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たいへん健全な場所で出会いました。2.

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 「──ずいぶんと熱心に見ていたようだが」

 細い首を傾げて何やら考え込んでいる貴奈に、男は気さくに声をかけた。
 
 「……」
 「ユリの王子、好きなのかな?憧れている?」
 「そんなものじゃありません」
 「は?」

 軽口のつもりで声をかけた男は、予想外にきっぱりと断言されて一瞬言葉を失った。
 
 「憧れなんてものじゃ、ありません。大好き。愛しています」
 「……そうか」

 男は気を取り直して、一言だけ相槌を打った。
 無意識のうちに半歩引いて、大真面目の貴奈をあらためて観察する。
 地味な眼鏡女子だが見目が悪いというわけではないようだ。
 それに、幼少のみぎりから男女問わず注目を集める存在であった彼にとって、眼前の自分ではなく違う対象、それも壁画の男に熱視線を送る女性など初めてかもしれない。
 なんか新鮮だな、と男は貴奈を眺めながら考えた。

 「わたしのユリの王子様。ずっとお会いしたかった。もっと前に来たかったのですけれど、事情があって来られなくって」
 
 貴奈は熱いため息とともに言った。
 希望する大学に合格した年のこと。入学前の春休みに「愛しいユリの王子様」に会うため旅行計画を立てていたら、発掘だの講演だので不在がちだった両親をサポートしてくれていた祖母が倒れたのだ。
 手術に耐えうる体力が祖母にあったのと、貴奈の必死の看病の甲斐あって今はすっかりぴんぴんしている。めでたし。
 
 男が無言なのは続きを促されたと考えたのか。
 眼鏡から手を下ろした貴奈はしっかりと両手を組み合わせ、お祈りみたいなポーズをとって、もう一度体ごと壁画に向き直った。
 さきほど注意されたから、一応正面は外して斜め横からかぶりついている。
 
 「頭にこんなに華やかな飾りをつけているのに、滑稽ではない。高貴な感じがしますよね。ひいき目かもしれないですけど。女性的でもないところがすてき。骨格、がっしりしていて。長い黒髪に逞しい上腕二頭筋!この壁画書いた人も、萌えていたに違いないわ、きっと。足元にユリの花まで描いて!美形+花!マンガみたい。アニメとか。……あ、マンガってご存知?」
 「……ああ、一応」
 「よかった!じゃあおわかり頂けますよね!?」
 「……たぶん」
 「……あと、表情がいいですよね。正直、目はもう少し鋭さがあればな、って思いますけれど、まあ悪くない。まだ少年なのかもしれないですしね。でもって、ちょっとだけ半開きの口を見てると思うんですよ、何をしゃべってるのかな、とか、宴会の余興で歌ってのかな、とか。マンガだったら吹き出しを書きたくなっちゃう。いろいろ想像しません?」 
 「……まあね」
 「でしょう?そもそも、歴史とか考古学って萌えと想像の学問で……あ、」

 唐突に、貴奈のお喋りが止んだ。
 男の含み笑いを耳にしたせいだ。

 しまった。
 またやってしまった。
 
 コレをやるから、貴奈と知り合った異性はドン引くし、通常の嗜好をもつ同性の友人もほぼ存在しないのだ。
 四月からは心機一転、社会人!と貴奈は張り切っているが、この調子では色っぽい話は縁遠いことは確実だろう。
 貴奈は自他ともに認める「地味女で喪女」である。

 「あの、えと。……」

 すみません、と呟く声は、とうとうこらえきれず吹き出した男の笑い声にかき消された。
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