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7話目(最終話)
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三の大臣が、頭を低く下げました。
ナラカ王は、それにお礼を言いました。
「みなしごの身で当時は苦労したが、優れた教育を受けることができたのは私の宝となった。王として務めることができているのは、貴殿のおかげだ。政のしきたりにまだ疎い二人の大臣達も、よく助けてもらっていると聞く」
いいえ、と三の大臣は言いました。
「私には私の利があったこと。私が王様を孤独にしたのに、その埋め合わせにもなりません。私が王様に結婚を勧めたのは、家族のぬくもりを得ていただきたかったからです。幼い王様を温めたのは、あのぬいぐるみだけだったのですから。しかも私は、かの御方を守りきれなかった」
「よい。今取り返せばいい」
ナラカ王は堂々と言い、そして雷のように動きました。
力強く巫女を引き寄せ後ろへ庇うと、巫女の左右を固めていたネスク神殿の兵たちを一瞬で倒しました。
何事が起こったのかわからず、誰もが呆然としていました。
「な、なぜ! 何をなさるのですか!」
我にかえって混乱する近衛隊長に、ナラカ王は答えました。
「私が近衛兵の顔を見間違えると思うか。貴様の直属の近衛兵が神殿兵に紛して、何をしようとしている? 巫女への脅しか? それとも三の大臣への脅しか? 大臣達に関する占いも、偽りを言わせたのではないか。よくよく、吟味しなければならん」
近衛隊長の老いた顔に、恐れの感情が浮かび上がりました。
周囲を見回しましたが、先ほどまで擦り寄ってきていた人間は、ひとりも残っていませんでした。
「お、お待ちを。そんなことはしておりません! す、すべてその巫女が占ったのです! 私はそれを信じて……。おお、そうです、前王の御子だという占いも、間違いだと? 王様のご出生が明らかになったというのに!」
ナラカ王は、ため息をつきました。
みなしごであることに、どうしてそこまでこだわるのか、わからないのです。
内乱は長く激しく、多くの子供が親を失っています。
それでも皆、生きています。人であろうと獣人であろうと。何かに縋ったり、自分でもがいたり、支え合ったりして、生きています。
「占いは、正しい」
近衛隊長の顔が、喜びに輝き出す前に、ナラカ王は真実を告げました。
「貴様が私を謀るのに利用したこの巫女は、三の大臣の養女であり、前王の娘だからだ。娘の顔をよく見れば血筋はわかるはずだが、目が曇るとはこのことだ」
ナラカ王が布を剥ぎ取ると、年若い巫女の姿が現れました。誰もが、その瑞々しい美しさに目を奪われます。その顔に、前の王と王妃の面影を見た者もいたはずです。
娘は突然開けた視界に、頭上に真っ黒な兎の耳をぴんと立てて、忙しなく周囲を探りました。そして状況を把握するや、三の大臣の元に駆け寄りました。小動物の様な、愛らしい動作でした。
「三の大臣の娘が、お、王女!? いや、それよりも、その獣人が王女だと……?」
「獣人は、誰のもとにでも、生まれる可能性がある。だが王家に生まれては、獣人を蔑視する過激な者に攻撃されることは明らかだった。だから前王は三の大臣に、王女を孤児として保護するように命じた。そう三の大臣から聞いている。だが、まさかこれほど身近に脅威があったとは。前王はさぞ、心配だっただろう」
「そ、それでは王様は、前王の御子ではないと……」
「御子ではない。俺は、親は知らん。たまたま王女と同じ孤児院に世話になっただけだ」
「な、なんと……!」
本当は、もう少し語るべき仲ではあったのです。
途切れることのない探索の目から逃れるために、三の大臣が王女の身柄を引き取ることになった時。去り際に、大事にしていたぬいぐるみを譲られるくらいには。
そして、三の大臣はナラカを見込み、合意の上で、前王の御子と疑われる囮となるよう、あえて目立つ形で、最上の教育をつけたのです。
その教育を、ナラカ自身が王として活かすようになるとは、予想していなかったようですが。
「近衛隊長は、前王と王妃の死に際について詳しそうだ。拘束して、喋らせよ」
ナラカ王の命で、忠実な近衛兵達が動きます。
彼らは、命じられることが嬉しいかのように目を輝かせて、上司であったはずの近衛隊長をきびきびと連行していきました。
周囲で事態を見守っていた者達は、誰もがナラカ王を熱のこもった目で見つめました。
もう、誰も、ナラカ王を心の冷たい王様だ、などと言わないでしょう。
前王の遺児かもしれないと、訳もなく遠く寂しく感じることも、ないでしょう。
彼らの前に立つのは、紛れもなく、彼らの素晴らしい王様なのです。
「ナラカ……王様」
巫女でも王女でもない、三の大臣の娘が、控えめにナラカ王を呼びました。
「救っていただいてありがとうございます。神殿に突然兵を送り込まれ、王様のぬいぐるみを隠したから、失せ物探しの占いでうまく近づき、大臣たちを告発せよと脅されて、このようなことに。騒ぎの元になってしまい、ご迷惑をおかけしました。この償いは、いかようにもお申し付けください。
……でも、王様があのぬいぐるみを大事にされていると伺い、私、嬉しかったのです。王様が、あの頃のことをまだ覚えていらっしゃるのだとわかって。だからこそ、信じて、機を待つことができました。
あなたの治世は、私のような者にも優しい。王様、私は王様を尊敬申し上げております。王様こそ、王様にふさわしい方です。私は、義父と同じく、王様のお役に立ちたくて、この占いを活かして少しでも人々の幸せに貢献したいと、神殿に身を寄せたのです。
これからも、わずかながらお役に立てるよう、私、精一杯生きていきます。王様も、どうかお元気で……」
毅然としてそう言う娘を、ナラカ王は眩しく目を細めて見つめます。
娘の目は、ぬいぐるみと同じ、真っ黒なボタンのよう。
娘の頭には、ぬいぐるみと同じ、兎の柔らかな長い耳。
娘の髪は、ぬいぐるみとは違う艶のある黒の巻き毛で、さらさらと風にそよぎます。
娘の頬は、ぬいぐるみと同じに白く、けれど、きっと触れば、温かいのです。
「あのぬいぐるみは、わたしの心をずっと救い続けてくれた。今回のことで、私は自分の気持ちに向き合う機会を得た。得難い機会だった。
償いなど必要ない。あなたも、健やかに生きてくれ」
ナラカ王はそう言って、にっと少年のように笑いました。
もうナラカ王は押し潰されて冷たく凍ったりはしません。
ぬいぐるみも戻ってきましたし、なにより、自分には共に歩いてきた仲間がいて、王様としての自分なりの指針は、心の中にきちんとあることが分かったからです。
その頃、ナラカ王のベッドに転がったぬいぐるみは、にっこりしたようでした。
きっといい夢を見ているのでしょう。
その後、ナラカ王のぬいぐるみは、歌になりました。
それにしばらくの間、子供たちに一番人気のぬいぐるみは、子兎のぬいぐるみになったということですよ。
わたしは真っ白ふっわふわ。
わたしはもっちりふっかふか。
わたしは王様のぬいぐるみ。
疲れ果てて寝る時も、傷ついて眠る時も、そばにいる。
わたしはとくべつたいせつな、
王様に寄り添うぬいぐるみ。
けれど王様は何かを失い、
冷たく、固く、押しつぶされてしまいそう。
王様王様、わたしの王様。
王様はやさしい。王様はつよい。
だれもがみんな王様が好き。
いつかきっと思い出して。
美しく優しい世界があるのだと。
願うわたしは王様のぬいぐるみ。
ナラカ王は、それにお礼を言いました。
「みなしごの身で当時は苦労したが、優れた教育を受けることができたのは私の宝となった。王として務めることができているのは、貴殿のおかげだ。政のしきたりにまだ疎い二人の大臣達も、よく助けてもらっていると聞く」
いいえ、と三の大臣は言いました。
「私には私の利があったこと。私が王様を孤独にしたのに、その埋め合わせにもなりません。私が王様に結婚を勧めたのは、家族のぬくもりを得ていただきたかったからです。幼い王様を温めたのは、あのぬいぐるみだけだったのですから。しかも私は、かの御方を守りきれなかった」
「よい。今取り返せばいい」
ナラカ王は堂々と言い、そして雷のように動きました。
力強く巫女を引き寄せ後ろへ庇うと、巫女の左右を固めていたネスク神殿の兵たちを一瞬で倒しました。
何事が起こったのかわからず、誰もが呆然としていました。
「な、なぜ! 何をなさるのですか!」
我にかえって混乱する近衛隊長に、ナラカ王は答えました。
「私が近衛兵の顔を見間違えると思うか。貴様の直属の近衛兵が神殿兵に紛して、何をしようとしている? 巫女への脅しか? それとも三の大臣への脅しか? 大臣達に関する占いも、偽りを言わせたのではないか。よくよく、吟味しなければならん」
近衛隊長の老いた顔に、恐れの感情が浮かび上がりました。
周囲を見回しましたが、先ほどまで擦り寄ってきていた人間は、ひとりも残っていませんでした。
「お、お待ちを。そんなことはしておりません! す、すべてその巫女が占ったのです! 私はそれを信じて……。おお、そうです、前王の御子だという占いも、間違いだと? 王様のご出生が明らかになったというのに!」
ナラカ王は、ため息をつきました。
みなしごであることに、どうしてそこまでこだわるのか、わからないのです。
内乱は長く激しく、多くの子供が親を失っています。
それでも皆、生きています。人であろうと獣人であろうと。何かに縋ったり、自分でもがいたり、支え合ったりして、生きています。
「占いは、正しい」
近衛隊長の顔が、喜びに輝き出す前に、ナラカ王は真実を告げました。
「貴様が私を謀るのに利用したこの巫女は、三の大臣の養女であり、前王の娘だからだ。娘の顔をよく見れば血筋はわかるはずだが、目が曇るとはこのことだ」
ナラカ王が布を剥ぎ取ると、年若い巫女の姿が現れました。誰もが、その瑞々しい美しさに目を奪われます。その顔に、前の王と王妃の面影を見た者もいたはずです。
娘は突然開けた視界に、頭上に真っ黒な兎の耳をぴんと立てて、忙しなく周囲を探りました。そして状況を把握するや、三の大臣の元に駆け寄りました。小動物の様な、愛らしい動作でした。
「三の大臣の娘が、お、王女!? いや、それよりも、その獣人が王女だと……?」
「獣人は、誰のもとにでも、生まれる可能性がある。だが王家に生まれては、獣人を蔑視する過激な者に攻撃されることは明らかだった。だから前王は三の大臣に、王女を孤児として保護するように命じた。そう三の大臣から聞いている。だが、まさかこれほど身近に脅威があったとは。前王はさぞ、心配だっただろう」
「そ、それでは王様は、前王の御子ではないと……」
「御子ではない。俺は、親は知らん。たまたま王女と同じ孤児院に世話になっただけだ」
「な、なんと……!」
本当は、もう少し語るべき仲ではあったのです。
途切れることのない探索の目から逃れるために、三の大臣が王女の身柄を引き取ることになった時。去り際に、大事にしていたぬいぐるみを譲られるくらいには。
そして、三の大臣はナラカを見込み、合意の上で、前王の御子と疑われる囮となるよう、あえて目立つ形で、最上の教育をつけたのです。
その教育を、ナラカ自身が王として活かすようになるとは、予想していなかったようですが。
「近衛隊長は、前王と王妃の死に際について詳しそうだ。拘束して、喋らせよ」
ナラカ王の命で、忠実な近衛兵達が動きます。
彼らは、命じられることが嬉しいかのように目を輝かせて、上司であったはずの近衛隊長をきびきびと連行していきました。
周囲で事態を見守っていた者達は、誰もがナラカ王を熱のこもった目で見つめました。
もう、誰も、ナラカ王を心の冷たい王様だ、などと言わないでしょう。
前王の遺児かもしれないと、訳もなく遠く寂しく感じることも、ないでしょう。
彼らの前に立つのは、紛れもなく、彼らの素晴らしい王様なのです。
「ナラカ……王様」
巫女でも王女でもない、三の大臣の娘が、控えめにナラカ王を呼びました。
「救っていただいてありがとうございます。神殿に突然兵を送り込まれ、王様のぬいぐるみを隠したから、失せ物探しの占いでうまく近づき、大臣たちを告発せよと脅されて、このようなことに。騒ぎの元になってしまい、ご迷惑をおかけしました。この償いは、いかようにもお申し付けください。
……でも、王様があのぬいぐるみを大事にされていると伺い、私、嬉しかったのです。王様が、あの頃のことをまだ覚えていらっしゃるのだとわかって。だからこそ、信じて、機を待つことができました。
あなたの治世は、私のような者にも優しい。王様、私は王様を尊敬申し上げております。王様こそ、王様にふさわしい方です。私は、義父と同じく、王様のお役に立ちたくて、この占いを活かして少しでも人々の幸せに貢献したいと、神殿に身を寄せたのです。
これからも、わずかながらお役に立てるよう、私、精一杯生きていきます。王様も、どうかお元気で……」
毅然としてそう言う娘を、ナラカ王は眩しく目を細めて見つめます。
娘の目は、ぬいぐるみと同じ、真っ黒なボタンのよう。
娘の頭には、ぬいぐるみと同じ、兎の柔らかな長い耳。
娘の髪は、ぬいぐるみとは違う艶のある黒の巻き毛で、さらさらと風にそよぎます。
娘の頬は、ぬいぐるみと同じに白く、けれど、きっと触れば、温かいのです。
「あのぬいぐるみは、わたしの心をずっと救い続けてくれた。今回のことで、私は自分の気持ちに向き合う機会を得た。得難い機会だった。
償いなど必要ない。あなたも、健やかに生きてくれ」
ナラカ王はそう言って、にっと少年のように笑いました。
もうナラカ王は押し潰されて冷たく凍ったりはしません。
ぬいぐるみも戻ってきましたし、なにより、自分には共に歩いてきた仲間がいて、王様としての自分なりの指針は、心の中にきちんとあることが分かったからです。
その頃、ナラカ王のベッドに転がったぬいぐるみは、にっこりしたようでした。
きっといい夢を見ているのでしょう。
その後、ナラカ王のぬいぐるみは、歌になりました。
それにしばらくの間、子供たちに一番人気のぬいぐるみは、子兎のぬいぐるみになったということですよ。
わたしは真っ白ふっわふわ。
わたしはもっちりふっかふか。
わたしは王様のぬいぐるみ。
疲れ果てて寝る時も、傷ついて眠る時も、そばにいる。
わたしはとくべつたいせつな、
王様に寄り添うぬいぐるみ。
けれど王様は何かを失い、
冷たく、固く、押しつぶされてしまいそう。
王様王様、わたしの王様。
王様はやさしい。王様はつよい。
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