EVIL EYES

Prologue

蒼銀の邂逅

　――それは、あまりにもキレイな眼をしていた。

　ほう、と吐息が漏れる。
　どくん、と鼓動が跳ね上がり、
　熱い血潮が駆け巡る。

　身体も頭も、まるで沸騰しているかのよう。
　なにも　かんがえ　られない

　暗い夜。
　昏い路地裏。
　ヒトの気配はまるでない。

　だから――そう、きっと。

　目の前に倒れているそれは、
　その――血濡れの美しい少女は、きっとヒトではないのだろう。

　夜空には星々が高く、
　仄白い月がぼんやりと浮かんでいた。
　ふと。
　その細く輝く銀光が、少女の姿態を照らし出す。

　――息を呑んだ。

　処女雪もかくやというほどの白磁の肌と、
　絹のようになめらかな白銀の髪と、
　微かな色香を放つ容貌と、
　そして、何より
　心の裡を見透かすかの如く、深く澄み切った、蒼玉の瞳――

　眩暈がした。
　それは警鐘なのだろう。
　それに触れてはならない。
　それに関わってはならない。
　頭蓋の奥で鳴り響くアラーム。

　この世に縋りつく人の身として、真っ当な反応。
　この世ならざるモノを排斥する、当然の本能。

　だが、
　嗚呼……認めるしかない。
　もう、どうしようもないほどに。
　この身は彼女に、
　魅入られてしまっていたのだ――

「…………………………ぁ、」
「ッ――」

　か細い声で我に返る。

「きみ、は――？」

　小さな問いかけ。
　今にも消え入りそうな、それでいて凛然とした声に答えることはできない。
　いつの間にか干上がってしまった喉が、ぜいぜいと意味のない呼吸を繰り返すだけ。
　四肢は凍りつき、あれほど激しかった心臓も死んだように鼓動しない。
　ただ、
　この眼だけが、彼女を映したまま離れない。

　だから。
　その時、背後から響いた微かな足音に、気づくことができなかった。

「だめ……にげ、」
「――――ェ、」

　少女が何か言いかけた、瞬間。
　ずぐん、と胸に走る鈍い痛み。
　次いで、脊髄を搔き回すような灼熱が襲い来る。
　あまりの唐突さに、間の抜けた声が出た。

　キモチワルイ　喪失感。

　背筋が凍るような悪寒が全身を支配する。
　恐る恐る、胸元に視線を落とすと、
　そこには
　　　　　　ナニモ
　　　　　　　　　　な　イ――

　ぽっかりと。
　胸に孔が空いていた。
　心臓も肋骨も何もかもが消え去っていて。
　ただ、夥しい量の血液が溢れ出しているだけ。

　……何が、

　起こったのか。認識する暇もなく、死は急速にやって来た。
　もはや身体は動かない。
　フラッシュを焚かれたように視界が明滅している。
　末端からゆっくりと麻痺していく。
　苦痛に耐えかねて、足元から崩れ落ちた。

　薄れゆく意識の中、地を這う朱色を見た。
　暗闇の中でなお、ぬらりと光る紅。
　それはみるみるうちに広がって、同時に体の熱も奪われていく。
　どんどん　どんどん
　血液いのちが流れ出す。
　だんだん　だんだん
　己の朱色と、少女の朱色が混じり合う――

　そんな中で、朧気ながらも美しい、ヒトではない少女ナニカの顔を視た。

　――視線が、合う。

「まきこんで、しまった、か……
　わたしはかまわないが、きみは、だめだろう、」

　少女の血濡れた指がゆっくりと動く。
　それに合わせて、アスファルトに描かれる朱色の紋。
　いったいそれが何なのか。
　考える気力さえ、もうない。

「ごういんだが、しかたない……
　めのまえでしなれてしまうと、ねざめが、わるいからね――」

　その言葉と共に。
　奇怪な文様が蒼く輝いた。
　それを見届けて、遂に意識は闇へと沈みゆく。
　残されたのは、闇と、声。

「これは、けいやく。たしょう、ごういんだが……
　わたしのいのちと、ひきかえに、
　きみのいのちを、もらいうけよう――」