僕のみる世界

雪原 秋冬

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二章

40.歪み

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 昇降口のほうから時折ざわめきは聞こえるが、図書室に向かってくるような声や気配はない。できるだけ急ぎ足で一号館まで戻り、どこへ行くか少しだけ悩んだあと、結局自分の教室に向かっていった。
 俺が教室を出たときよりも人は増えており、それぞれ集まって喋っている者もいれば、一人で――好きなように過ごしている者もいる。
 朝のさわがしい教室の中でも、静かに自習を続ける伊織の姿も、もちろんそこにあった。
「……あれ?」
 今朝登校してきたときは気付かなかったのだが、なんだか……言葉にしがたい違和感を覚える。
 まるで、なかなか答えの見つからない間違い探しをしているようだった。
 出入口付近で立ち止まっていたこともあり、あとから登校してきたクラスメイトに、挨拶がてら背中を軽くたたかれる。隅のほうから教室全体を見渡したい気持ちを抑え込んで、邪魔になっていたことを軽く謝ってから、自分の席に戻った。
 ……やはり、何かが違う気がする。何が違うのかと問われても答えられないのだが、とにかくこの違和感が気持ち悪い。
 気を紛らわせるために、先輩から受け取った本を一冊開いてみても、集中できるはずもなく。結局開くだけ開いて何も頭に入ってこなかった本を閉じ、自分のリュックにしまった。
 それからほどなくしてチャイムが鳴り、全員が席に着いたのを確認したクラス担任が、朝のホームルームを始める。
 席から見渡せる範囲で改めて教室内を観察してみても、答えが分かりそうで分からない。
 通常の間違い探しなら隣に元になる絵が並べられているものだが、ここは現実なので、己の記憶と印象を頼りにするしかないのが苦しいところだ。
 一つ一つじっくり見て思い出していけば、いずれ分かるだろうか……。
 ホームルームが終わり、クラスメイトたちが再びがやがやと騒ぎ出す。
「…………」
 俺は席を立って、一限目の準備をしている伊織のもとへ向かった。
 これがただの遊びでやっている間違い探しなら、一人で悩み続けるのも乙なものかもしれないけれど、そうではないから聴いてしまってもいいだろう。
 もちろん、今朝宇佐見先輩と話した内容に、方を付けられたわけではない。でも……伊織とイザナイさんの双方に何か秘密があったとして、それが原因で俺が接し方を変えるのは、何か違うと思ったのだ。
 二人――と言っていいのか分からないが――とにかく、どちらか、あるいは双方に感化されているのかもしれないと言われたら、それまでだけれども。
「……伊織、もしこの教室そのものが間違い探しの舞台になっていたとしたら、どこが正解だと思う?」
 伊織は席に座ったまま、ちらりとこちらを見やる。
「間違い探し……?」
 突飛な俺の問いかけに対して、伊織は茶々入れをすることもなく、真面目に考えてくれているようだ。
 伊織が教室内を見渡すのに倣って、俺も改めて観察してみる。やはり答えは分からず、もやもやとした気持ちだけが浮き彫りになるだけなのだが……。
「……ごめん、分からない」
 ……残念ながら、伊織にも分からないようだった。
「――いや、俺のほうこそ、変なこと聞いてごめん」
 気のせいだった――ということにしたほうが、精神衛生上いいのだろう。しかし、それで片付けてしまうには、俺は色々なことを知りすぎてしまったと思う。
 しばし伊織とのあいだに無言の時が流れるが、一限目の教科を担当している先生が教室に入ってきたのを皮切りに、俺は自分の席へ戻った。
 ――そういえば、須納はどうしているだろうか。東雲の様子は都織さんから聞けたが、須納の現状は全く知らない。今日――は、伊織との約束があるから……須納の家に行けるのは早くても明日の放課後になってしまうけれど……さすがに様子を見に行ったほうがいいだろう。
 授業が進む中、半ば無意識のうちに須納の席へ目を向けていた。未だに休み続けているが、先生たちはおろか、クラスメイトのみんなが最近の彼について話すことも、これまで一度も聞いたことがない。
 ……よく考えたら、それっておかしいことなんじゃないか……?
 伊織のように、他者との交流が乏しく、ほぼ一人で過ごしているような人間なら、それでも違和感はないのかもしれない。けれど須納は、伊織以外のクラスメイトとは仲がよかったはずだ。
 裏で連絡を取り合っているから、わざわざ話題にすることでもない――というのも、個人的には少々解せない。
 それに、三咲のことだって――そう思いながら、今度は三咲の席へ目を向けようとした――はずなのだが。
「――――っ」
 危うく声をあげそうになったのを、すんでのところで、どうにか押しとどめることに成功した。
 三咲の席が跡形もなく消えている。
 まるで最初から存在などしていないとでも言うように、空いたぶん机が詰められており、それに伴いクラスメイトたちの配置もずれていた。
 先ほどからずっと感じていた違和感の正体は、これだったのか。
 なぜ? いつ? どうして?
 くそ……ホームルームまでに気付いていれば、直接クラス担任に聞けたのに……。さすがに授業中に抜け出すわけにもいかないから、終わるまで焦燥感に苛まれそうだ。
 しかし――仮に三咲の死が、学校に伝わっていたとして。一切合切その話をクラスに共有せず、事務的に席を撤去してしまうなんてこと、ありえるのだろうか?
 さらにクラスメイトたちも、須納と同様に、三咲についてまったく触れずにこれまで過ごしている。裏で示し合わせていない限り、そこまで統一させるのは難しいんじゃないか……?
 ――もしそうだった場合、それを俺が壊してしまうのは、よくないことだと思う――けれど、これを確かめずにいるなんて、無理な話だ。
 早く授業が終われ、と思っているときに限って、時間は遅く感じるもので。教室の壁にかかっている時計をちらちらと確認しながら、いつもの倍以上に思える時間を過ごした。
 授業が終了し、先生が教室を出てすぐに、本来なら三咲の席だった場所に座っているクラスメイトに声をかけた。
「なあ、この列ってもう一つ机があったと思うんだけど。ずれてないか?」
「――……えぇ……?」
 怪訝そうに眉根を寄せ、「何を言ってるんだお前は」と言いたいのを必死にこらえたような声を漏らす。
「俺は席替えでここになってからずっとこの位置だし、ほかもずれてないと思うけど……」
 嘘は言っていないように見える。それどころか、いきなり不可解な問いかけをしてきた俺に対して、どうすればいいのか分からず、困惑しているようだった。
 周りの席にいるクラスメイトたちもそうだ。彼の返答に対して突っ込みを入れることもなく、逆に俺の様子をうかがうような視線を向けてくる。もちろん、気にせず別のことをしている人もいるけれど。
「……ごめん、ほかの教室と勘違いしてたか、夢だったかもしれない」
 そんなことはこれっぽっちも思っていないが、みんなから見て変に映る発言をこれ以上してもしょうがないので、適当に会話を打ち切った。
 妙な空気になった場を「寝ぼけてんのかー?」「しっかりしろよー」とフォローしてくれる声に愛想笑いで返しながら、自分の席に着いた。
 伊織は――三咲のことを覚えているだろうか。この教室に、三咲の場所があったことを……忘れていないだろうか。
 誰かに聞かれるかもしれない教室内で、立て続けに同じような話題を振るわけにもいかず、かといって昼休みや放課後まで待てるような余裕もないので、メッセージアプリを開いてみた――が、途中まで入力していた文字をすべて消し、三咲も参加しているグループの画面に切り替えてみる。
 ……消えている。三咲の発言だけが、きれいに。
 それなのにほかの部分は変わっていないのだから、ログを遡って読み返してしまえば、不自然なことこの上ないというのに、メッセージを削除した形跡もなく、グループに参加している全員が、共通のイマジナリーフレンドを交えて会話でもしているかのような、奇妙なものになっていた。
「…………」
 これでは伊織も覚えていないかもしれない。いや……もしかしたら伊織の場合は、須納のときのように「何か」の意思によって、喋りたいことを喋れない可能性だってある。
 須納と個別に、メッセージのやりとりをしている画面を開いてみるが――相変わらず、彼からの既読はついていないままで。現状を鑑みて、俺は今すぐ須納の様子を見に行くべきなんじゃないかと、焦りからくる思いが駆け巡った。
 しかしまだ学校で、放課後は伊織との約束がある。もちろん理由を説明すれば先延ばしにすることはできるだろうけど、元はと言えば、俺が「話したいことがある」と約束をとりつけたのだから、当日になって日程をずらすのは少し自分勝手だ。
 かといって、三咲の席のことが判明した以上、明日以降では遅すぎるし……。
 ……距離的に、昼休み中ならギリギリ行って戻って来られるか……?
 何事もなければ、すぐに戻ればいい。……もし何かあれば、それが学校を抜け出した理由になる。
 問題はないはず……、いや、問題があったとしても、俺は今日、須納のところへ行くべきだ。そう思った。
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