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つないだ手
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「あ、の。ごめんね、わたしばっかり勢いづいて」
もう、泣きそうだった。
「いろいろ、いらないこと言ったかも。別にその、重たく縋るとかのつもりなくて。ただ、そういう方法もあるって思って。だから、うん、近くなくても、機会があれば会おうね……」
勘違い。先走りすぎ。気を遣いすぎで重い。差し出しすぎ。切り売りしすぎで、引く。
思春期に、仕事先で、かつて言われた言葉が、脳裏をぐちゃぐちゃにかき混ぜた。
いつも大袈裟で、誰も求めてないことを、さもやってあげると言いたげに大仰に差し出して、るのかな、私。
――恥ずかしい。
今日はもう帰ろうと思った。
お腹が痛いとか、頭が痛いとか適当にでっち上げてでも。だってもう、目が涙を溜めるのも限界だ。いやもう、いいや。なにもかも。
くるりと踵を返して、走り出す。何よりも得意だったことを、今するだけだ。
でも。
「待って」
あっという間に追いつかれた。
ぐいって引っ張られて、どんとおでこが硬いものにぶつかって、丸めた背中も温かくなった。真下を向いた視界には、さっきまで離れたところにいたはずの、佐山君のスニーカー。
「待って、嬉しいんだけど、俺まだ何も言ってないから、甘やかされすぎてるから、ちょっとだけ待ってほしい」
待つ。待つけど、ちょっと涙と、あと鼻水拭いてもいいかな。
でも佐山君は待ってくれない。
ぎゅうぎゅうってされるけど、私としては鼻水を佐山君に付けるわけにはいかなくて、ですね! 断固、頭で押し返して抵抗するからね!
「あのね、遠くて会えなくて構わないって言ったわけじゃないんだ。そうじゃなくて、俺の任期がいつまでか分からないけど、普段遠くて、寂しくてたまらなくなったら――すごく希望的観測で言うんだけど――もういっそ早く結婚しようって気になってくれるんじゃないかなって」
今度は、私がしんとする番だった。
何にも嫌だったわけはないけれど。飲み込めない。
鼻水は少し垂れてきたけど、すすれないし。
え、なにこれ。プロポーズかな。
離れるのは辛くて悲しいとしか思えなかったのに。
一時離れる寂しさの向こうに、ずっと一緒にいられる未来が見えて、急に心が跳ね上がった。
運動会の日、佐山君の走りを見たときみたいに。
「斉木さ……ちせ? あの、プロポーズ、ではあるんだけど。でも今勢いで言っちゃったから。絶対またちゃんと言うから、これは予約。いい? いいかな? 俺、先走りすぎたかな?」
私が静かなせいで慌てだした佐山君の胸元に、私はぐりぐりと頭をこすりつけた。
もう涙がどばどば出てるから、鼻水の形跡はきっとわからない。わからないはず。わからないことに、賭ける。
女は度胸だ。
私はえい、と顔を上げた。
「プロポーズでいい。すごく嬉しい。嬉しくて泣きすぎて、今すごく酷い顔になってるの。でも、これだけは顔見て言いたい」
「ほんとだ、すごく泣いてる」
驚いた顔の佐山君は、やっぱり目だけはとろりと優しい。
「佐山君の、どんな状況もポジティブに捉えるところ、とても好き。なかなかできないもの。尊敬する。あの、放送係のときも、上手だったし、かっこよかったよ。あと、運動会のリレー、走る姿に実はときめいてた。だから、だから、嬉しい」
佐山君はじっと私を見たまま、目元を赤く染めた。
「俺は、自分の全てをもって相手を助けようとするちせが、眩しいよ。女神みたいだ」
「それは、言い過ぎ!」
「う、ちょっと照れる。でも俺にとっては本当で。でもそんなちせが傷つかないように、見守りたいとも思う」
「……あ、ありがとう」
私たちはそれからしばらく黙って見つめ合って。
それから、手をつないで歩き出した。
手をつなぐのは、運動会で私が佐山君を放送席に引っ張っていった時以来だ。
あの時とはまったく違う、大きな手。
今日も明日も平日で、明日は私も職場に顔を出さなければならないから、実家までのほんの数分だけど。
きっとこれからは、この手とずっと手をつなぐのだ。
もう、泣きそうだった。
「いろいろ、いらないこと言ったかも。別にその、重たく縋るとかのつもりなくて。ただ、そういう方法もあるって思って。だから、うん、近くなくても、機会があれば会おうね……」
勘違い。先走りすぎ。気を遣いすぎで重い。差し出しすぎ。切り売りしすぎで、引く。
思春期に、仕事先で、かつて言われた言葉が、脳裏をぐちゃぐちゃにかき混ぜた。
いつも大袈裟で、誰も求めてないことを、さもやってあげると言いたげに大仰に差し出して、るのかな、私。
――恥ずかしい。
今日はもう帰ろうと思った。
お腹が痛いとか、頭が痛いとか適当にでっち上げてでも。だってもう、目が涙を溜めるのも限界だ。いやもう、いいや。なにもかも。
くるりと踵を返して、走り出す。何よりも得意だったことを、今するだけだ。
でも。
「待って」
あっという間に追いつかれた。
ぐいって引っ張られて、どんとおでこが硬いものにぶつかって、丸めた背中も温かくなった。真下を向いた視界には、さっきまで離れたところにいたはずの、佐山君のスニーカー。
「待って、嬉しいんだけど、俺まだ何も言ってないから、甘やかされすぎてるから、ちょっとだけ待ってほしい」
待つ。待つけど、ちょっと涙と、あと鼻水拭いてもいいかな。
でも佐山君は待ってくれない。
ぎゅうぎゅうってされるけど、私としては鼻水を佐山君に付けるわけにはいかなくて、ですね! 断固、頭で押し返して抵抗するからね!
「あのね、遠くて会えなくて構わないって言ったわけじゃないんだ。そうじゃなくて、俺の任期がいつまでか分からないけど、普段遠くて、寂しくてたまらなくなったら――すごく希望的観測で言うんだけど――もういっそ早く結婚しようって気になってくれるんじゃないかなって」
今度は、私がしんとする番だった。
何にも嫌だったわけはないけれど。飲み込めない。
鼻水は少し垂れてきたけど、すすれないし。
え、なにこれ。プロポーズかな。
離れるのは辛くて悲しいとしか思えなかったのに。
一時離れる寂しさの向こうに、ずっと一緒にいられる未来が見えて、急に心が跳ね上がった。
運動会の日、佐山君の走りを見たときみたいに。
「斉木さ……ちせ? あの、プロポーズ、ではあるんだけど。でも今勢いで言っちゃったから。絶対またちゃんと言うから、これは予約。いい? いいかな? 俺、先走りすぎたかな?」
私が静かなせいで慌てだした佐山君の胸元に、私はぐりぐりと頭をこすりつけた。
もう涙がどばどば出てるから、鼻水の形跡はきっとわからない。わからないはず。わからないことに、賭ける。
女は度胸だ。
私はえい、と顔を上げた。
「プロポーズでいい。すごく嬉しい。嬉しくて泣きすぎて、今すごく酷い顔になってるの。でも、これだけは顔見て言いたい」
「ほんとだ、すごく泣いてる」
驚いた顔の佐山君は、やっぱり目だけはとろりと優しい。
「佐山君の、どんな状況もポジティブに捉えるところ、とても好き。なかなかできないもの。尊敬する。あの、放送係のときも、上手だったし、かっこよかったよ。あと、運動会のリレー、走る姿に実はときめいてた。だから、だから、嬉しい」
佐山君はじっと私を見たまま、目元を赤く染めた。
「俺は、自分の全てをもって相手を助けようとするちせが、眩しいよ。女神みたいだ」
「それは、言い過ぎ!」
「う、ちょっと照れる。でも俺にとっては本当で。でもそんなちせが傷つかないように、見守りたいとも思う」
「……あ、ありがとう」
私たちはそれからしばらく黙って見つめ合って。
それから、手をつないで歩き出した。
手をつなぐのは、運動会で私が佐山君を放送席に引っ張っていった時以来だ。
あの時とはまったく違う、大きな手。
今日も明日も平日で、明日は私も職場に顔を出さなければならないから、実家までのほんの数分だけど。
きっとこれからは、この手とずっと手をつなぐのだ。
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