見返り坂 ~いなり横丁~

遠藤 まな

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~さすらいの座敷わらし~

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「さて、今日は何を食べようかな?」
 ひと仕事終えて一息ついた入道さんはGPSの渋滞情報の確認しながら独り言を呟いていた。
 日本全国を走る長距離のトラックドライバーの入道さんの楽しみは、うまくて安いお店の食事を食べる事で、運転手仲間の口コミを頼りに各地のお店を訪れる事もよくあった。
 次の荷受け場所までのルートを考えて、途中にある県境の国道沿いにある定食屋で食事をとる事にして、相棒の進路を定食屋へ変える。
 若い頃はラーメン屋などで食事をする事が多かったが、年を重ねたせいか、ご飯に味噌汁、焼き魚に漬物があれば最高のご馳走だと思えるようになった入道さんだった。
 今向かっている定食屋は仙台味噌の味噌汁を出すお店で、運が良ければ、冬なら牡蠣の炊き込みご飯、夏ならホヤ飯を食べる事が出来る事もあった。
 目的の定食屋に到着すると、駐車場に停車しているトラックや乗用車の数はいつもより少なかった。入道さんは相棒を店の入り口近くの空きスペースに相棒を停車させる。
「…ん?」
 車から降りた入道さんの目に場違いな小さな子供の姿が入ってきた。それは多くの車行きかう国道沿いの歩道で、地図を広げてそれを熱心に見ているおかっぱ頭の幼稚園児ぐらいの女の子の姿だった。
 気にはなったが事故に遭うような危険な様子はなかったので、入道さんはそのまま定食屋に入る事にする。
 定食屋で日替わり定食を食べた入道さんが店の外に出ると、女の子はまだ地図を眺めている。あまりにもそれが気になった入道さんは、少女に声をかける事にした。
「お嬢ちゃん、どうしたのかな?」
 大きな体にスキンヘッド、黒いサングラス姿の入道さんは怖い人の印象を持たれる事が多いのを知っているので、少女を怖がらせないようにサングラスを外し、優しい声で少女に話しかける。
「…」
 入道さんに声をかけられた少女は、驚いた表情になって無言で入道さんを見返した。
「さっきから地図見てるみたいだけど、お父さんやお母さんは?」
 入道さんの問いかけに少女は無言で左右に首を振る。
「どこかに行きたいのかな?」
 今度の質問には少女はこくりと頷いた。
「どこに行きたいのかおじさんに教えてくれるかな?」
「…ここ」
 少女は口を開くと地図の端の方を指し示した。その場所に入道さんはさっと目で追って場所を確認した。
「ここからだと結構遠いな…車でも20分はかかる」
 そんな入道さんの言葉を聞いた少女は「遠い?」と言いながら小首を傾げる。
「遠いよ…歩いて行くつもりだったの?」
 少女は頷いたが、ここは国道沿いではあるがバス路線ではないし、電車も近くには走っていない。こんな小さな子供の足では目的地に着くのに何時間かかるかわからなかったし、そもそも無事にたどり着けるかさえ怪しい。少し悩んだ入道さんだったが次の仕事の予定までまだ時間があったので、少女に目的地まで送ろうかと提案した。
「…いいの?」
「小さな子が一人じゃ危ないからね」
「ありがとう」
 少女はそう言うと、初めて笑顔を見せた。
「おじさんの車はあれだよ」
 そう言って入道さんは駐車場に停めてある相棒を指さし、少女を伴って歩き出した。
 少女を助手席に抱え上げて乗せてから、自分も運転席に座ると、少女の目的地に目指して走り始める。
「…何しに行くのかな?」
 気になったので、入道さんが少女に尋ねると少女は「新しいおうち」と一言答えた。
「お引越しかな? …どうしてひとりなのかな? お父さんやお母さんは新しいおうちにいるの?」
 どうも少女の話がおかしいので、入道さんは質問を続ける。
「新しいおうち…お友達」
「引っ越したお友達に会いに行くのかな?」
「…いっぱい遊ぶの」
「お父さんやお母さんはその事知ってるのかな?」
「…大丈夫」
 大丈夫ではない気がする。下手をすれば誘拐犯と間違えられかねないが、乗りかかった船だと諦めて、入道さんは少女を早く送り届けるしかないと、アクセルを踏み込んだ。
 幸い道が空いていたのもあって、予想よりかなり早めに少女を目的地で下ろすことができた。
 車から降りた少女は入道さんに礼を言うと、何度も振り返っては無邪気な様子で手を大きく振って、農家と思われる大きな古い家の中へ入って行く。
「やれやれ…」
 トラブルもなく少女を目的地に送り届けた入道さんはほっと息をついた。
「…ちょっとまずかったかなぁ」
 親に無断で少女が引っ越した友達に会いに出てきたのではないか? としか考えられなかった入道さんは、友達の親が少女の親に連絡を入れるだろうと思うことにして、思考を仕事モードへ切り替え、次の仕事先に向かう。
 その後、警察からの問い合わせなどのトラブルなども一切なかったので、入道さんは自然におかっぱの少女の事は忘れる事となった。

「…あれ?」
 高速道路のパーキングエリアでトイレから戻ろうとした時の事、入道さんは愛車の前にいる見覚えのある顔——それはいつぞやのおかっぱ頭の少女だった。
「…何してるの?」
 二度と会う事も無いだろうと思っていた人物との思わぬ再会に戸惑いながら、入道さんは少女に声をかけると、少女は嬉しそうな表情を浮かべる。
「遊ぼ」
「…?」
 少女の言葉の意味が理解できなくて入道さんは疑問符を飛ばす。
「見つけた…遊ぼ」
 少女はそう言うと入道さんの上着の裾をきゅっと握った。
「…ええと…おじさん、お仕事だから」
 そう言いながら入道さんはキョロキョロと少女の親らしき人物はいないのかと周囲を見回すが、それらしき人物が見当たらない。
「…ここ高速道路内だぞ?」
 小さな子供が単独でいる事自体が不自然極まりない。
「誰に連れてきてもらったのかな?」
 不自然ではあるが無下に扱う事も出来ず、入道さんは仕方なく少女に問いかけたが、少女は答えることなく無言で入道さんの愛車を指さした。
「…俺の車がどうかしたのかな?」
「…好き」
「…困ったなぁ」
 まともな説明が少女からされるとも思えず、入道さんは途方に暮れたような表情を浮かべる。
「おじさん、お仕事で忙しいからまたね」と言ってみせるが、少女は手を離すことなく「遊ぼう」と繰り返すばかりだった。
「警察に任せるしかないなぁ」
 仕方なく、入道さんはスマホでこのパーキングエリアに近い地元の警察署を調べて連絡を入れる。しばらくするとパトカーがやってきて警察官が到着した。入道さんは警察官に事情を説明して少女を引き渡し、愛車に乗り込むとホッとしたような様子で「後は警察が親に連絡をしてくれるだろうし…」と呟く。
「…しかしどうやってここに来たのやら」
 その答えを導き出すのは至難の業だった。
 謎のおかっぱの少女から解放された入道さんは、愛車をパーキングエリアから出して高速道路の本線を走り出したのだが、走り出して数分たった時に仮眠で使っている後部シートの方に何かの気配を感じる。それが気になって入道さんはルームミラーに視線を走らせ、ルームミラーに映ったものを見た入道さんはそのまま絶句する――そこには先ほど警察官に引き渡したはずの少女の姿があった。
 畳んだ掛け布団の上にちょこんと腰かけ、にこにこと微笑んでいる少女を確認した入道さんの背中に気持ちの悪い汗が流れる。
 高速道路を走行中でなければ、今すぐ悲鳴を上げながら逃げ出したい衝動にかられたが、そうもいかないので「…勘弁してくれ」と小さく言葉を絞り出すのが精いっぱいだった。
「…こういう時はお経でも唱えたらいいのか?」
 異常事態の打開策は無いものかと運転を続けながら考えを巡らせ始めたが、残念ながら無宗教な入道さんにはすがる神仏などなかった。
 仕方なく入道さんは出来るだけルームミラーを見ないようにして運転を続けるしかなく、緊張感のある奇妙な時間が流れる。スピーカーから流れるラジオDJの陽気なおしゃべりが入道さんを現実世界につなぎとめていた。
 人の居る場所に逃げ込みたかった入道さんは、次のサービスエリアに愛車を滑り込ませ、駐車すると同時に勇気をふり絞って振り返った。
「…消えた?」
 既に後部スペースに少女の姿は無く、畳まれた布団と読みかけの漫画が数冊がいつもの場所に積まれているだけである。突然現れたり、消えたりするのだから幽霊なのはわからないが、人間ではないのだけは間違い無さそうだった。
「悪意みたいなのは感じなかったから、害は無さそうだけど…」
 とは言っても、気持ち悪い事には変わりはなかった。
「…どうしたもんだか」
 入道さんはそう呟くと深くため息をついた。

 それ以来、謎の少女はたびたび神出鬼没に姿を現すようになり、気持ち悪くはあるが無害な事が判るにつれ、次第にその存在に入道さんも慣れていった。
 少女の出没パターンを分析してみると、どうやら彼女が姿を現すのは東北圏に限られるらしかった。変わったことと言えば、置いていたものの位置が勝手に変わったり、たまにざんばら頭の男の子と楽しそうに後部座席にいる所も何度かルームミラーに映るぐらいである。
「――それ、座敷わらしじゃない?」
 久しぶりの早上がりで翌日仕事が休みの日、いなり横丁の小料理屋で飲みながら少女の話をしていた入道さんに、女将がそんな事を言い出した。
「座敷わらしって…あの出会うと幸運が訪れたり、住み着いた家は繫栄するって言い伝えの…あれですか?」
「東北圏に現れるおかっぱ頭の女の子とかざんばら頭の男の子って、座敷わらしの典型的な姿だし…」
「座敷わらしって家に住み着くだけじゃないんですか?」
「基本的にはそうみたいだけど、人に付いていって住み着く家を変えたりする事なんかもあるらしいわよ」
「あ~…そういう事だったのか…」
 女将の言葉を聞いた入道さんは腑に落ちたような表情になる。
「最初に出会った時、あれ座敷わらし自身のお引越しだったのかも…」
 座敷わらしが住み着く家を変えようとしている時に、たまたま入道さんがその手伝いをしてしまった可能性が高い。
「大型トラックの後部スペースって居住性が高いから、それが気に入って、たまに遊びに来ているのかもしれないのかぁ」
 特殊ケースかもしれないが、相手が妖怪なら人間の常識がそのまま当てはまる訳ではなさそうである。
「座敷わらしが遊びに来ているのなら、いい事あるかもね」
「いい事があるなら…子供用のおもちゃ積んどこうかな」
 どんなおもちゃで喜ぶのだろう? と考える入道さんの目は優しかった。

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