ひとりぼっちの王様とわたし

日室千種・ちぐ

文字の大きさ
7 / 7

7話目(最終話)

しおりを挟む
 三の大臣が、頭を低く下げました。
 ナラカ王は、それにお礼を言いました。

「みなしごの身で当時は苦労したが、優れた教育を受けることができたのは私の宝となった。王として務めることができているのは、貴殿のおかげだ。政のしきたりにまだ疎い二人の大臣達も、よく助けてもらっていると聞く」

 いいえ、と三の大臣は言いました。

「私には私の利があったこと。私が王様を孤独にしたのに、その埋め合わせにもなりません。私が王様に結婚を勧めたのは、家族のぬくもりを得ていただきたかったからです。幼い王様を温めたのは、あのぬいぐるみだけだったのですから。しかも私は、かの御方を守りきれなかった」
「よい。今取り返せばいい」

 ナラカ王は堂々と言い、そして雷のように動きました。
 力強く巫女を引き寄せ後ろへ庇うと、巫女の左右を固めていたネスク神殿の兵たちを一瞬で倒しました。


 何事が起こったのかわからず、誰もが呆然としていました。

「な、なぜ! 何をなさるのですか!」

 我にかえって混乱する近衛隊長に、ナラカ王は答えました。

「私が近衛兵の顔を見間違えると思うか。貴様の直属の近衛兵が神殿兵に紛して、何をしようとしている? 巫女への脅しか? それとも三の大臣への脅しか? 大臣達に関する占いも、偽りを言わせたのではないか。よくよく、吟味しなければならん」

 近衛隊長の老いた顔に、恐れの感情が浮かび上がりました。
 周囲を見回しましたが、先ほどまで擦り寄ってきていた人間は、ひとりも残っていませんでした。

「お、お待ちを。そんなことはしておりません! す、すべてその巫女が占ったのです! 私はそれを信じて……。おお、そうです、前王の御子だという占いも、間違いだと? 王様のご出生が明らかになったというのに!」

 ナラカ王は、ため息をつきました。
 みなしごであることに、どうしてそこまでこだわるのか、わからないのです。
 内乱は長く激しく、多くの子供が親を失っています。
 それでも皆、生きています。人であろうと獣人であろうと。何かに縋ったり、自分でもがいたり、支え合ったりして、生きています。

「占いは、正しい」

 近衛隊長の顔が、喜びに輝き出す前に、ナラカ王は真実を告げました。

「貴様が私を謀るのに利用したこの巫女は、三の大臣の養女であり、前王の娘だからだ。娘の顔をよく見れば血筋はわかるはずだが、目が曇るとはこのことだ」

 ナラカ王が布を剥ぎ取ると、年若い巫女の姿が現れました。誰もが、その瑞々しい美しさに目を奪われます。その顔に、前の王と王妃の面影を見た者もいたはずです。
 娘は突然開けた視界に、頭上に真っ黒な兎の耳をぴんと立てて、忙しなく周囲を探りました。そして状況を把握するや、三の大臣の元に駆け寄りました。小動物の様な、愛らしい動作でした。

「三の大臣の娘が、お、王女!? いや、それよりも、その獣人が王女だと……?」
「獣人は、誰のもとにでも、生まれる可能性がある。だが王家に生まれては、獣人を蔑視する過激な者に攻撃されることは明らかだった。だから前王は三の大臣に、王女を孤児として保護するように命じた。そう三の大臣から聞いている。だが、まさかこれほど身近に脅威があったとは。前王はさぞ、心配だっただろう」

「そ、それでは王様は、前王の御子ではないと……」
「御子ではない。俺は、親は知らん。たまたま王女と同じ孤児院に世話になっただけだ」
「な、なんと……!」

 本当は、もう少し語るべき仲ではあったのです。
 途切れることのない探索の目から逃れるために、三の大臣が王女の身柄を引き取ることになった時。去り際に、大事にしていたぬいぐるみを譲られるくらいには。
 そして、三の大臣はナラカを見込み、合意の上で、前王の御子と疑われる囮となるよう、あえて目立つ形で、最上の教育をつけたのです。
 その教育を、ナラカ自身が王として活かすようになるとは、予想していなかったようですが。

「近衛隊長は、前王と王妃の死に際について詳しそうだ。拘束して、喋らせよ」

 ナラカ王の命で、忠実な近衛兵達が動きます。
 彼らは、命じられることが嬉しいかのように目を輝かせて、上司であったはずの近衛隊長をきびきびと連行していきました。
 周囲で事態を見守っていた者達は、誰もがナラカ王を熱のこもった目で見つめました。
 もう、誰も、ナラカ王を心の冷たい王様だ、などと言わないでしょう。
 前王の遺児かもしれないと、訳もなく遠く寂しく感じることも、ないでしょう。
 彼らの前に立つのは、紛れもなく、彼らの素晴らしい王様なのです。




「ナラカ……王様」

 巫女でも王女でもない、三の大臣の娘が、控えめにナラカ王を呼びました。

「救っていただいてありがとうございます。神殿に突然兵を送り込まれ、王様のぬいぐるみを隠したから、失せ物探しの占いでうまく近づき、大臣たちを告発せよと脅されて、このようなことに。騒ぎの元になってしまい、ご迷惑をおかけしました。この償いは、いかようにもお申し付けください。
 ……でも、王様があのぬいぐるみを大事にされていると伺い、私、嬉しかったのです。王様が、あの頃のことをまだ覚えていらっしゃるのだとわかって。だからこそ、信じて、機を待つことができました。
 あなたの治世は、私のような者にも優しい。王様、私は王様を尊敬申し上げております。王様こそ、王様にふさわしい方です。私は、義父と同じく、王様のお役に立ちたくて、この占いを活かして少しでも人々の幸せに貢献したいと、神殿に身を寄せたのです。
 これからも、わずかながらお役に立てるよう、私、精一杯生きていきます。王様も、どうかお元気で……」

 毅然としてそう言う娘を、ナラカ王は眩しく目を細めて見つめます。
 娘の目は、ぬいぐるみと同じ、真っ黒なボタンのよう。
 娘の頭には、ぬいぐるみと同じ、兎の柔らかな長い耳。
 娘の髪は、ぬいぐるみとは違う艶のある黒の巻き毛で、さらさらと風にそよぎます。
 娘の頬は、ぬいぐるみと同じに白く、けれど、きっと触れば、温かいのです。

「あのぬいぐるみは、わたしの心をずっと救い続けてくれた。今回のことで、私は自分の気持ちに向き合う機会を得た。得難い機会だった。
 償いなど必要ない。あなたも、健やかに生きてくれ」

 ナラカ王はそう言って、にっと少年のように笑いました。
 もうナラカ王は押し潰されて冷たく凍ったりはしません。
 ぬいぐるみも戻ってきましたし、なにより、自分には共に歩いてきた仲間がいて、王様としての自分なりの指針は、心の中にきちんとあることが分かったからです。



 その頃、ナラカ王のベッドに転がったぬいぐるみは、にっこりしたようでした。
 きっといい夢を見ているのでしょう。
 その後、ナラカ王のぬいぐるみは、歌になりました。
 それにしばらくの間、子供たちに一番人気のぬいぐるみは、子兎のぬいぐるみになったということですよ。

 

 わたしは真っ白ふっわふわ。
 わたしはもっちりふっかふか。
 わたしは王様のぬいぐるみ。
 疲れ果てて寝る時も、傷ついて眠る時も、そばにいる。
 わたしはとくべつたいせつな、
 王様に寄り添うぬいぐるみ。

 けれど王様は何かを失い、
 冷たく、固く、押しつぶされてしまいそう。
 王様王様、わたしの王様。
 王様はやさしい。王様はつよい。
 だれもがみんな王様が好き。
 いつかきっと思い出して。
 美しく優しい世界があるのだと。
 願うわたしは王様のぬいぐるみ。

しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢

さら
恋愛
 名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。  しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。  王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。  戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。  一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。

【短編】花婿殿に姻族でサプライズしようと隠れていたら「愛することはない」って聞いたんだが。可愛い妹はあげません!

月野槐樹
ファンタジー
妹の結婚式前にサプライズをしようと姻族みんなで隠れていたら、 花婿殿が、「君を愛することはない!」と宣言してしまった。 姻族全員大騒ぎとなった

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

さようなら、たったひとつの

あんど もあ
ファンタジー
メアリは、10年間婚約したディーゴから婚約解消される。 大人しく身を引いたメアリだが、ディーゴは翌日から寝込んでしまい…。

冷遇王妃はときめかない

あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。 だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。

甘そうな話は甘くない

ねこまんまときみどりのことり
ファンタジー
「君には失望したよ。ミレイ傷つけるなんて酷いことを! 婚約解消の通知は君の両親にさせて貰うから、もう会うこともないだろうな!」 言い捨てるような突然の婚約解消に、困惑しかないアマリリス・クライド公爵令嬢。 「ミレイ様とは、どなたのことでしょうか? 私(わたくし)には分かりかねますわ」 「とぼけるのも程ほどにしろっ。まったくこれだから気位の高い女は好かんのだ」 先程から散々不満を並べ立てるのが、アマリリスの婚約者のデバン・クラッチ侯爵令息だ。煌めく碧眼と艶々の長い金髪を腰まで伸ばした長身の全身筋肉。 彼の家門は武に長けた者が多く輩出され、彼もそれに漏れないのだが脳筋過ぎた。 だけど顔は普通。 10人に1人くらいは見かける顔である。 そして自分とは真逆の、大人しくか弱い女性が好みなのだ。 前述のアマリリス・クライド公爵令嬢は猫目で菫色、銀糸のサラサラ髪を持つ美しい令嬢だ。祖母似の容姿の為、特に父方の祖父母に溺愛されている。 そんな彼女は言葉が通じない婚約者に、些かの疲労感を覚えた。 「ミレイ様のことは覚えがないのですが、お話は両親に伝えますわ。それでは」 彼女(アマリリス)が淑女の礼の最中に、それを見終えることなく歩き出したデバンの足取りは軽やかだった。 (漸くだ。あいつの有責で、やっと婚約解消が出来る。こちらに非がなければ、父上も同意するだろう) この婚約はデバン・クラッチの父親、グラナス・クラッチ侯爵からの申し込みであった。クライド公爵家はアマリリスの兄が継ぐので、侯爵家を継ぐデバンは嫁入り先として丁度良いと整ったものだった。  カクヨムさん、小説家になろうさんにも載せています。

サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします

二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位! ※この物語はフィクションです 流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。 当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。

神は激怒した

まる
ファンタジー
おのれえええぇえぇぇぇ……人間どもめぇ。 めっちゃ面倒な事ばっかりして余計な仕事を増やしてくる人間に神様がキレました。 ふわっとした設定ですのでご了承下さいm(_ _)m 世界の設定やら背景はふわふわですので、ん?と思う部分が出てくるかもしれませんがいい感じに個人で補完していただけると幸いです。

処理中です...