運動会、つないだ手、もう一度

日室千種・ちぐ

文字の大きさ
9 / 9

つないだ手

しおりを挟む
「あ、の。ごめんね、わたしばっかり勢いづいて」

 もう、泣きそうだった。

「いろいろ、いらないこと言ったかも。別にその、重たく縋るとかのつもりなくて。ただ、そういう方法もあるって思って。だから、うん、近くなくても、機会があれば会おうね……」

 勘違い。先走りすぎ。気を遣いすぎで重い。差し出しすぎ。切り売りしすぎで、引く。
 思春期に、仕事先で、かつて言われた言葉が、脳裏をぐちゃぐちゃにかき混ぜた。
 いつも大袈裟で、誰も求めてないことを、さもやってあげると言いたげに大仰に差し出して、るのかな、私。
 ――恥ずかしい。

 今日はもう帰ろうと思った。
 お腹が痛いとか、頭が痛いとか適当にでっち上げてでも。だってもう、目が涙を溜めるのも限界だ。いやもう、いいや。なにもかも。
 くるりと踵を返して、走り出す。何よりも得意だったことを、今するだけだ。
 でも。

「待って」

 あっという間に追いつかれた。
 ぐいって引っ張られて、どんとおでこが硬いものにぶつかって、丸めた背中も温かくなった。真下を向いた視界には、さっきまで離れたところにいたはずの、佐山君のスニーカー。

「待って、嬉しいんだけど、俺まだ何も言ってないから、甘やかされすぎてるから、ちょっとだけ待ってほしい」

 待つ。待つけど、ちょっと涙と、あと鼻水拭いてもいいかな。
 でも佐山君は待ってくれない。
 ぎゅうぎゅうってされるけど、私としては鼻水を佐山君に付けるわけにはいかなくて、ですね! 断固、頭で押し返して抵抗するからね!

「あのね、遠くて会えなくて構わないって言ったわけじゃないんだ。そうじゃなくて、俺の任期がいつまでか分からないけど、普段遠くて、寂しくてたまらなくなったら――すごく希望的観測で言うんだけど――もういっそ早く結婚しようって気になってくれるんじゃないかなって」

 今度は、私がしんとする番だった。
 何にも嫌だったわけはないけれど。飲み込めない。
 鼻水は少し垂れてきたけど、すすれないし。

 え、なにこれ。プロポーズかな。
 離れるのは辛くて悲しいとしか思えなかったのに。
 一時離れる寂しさの向こうに、ずっと一緒にいられる未来が見えて、急に心が跳ね上がった。
 運動会の日、佐山君の走りを見たときみたいに。

「斉木さ……ちせ? あの、プロポーズ、ではあるんだけど。でも今勢いで言っちゃったから。絶対またちゃんと言うから、これは予約。いい? いいかな? 俺、先走りすぎたかな?」

 私が静かなせいで慌てだした佐山君の胸元に、私はぐりぐりと頭をこすりつけた。
 もう涙がどばどば出てるから、鼻水の形跡はきっとわからない。わからないはず。わからないことに、賭ける。
 女は度胸だ。
 私はえい、と顔を上げた。

「プロポーズでいい。すごく嬉しい。嬉しくて泣きすぎて、今すごく酷い顔になってるの。でも、これだけは顔見て言いたい」
「ほんとだ、すごく泣いてる」

 驚いた顔の佐山君は、やっぱり目だけはとろりと優しい。

「佐山君の、どんな状況もポジティブに捉えるところ、とても好き。なかなかできないもの。尊敬する。あの、放送係のときも、上手だったし、かっこよかったよ。あと、運動会のリレー、走る姿に実はときめいてた。だから、だから、嬉しい」

 佐山君はじっと私を見たまま、目元を赤く染めた。

「俺は、自分の全てをもって相手を助けようとするちせが、眩しいよ。女神みたいだ」
「それは、言い過ぎ!」
「う、ちょっと照れる。でも俺にとっては本当で。でもそんなちせが傷つかないように、見守りたいとも思う」
「……あ、ありがとう」

 私たちはそれからしばらく黙って見つめ合って。
 それから、手をつないで歩き出した。

 手をつなぐのは、運動会で私が佐山君を放送席に引っ張っていった時以来だ。
 あの時とはまったく違う、大きな手。
 今日も明日も平日で、明日は私も職場に顔を出さなければならないから、実家までのほんの数分だけど。

 きっとこれからは、この手とずっと手をつなぐのだ。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

俺に抱かれる覚悟をしろ〜俺様御曹司の溺愛

ラヴ KAZU
恋愛
みゆは付き合う度に騙されて男性不信になり もう絶対に男性の言葉は信じないと決心した。 そんなある日会社の休憩室で一人の男性と出会う これが桂木廉也との出会いである。 廉也はみゆに信じられない程の愛情を注ぐ。 みゆは一瞬にして廉也と恋に落ちたが同じ過ちを犯してはいけないと廉也と距離を取ろうとする。 以前愛した御曹司龍司との別れ、それは会社役員に結婚を反対された為だった。 二人の恋の行方は……

俺と結婚してくれ〜若き御曹司の真実の愛

ラヴ KAZU
恋愛
村藤潤一郎 潤一郎は村藤コーポレーションの社長を就任したばかりの二十五歳。 大学卒業後、海外に留学した。 過去の恋愛にトラウマを抱えていた。 そんな時、気になる女性社員と巡り会う。 八神あやか 村藤コーポレーション社員の四十歳。 過去の恋愛にトラウマを抱えて、男性の言葉を信じられない。 恋人に騙されて借金を払う生活を送っていた。 そんな時、バッグを取られ、怪我をして潤一郎のマンションでお世話になる羽目に...... 八神あやかは元恋人に騙されて借金を払う生活を送っていた。そんな矢先あやかの勤める村藤コーポレーション社長村藤潤一郎と巡り会う。ある日あやかはバッグを取られ、怪我をする。あやかを放っておけない潤一郎は自分のマンションへ誘った。あやかは優しい潤一郎に惹かれて行くが、会社が倒産の危機にあり、合併先のお嬢さんと婚約すると知る。潤一郎はあやかへの愛を貫こうとするが、あやかは潤一郎の前から姿を消すのであった。

私は秘書?

陽紫葵
恋愛
社内で、好きになってはいけない人を好きになって・・・。 1度は諦めたが、再会して・・・。 ※仕事内容、詳しくはご想像にお任せします。

お前が欲しくて堪らない〜年下御曹司との政略結婚

ラヴ KAZU
恋愛
忌まわしい過去から抜けられず、恋愛に臆病になっているアラフォー葉村美鈴。 五歳の時の初恋相手との結婚を願っている若き御曹司戸倉慶。 ある日美鈴の父親の会社の借金を支払う代わりに美鈴との政略結婚を申し出た慶。 年下御曹司との政略結婚に幸せを感じることが出来ず、諦めていたが、信じられない慶の愛情に困惑する美鈴。 慶に惹かれる気持ちと過去のトラウマから男性を拒否してしまう身体。 二人の恋の行方は……

嘘をつく唇に優しいキスを

松本ユミ
恋愛
いつだって私は本音を隠して嘘をつくーーー。 桜井麻里奈は優しい同期の新庄湊に恋をした。 だけど、湊には学生時代から付き合っている彼女がいることを知りショックを受ける。 麻里奈はこの恋心が叶わないなら自分の気持ちに嘘をつくからせめて同期として隣で笑い合うことだけは許してほしいと密かに思っていた。 そんなある日、湊が『結婚する』という話を聞いてしまい……。

借りてきたカレ

しじましろ
恋愛
都合の良い存在であるはずのレンタル彼氏に振り回されて…… あらすじ システムエンジニアの萩野みさをは、仕事中毒でゾンビのような見た目になるほど働いている。 人の良さにつけ込まれ、面倒な仕事を押しつけられたり、必要のない物を買わされたり、損ばかりしているが、本人は好きでやっていることとあまり気にしていない。 人並みに結婚願望はあるものの、三十歳過ぎても男性経験はゼロ。 しかし、レンタル彼氏・キキとの出会いが、そんな色の無いみさをの日常を大きく変えていく。 基本的にはカラッと明るいラブコメですが、生き馬の目を抜くIT企業のお仕事ものでもあるので、癖のあるサブキャラや意外な展開もお楽しみください!

12年目の恋物語

真矢すみれ
恋愛
生まれつき心臓の悪い少女陽菜(はるな)と、12年間同じクラス、隣の家に住む幼なじみの男の子叶太(かなた)は学校公認カップルと呼ばれるほどに仲が良く、同じ時間を過ごしていた。 だけど、陽菜はある日、叶太が自分の身体に責任を感じて、ずっと一緒にいてくれるのだと知り、叶太から離れることを決意をする。 すれ違う想い。陽菜を好きな先輩の出現。二人を見守り、何とか想いが通じるようにと奔走する友人たち。 2人が結ばれるまでの物語。 第一部「12年目の恋物語」完結 第二部「13年目のやさしい願い」完結 第三部「14年目の永遠の誓い」←順次公開中 ※ベリーズカフェと小説家になろうにも公開しています。

私が素直になったとき……君の甘過ぎる溺愛が止まらない

朝陽七彩
恋愛
十五年ぶりに君に再開して。 止まっていた時が。 再び、動き出す―――。 *◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦* 衣川遥稀(いがわ はるき) 好きな人に素直になることができない 松尾聖志(まつお さとし) イケメンで人気者 *◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*◦*

処理中です...