし、驚きもしなかった。
だってこの世界はもう、どんどん人が減っていくだけなんだから。
増えることはない。ほとんどの人が夢幻病に冒されて、誰も新しい命を作らない。
だからかあさんが死んだのも、自然の摂理でしかないのだ。
おれもいつかは死ぬ。ナツだって死ぬ。
そうしてこの世界も、やがて死んでいくんだ。
翌日。
目を覚ましたおれは完全栄養補給食品と水分飽和維持食を1粒ずつ飲み込んで、リュックを背負い、軽快な足取りで早速浜辺に向かった。
外に出ると、あっという間に全身から汗が噴き出てくる。今日も絶好調に真夏日で、雲ひとつない青空が眺めていて爽快だった。
昨日と同じように手を使って堤防を登る。
もうナツは来ているだろうか。
そう考えながら堤防を登りきって、
「……………………」
唖然とした。
信じられない光景が浜辺に広がっていた。
ナツが笑っている。無邪気に、幸せそうに笑っている。
そのナツを囲うように、たくさんの子供がいた。みんなおれと歳が同じくらいだった。
「こんなにともだちいたんだ……」
視認できるかぎり20人。みんな楽しそうに笑っている。
ひとりでも十分驚いただろうけど、ここまで多いと逆にそんな気も起きなかった。
おれは堤防を降りて、その輪の中に身を投じる。
「……?」
とそこで、ふと違和感を覚えた。
誰もおれに見向きしなかったのだ。おそらくはみんなこの街の住人だろうから、おれは新参者というか、部外者的な位置に置かれるはず。
だから怪訝な視線を向けられるのを覚悟していたんだけどな。
おれは疑問を抱きつつも、まずはナツに声をかけようとして、
「ナ――」
思わず止めてしまった。
ナツは笑っている。無邪気に、幸せそうに笑っている。
でもその笑顔は、誰にも向けられていなかった。
これだけたくさんのともだちに囲まれているというのに、ナツは孤立しているように見えた。
誰かと笑い合っているわけではなく、その無邪気な笑みは、まるで行き場を無くしたようにふわふわと浮遊していた。
「よう」
おれは咳払いをして、改めて話しかける。
相変わらず眠そうに緩んだナツの瞳がおれを捉えた。
「あ、おはよう。今日も来てくれたんだねっ」
「約束したからな」
言って、周りに視線を巡らした。
「こいつらがナツのともだちか?」
訊くと、ナツは快活に頷く。
「今日はみんな来てくれたのっ。あのね、昨日はショウくんがいたから、ちょっとケイカイしちゃったんだって」
「警戒?」
「うん。わたしもよくわからないけど、そう言ってた」
そう言ってた、か。ということは、会話したということだ。
孤立していたように見えたのはおれの気のせいだったのか……?
「あのさ、おまえ孤立してなかった?」
気になったことはすぐに訊く。それがおれのポリシーだ。
「こりつ?」
ナツはほんとにわからないといった表情で首を傾げた。
やっぱりおれの気のせいだったのだろうか。
あと警戒ってなんだろう。おれがこの街の人間じゃないから、部外者として警戒したってことなのかな。
いやでも、昨日おれがここに来たのは昼だった。今日は朝からいるのに、昨日はおれが来るってことを警戒してここに来なかったってことは、まるでおれがここに来ることを事前に知っていたみたいじゃないか。
矛盾、ってほどじゃないけど、なんか腑に落ちないような……。
「んー」
もう一度周りを見回す。
「あははは」
男女はちょうど半分ずつくらい。
「ふふふ」
5人がバケツを持っていることから、砂だるま作りを手伝ってくれるのだろう。
「へへっ」
笑い声の絶えない、賑やかな雰囲気。
「…………」
それなのに、とても心地よいとは思えなかった。
なんとなく、笑い声が機械的というか、あまり感情が込められていないというか。
今までこんなにたくさんの同年代と一緒になったことがないから、単に慣れてないだけなのかな。
「……っ!?」
いや違う。
おれは気づいた。
「おい、ナツ」
「なに?」
「こいつら、会話してなくねぇか?」
それが違和感の正体だった。
「あははは」「ふふふ」「へへっ」
そうやって笑ってるだけだった。
会話は一切なく、ただただ笑い声が響いていただけだった。
それに気づいた途端、この光景がとても不気味なものに思えてきた。
「そんなことないよ?」
「え……?」
「みんな、ちゃんと話してるよ」
それなのに、ナツはあっさりと否定する。
「してねぇだろ、ほら」
「あははは」「ふふふ」「へへっ」
笑い続けている連中を指さした。
「あ、そういうこと」
するとナツは柔らかく微笑んで、緩んでいる瞳をさらに緩めた。
「えっと、確かにわたしたちみたいにおしゃべりはしないけど、でもほんとにお話はしてるんだよ」
「……つまり、言葉は交わさなくても意志の疎通は図れるってことか?」
「いしのそつう? えと、ちょっと難しくてよくわからないけど、たぶんそんな感じ」
苦笑しながら曖昧に頷くナツ。
「まったく信じられないな」
自分の気持ちを素直に言葉にした。
会話をせずにコミュニケーションをとるとか、そんなのありえない。
いや、そりゃ会話以外にコミュニケーションを図ることはできるけど、でもただ笑ってるだけじゃさすがに無理だろう。
「あははは」「ふふふ」「へへっ」
依然として笑い続けている。
これでなにかしらのやりとりをしているのなら、とても人間とは思えない。
「みんな、聞いてっ」
「…………えっ」
驚いた。
ナツがみんなに呼びかけると、みんな一斉に彼女に首を動かしたのだ。
「もうみんな知ってると思うけど、この子、ショウくん。あのね、砂だるまを作るいい方法を知ってたんだよっ」
「知ってたというか、思いついたというか」
「それでね、昨日はこんなに大きくできたんだ」
言いながら両手で顔ほどの円を宙に描いた。
それから雪だるまのように作るのではなく、水をかけながら塗り固めていく方がいいということを説明した。
みんな笑っていて、話を聞いてないようにも見えるけど、どうやら耳を傾けてはいるようだった。だからだろう、ナツは実演を交えて必死に講義している。
そして最後に柔らかく微笑んで、
「それじゃ、今日はみんなでがんばろう!」
それはほんとに、普通にともだちと接しているような姿で。
ナツがそうやって自然体で振る舞うものだから、なんだかおれがおかしいのかとさえ錯覚してしまう。
さらに驚くことに、みんなナツの言うとおりに動き出したのだ。
4人くらいでチームを組んで、それぞれが散らばってまずは泥だんごを作り出した。
そんな光景に呆然としていると、ナツがおれの服の裾を引っ張ってきて、
「それじゃ、わたしたちもやろう?」
小首を傾げながら微笑みかけてくる。
「やっぱおまえ、かわいいな」
「えぇっ!?」
不意に言われ、肌色の頬があっという間に赤くなる。
「そ、そういうショウくんだってかっこいい!」
「ぐっ!?」
このやろ、照れ隠しのために反撃してきやがったなっ。
いやしかし、おれはクール。つまりは冷静沈着。
動じないぞ。これくらいでおれの心を揺るがすなど笑止!
「ありがとう。かわいいおまえに言ってもらえて光栄だ」
「…………へ? あ、あ……はわわ……」
ナツの言葉を利用した絶妙なカウンターだ。
どうやら効果絶大だったらしく、なんだか足元が不安定になっていた。
勝った、と心の中で拳を握りつつ、気を取り直してもう一度みんなを見遣る。
「あははは」「ふふふ」「へへっ」
会話はなく、ひたすら笑い続けるナツの友達たち。
不気味で意味不明な連中だけど、砂だるま作りを手伝ってあげてることから、悪い人たちじゃないのかもしれない。
「あははは」「ふふふ」「へへっ」
……たぶん。
昨日と同じ失敗を繰り返さないためにも、今日はちょっとだけ工夫を凝らしてみた。
自分の重みに耐えられず崩れるということは、要するに強度が弱いことを意味する。
だから周りを塗り固めていく際に、とにかく力を込めるようにした。そうすることで密度が高まり、強度が飛躍的に伸びた。
ナツとふたりで黙々と作業を続けた結果、昼を過ぎた頃には1メートル近くまで達していた。
胴体部分だけでナツの首あたりまである。
でかくしすぎたか、と危惧したけど、ナツにとっては嬉しかったらしく、
「すごいね、こんなに大きくなった!」
無邪気な笑顔を弾けさせていた。
それだけで達成感が心を満たしていく。
「くぁあ~」
一区切りついて気が抜けたのか、ナツか大きなあくびをした。
砂まみれの手で目をこする。
「ちょっと休憩するか」
「うん、そうだね」
おれがその場で腰を下ろすと、ナツも同じように座った。すると砂だるまの胴体がさらに大きく見え、「ほんとに大きいねぇ」としみじみ呟いた。
おれは相づちを打ちながらみんなを見渡す。
相変わらず奇怪な笑い声を上げながら砂だるま作りに励んでいる。こんな言い方は失礼かもしれないけど、みんな意外にも息が合っていて、おれたちと同じくらいの大きさの胴体部分が5個できあがっていた。
「意外だなー」
「え、なにが?」
「あいつら、変なのにちゃんと砂だるま作れてる」
「そ、それは失礼だよ」
「いや、変だろ。だってずっと笑ってるんだぞ?」
きっぱりと断言してやると、ナツは眉をひそめて唇を尖らせた。
「わたしはいいと思うけどな」
「どうして」
「だって笑ってた方が、しあわせな気持ちになれるもん」
「…………」
少しだけ、ナツが泣きそうな顔になった気がした。
「あははは」「ふふふ」「へへっ」
あんな笑い声でも、こいつは幸せな気持ちになれるというのか。
あんな無機質な笑い声でも、こいつは笑顔に囲まれたいというのか。
わからないな。
もし悲しみを誤魔化してるのだとしたら、それは大きな間違いだ。誤魔化しでは根本的な解決にならない。
受け入れればいいのだ。どんなに悲しいことでも、受け入れることさえできれば、悲しみはそこまでやってこないものだ。
「ふぅ」
ちょっと湿っぽい空気になってしまった。
おれは語気を明るくして、空気の入れ換えを試みる。
「ところでさ、ともだちにも手伝ってもらってることは、たくさん砂だるまを作りたいのか?」
そう訊ねると、ナツの表情が一転して緩んだ瞳を輝かせた。
「うんっ、いっぱい作りたいんだっ。最低でも20個!」
「そもそもなんで雪だるまが好きなんだ?」
「え? えーとね」
ここでナツは一拍の間を置いて、
「わたしと同じだからだよ」
そう、悲しそうな笑顔で言った。
「は? 同じって?」
「もう、そんなこときかないでよ」
おれの質問をはぐらかすと、ナツは素早く腰を上げた。
「きゅうけいおわりっ。つづきやろ?」
無邪気な笑みで作業の再開を促してくる。
とりあえずは従う。今度は頭部の部分を作りにかかった。
でもやっぱり、ナツの言葉が頭から離れなかった。
『わたしと同じだからだよ』
その意味をすかさず訊いても、ナツは答えたくないようだった。
だから無理に問いだそうとは思わないけど……。
そんなふうに考えていたら、
「あーっ!」
ナツの悲鳴のような叫び声が上がって、おれは思考を中断した。
夕方になった。なんだかあっという間に一日が過ぎた気がする。
オレンジ色の西日を浴びながら、おれは苦々しく呻いた。
「結局、今日も進展なしか……」
「そんなことないよっ、すごく大きく作れるようになったじゃない!」
「でも、それを形として残せなかったら意味ねぇだろ」
「そ、そうだけどぉ……」
1メートル近くあった砂だるまの胴体は、無惨な残骸と化していた。
崩れたのだ。滝のように勢いよく。
理由はおそらく、水気が乾いたことによって強度が低下したのだと考えられる。
力を込めて塗り固める、という方法そのものは悪くなかったはずだ。
でも密度を高めるということは重さも増えるわけであって、砂だるま自体にかかる負担も増えるということだった。
それが補強剤代わりだった水が蒸発して、自分の体重に耐えられなくなった、と。
その後も何度かやり直してはみたけど、最後に残ったのは残骸だけだった。
「クソ、今日中に完成させるつもりだったんだけどな」
「ショウくんがそんなわるく思わなくていいよぉ。もともとはわたしが作ってたんだし……」
「でも手伝いを申し出たのはおれだ。それで完成させなきゃ、無責任な奴になる」
「そ、そんなのにならないよ!」
「だから。そうならないように、どうすればいいか今考えてる」
「え……?」
手を口元に添えて考えていると、服の裾を引っ張られた。
気づくと、ナツが上目遣いでおれを見ていた。
「どうしてそこまでしてくれるの?」
「どうして? おれが手伝いたいからだ」
「その理由を訊いてるんだよ」
ナツを手伝っている理由か……。
きっかけとなったのは、砂だるまなら命が宿るとかいう、ナツの狂言じみた言葉を聞いたからだ。
でも理由とはちょっと違う気がする。
なんだろう、どう答えればいいのかわからない。
「ねぇ」
おれが黙ってるから不安になったのか、ナツが少し怯えているように見えた。
でも上目遣いなのは変わってないから、むしろその表情は愛おしくも思えた。
だからこう答えることにした。
「ナツがかわいいから」
「え……」
「ナツがかわいいから」
「あの……」
「ナツがかわいいから」
「シ……」
「ナツがかわいいから」
「だ、だから……!」
「ナツがか――」
「もうやめてぇぇぇぇええええええええっ!?」
ナツの絶叫。
顔はこれ以上ないくらいに真っ赤。呼吸も浅い。
明らかに取り乱していた。いやまぁ、おれが意図してやったことだけど。
「そんなつづけて言わないでよ!」
「ほんとのことだからいいだろ」
「よくないよっ」
ほんとにかわいいな。
照れ具合が半端じゃない。
「だったらわたしも言ってやる!」
「ん?」
「ショウくんかっこいい!」
「なにぃ!?」
こ、こいつ、おれの唯一の弱点を的確に突いてきやがった……!
「ショウくん、すごくかっこいい!」
耐えろ。耐えるんだ、おれ。
「ショウくん、さいこーにかっこいい!」
おれはこれくらいじゃ動じない!
「かっこいい! かっこいい、ショウくん!」
おれはクールだ。いや、おれこそがクールなんだっ。
「いよっ、このいろおとこ!」
クールたれっ、クールたれっ。
「ショウくんのかっこよさはてんじょうてんげゆいがどくそん!」
うぉぉぉぉおおおおおお…………。
「えと、あと……」
「…………」
「あー、うぅ……」
「…………か、勝った」
ナツに聞こえないほどの小さな呟きが漏れる。
言葉を選び出した時点で、おれの勝利は確定したようなものだ。
「ナツ」
「え?」
「そうやって必死に褒めてくれるおまえが1番かわいいよ」
「はぅっ!?」
ちょっと気障だとは自覚している。
でもこれで、この不毛かつ醜い争いに終止符が打たれるはずだ。
「そんな真っ赤な顔で言われても説得力ないもん!」
「うぐっ……」
さ、さすがに顔の紅潮までは抑えられなかったか。
だけどそれは大した問題じゃない。大丈夫。
「動揺しまくってるナツに言われたくないな」
「うぅ……」
ナツが口をつぐむ。
しばらく「うー」とか「あー」とか悶え、なにか言おうと口を開きかけて、結局はなにも言わずにまた口をつぐむ。
この動作を3回ほど繰り返したところで、ついに観念したように頭を垂らした。
「あうう……。なんかショウくん、同い年とは思えないほどすごくおとなっぽい」
「おぉっ!」
光栄だ。クールたるおれにとって最高の褒め言葉じゃないか。
「ちょっと子どもっぽいところもあるけど」
「……………………」
どうやらまだまだ修行が足りないようだった。
まぁいいか。話を戻そう。
「ま、そんなような理由だよ、砂だるま作りを手伝ってるのは」
そう言うと、ナツはいまいち要領を得ない、けれど嬉しそうに、
「そっか……うん、ありがと」
とびきりかわいい笑顔になった。
そこから2週間は驚くほどに早く流れた。
その理由としては、砂だるま作りの解決法が思い浮かばず悶々としていたのもあれば、単純にナツと一緒にいる時間が楽しいというのもあるだろう。
ただただ笑い続けている連中にもだいぶ慣れた。
そしてさらに2週間が流れ、もうほとんど使われていない暦の上で9月の中盤にさしかかった頃。
ようやく解決法を発見した。
塗り固める際に使っていた水をオイルにしたのだ。
工場跡から運んで使ってみると、水とは比べものにならないほど強力な接着力を発揮してくれた。
結果、作業効率が格段に上がった。この調子で行けば、なんとか夏が終わる前にナツの目標である20体は作れそうだった。
楽しい時間だった。
いつしかおれは、いつも眠そうに緩んでいるナツの瞳を見ることに、些細な幸福感を見いだすようになっていた。
戦争で取り返しのつかない傷を負った大地。
夢幻病の出現で滅亡の一途を辿っている人類。
そんな世界で、おれは幸せに日々を過ごしていた。
おれの嫌いな世界で、自然と笑顔が浮かぶようになっていた。
だけど、そうしていよいよ夏の終わりが近づいてきたとき。
事態は急変する。
それは――
おれとナツ、そして他の5グループが1体ずつ、計6体の砂だるまを完成させたのが発端となった。
ナツが歓喜して、おれも努力が報われたと感慨に浸った、その翌日。
「あれ?」
首を傾げたのはおれだ。
いつものように浜辺に足を運ぶと、昨日よりも人数が少なかった。
ナツを除いて20人いた連中が、数えると14人しかいなかった。
「おはよう、ショウくん」
すっかり聞き慣れたナツの声。
正面から小走りで近づいてくる。
「何回見てもいいよね、砂だるまっ」
眠そうに緩んだ瞳を輝かせる。
周囲には6体の砂だるま。背丈はおれたちと大して差はない。
頭には拾ってきたバケツを乗せて、目と口は木の枝で描いた。
にっこりと微笑む砂だるま。
確かに見ているだけで愛着が湧く。
「うん、我ながらいい出来だ」
「だよねっ」
砂だるまと同じように微笑むナツ。
さて、朝のあいさつはここまでにしよう。
「ところで、今日メンバー少なくないか?」
気になったことをすぐに訊くと、
「さぁ。用事でもあるんじゃない?」
ナツは特に微笑みを崩すことなく、あっけらかんと答える。
「でもさ、今までは毎日全員来てたじゃねぇか」
「それはそうだけど、でも今日は今日だよ」
ナツの表情は不自然なほどに微笑を保っている。
口調もなんだか、あらかじめ準備していたように妙にあっさりしていた。
「くぁあ~」
一日5回はしているであろう大きなあくびをして、目をこするナツ。
やがて顔を上げると、そこには無邪気な笑顔が貼りつけられていて、
「じゃ、今日も一日がんばろう!」
いつもより大きめの声で、そう言った。
「あははは」「ふふ」
例のごとく笑い続けているともだち連中が砂だるま作りにとりかかる。
するとナツが、いきなりおれの手を掴んできた。
「ほら、わたしたちも始めよっ?」
「……そうだな」
照れてるわけじゃない。曖昧な不安が胸中で渦巻いていた。
ナツは明らかに誤魔化している。つまりは、おれに何かを隠しているということだ。
気になったことはすぐに訊く。それがおれのポリシー。
だけど相手が話したくないことは深追いしない。これもポリシー。
「もう。そんな暗い顔しないでよっ。みんながそろってないとそんなにさみしいの?」
茶化すように言ってくるナツ。
しまったな。クールたるおれとしたことが、不安を表情に出してしまっていたようだ。
ごめん、とおれは言って、ナツと一緒に砂だるまを作り始める。
今日も暑かった。でも、ナツと初めて出会った頃ほどじゃない。
潮風の匂いもすっかり嗅ぎ慣れた。さざ波の音はもはや生活の一部になりつつある。
「昨日よりもっと大きいのを作ろうよっ」
そしてナツの存在もまた、おれにとって欠かせないものになっていた。
これを彼女に言ってみたら、
『えっ!? ……あ、ああ、ありがが…………』
とよくわからない日本語を発したのはつい先日の話。
「よし、じゃあ胴体だけで2メールルくらいにしちゃおうか」
「あははっ。それじゃ頭を乗せられなくなっちゃうよ」
笑っている。おれも、ナツも。
こうやって、いつまでも笑っていたい。
『世界の中核』なんてどうでもいい。おれはナツと一緒にいたい。
ナツと一緒なら、こんな廃れた世界でも生きていける。
そう、思った。
そう、思っていた。
――だけどやっぱり、この世界はもう終わっているのだ。
翌日。
昨日は人数が少なかったため、おとといもよりも減って5体しか完成しなかった。
でもこれで、早くも11体だ。目標まで半分を超えた。
この調子ならあと2、3日で達成するだろう。
「……………………」
けれども、おれは堤防の上で言葉を失っていた。
「あはははっ」
機械的に笑い続けるナツのともだち。
声は枯れないのか、とか、あごは疲れないのか、とか、ずっと心の中で思っていた。
でもさすがに声をかける勇気がでなくて、今に至るわけだけど。
「あはははっ」
「……何なんだよ、いったい」
また減っていた。
おとといまでが20人。昨日は14人。
今日は9人だった。
込み上げてくる。漠然とした怒りが、体の奥からふつふつと押し上げてくる。
おれは堤防を降りて、白いワンピースの女の子に駆け寄る。
「おいっ、どうなってんだ!」
「あ、おはようっ」
「あいさつなんかしてねぇ! おれはどうなってるのか訊いてるんだっ」
「なに? なんでそんなおこってるの?」
「とぼけるなっ!」
自然と声が荒々しくなる。
もはや今のおれにはクールのかけらもなかった。
「なんでこんなに減ってんだよっ」
手でともだち連中を仰ぎながら怒鳴る。
「そ、そんなこと言われても……」
「おまえは何か知ってるんだろ!」
初めて知った。おれにもこんな一面があったのか。
日頃からクールを意識していたから、あまり『怒』の感情の出番はなかった。
とそこで、ふと気づく。
どうしておれは、あいつらが減ってることに怒りを覚えているのだろう。
話したこともないのに、むしろ最初は不気味がっていたのに、どうして――
「ショウくん……」
「あ……」
ナツの緩んだ瞳に、うっすらと涙が浮かんでいた。唇も小刻みに震えている。
そんな姿を見て、おれの頭は急速に冷えていく。
「ごめん、クールたるおれとしたことが……」
謝ると、ナツはぎこちなく笑って首を振る。
「ううん、だいじょうぶだよ。ちょっとびっくりしただけ」
「おれのこと、嫌いにならなかったか?」
「あはは。そんなわけないよ」
彼女はおれを咎めない。笑って許してくれる。
でも、おれは怒って欲しかった。嫌いになって欲しかった。
そうすればきっと、おれは胸を撫で下ろすことができたと思う。
「ナツ……」
おれを咎めない理由。
それはナツ自身も、何か後ろめたいものを感じているからだ。
だからいきなり食ってかかったおれを、いとも簡単に許すのだ。
わかっている。ほんとはわかっている。
怯えているのはおれの方だ。
どうしようもなく、おれは不安なのだ。
だからあんな、激情にも似た怒りに駆られてしまったのだ。
ナツに安心させてもらいたくて、おれはあることを訊こうと口を開く。
そこで一瞬、本当に訊いていいのかと逡巡して止まってしまったけど、おれは思い切って踏み込んだ。
「おまえは、いなくならないよな……?」
それにナツは、
「あははっ」
と笑うだけだった。
そしてみんなに向かって、
「それじゃ、今日もがんばろう!」
恒例となりつつある号令を上げた。
全員が揃ったら、つまりはいつも最後に来るおれが来たら発せられる号令。
これ以上は誰も来ないという合図。だから作業を始めようという合図。
そうして今日も、おれたちは新たな砂だるまを作る。
この日できあがった砂だるまは4体だった。
翌日。
もう驚くことはない。きっとこれは必然なのだ。
おれとナツを除いて、5人しか来なかった。
「おはよう、ショウくん」
「おう」
何十回目かの朝の挨拶を交わす。
砂だるまは着実に増えている。同時に笑い声は、どんどん寂しいものになっていく。
「今日も1日がんばるよーっ!」
ナツの号令。
さぁ、今日も作ろうか。
昨日は3体しか完成させられなかった。
でも、人数を考えれば優秀な数字だとは思う。
「今日はふたりしか来てないな」
「でもでも、砂だるまは18個にもなったよ!」
おれが自嘲気味に言うと、ナツは苦笑混じりで必死に言い繕おうとした。
少しだけ見苦しかったけど、何も言わないでおいてやる。
やがてナツはたったふたりのともだちに向かって、笑顔で言った。
「今日できっと、20個完成すると思う。今までありがとうっ」
それはまるで、別れの言葉のようだった。
「よーし、それじゃ、今日もがんばろーっ!」
ナツは笑顔を絶やさない。
自然に笑っているようにも見えたし、無理に笑っているようにも見えた。
それにどんな想いが込められているのか、おれにはわからない。
やがて日が沈む。西の空が茜色に染まる。
そうして、新たに2体の砂だるまが浜辺に生み出された。
これで20体。
ナツの掲げていた目標を、おれたちは達成した。
夏の終わりを肌で実感するようになった。
風が皮膚の表面の熱を拭う。汗もほとんどかかなくなった。
季節が変わる。秋がすぐそこまで来ている。
おれの大好きな夏が、もう終わろうとしている。
「ついに誰もいなくなったな」
そう言うと、ナツは悲しそうに笑って「そうだね」と頷いた。
眠そうに緩んだ瞳。肩にも届かない短い髪。薄地の白いワンピース。
あれだけ直射日光を浴びておきながら、その体は淡い肌色を保っていた。
「あの、そのね……」
視線を足下に落とし、必死に言葉を探しているナツ。
今までとぼけ続け、もはや言い訳の余地はないことを自覚しているのだろう。今日に至るまで、ナツはどうしてあいつらがいなくなったのかを話すことはなかった。
「わたし……」
そしてきっと、今後もない。
おれは頭を切り替える。いまさら深く考えるつもりはなかった。
「よし、今日も頑張ろう!」
「えっ?」
いつもナツが上げる号令を奪う。
クールたるおれにとっては不似合いだけど、たまにはいいよね。
「がんばるって、なにを?」
ナツが目を点にして訊ねてきた。
おれはできるだけ頬を緩める。
そして万感の意を込めて、こう口にした。
「あと1体だけ作らないか? 今まではナツの目標だったけど、今度はおれの目標」
「え……?」
「もう夏も終わるだろ? だからさ、今年最後の夏の思い出を作りたいんだ」
一瞬、ナツが表情を曇らせた気がした。
確信が持てなかったのは、次の瞬間にはもう笑っていたから。
緩んだ瞳を細めて、無邪気な笑みを浮かべていて。
その表情は、どこまでも儚げで。
「……うんっ!」
そんな快活な返事すら、おれの心を締めつけた。
そういえば、笑ってやるのを忘れていた。
砂だるまには命が宿る、とナツは言っていた。
おれはそれを笑ってやるべく手伝いを申し出たというのに、20体の完成を目指していたためにすっかり失念していた。
今から笑ってやろうか。
ほら見ろ、砂だるまに命が宿るわけねぇじゃねぇか。
そう言いながら、盛大に笑ってやろうか。
……うん、無理だな。
気づかないうちに、おれもナツと一緒に砂だるま作りに励んでいた。
これでナツを笑うってことは、自分自身をも笑うってことだ。
そんなのは嫌だ。
これのためだけにひと夏を費やした。いまさらこの行動を否定したくない。
「ねぇ、ショウくん」
「ん?」
作業している手を動かしたまま、ナツがおそるおそるといった口調で話しかけてきた。
「この夏さ、ずっといっしょだったじゃない?」
「うん」
「その……わたしと一緒にいて、楽しかった?」
「楽しかったよ」
即答すると、ナツは安心したように顔を綻ばす。
次いで「よかったぁ」と安堵のため息。
「おまえはどうだった? おれと過ごしてさ」
「もちろん、すごく楽しかったよ!」
ナツも即答だった。
「そっか」
「うんっ! みんなといっしょにいるのも楽しかったけど、ショウくんといっしょにいるのがいちばん楽しかった!」
みんな、ね。
機械的に笑い続ける、ナツの20人のともだち。
今はもういないあいつらを思い浮かべながら、おれは手元から目を離さずに、
「ありがとな。きっと、おまえなりの気遣いだったんだろ?」
自分でも聞き取れないほど、そう小さく呟く。
「え、なに?」
ナツがおれに目を向けたのがわかる。
けれどおれは振り向かずに、笑いながら誤魔化した。
「相変わらずかわいいやつだな、って言ったんだよ」
うわずったナツの声を聞きながら、おれは手を動かす。
作るのは砂だるま。
おれとナツの、一緒に夏を過ごした証。
そうして、夕方にはほぼ完成した。
バケツを頭に乗せ終え、あとは目と鼻を描くだけ。
おれは木の枝を持つ。
「これで完成だな」
そう言うと、ナツは幸せそうに笑った。
本当に、幸せそうに笑った。
「あくしゅっ」
するとナツが、砂まみれの小さな手を差し出してきた。
おれは何も言わずに応えた。あたたかい、と思った。
そのとき、ひんやりとした風がおれたちを撫でた。
ナツの視線が、水平線に沈んでいく夕日に向けられる。
1日の終わりを告げる夕日。
「もう夏が終わるね」
感慨深そうな、しみじみとした口調。
そうだな、と相づちを打つと、ナツは視線をおれに戻した。
浮かべるのは無邪気な微笑み。
「それじゃ、最後の作業はショウくんにまかせるよっ」
「……おう、任せとけ」
彼女に背を向けて、砂だるまと向き合う。
そしてゆっくりと、右手を持ち上げる。
「ねぇ、ショウくん」
ナツの静かな声が、背中越しに届いてきた。
「いつかさ、わたしは雪だるまと同じって話したの、覚えてる?」
枝の先端を、砂だるまの顔に添える。
「雪だるまはね、冬しか生きられないの」
ゆっくりと、片目を描いていく。
「春が来たら、溶けてなくなっちゃうの」
もう片方の目も、できるかぎりゆっくり描いていく。
「わたしはね、夏なんだ……」
手が震える。
「わたしは、夏しか生きられないんだ……」
枝を持つ手が、自分のものとは思えないほどに震える。
「でもね、心残りとか、そういうのはなんにもないんだよ」
最後のパーツである口を、震える手でなんとか描いていく。
「だって、ショウくんと出会えたおかげで、すごく楽しい夏をすごせたもん」
そしておれは、枝の先端をそっと、砂だるまから離した。
「ありがとう、ショウくん」
唇を噛みしめ、目元を拭う。
「ずっとずっと、いつまでも……元気で、ね…………」
止まらなかった。
涙が止まらなかった。
だけど、どうして泣いているかを、おれは知っている。
悲しんでいるんだ。
漠然とした不安が、確信の込められた悲しみに姿を変えているんだ。
四季は移ろう。
そう、夏は終わる。
おれの嫌いな世界の――
おれの大好きな夏が――
「……完成したぞ、ナツ」
――振り向いた先に、彼女の姿はなかった。
おれのかあさんの言葉。
「いい、ショウ? おかあさんはもういなくなるけど、自分の使命を絶対に忘れちゃ駄目よ」
それは死ぬ間際の言葉。
顔から血の気は一切感じられず、呼吸も弱々しい。瞼を上げていることすらつらそうだった。
「ちゃんと覚えてる?」
「うん」
おれは頷いて、何百回も聞き、そして復唱させられた文句を口にする。
「おれたちの使命は『世界の中核』を壊し、世界を再生させること」
起伏のない機械的なおれの言葉に、かあさんはそう、と首肯した。
それでいいのよ、と。
「生きる希望を見失わないで。絶望なんて絶対にしては駄目。それさえ守っていれば、ショウが『夢幻病』に冒されることはないのだから」
それも何百回も聞いたことだった。
世界に絶望して、『夢幻病』に冒されて、おれたちを残して死んでいった馬鹿なとうさんのようになるな、と。
「おかあさんはね、ショウ」
かあさんはもう、ほとんど息をしていなかった。
声もすごくか細くて、ちゃんと耳を傾けていなければ聞き逃してしまうほどに、かあさんの言葉は弱々しかった。
「あなたをお腹に授かったとき、産むか堕ろすか、本当に悩んだの。この廃れた世界で、あなたが幸せになれるなんて、まるで考えられなかったもの」
戦争で大地が大きな傷を負って、夢幻病で人類の8割がいなくなって……。
かあさんの瞼は既に下りている。
何も映らない闇の世界で、かあさんは言葉を紡ぎ続ける。
「でもおかあさんは、ショウを産んだ。なぜだかわかる?」
「うん」
これも、もう何百回も聞かされ、復唱させられたことだった。
「まだこの世界にも希望はあるから」
そう、とかあさんは息を吐くように言った。
「『世界の中核』さえ壊せば、綺麗で、美しい世界にまた戻るから」
するとかあさんの閉じた瞳から、一筋の涙が滴った。
かあさんが見せる、最初で最後の涙。
「だから、あなたは生きなさい。生きて、世界を、救いなさい」
そうしてかあさんの呼吸は、静かに止まった。
「……………………」
眺めていた。かあさんの顔を、じっと眺めていた。
死んだのだ。おれを産んで、そして9歳になるまで育ててくれた、かあさんが。
感情が揺れることは特になかった。ただ淡々と、かあさんの死を受け入れた。
珍しいことではなかった。人が死ぬのはありふれた話で、人が生まれるのは今後ありえない、と聞いたことがあった。
おれはリュックを背負って、ひと月ほど住居にしていた建物を出ようとドアに手をかける。
「さようなら、かあさん」
最後にそれだけを言って、おれはかあさんを尻目に外へ出た。
この世界は嫌いだ。
以前、この言葉を口にしたらかあさんにひどく怒られた。
でも嘘じゃなかった。本当に、この世界のことが嫌いだった。
……違うかな。世界を好きになる、という感覚がわからなかった。
生きる希望を見失うな、とかあさんは言ったけど、その希望という意味もよくわからない。
希望を持つと、何が変わるのだろう。
世界を救えるというのか。
世界を救ったら、おれはこの世界を好きになれるというのか。
わからない。本当にわからない。
だからおれはきっと、この世界が嫌いだと思うのだ。
「……………………」
灰色の大地が広がる。
比喩じゃない。おれの視界に広がる光景を素直に表現した。
地面に帰化した廃墟。つまりは廃屋と廃ビルの群れ。
かあさん曰く、この街はかつて大きな都市だったという。
けれどおれが生まれるよりも前に、ここから数キロメートル離れた地点に核を撃ち込まれた。そのときの衝撃波がここまで達し、コンクリートの群衆を鋭く薙いだらしい。
残ったのは建物の残骸。ライフラインも完全に断絶され、10年以上経った今でも復旧されていない。
でも、これでもこの街はまだマシな方だった。
物心がついたときには、おれはかあさんと一緒に『世界の中核』を探して旅をしていた。
その道中で様々な街を見てきたけれど、大抵の街はもう、街の名残すら失った更地だった。ひどいところではクレーターのような爪痕が刻まれていた街もあった。
ただ、
「…………」
ただこれは、かあさんから聞かされた知識でしかなかった。
おれは『街』を知らない。街というのは、建物が密集している地域のことを指す、という知識でしか知らない。
人が溢れかえる街なんて見たことがない。そもそも、かあさん以外に動いている人なんてほとんど見たことがない。
人って、いつも地下で寝ているものなんでしょ、とかあさんに訊いたら、かあさんは悲しそうに笑って、首を振るだけだった。
おれが生まれてから9回目の夏。
太陽はちょうど真上。時刻は昼。
雲ひとつない晴天は地平線の遙か彼方まで続いている。日差しを遮るものはなく、おれの身をじりじりと灼きつけているようだった。
「さて」
これから何をすべきかを考える。
白状すれば、『使命』のことはよくわからなかった。『世界の中核』が何なのか、おれは何も教えられてないのだ。
どこにあって、どんな形をして、どれくらいの大きさなのか。
なにか具体的な物質を指すのか、あるいはどこかの地点なのか。
何ひとつ知らない。そんな漠然なものを探し出せと言われても、おれはどうすることもできなかった。
だからとりあえず、気の赴くままに歩こうと思う。
ずっと前から気になっていた場所があった。そこに向かって足を動かす。
汗が全身から噴き出る。リュックを背負っているため、肩と背中は蒸れてしまっている。
でも夏は大好きだから、それほど苦にはならなかった。
「あ……」
思わず声を漏らした。
潮風の香りが鼻をくすぐった。海が近い証拠だ。
おれの足取りは自然と軽くなる。
今まで2回しか見たことのない海。いずれもかあさんに引っ張られて長居はできなかったけど、今なら好きなだけ眺めてられる。
やがて堤防が見えてきた。階段は原型を留めておらず、瓦礫と化している。
手を使い、這うように堤防を登る。夏の日差しに晒されるコンクリートはすごく熱くて、痛かった。
手のひらに走る痛みと背中にかかるリュックの重みに耐え、ようやく登りきった。
そして目を奪われる。
どこまでも続く、広くて大きな海に――
「……ひと?」
――ではなく、ひとりの女の子に。
ここからじゃよく見えないけど、おそらくはおれと同い年くらいの女の子。
浜辺に座って、なにやらせっせと手を動かしている。すぐそばには水の入ったバケツ。
女の子の表情は真剣そのもので、どうやら遊んでるわけではなさそうだった。
おれは浜辺まで降りて、彼女に歩み寄る。
砂浜のため足音はほとんどせず、また彼女も作業に集中していたため、すぐ近くまで来てもおれに気がつかなかった。
「ねぇ」
声をかける。それでようやく女の子はおれに気づいた。
「だれ?」
警戒する様子はなく、立ち上がってお尻の砂を払うと、小首を傾げて訊ねてきた。
眠いのか、瞼が半分ほど下りている。
「おれはショウ。おまえは?」
「わたしの名前はナツ」
「おれ9歳」
「そうなんだ、わたしもだよっ」
同い年だと知ったからか、ナツと名乗った女の子は柔らかく微笑んだ。
眠そうに緩んだ瞳。肩にも届かない短い髪。薄地の白いワンピース。外見については特筆するほどのものはなかった。
とそこで、ふと気づく。
「……なんかおまえ、ぜんぜん焼けてなくねぇ?」
ワンピースを着ているのにもかかわらず、その体はまったく日に焼けていなかった。淡い肌色の手足がすらりと伸びている。
するとナツはなぜか照れくさそうに笑って、
「えへへ、ほめられちゃった」
なんてことを言った。
ほめたつもりじゃなかったんだけどな……。
そう思っていると、ナツは「くあぁ~」と大きなあくびをした。
「眠いのか?」
「うん、ちょっとね」
目をこすりながらはにかむナツ。
そんな彼女を見て、素直に思った。
「かわいいな」
「…………え?」
ナツは目を丸くさせると、熱気とは別にみるみる頬が朱に染まっていった。
視線も慌ただしくなる。
「な、なに、いきなり……?」
「いや、ナツがかわいいって思ったからさ、そう言っただけ」
「そ、そうなの?」
「うん」
「……えと、ありがとう」
そう言って、なにやらもじもじと両手の指を絡め始めた。いきなりかわいいと言われて戸惑いつつも、やっぱり喜んでるみたい。
そんな仕草がやっぱりかわいらしく、おれの顔は無意識に綻ぶ。
同い年の人に会うのは初めてだった。というか、自分より年下の人なんか見たことがなかった。
この世界で新しく子どもを産もうとする女の人は、もうほとんどいないから。
だから同じ目線で話ができるのが嬉しかった。
反面、ナツはそのような感慨は覚えていない様子。もしかしたら、この辺りには年齢の近い人がいるのかもしれない。
とそこで、ナツがなにかを意を決したように拳を握った。
「そ、その」
「その?」
緩い瞳が少し引き締められ、けれど恥ずかしがっているような曖昧な視線をおれに向ける。
やがてのどで立ち往生させていた言葉を発した。
「シ、ショウくんもかっこいいよ!」
「んなっ!?」
一瞬で鼓動が高鳴った。
「目つきがするどいし、服はぼろぼろでワイルドな感じだし」
「やめろ、そんなことを言うなっ」
言われてる意味はよくわからないけど、なんだか妙に焦る。
初めて言われたから、と信じたい。
「あ、ショウくんの顔、まっかっかだよ」
「なにっ」
お、おれとしたことが、まさかこんなことで……。
もしかして、これが照れる、ということなのだろうか。
「ま、まぁそれはともかくとしてだな」
「てれ屋さんなんだねっ」
「………………」
まずい、なんて言い返したらいいかわからない。
落ちつけ。落ちつくんだ、おれ。
おれはクールなんだ。いや、クールを目指してるんだ。そう簡単に動揺しちゃいけない。
「ん?」
ナツの手が砂にまみれていることに気がついた。
視線を彼女の足下に降ろすと、そこには泥だんごのような塊。
「そういやさ、ここでなにしてたの?」
おれの視線に気づいたナツは、足下の泥だんごを拾い上げると、眠そうな瞳を緩やかに細めて、言った。
「あのね、砂だるまを作ろうとしてるの」
「……初めて聞いた」
雪だるまなら知ってるけど。
「ほら、砂浜でお城を作るのはよくあるでしょ?」
うん、と頷く。
実物は見たことないし、自分で作ったこともないけど、知識としては知っている。
「でもお城は、生きてないもん。だからね、生きてるのが作りたいな、って」
「…………」
冗談を言っている様子はなかった。
むしろちょっと恥ずかしそうにしていることから、本気で言っていることが窺える。
おれは軽く嘆息。
それからごく当然の疑問を口にした。
「雪だる……いや、砂だるま? それなら命が宿るとでも言うのか?」
それにナツはクスっと笑って、
「そんなの、やってみなきゃわからないじゃない」
どこか誇らしげに、そう言った。
おれは言葉を失う。
それはやってみなきゃわからないと言いながらも、その語気には確信が込められていた。
砂だるまを作れば、命が宿るのだと、そう信じていた。
「普通はありえないってわかってる?」
意地が悪いとは自覚しつつも、釘を刺してみる。
するとナツは、
「たとえそうでも、なにごともやってみなきゃわからないもん」
「うん、まぁそうなんだけどさ」
「ほら、ショウくんだって認めちゃった」
たじろぐことはなく、ただただ笑って言い返してくる。
おれはそんなナツを訝るどころか、清々しい印象さえ受けた。
「あのさ」
バカなやつだ、とは思った。ちょっと頭おかしいんじゃないか、とも疑った。
でもそれ以上に、期待と好奇心が勝った。
「なに?」
首を傾げるナツに、おれは訊ねた。
「おれも手伝っていいか?」
ありえないとは思う。
けれど、ナツはなぜか、砂だるまに命が宿ることを信じている。
どのみち他にやることもないわけだし、その結末を見届けたいという気持ちだった。
それでもし、砂だるまに命が宿らなかったら、笑ってやるつもりだった。
ナツは半分下りていた瞼を持ち上げ、その瞳を見開いた。
「いいの?」
申し訳なさそうに、上目遣いで問い返してくるナツ。
おれは迷うことなく、快活に頷いてみせた。
やっぱりナツはバカかもしれない。
心の中で人の悪口を言うなんて、性格が悪いと言われても反論の余地はないだろう。
「ナツ」
「んー?」
間延びした返事をして、眠そうな瞳をこちらに向けた。
まずはナツに砂だるまを作る手本を見せてもらっていたおれは、半ば呆れながらこう言ってみせた。
「おまえ、バカだろう」
予想通り、ナツは「えっ、えっ?」と動揺し始めた。
おれは基本的に思ったことは口にするタイプだ。そうかあさんに育てられた。
「んと、なんでバカなの……?」
目を伏せ、怯えたような表情でおれの顔を見上げて訊ねてくる。
偶然だろうけど、それは上目遣いのようになっていた。
バカだろう、と言っておきながら、そんなナツが不覚にもかわいいな、とか思ってしまった。
「かわいいな」
言ってみた。
「え……えぇぇええっ」
うわずった声を発しながら両手で頬を覆う。指の隙間から朱に染まっているのが見えた。
「な、なに? バカって言ったり、かか、かわいいとか言ったり」
また上目遣いだ。
もう一回かわいいって言ってみようか。いや、そろそろ話を進めることにしよう。
「まぁそれはともかく。おまえさ、砂だるま作りたいんだろ?」
「そ、そうだよ。見ててわかったでしょ」
うん、とおれは頷いた。
「よくわかったよ。おまえがバカだってことに」
「だからなんでっ」
「……はぁ」
「ためいきなんかつかないでよ!」
そう言うけど、ため息だってつきたくもなる。
「あのさ、雪と砂って性質がぜんぜん違うんだよ?」
「それくらいわかってるよっ」
「だったらなんで雪だるまと同じ要領で作ろうとしてるんだよ」
その問いに、ナツは「え、ダメなの?」とでも言いたげに小首を傾げた。
はぁ、ともう一度ため息。
「まず泥だんごを作るのはいいと思う。雪だるまだって、最初は拳くらいの雪玉を作るもんな」
不満そうな表情でナツが頷く。
「でもさ、それをここで転がしたって、いつまで経ってもでかくならないぞ?」
「……そうなの?」
ナツの表情が一転。
不満げな顔から不安げなそれになった。
「そうだ。砂の上でいくら転がしても、だんごの表面に砂が付着するだけだろ」
その光景を見たとき、「……まじで」と思わず呟いてしまったくらいだ。
「おまえ、今までずっとその方法で作ろうとしてたのか?」
半眼で訊ねると、ナツはややたじろぎ、おれから目を逸らして答えた。
「う、うん」
「で、いつまで経っても完成しなかったんだろ?」
「うん……」
しょんぼりと目を伏せるナツ。
むぅ……。
「ちくしょう、かわいいじゃねぇか」
こんな顔をされちゃ嫌でも罪悪感が湧いてしまう。
「え、なんて?」
「いや、なにも」
つい口にしてしまった言葉を誤魔化して、この方法では完成しないことをナツに説明した。
どうにか納得してもらい、水で塗り固めながら少しずつ大きくしていくことにした。というか、他に砂だるまを作る方法があったら教えて欲しいくらいだ。
「よし、やろっか」
おれは近くにリュックを置いて、ナツと一緒に作業にとりかかった。
ここは浜辺。砂はいくらでもある。
すぐそばには海。水だっていくらでもある。
まずは泥だんごを作って、少しずつ周りを砂で覆いつつ、水をかけて固める。
単純だけど、意外に難しい作業だった。
砂浜の砂は粒子がものすごく細かく、つまりはあまりにも脆かった。だんごにしたところで、わずかにでも力を入れすぎれば簡単に崩れてしまう。
顔くらいの大きさが限界だった。それ以上に大きくさせようとすると、だんご自体が重みに耐えられなくなる。
めちゃくちゃ太った人が、自分の体重が重すぎて立っていられない……こんな感じなのかな。
ぎらぎらした日差しに照りつけられ、額から溢れ出る汗が止めどなくあごから滴り落ちる。
それでもナツは諦めず、休憩を挟むことなく何度もやり直していた。瞳こそ眠そうに緩んでいるものの、その表情はやはり真剣そのもので、遊んでるわけではないのだと改めて思い知った。
なんでだろう、と疑問は抱いた。
どうしてこんなにも必死なんだろう。
ただ興味はなかった。ナツがどうしてここまで頑張るのかは、正直に言えばどうでもよかった。
でも、休憩すらとらないのだ、次第に気になり始めていた。
だから訊いてみる。
「なぁ、どうして砂だるまを作ろうと思ったんだ?」
するとナツはきょとんとした表情で顔を上げた。
「だから、お城じゃ生きていてないからだよ」
「そういう意味じゃなくて、砂だるまを作ろうと思ったきっかけだよ」
そこまで言って、ようやく得心したようだった。
「ふふ」
不意に、ナツが笑みをこぼした。不敵な笑み。
瞬間、ざわっと空気が蠢いた気がした。
それはね、とナツは砂まみれの手を胸に当てる。口元が吊り上げられる。
その姿はどこか勇ましく、これから発言することを誇りに思っているようで。
「っ」
おれは圧倒される。無意識のうちに生唾を飲んだ。
緊張しているのがわかる。これから発せられるナツの言葉に、心の中で身構えている。
おれはクールな性格だと自負している。大抵のことでは動じない自信がある。
だけど、今のナツの表情を見て、少しばかり心が揺らいでいた。
それほどまでに、ナツの表情から高圧的なものを感じた。
「わたしね……」
そしてナツは、眠そうな瞳とは不似合いな口調で、高らかに言った。
「雪だるまがだいすきなの!」
「……………………!」
重い、一撃だった。なんとか堪えられたけど、少しでも気を抜けば負けていた。何が勝ちで何が負けなのかはともかく。
けれどもおれは、返す言葉が見つからなかった。そういう意味ではおれの負けなのかもしれない。
だって。
だってそれは、
「…………へぇ」
としか言いようのないくらい、ものすごく平凡で、何の変哲もない動機だったから。
「へぇ、って、それだけ?」
ナツにとっておれの反応は不満だったらしく、眠そうに緩んだ瞳で見つめてきた。
おれは特に考えもせず頷く。
「そう、それだけ」
「……そっかぁ」
しょんぼりしてしまった。視線を足下に落とす。
なんだろう、おれが驚愕することを期待していたのだろうか。残念だけど、おれのキャラを考えるとそれはありえないな。
「雪だるまが好きなのはわかった」
話を戻す。
ナツは表情を戻して、眠そうな緩い眼差しをおれに移した。
「だったらさ、冬を待って、雪が積もってから作ればいいんじゃねぇの?」
ごく当然のことを言ったつもりだった。
でもナツは、悲しそうに笑って、また視線を落とした。
「ダメなの」
「なに?」
「冬ね、来ないの」
「……なんだって?」
おれは眉をひそめる。
意味がわからなかった。冬が来ないはずがない。
ここは日本だ。所々に穴が空いて、人がものすごく減って、国中が廃墟と化してしまったみたいだけど、ちゃんと四季は訪れる。
実際、今までおれは肌で体験してきた。
「来ないの」
ナツはそう繰り返す。
「……来ないんだよ」
「っ!?」
息を呑んだ。
一瞬、ほんとに一瞬だけ、ナツが消えた気がした。
か細くて、今にも消え入りそうな声だった――というわけじゃない。
ほんとうに、ナツを見失った気がした。
もちろん、ただの気のせいだと思うけれど、おれは本気で悪寒を覚えた。
「冬だけじゃない。秋だって来ない。だから、春も来ない」
依然として意味がわからない。
そんなはずないだろ、と否定したかった。それなのに、おれの口はパクパクと動くだけで、声を発することができていなかった。
「夏だけなの」
そう言って、ナツは伏せていた顔を上げた。
そして明らかに作りものの笑顔で、唇を動かした。
「だから、砂で雪だるまを作るしかないの」
それ以上のことは何も聞き出せなかった。
声が出せるようになってすかさず訊ねたけど、ナツは悲しそうに笑うだけで答えなかった。
あまりしつこくするのも気が引けたからとりあえずは保留にした。
その代わり……というわけではないけれど、砂だるま作りをしながらナツの話を少しだけ聞けた。
ナツはこの街で生まれ育った。
街から出たことはなく、出たいとも思っていない。
ナツの両親を含め、街の大人はみんな夢幻病に冒されたらしい。つまり、この街には大人がいないのと同義だ。
だからナツはずっとひとりだったのかと訊ねたら、意外にも首を振った。驚くことに、この街には同年代のともだちがたくさんいるという。
さすがに信じられなかった。おれはこの街にしばらく居るし、それに『世界の中核』を探すためにある程度は街を歩いている。その際に誰も見かけることはなかった。
だけどナツは「それがいるんだよっ」と嬉しそうに言うもんだから、信じざるを得ないようだった。
砂だるま作りは夏になってから始めたらしく、今日はたまたまひとりだったけれども、普段はたくさんのともだちとやっているらしい。
……うん、やっぱりにわかには信じ難いな。
「くぅう~」
ナツが大きなあくびをしたところで、もう日の入りが近付いていた。
痛いほどの日差しはトゲを潜め、水平線の向こう側に帰ろうとしていた。
結局、砂だるまはまったく進展なしだった。
「これじゃ雪だるまみたいに作るのと変わらないな……ごめん」
自分で出した案にナツは昼からずっと実践してくれたのに、成果が出なくておれは申し訳ない気持ちでいた。
けれどナツは責めようとはしなかった。
「ううん。ショウくんのおかげでここまで大きくなったんだよ、大成長だよっ」
緩い瞳を細めて、顔サイズほどの塊を掲げた。
その表情はほんとに満足そうで、眺めているだけでおれの罪悪感が薄れていくようだった。
それならよかったよ、と言いながらリュックを背負った。
「じゃあそろそろ行くな。寝床を探さなきゃいけない」
「ねどこ? お家はないの?」
「根無し草なんだ。親もいないしさ」
今日いなくなったことは黙っておく。
ナツも実質的にはいないから、「そっか」とだけ呟いて深追いはしてこなかった。
「ナツはまだ帰らないのか?」
「んー、もうちょっとだけいるつもり」
「そっか。じゃあまた明日な」
「うんっ、今日はありがと!」
明るい声を聞き届けて、ナツに背を向けて砂浜をあとにする。
眠そうに緩んだ瞳。肩にも届かない短い髪。薄地のワンピース。
そこまで印象に残るようなものはないんだけど……なんだろう。
おれが初めて出会った同年齢の女の子は、違和感というか、ちょっと不思議な存在感を漂わせていた。
ナツと別れてから5分ほどで新しい住処を見つけられた。
1階建ての小さな家で、壁や天井には多くのヒビが生じている。
床はほこりとすすで埋め尽くされてるけど、雨風を凌げるのであれば大した問題じゃない。
東側に窓があるのが気に入った。起きるときに朝の日差しを浴びるのは気分がいい。だいぶ暑いけど。
おれは地面にあぐらをかいて、リュックからふたつの瓶を取り出した。
それぞれに灰色と水色の、豆粒大の錠剤のような乾物が入っている。
薬じゃない。食事だ。
茶色の方は完全栄養補給食品。これを1日2粒摂取するだけで生きていける。満腹感も得られるようになっていて、朝に摂れば夜までお腹が空くことはない。
元々は非常食として開発されたらしいけど、その利便性から戦争前にはサラリーマンの強い味方だったとか。
水色の方は飽和維持水分食。体内を潤す成分が凝縮されていて、これも1日2粒摂取すれば水分が枯渇することはない。もちろん、今みたいな夏は3粒ほど必要になる。
のども常に潤うようになっていて、開発当時は革命的だと騒がれたとか。
「ん……」
1粒ずつ瓶から取り出して、一緒に飲み込んだ。
料理というものが戦前はあったみたいだけど、おれは見たことがない。
かあさん曰く、いい香りがして、とても美味しいと言っていたけど、おれにはその美味しいという感覚がわからない。だから「料理してあげられなくてごめんね」って謝られたときも、なにを謝られたのかよくわからなかった。
そしてかあさんがいなくなった今、その料理とかいうのは二度とお目にかかることはないだろう。
「…………」
そう、かあさんはもういない。
今日の出来事だ、かあさんがいなくなったのは。
はっきりとした死因はわからなかった。前兆のようなものも感じなかった。
ただ、かあさんがいなくなって、悲しいとは特に思わなかったし、驚きもしなかった。
だってこの世界はもう、どんどん人が減っていくだけなんだから。
増えることはない。ほとんどの人が夢幻病に冒されて、誰も新しい命を作らない。
だからかあさんが死んだのも、自然の摂理でしかないのだ。
おれもいつかは死ぬ。ナツだって死ぬ。
そうしてこの世界も、やがて死んでいくんだ。
翌日。
目を覚ましたおれは完全栄養補給食品と水分飽和維持食を1粒ずつ飲み込んで、リュックを背負い、軽快な足取りで早速浜辺に向かった。
外に出ると、あっという間に全身から汗が噴き出てくる。今日も絶好調に真夏日で、雲ひとつない青空が眺めていて爽快だった。
昨日と同じように手を使って堤防を登る。
もうナツは来ているだろうか。
そう考えながら堤防を登りきって、
「……………………」
唖然とした。
信じられない光景が浜辺に広がっていた。
ナツが笑っている。無邪気に、幸せそうに笑っている。
そのナツを囲うように、たくさんの子供がいた。みんなおれと歳が同じくらいだった。
「こんなにともだちいたんだ……」
視認できるかぎり20人。みんな楽しそうに笑っている。
ひとりでも十分驚いただろうけど、ここまで多いと逆にそんな気も起きなかった。
おれは堤防を降りて、その輪の中に身を投じる。
「……?」
とそこで、ふと違和感を覚えた。
誰もおれに見向きしなかったのだ。おそらくはみんなこの街の住人だろうから、おれは新参者というか、部外者的な位置に置かれるはず。
だから怪訝な視線を向けられるのを覚悟していたんだけどな。
おれは疑問を抱きつつも、まずはナツに声をかけようとして、
「ナ――」
思わず止めてしまった。
ナツは笑っている。無邪気に、幸せそうに笑っている。
でもその笑顔は、誰にも向けられていなかった。
これだけたくさんのともだちに囲まれているというのに、ナツは孤立しているように見えた。
誰かと笑い合っているわけではなく、その無邪気な笑みは、まるで行き場を無くしたようにふわふわと浮遊していた。
「よう」
おれは咳払いをして、改めて話しかける。
相変わらず眠そうに緩んだナツの瞳がおれを捉えた。
「あ、おはよう。今日も来てくれたんだねっ」
「約束したからな」
言って、周りに視線を巡らした。
「こいつらがナツのともだちか?」
訊くと、ナツは快活に頷く。
「今日はみんな来てくれたのっ。あのね、昨日はショウくんがいたから、ちょっとケイカイしちゃったんだって」
「警戒?」
「うん。わたしもよくわからないけど、そう言ってた」
そう言ってた、か。ということは、会話したということだ。
孤立していたように見えたのはおれの気のせいだったのか……?
「あのさ、おまえ孤立してなかった?」
気になったことはすぐに訊く。それがおれのポリシーだ。
「こりつ?」
ナツはほんとにわからないといった表情で首を傾げた。
やっぱりおれの気のせいだったのだろうか。
あと警戒ってなんだろう。おれがこの街の人間じゃないから、部外者として警戒したってことなのかな。
いやでも、昨日おれがここに来たのは昼だった。今日は朝からいるのに、昨日はおれが来るってことを警戒してここに来なかったってことは、まるでおれがここに来ることを事前に知っていたみたいじゃないか。
矛盾、ってほどじゃないけど、なんか腑に落ちないような……。
「んー」
もう一度周りを見回す。
「あははは」
男女はちょうど半分ずつくらい。
「ふふふ」
5人がバケツを持っていることから、砂だるま作りを手伝ってくれるのだろう。
「へへっ」
笑い声の絶えない、賑やかな雰囲気。
「…………」
それなのに、とても心地よいとは思えなかった。
なんとなく、笑い声が機械的というか、あまり感情が込められていないというか。
今までこんなにたくさんの同年代と一緒になったことがないから、単に慣れてないだけなのかな。
「……っ!?」
いや違う。
おれは気づいた。
「おい、ナツ」
「なに?」
「こいつら、会話してなくねぇか?」
それが違和感の正体だった。
「あははは」「ふふふ」「へへっ」
そうやって笑ってるだけだった。
会話は一切なく、ただただ笑い声が響いていただけだった。
それに気づいた途端、この光景がとても不気味なものに思えてきた。
「そんなことないよ?」
「え……?」
「みんな、ちゃんと話してるよ」
それなのに、ナツはあっさりと否定する。
「してねぇだろ、ほら」
「あははは」「ふふふ」「へへっ」
笑い続けている連中を指さした。
「あ、そういうこと」
するとナツは柔らかく微笑んで、緩んでいる瞳をさらに緩めた。
「えっと、確かにわたしたちみたいにおしゃべりはしないけど、でもほんとにお話はしてるんだよ」
「……つまり、言葉は交わさなくても意志の疎通は図れるってことか?」
「いしのそつう? えと、ちょっと難しくてよくわからないけど、たぶんそんな感じ」
苦笑しながら曖昧に頷くナツ。
「まったく信じられないな」
自分の気持ちを素直に言葉にした。
会話をせずにコミュニケーションをとるとか、そんなのありえない。
いや、そりゃ会話以外にコミュニケーションを図ることはできるけど、でもただ笑ってるだけじゃさすがに無理だろう。
「あははは」「ふふふ」「へへっ」
依然として笑い続けている。
これでなにかしらのやりとりをしているのなら、とても人間とは思えない。
「みんな、聞いてっ」
「…………えっ」
驚いた。
ナツがみんなに呼びかけると、みんな一斉に彼女に首を動かしたのだ。
「もうみんな知ってると思うけど、この子、ショウくん。あのね、砂だるまを作るいい方法を知ってたんだよっ」
「知ってたというか、思いついたというか」
「それでね、昨日はこんなに大きくできたんだ」
言いながら両手で顔ほどの円を宙に描いた。
それから雪だるまのように作るのではなく、水をかけながら塗り固めていく方がいいということを説明した。
みんな笑っていて、話を聞いてないようにも見えるけど、どうやら耳を傾けてはいるようだった。だからだろう、ナツは実演を交えて必死に講義している。
そして最後に柔らかく微笑んで、
「それじゃ、今日はみんなでがんばろう!」
それはほんとに、普通にともだちと接しているような姿で。
ナツがそうやって自然体で振る舞うものだから、なんだかおれがおかしいのかとさえ錯覚してしまう。
さらに驚くことに、みんなナツの言うとおりに動き出したのだ。
4人くらいでチームを組んで、それぞれが散らばってまずは泥だんごを作り出した。
そんな光景に呆然としていると、ナツがおれの服の裾を引っ張ってきて、
「それじゃ、わたしたちもやろう?」
小首を傾げながら微笑みかけてくる。
「やっぱおまえ、かわいいな」
「えぇっ!?」
不意に言われ、肌色の頬があっという間に赤くなる。
「そ、そういうショウくんだってかっこいい!」
「ぐっ!?」
このやろ、照れ隠しのために反撃してきやがったなっ。
いやしかし、おれはクール。つまりは冷静沈着。
動じないぞ。これくらいでおれの心を揺るがすなど笑止!
「ありがとう。かわいいおまえに言ってもらえて光栄だ」
「…………へ? あ、あ……はわわ……」
ナツの言葉を利用した絶妙なカウンターだ。
どうやら効果絶大だったらしく、なんだか足元が不安定になっていた。
勝った、と心の中で拳を握りつつ、気を取り直してもう一度みんなを見遣る。
「あははは」「ふふふ」「へへっ」
会話はなく、ひたすら笑い続けるナツの友達たち。
不気味で意味不明な連中だけど、砂だるま作りを手伝ってあげてることから、悪い人たちじゃないのかもしれない。
「あははは」「ふふふ」「へへっ」
……たぶん。
昨日と同じ失敗を繰り返さないためにも、今日はちょっとだけ工夫を凝らしてみた。
自分の重みに耐えられず崩れるということは、要するに強度が弱いことを意味する。
だから周りを塗り固めていく際に、とにかく力を込めるようにした。そうすることで密度が高まり、強度が飛躍的に伸びた。
ナツとふたりで黙々と作業を続けた結果、昼を過ぎた頃には1メートル近くまで達していた。
胴体部分だけでナツの首あたりまである。
でかくしすぎたか、と危惧したけど、ナツにとっては嬉しかったらしく、
「すごいね、こんなに大きくなった!」
無邪気な笑顔を弾けさせていた。
それだけで達成感が心を満たしていく。
「くぁあ~」
一区切りついて気が抜けたのか、ナツか大きなあくびをした。
砂まみれの手で目をこする。
「ちょっと休憩するか」
「うん、そうだね」
おれがその場で腰を下ろすと、ナツも同じように座った。すると砂だるまの胴体がさらに大きく見え、「ほんとに大きいねぇ」としみじみ呟いた。
おれは相づちを打ちながらみんなを見渡す。
相変わらず奇怪な笑い声を上げながら砂だるま作りに励んでいる。こんな言い方は失礼かもしれないけど、みんな意外にも息が合っていて、おれたちと同じくらいの大きさの胴体部分が5個できあがっていた。
「意外だなー」
「え、なにが?」
「あいつら、変なのにちゃんと砂だるま作れてる」
「そ、それは失礼だよ」
「いや、変だろ。だってずっと笑ってるんだぞ?」
きっぱりと断言してやると、ナツは眉をひそめて唇を尖らせた。
「わたしはいいと思うけどな」
「どうして」
「だって笑ってた方が、しあわせな気持ちになれるもん」
「…………」
少しだけ、ナツが泣きそうな顔になった気がした。
「あははは」「ふふふ」「へへっ」
あんな笑い声でも、こいつは幸せな気持ちになれるというのか。
あんな無機質な笑い声でも、こいつは笑顔に囲まれたいというのか。
わからないな。
もし悲しみを誤魔化してるのだとしたら、それは大きな間違いだ。誤魔化しでは根本的な解決にならない。
受け入れればいいのだ。どんなに悲しいことでも、受け入れることさえできれば、悲しみはそこまでやってこないものだ。
「ふぅ」
ちょっと湿っぽい空気になってしまった。
おれは語気を明るくして、空気の入れ換えを試みる。
「ところでさ、ともだちにも手伝ってもらってることは、たくさん砂だるまを作りたいのか?」
そう訊ねると、ナツの表情が一転して緩んだ瞳を輝かせた。
「うんっ、いっぱい作りたいんだっ。最低でも20個!」
「そもそもなんで雪だるまが好きなんだ?」
「え? えーとね」
ここでナツは一拍の間を置いて、
「わたしと同じだからだよ」
そう、悲しそうな笑顔で言った。
「は? 同じって?」
「もう、そんなこときかないでよ」
おれの質問をはぐらかすと、ナツは素早く腰を上げた。
「きゅうけいおわりっ。つづきやろ?」
無邪気な笑みで作業の再開を促してくる。
とりあえずは従う。今度は頭部の部分を作りにかかった。
でもやっぱり、ナツの言葉が頭から離れなかった。
『わたしと同じだからだよ』
その意味をすかさず訊いても、ナツは答えたくないようだった。
だから無理に問いだそうとは思わないけど……。
そんなふうに考えていたら、
「あーっ!」
ナツの悲鳴のような叫び声が上がって、おれは思考を中断した。
夕方になった。なんだかあっという間に一日が過ぎた気がする。
オレンジ色の西日を浴びながら、おれは苦々しく呻いた。
「結局、今日も進展なしか……」
「そんなことないよっ、すごく大きく作れるようになったじゃない!」
「でも、それを形として残せなかったら意味ねぇだろ」
「そ、そうだけどぉ……」
1メートル近くあった砂だるまの胴体は、無惨な残骸と化していた。
崩れたのだ。滝のように勢いよく。
理由はおそらく、水気が乾いたことによって強度が低下したのだと考えられる。
力を込めて塗り固める、という方法そのものは悪くなかったはずだ。
でも密度を高めるということは重さも増えるわけであって、砂だるま自体にかかる負担も増えるということだった。
それが補強剤代わりだった水が蒸発して、自分の体重に耐えられなくなった、と。
その後も何度かやり直してはみたけど、最後に残ったのは残骸だけだった。
「クソ、今日中に完成させるつもりだったんだけどな」
「ショウくんがそんなわるく思わなくていいよぉ。もともとはわたしが作ってたんだし……」
「でも手伝いを申し出たのはおれだ。それで完成させなきゃ、無責任な奴になる」
「そ、そんなのにならないよ!」
「だから。そうならないように、どうすればいいか今考えてる」
「え……?」
手を口元に添えて考えていると、服の裾を引っ張られた。
気づくと、ナツが上目遣いでおれを見ていた。
「どうしてそこまでしてくれるの?」
「どうして? おれが手伝いたいからだ」
「その理由を訊いてるんだよ」
ナツを手伝っている理由か……。
きっかけとなったのは、砂だるまなら命が宿るとかいう、ナツの狂言じみた言葉を聞いたからだ。
でも理由とはちょっと違う気がする。
なんだろう、どう答えればいいのかわからない。
「ねぇ」
おれが黙ってるから不安になったのか、ナツが少し怯えているように見えた。
でも上目遣いなのは変わってないから、むしろその表情は愛おしくも思えた。
だからこう答えることにした。
「ナツがかわいいから」
「え……」
「ナツがかわいいから」
「あの……」
「ナツがかわいいから」
「シ……」
「ナツがかわいいから」
「だ、だから……!」
「ナツがか――」
「もうやめてぇぇぇぇええええええええっ!?」
ナツの絶叫。
顔はこれ以上ないくらいに真っ赤。呼吸も浅い。
明らかに取り乱していた。いやまぁ、おれが意図してやったことだけど。
「そんなつづけて言わないでよ!」
「ほんとのことだからいいだろ」
「よくないよっ」
ほんとにかわいいな。
照れ具合が半端じゃない。
「だったらわたしも言ってやる!」
「ん?」
「ショウくんかっこいい!」
「なにぃ!?」
こ、こいつ、おれの唯一の弱点を的確に突いてきやがった……!
「ショウくん、すごくかっこいい!」
耐えろ。耐えるんだ、おれ。
「ショウくん、さいこーにかっこいい!」
おれはこれくらいじゃ動じない!
「かっこいい! かっこいい、ショウくん!」
おれはクールだ。いや、おれこそがクールなんだっ。
「いよっ、このいろおとこ!」
クールたれっ、クールたれっ。
「ショウくんのかっこよさはてんじょうてんげゆいがどくそん!」
うぉぉぉぉおおおおおお…………。
「えと、あと……」
「…………」
「あー、うぅ……」
「…………か、勝った」
ナツに聞こえないほどの小さな呟きが漏れる。
言葉を選び出した時点で、おれの勝利は確定したようなものだ。
「ナツ」
「え?」
「そうやって必死に褒めてくれるおまえが1番かわいいよ」
「はぅっ!?」
ちょっと気障だとは自覚している。
でもこれで、この不毛かつ醜い争いに終止符が打たれるはずだ。
「そんな真っ赤な顔で言われても説得力ないもん!」
「うぐっ……」
さ、さすがに顔の紅潮までは抑えられなかったか。
だけどそれは大した問題じゃない。大丈夫。
「動揺しまくってるナツに言われたくないな」
「うぅ……」
ナツが口をつぐむ。
しばらく「うー」とか「あー」とか悶え、なにか言おうと口を開きかけて、結局はなにも言わずにまた口をつぐむ。
この動作を3回ほど繰り返したところで、ついに観念したように頭を垂らした。
「あうう……。なんかショウくん、同い年とは思えないほどすごくおとなっぽい」
「おぉっ!」
光栄だ。クールたるおれにとって最高の褒め言葉じゃないか。
「ちょっと子どもっぽいところもあるけど」
「……………………」
どうやらまだまだ修行が足りないようだった。
まぁいいか。話を戻そう。
「ま、そんなような理由だよ、砂だるま作りを手伝ってるのは」
そう言うと、ナツはいまいち要領を得ない、けれど嬉しそうに、
「そっか……うん、ありがと」
とびきりかわいい笑顔になった。
そこから2週間は驚くほどに早く流れた。
その理由としては、砂だるま作りの解決法が思い浮かばず悶々としていたのもあれば、単純にナツと一緒にいる時間が楽しいというのもあるだろう。
ただただ笑い続けている連中にもだいぶ慣れた。
そしてさらに2週間が流れ、もうほとんど使われていない暦の上で9月の中盤にさしかかった頃。
ようやく解決法を発見した。
塗り固める際に使っていた水をオイルにしたのだ。
工場跡から運んで使ってみると、水とは比べものにならないほど強力な接着力を発揮してくれた。
結果、作業効率が格段に上がった。この調子で行けば、なんとか夏が終わる前にナツの目標である20体は作れそうだった。
楽しい時間だった。
いつしかおれは、いつも眠そうに緩んでいるナツの瞳を見ることに、些細な幸福感を見いだすようになっていた。
戦争で取り返しのつかない傷を負った大地。
夢幻病の出現で滅亡の一途を辿っている人類。
そんな世界で、おれは幸せに日々を過ごしていた。
おれの嫌いな世界で、自然と笑顔が浮かぶようになっていた。
だけど、そうしていよいよ夏の終わりが近づいてきたとき。
事態は急変する。
それは――
おれとナツ、そして他の5グループが1体ずつ、計6体の砂だるまを完成させたのが発端となった。
ナツが歓喜して、おれも努力が報われたと感慨に浸った、その翌日。
「あれ?」
首を傾げたのはおれだ。
いつものように浜辺に足を運ぶと、昨日よりも人数が少なかった。
ナツを除いて20人いた連中が、数えると14人しかいなかった。
「おはよう、ショウくん」
すっかり聞き慣れたナツの声。
正面から小走りで近づいてくる。
「何回見てもいいよね、砂だるまっ」
眠そうに緩んだ瞳を輝かせる。
周囲には6体の砂だるま。背丈はおれたちと大して差はない。
頭には拾ってきたバケツを乗せて、目と口は木の枝で描いた。
にっこりと微笑む砂だるま。
確かに見ているだけで愛着が湧く。
「うん、我ながらいい出来だ」
「だよねっ」
砂だるまと同じように微笑むナツ。
さて、朝のあいさつはここまでにしよう。
「ところで、今日メンバー少なくないか?」
気になったことをすぐに訊くと、
「さぁ。用事でもあるんじゃない?」
ナツは特に微笑みを崩すことなく、あっけらかんと答える。
「でもさ、今までは毎日全員来てたじゃねぇか」
「それはそうだけど、でも今日は今日だよ」
ナツの表情は不自然なほどに微笑を保っている。
口調もなんだか、あらかじめ準備していたように妙にあっさりしていた。
「くぁあ~」
一日5回はしているであろう大きなあくびをして、目をこするナツ。
やがて顔を上げると、そこには無邪気な笑顔が貼りつけられていて、
「じゃ、今日も一日がんばろう!」
いつもより大きめの声で、そう言った。
「あははは」「ふふ」
例のごとく笑い続けているともだち連中が砂だるま作りにとりかかる。
するとナツが、いきなりおれの手を掴んできた。
「ほら、わたしたちも始めよっ?」
「……そうだな」
照れてるわけじゃない。曖昧な不安が胸中で渦巻いていた。
ナツは明らかに誤魔化している。つまりは、おれに何かを隠しているということだ。
気になったことはすぐに訊く。それがおれのポリシー。
だけど相手が話したくないことは深追いしない。これもポリシー。
「もう。そんな暗い顔しないでよっ。みんながそろってないとそんなにさみしいの?」
茶化すように言ってくるナツ。
しまったな。クールたるおれとしたことが、不安を表情に出してしまっていたようだ。
ごめん、とおれは言って、ナツと一緒に砂だるまを作り始める。
今日も暑かった。でも、ナツと初めて出会った頃ほどじゃない。
潮風の匂いもすっかり嗅ぎ慣れた。さざ波の音はもはや生活の一部になりつつある。
「昨日よりもっと大きいのを作ろうよっ」
そしてナツの存在もまた、おれにとって欠かせないものになっていた。
これを彼女に言ってみたら、
『えっ!? ……あ、ああ、ありがが…………』
とよくわからない日本語を発したのはつい先日の話。
「よし、じゃあ胴体だけで2メールルくらいにしちゃおうか」
「あははっ。それじゃ頭を乗せられなくなっちゃうよ」
笑っている。おれも、ナツも。
こうやって、いつまでも笑っていたい。
『世界の中核』なんてどうでもいい。おれはナツと一緒にいたい。
ナツと一緒なら、こんな廃れた世界でも生きていける。
そう、思った。
そう、思っていた。
――だけどやっぱり、この世界はもう終わっているのだ。
翌日。
昨日は人数が少なかったため、おとといもよりも減って5体しか完成しなかった。
でもこれで、早くも11体だ。目標まで半分を超えた。
この調子ならあと2、3日で達成するだろう。
「……………………」
けれども、おれは堤防の上で言葉を失っていた。
「あはははっ」
機械的に笑い続けるナツのともだち。
声は枯れないのか、とか、あごは疲れないのか、とか、ずっと心の中で思っていた。
でもさすがに声をかける勇気がでなくて、今に至るわけだけど。
「あはははっ」
「……何なんだよ、いったい」
また減っていた。
おとといまでが20人。昨日は14人。
今日は9人だった。
込み上げてくる。漠然とした怒りが、体の奥からふつふつと押し上げてくる。
おれは堤防を降りて、白いワンピースの女の子に駆け寄る。
「おいっ、どうなってんだ!」
「あ、おはようっ」
「あいさつなんかしてねぇ! おれはどうなってるのか訊いてるんだっ」
「なに? なんでそんなおこってるの?」
「とぼけるなっ!」
自然と声が荒々しくなる。
もはや今のおれにはクールのかけらもなかった。
「なんでこんなに減ってんだよっ」
手でともだち連中を仰ぎながら怒鳴る。
「そ、そんなこと言われても……」
「おまえは何か知ってるんだろ!」
初めて知った。おれにもこんな一面があったのか。
日頃からクールを意識していたから、あまり『怒』の感情の出番はなかった。
とそこで、ふと気づく。
どうしておれは、あいつらが減ってることに怒りを覚えているのだろう。
話したこともないのに、むしろ最初は不気味がっていたのに、どうして――
「ショウくん……」
「あ……」
ナツの緩んだ瞳に、うっすらと涙が浮かんでいた。唇も小刻みに震えている。
そんな姿を見て、おれの頭は急速に冷えていく。
「ごめん、クールたるおれとしたことが……」
謝ると、ナツはぎこちなく笑って首を振る。
「ううん、だいじょうぶだよ。ちょっとびっくりしただけ」
「おれのこと、嫌いにならなかったか?」
「あはは。そんなわけないよ」
彼女はおれを咎めない。笑って許してくれる。
でも、おれは怒って欲しかった。嫌いになって欲しかった。
そうすればきっと、おれは胸を撫で下ろすことができたと思う。
「ナツ……」
おれを咎めない理由。
それはナツ自身も、何か後ろめたいものを感じているからだ。
だからいきなり食ってかかったおれを、いとも簡単に許すのだ。
わかっている。ほんとはわかっている。
怯えているのはおれの方だ。
どうしようもなく、おれは不安なのだ。
だからあんな、激情にも似た怒りに駆られてしまったのだ。
ナツに安心させてもらいたくて、おれはあることを訊こうと口を開く。
そこで一瞬、本当に訊いていいのかと逡巡して止まってしまったけど、おれは思い切って踏み込んだ。
「おまえは、いなくならないよな……?」
それにナツは、
「あははっ」
と笑うだけだった。
そしてみんなに向かって、
「それじゃ、今日もがんばろう!」
恒例となりつつある号令を上げた。
全員が揃ったら、つまりはいつも最後に来るおれが来たら発せられる号令。
これ以上は誰も来ないという合図。だから作業を始めようという合図。
そうして今日も、おれたちは新たな砂だるまを作る。
この日できあがった砂だるまは4体だった。
翌日。
もう驚くことはない。きっとこれは必然なのだ。
おれとナツを除いて、5人しか来なかった。
「おはよう、ショウくん」
「おう」
何十回目かの朝の挨拶を交わす。
砂だるまは着実に増えている。同時に笑い声は、どんどん寂しいものになっていく。
「今日も1日がんばるよーっ!」
ナツの号令。
さぁ、今日も作ろうか。
昨日は3体しか完成させられなかった。
でも、人数を考えれば優秀な数字だとは思う。
「今日はふたりしか来てないな」
「でもでも、砂だるまは18個にもなったよ!」
おれが自嘲気味に言うと、ナツは苦笑混じりで必死に言い繕おうとした。
少しだけ見苦しかったけど、何も言わないでおいてやる。
やがてナツはたったふたりのともだちに向かって、笑顔で言った。
「今日できっと、20個完成すると思う。今までありがとうっ」
それはまるで、別れの言葉のようだった。
「よーし、それじゃ、今日もがんばろーっ!」
ナツは笑顔を絶やさない。
自然に笑っているようにも見えたし、無理に笑っているようにも見えた。
それにどんな想いが込められているのか、おれにはわからない。
やがて日が沈む。西の空が茜色に染まる。
そうして、新たに2体の砂だるまが浜辺に生み出された。
これで20体。
ナツの掲げていた目標を、おれたちは達成した。
夏の終わりを肌で実感するようになった。
風が皮膚の表面の熱を拭う。汗もほとんどかかなくなった。
季節が変わる。秋がすぐそこまで来ている。
おれの大好きな夏が、もう終わろうとしている。
「ついに誰もいなくなったな」
そう言うと、ナツは悲しそうに笑って「そうだね」と頷いた。
眠そうに緩んだ瞳。肩にも届かない短い髪。薄地の白いワンピース。
あれだけ直射日光を浴びておきながら、その体は淡い肌色を保っていた。
「あの、そのね……」
視線を足下に落とし、必死に言葉を探しているナツ。
今までとぼけ続け、もはや言い訳の余地はないことを自覚しているのだろう。今日に至るまで、ナツはどうしてあいつらがいなくなったのかを話すことはなかった。
「わたし……」
そしてきっと、今後もない。
おれは頭を切り替える。いまさら深く考えるつもりはなかった。
「よし、今日も頑張ろう!」
「えっ?」
いつもナツが上げる号令を奪う。
クールたるおれにとっては不似合いだけど、たまにはいいよね。
「がんばるって、なにを?」
ナツが目を点にして訊ねてきた。
おれはできるだけ頬を緩める。
そして万感の意を込めて、こう口にした。
「あと1体だけ作らないか? 今まではナツの目標だったけど、今度はおれの目標」
「え……?」
「もう夏も終わるだろ? だからさ、今年最後の夏の思い出を作りたいんだ」
一瞬、ナツが表情を曇らせた気がした。
確信が持てなかったのは、次の瞬間にはもう笑っていたから。
緩んだ瞳を細めて、無邪気な笑みを浮かべていて。
その表情は、どこまでも儚げで。
「……うんっ!」
そんな快活な返事すら、おれの心を締めつけた。
そういえば、笑ってやるのを忘れていた。
砂だるまには命が宿る、とナツは言っていた。
おれはそれを笑ってやるべく手伝いを申し出たというのに、20体の完成を目指していたためにすっかり失念していた。
今から笑ってやろうか。
ほら見ろ、砂だるまに命が宿るわけねぇじゃねぇか。
そう言いながら、盛大に笑ってやろうか。
……うん、無理だな。
気づかないうちに、おれもナツと一緒に砂だるま作りに励んでいた。
これでナツを笑うってことは、自分自身をも笑うってことだ。
そんなのは嫌だ。
これのためだけにひと夏を費やした。いまさらこの行動を否定したくない。
「ねぇ、ショウくん」
「ん?」
作業している手を動かしたまま、ナツがおそるおそるといった口調で話しかけてきた。
「この夏さ、ずっといっしょだったじゃない?」
「うん」
「その……わたしと一緒にいて、楽しかった?」
「楽しかったよ」
即答すると、ナツは安心したように顔を綻ばす。
次いで「よかったぁ」と安堵のため息。
「おまえはどうだった? おれと過ごしてさ」
「もちろん、すごく楽しかったよ!」
ナツも即答だった。
「そっか」
「うんっ! みんなといっしょにいるのも楽しかったけど、ショウくんといっしょにいるのがいちばん楽しかった!」
みんな、ね。
機械的に笑い続ける、ナツの20人のともだち。
今はもういないあいつらを思い浮かべながら、おれは手元から目を離さずに、
「ありがとな。きっと、おまえなりの気遣いだったんだろ?」
自分でも聞き取れないほど、そう小さく呟く。
「え、なに?」
ナツがおれに目を向けたのがわかる。
けれどおれは振り向かずに、笑いながら誤魔化した。
「相変わらずかわいいやつだな、って言ったんだよ」
うわずったナツの声を聞きながら、おれは手を動かす。
作るのは砂だるま。
おれとナツの、一緒に夏を過ごした証。
そうして、夕方にはほぼ完成した。
バケツを頭に乗せ終え、あとは目と鼻を描くだけ。
おれは木の枝を持つ。
「これで完成だな」
そう言うと、ナツは幸せそうに笑った。
本当に、幸せそうに笑った。
「あくしゅっ」
するとナツが、砂まみれの小さな手を差し出してきた。
おれは何も言わずに応えた。あたたかい、と思った。
そのとき、ひんやりとした風がおれたちを撫でた。
ナツの視線が、水平線に沈んでいく夕日に向けられる。
1日の終わりを告げる夕日。
「もう夏が終わるね」
感慨深そうな、しみじみとした口調。
そうだな、と相づちを打つと、ナツは視線をおれに戻した。
浮かべるのは無邪気な微笑み。
「それじゃ、最後の作業はショウくんにまかせるよっ」
「……おう、任せとけ」
彼女に背を向けて、砂だるまと向き合う。
そしてゆっくりと、右手を持ち上げる。
「ねぇ、ショウくん」
ナツの静かな声が、背中越しに届いてきた。
「いつかさ、わたしは雪だるまと同じって話したの、覚えてる?」
枝の先端を、砂だるまの顔に添える。
「雪だるまはね、冬しか生きられないの」
ゆっくりと、片目を描いていく。
「春が来たら、溶けてなくなっちゃうの」
もう片方の目も、できるかぎりゆっくり描いていく。
「わたしはね、夏なんだ……」
手が震える。
「わたしは、夏しか生きられないんだ……」
枝を持つ手が、自分のものとは思えないほどに震える。
「でもね、心残りとか、そういうのはなんにもないんだよ」
最後のパーツである口を、震える手でなんとか描いていく。
「だって、ショウくんと出会えたおかげで、すごく楽しい夏をすごせたもん」
そしておれは、枝の先端をそっと、砂だるまから離した。
「ありがとう、ショウくん」
唇を噛みしめ、目元を拭う。
「ずっとずっと、いつまでも……元気で、ね…………」
止まらなかった。
涙が止まらなかった。
だけど、どうして泣いているかを、おれは知っている。
悲しんでいるんだ。
漠然とした不安が、確信の込められた悲しみに姿を変えているんだ。
四季は移ろう。
そう、夏は終わる。
おれの嫌いな世界の――
おれの大好きな夏が――
「……完成したぞ、ナツ」
――振り向いた先に、彼女の姿はなかった。
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