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しおりを挟む「赤頭巾、いい加減外に出なさい」
「いや」
汚れるのもお構いなしにカーペットの上に寝転がっている妹に、姉は頭を抱えた。
「あのね。あとひと月もすれば、一人で暮らさなくちゃいけないのよ。あんた、町まで買い物に行けるの?」
「何で?」
「は?」
「何で、一人暮らししなくちゃいけないの?」
「何でって」
姉の胸元には琥珀が光っている。
この村の風習で、結婚を約束した二人は自分のものだという証に目に見える物を贈与し合う。彼女の婚約者は村でも随一の加工の腕を持つ。馬を走らせて三つ隣の町に行った彼は、一粒で馬を二頭買えるほどの琥珀の原石を手に入れた。そうして彼女の首に下げられるようペンダントにしたのだ。
ちなみに、姉は婚約者が加工の仕事をする際に使えるようにと、バンダナを縫った。加え、週に一度料理を持っていっている。彼は腕の良い加工職人だが、それ以外に取り立てて魅力を感じる部分は無い。それにもかかわらず、姉は自分のものだということを周囲に知らしめていた。
「いくら三軒隣だからって、いつまでも通うわけにはいかないでしょ」
「それなら、ここで暮らせばいい」
「それじゃあ、あんたはどこで暮らすの?」
「ここ」
「………意味わかんない」
妹は乱れた髪を気にもせず胡座を掻くと、にこやかに言った。
「そうすれば、姉さんと離れないだろう」
「何も追い出さなくったって」
無言で肩を震わせた姉は、婚約者が義妹にと作ってくれた籠を押し付けると家から追い出した。二週間ぶりの外は眩しい。幸い暑くは無いが、眩しい。手で傘を作りながら村をぼんやりと歩く。
「あら、赤頭巾」
「ひさしぶりね」
立ち話をしていた二人の少女が話しかける。
「うん」
眼球を溶かすような眩しさに耐えながら頷く赤頭巾に、少女はくすりと笑った。
「相変わらず元気がないわね。それじゃあいつまで経っても、男の目に留まらないわよ」
「せっかく可愛いんだから、笑って見なさいよ」
「えぇ~。笑うの、疲れるんだけど」
少しでも日の光から逃れようと、木の足元の日影に入る。少女たちと少し距離があるが、彼女たちはわざわざ近寄った。
「ね、誰か気になる人とかいないの?」
「気になる人?」
「そう。あの人かっこいなぁとか」
「別に」
「あ、ほら。像の奥を歩いてるあの人とか、どう?」
村が信仰するフクロウを模った像の向こう側を、一人の男が歩いている。今、村の娘たちに人気のある若者だ。隣町から仕事の都合で来たようで、村の男たちとは少し異なる雰囲気に少女たちは惹かれているのだ。
「あんな人いたっけ?」
「ほらぁ。家に籠もっているから、村の人の顔すら分からなくなる」
「そういえば、革の子があの人と一緒にいたって聞いた?」
「え、何それ」
「どうやらすでに蜜月だとか」
「嘘っ。だって何もつけてないわよ」
「ほら、相手が村の人間じゃないと風習は関係ないとかって」
「えぇ~。それならもっと近づいておけばよかったぁ」
二人の話がよくわからず手遊びをはじめた赤頭巾に、少女は振り返った。
「あ、ごめん。あの人のこと知らなかったんだよね」
「ね、蜜月って何?」
「え」
ぴたりと、二人の少女が止まった。
「ん?ちょっと待てよ。赤頭巾、赤ん坊はどうすれば出来るか知ってる?」
「結婚すれば鳥が運んでくるんだろう」
「………キスしたことある?」
「姉さんと毎晩する」
「いや、挨拶じゃなくてさ」
顔を見合わせ苦笑いを浮かべる少女たちに、ふと姉の姿が重なった。
「私、一人暮らししなくちゃいけないんだ」
「お姉さんの相手、ご両親が都市で暮らしてるんだっけ」
「そう。今一人で住んでいるって」
「それじゃあ、お姉さんがその人の家に行くんだ」
「ううん」
首を横に振る赤頭巾に、少女は首を傾げた。
「それじゃあ、その人が家に来るの?」
「そう」
「赤頭巾は、どこで暮らすの?」
「家」
「いや、どこの?」
「今の」
すると、一人の少女は木に額を打ち付け「やばい」と呟き、もう一人は赤頭巾の肩を掴んだ。
「赤頭巾」
「うん」
「二人きりにさせてやれ」
「……姉さんと、暮らせないの?」
「もう一人で生きられるでしょ」
「………いやだ」
「赤頭巾」
なだめるような口調に、赤頭巾は頭を抱えた姉を思い出した。
「いやだっ」
だっと走ると森に向かった。
小さいころから、可愛い洋服を作ったり甘いお菓子を食べるよりも、森で駆け回っている方が好きだった。色とりどりの花が咲き、瑞々しい果実が実っている。森は赤頭巾のもう一つの家のようなものだ。家に籠もらずにここに通いたいのだが、いかんせん姉の作る料理や居心地のよい家がここには無い。それに、腹が減って一度家に帰ると外に出たくなくなるのだ。
実に二週間ぶりの森だったが、赤頭巾の胸はそれでも晴れない。
なぜ姉と暮らせないのか。
みんなが何かを隠しているのは気づいているが、赤頭巾には見当もつかなかった。
とぼとぼと森を歩く。無意識に辿り着いたのは花畑と呼んでいる場所だった。樹々並みが途絶え開けたそこに花が一面咲いている。巨人が踏んだ痕だと言う者がいれば、墓だと言う者もいる。いずれにせよ、ここにはずっと花が咲いていた。
赤頭巾は根元付近で茎を折った。
「魔女のところに行こうかな」
魔女はこの森の北に住んでいる。今から行けば日の沈み始めに着くことになる。そうすれば家に帰るころには辺りは暗くなっていて、姉に叱られるだろう。
「やめるか」
しゃがむのに疲れて、スカートに土が付くことを気にもせず座り込む。びよびよと、頭が重い花を左右に揺らす。一定の動きを見ているうちに、瞼が重くなる。
「こんちわー」
ぬぅっと影が背後から覆った。
上を向くと、見たことのない顔がいた。にこにこと笑っている。
「君一人?こんなところで何してるの?」
首を曲げるのに疲れて戻すと、男は赤頭巾の正面に回りしゃがみこんだ。両腕を膝に載せ、変わらずにこにこと笑っている。
「家を追い出されたんだ」
花を籠に入れると立ち上がる。知らない人と話すのは、苦手だ。
「何したの?」
男も立ち上がると、赤頭巾に並行して歩く。慣れない身長に赤頭巾の体が強張る。
「そんな緊張しないでよ。取って食おうってんじゃないからさ」
「取って食う?」
再び聞いたことのない単語だ。
男は赤頭巾のきょとんとした顔を見て、にやりと笑った。
「いやぁ、やっぱりいただいちゃおうかなぁ」
「………この花は、多分食べられない」
取るということは、赤頭巾が持っているものだろう。籠は食べれらないし、直射日光を避けるための頭巾も、当然食べられない。そうすると、食べられそうなのは花くらいだが。
「え、いや、そうじゃなくて」
花弁を食べるのだろうかと不思議に思いながら花を差し出すと、男は受け取りながらも眉を寄せた。
「取って食うの意味、わかってる?」
「私から奪って、食べようとしているんだろう」
「………マジで?」
男は空いている手で顔を覆う。
今日は聞いたことのない単語を聞くし、みんなは頭を抱えているし、何なんだ。
「あ~、めんどいか?いや、かえって好きなように出来るかもしれないな………。ね、君。今、暇?」
ぼそぼそと何か言ったかと思うと、男はぱっと顔を上げて言った。赤頭巾を覗き込む顔は、さきほどの笑顔より影がある。
赤頭巾は男の影には気づかないがこれ以上付きまとわれるのが面倒になった。
「暇じゃない」
「何か用事があるの?」
「………魔女のところに行く」
「魔女?」
ぴたりと男の足が止まった。顎に指を置き、ぼそぼそと何か言っている。
「女か……。年寄りの可能性があるよな。まぁ、それならそれでいいか」
ただならぬ男の様子に、赤頭巾は男のもとに行く。
「大丈夫?」
「あぁ。俺もついていっていいかな」
「何で?」
どこまでついてくる気だ。
せっかくの居場所を人に知られるのは嫌だった。赤頭巾は、あの花畑には姉を連れてきたことがあったが、魔女のもとには誰も連れて行ったことが無い。魔女に会っていることは話しているが、何となくその場所は言っていない。
「えーっと、あ、そうそう。俺、腕擦っちゃったんだよね。魔女なら、傷薬とか作れるだろ」
「私も作れる」
「いやぁ。道具とか必要じゃないか?」
「………」
籠の中は空だ。スカートを叩いてみるが、物は何も入っていない。
「すぐ帰る?」
怪我の程度は分からないが、手立てをわかっていながら放っておくのは心苦しい。赤頭巾は無意識に上目遣いになりながらそう言った。ごくり、と男の喉が動く。
「す、ぐ帰るかはわからないけど」
「……すぐ帰って」
唇を尖がらせて呟く姿に、ぴくりと男の指が動いた。
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