僕が死にたい百個の理由と生きる一個の訳

koma

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第一章 屋上で君は待つ

第五話 時札 優

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「はぁ」
 自分のベッドに沈み込んで溜息を吐く。
 放課後に屋上で待っていたが先輩は完全下校時間になっても来なかった。
 きっと早退したのだろう。

「マジかぁ」
 今この瞬間も先輩は苦痛に耐えて、生に絶望しているのなら僕は何をしているんだってなる。

 彼女の悩みや気持ちは分からない。でも、死にたいと思う気持ちはなんとなく分かっている、と思いたかった。

 時々、思っていた。もし、自殺したいと言う人がいたらどうしようと、自分はそれを止めれるのだろうかと。そんな権利があるのだろうかと。

 どうしようもないときに、死という逃げ道があることは良いことだと思っていた、心が楽になる。
 死にたいときに死ねばいいし、自殺を止める権利なんてないと。でもいざ、そのどうしようもない人がいたら、死のうという人がいたら。僕はそれで良いなんて言えなかった。


 
 ベッドでうだうだとしている内に僕は眠っていた。
 学校に行かないと、いけない。
 
 流石に死なれると決まりが悪いし、どうにか話をして先輩には、考えなおしてもらいたい。

 朝、屋上に行くと何故か屋上はしまっていた。
 仕方なく教室に行き授業を受ける。
 
 僕の席は窓際なので屋上が見える。そこから確認しながら、上の空のまま授業が終わった。
 
 一時間目が終わったとき、先生が話しかけてきた。

「そういえば、屋上封鎖になったぞ。というか、カギを閉めた」

「え」
 屋上が封鎖になった?
 
「お前、良く行ってたろ。だから一応伝えとこうと思って。他の奴らはそもそも開放してたことすら、知らなそうだから。まぁ、いいかなって」

「そう、ですか」
 屋上には行けない。
 なら、先輩は死なない。
 ほっとしている自分に気付いた。

 問題の先延ばしかもしれないけど、屋上に行けないなら。
 もう少し猶予はあるかもしれない。

 昼に二年生のクラスに行けば......。
 
 一応窓から確認はしながら上の空で授業を聞いていると昼休みになった。
 
 大丈夫そうだ、少し二年生の教室を見てきて。その後は購買でパンを買って食べよう。焼きそばパンが食べたい。あぁ、でも。
 屋上がダメとなるとどこで昼飯を食べよう。

 屋上がダメなら、別の場所で......。
 
 僕は、急いで教室を出て、職員室に向かった。
 屋上が封鎖されたと知ると先輩はどうするだろう、分からない。
 諦めるかもしれないし、別の場所で死ぬかもしれない。

 思考が停止してた、そりゃそうだ。良く考えなくても分かったはずだ。何が先輩は死なないだ、そんなわけない。
 なら、やっぱり僕は。
 彼女と、先輩とちゃんと話をするためには屋上で待ってないとダメなんだ。

「先生!!」
 職員室の前で先生を見つけ呼びかける。

「な、なんだ」
 走って迫った僕に先生が驚きながら聞く。

「あ、あの。屋上のカギ貸してください」
 走ったせいで少し息を切らしながらお願いする。

「屋上のカギ? いや、そうは言ってもな」
 先生は何が何だか分かってないようだが、難色を示していた。
 
「あ、あの。資料で、その屋上の写真が必要で」

「いや、そうは言っても。それに何の資料だ」
 やっぱり先生も勝手に持ち出せはしないんだろうか。貸してくれそうな雰囲気ではなかった。

「あ、あの」
 段々と焦りが募ってくる。

「まぁ、話ぐらいきくけど......」
 先生も何か事情があると思ったのか少し心配そうに言った。

「あの、ッはぁー」
 一度深呼吸して落ち着く。

「死なせたくない人がいるんです。お願いします」
 目をまっすぐに見つめて、最大の誠意を持って、覚悟を決めて。
 そうだ、死なせたくないし、死んでほしくないんだ。
 エゴを通さないといけない時が来た。

「は? いや、何言って」
 やっぱり、ダメか。最悪盗んでも。いや、それじゃあ追われて話出来ないか?
 でも入って扉を閉めてカギも閉めれれば。

 今すぐ先生の横を走り抜けるか逡巡していると
「あぁ~、いや。分かった」
 何故か先生は急に意見を変え了承してくれた。

「え、いいんですか」
 今度はこっちが驚く番だった。
 
「あぁ、すぐに取ってくる」
 先生はそういうと職員室に小走りで向かった。

「ありがとうございます」
 その背中に向かって礼をいうと先生は片手を上げて答えた。

 すぐにカギをもって先生が帰ってくる。
「ありがとうございます」
 お辞儀してすぐに屋上に向かおうと方向転換する。

「すまなかった」

「え?」
 走りだした背中に先生が声を掛けてきた。
 なんで、謝るんだ? お礼してるのに。

「お前が悩んでるの気付いてたんだけど何も出来なかった。お前最近、良い顔してたよ。その人、死なせるなよ」
 クラスでも少し浮いてる僕のことを気遣ってくれてたんだろう。
 別に今回の件はそれとそんなに関係ないのだが。
 激励は素直に受け取っておこう。

「はい!」
 あぁ、どうか。運命よ味方してくれ。
 普段は無神論者の僕も神に願わずにはいられなかった。
 どうか神様、僕にチャンスをください。やっと何かに気付けた気がするんだ。大事なこと。
 人の幸せを願う自らの欲に、素直にならせてくれ。

 階段を駆け上がる。
 
 屋上まで。
 
 彼女を待つ場所まで。




 一歩づつ、階段を上がっていく。
 今から飛び降りるんだと思うと不思議な感覚だった。
 あの子には少し悪いことをしたと思う。

 気に病むかもしれない。
 知らないうちに死ねたら一番良かったのに。

 でも、今ならまだそこまで傷は深くならないだろう。
 名前も知らない先輩が一人、死ぬだけだ。

 屋上の扉に手をかける。
 一度深呼吸する。何度も来てるはずなのに。
 
 初めて来たときと同じような緊張感がある。
 そんな自分を制して。
 私はドアノブを押した。もう、疲れたのだ、辛い。上手い方向に行くと思えない、明日が怖いんだ。
 生きるのが、怖いんだ。
 
「来たんですね」

「あれ......。居たんだ」






 カギを開けて、少し待つと先輩が来た。
 もう来て帰ってしまったのではないかと不安に思っていたから、ひとまず安心した。

「来たんですね」

「あれ......。居たんだ」
 先輩はやっぱり悲しそうに笑った。

 さぁ、時は来たのだ。
 屋上でくだらない話をする、なんてことない雑談の時間は終わってしまった。
 話をしよう、最期じゃない、話をしよう。

 

「先輩は、なんで、自殺しようと思ったんですか?」
 自殺、まだ言葉にするのには少し抵抗がある。それでも平静を装って核心に触れなきゃいけない。
 僕の言葉に先輩の顔が少し歪んだ。

 昨日は雨だったが今日は良く晴れている。
 排水がしっかりしているから水たまりもあまり出来ていなかった。
 
 こんな天気のいい日に死のうと思ったのか。

「生きてるのがつらいから、かな」
 それは拒絶でもあった、生きてるのがつらいそれはそうなのだ。でも、聞いたのはそういう意味じゃない。
 きっと、先輩は分かっていて答えなかった。
 生きてるのがつらい、分かってはいても直接その言葉を聞くのは辛かった。
 
「何も死ななくても良いんじゃないですか? 生きてれば良いことだって」
「本当にそう思う?」
 僕の言葉にかぶせて先輩はそう聞いた。
 その声は酷く悲しそうで行き場のない怒りのようなものを感じた。
 
「生きてれば良いことがあるって言いきれる? 辛いことはずっと続くのに楽しい時間は一瞬で日に日に死にたいって思う時間が増えてくの!! 大人になっていくに連れて分かってくの私がこうやって無作為に生きてく時間も誰かは頑張っていて、その分差はついて。小さい頃は未来は分からないって、夢を持てても生きてく内にどんどん現実ってものを知って未来っていうのはどんどん狭まっていくものなんだって分かるの! どうせ死ぬのに、つらいのに生きるなんておかしくない?」
 先輩が泣く。こんなに悲痛な叫び声を僕は初めて聞いた。

 何も、言えない。
 返す言葉が浮かばない。

 先輩の言ってることは多分正しい。
 きっと、今までずっと考えてきたんだ、悩んできたんだ。
 
 
「おかしくないです。というか、つらかったならその分、取りもどさないと」
 それでも、そんなことないと言わなければならなかったし。彼女に訪れる結末がそれでは僕が納得できない。

「無理だよ」
 否定する先輩。

「無理じゃないです」
 それを否定する僕。
 死にたい彼女と、死んで欲しくない自分。
 意見は対立しているのだ。

「無理、だよ......」
 そう言って先輩は座り込んだ。
 見下ろす構図が何となく嫌で、俺も座り込む。

 先輩の味方でいたい、でも、先輩は死にたい。
 死なせないまま味方でいるには、どうすれば良いんだろう。

 一つだけ思い付いたことが、想い着いたことがあった。



「明日、オレンジジュース奢ります」
 学校に置いてある自販機で売っているもので一番のお気に入り。

「え?」
 先輩は僕のいきなりの発言に困惑していた。
 なんなら、コイツ何言ってんだって顔をしていた。

「話とか愚痴とか、恋愛相談でも受けます。学校に居場所がないなら屋上に来てくれれば話せますし、呼ばれたら行きます。家に居場所がないなら自分、町の徘徊が趣味なんでカフェとか、公園とか紹介しますよ。それに、後は、えっと」
 もっと、かっこよく決める筈だったんだけどな……。
 話してるうちにあたふたとしてしまった。

「後は?」
 少し落ち着いた先輩が足を抱え込みながら聞く。

 後は……。

「か、カラオケとか好きですか?」
 あまり、僕が彼女に出来ることは多くない。
 守るとかそういうのじゃなくて、彼女の居場所に、味方になりたかった。
 
 僕の言葉に先輩は赤くなった目尻を拭いながら笑った。
「ふっ、何それ」

「いや、割と真剣なんですけど」
 
「カラオケ、嫌いじゃないよ」
 先輩は気を取り直したように言った。

「そうですか」
 彼女の味方でありたい、それに死んで欲しくない。
 だったら俺は最後に言わないといけないことがあった。

「あの、自分あんまり良いところとかないんですけど。先輩のこと幸せにしますよ」
 人生で1番の大見栄を切った。
 自信なんてこれっぽっちもないし、確証なんて少しもない。それでも彼女の目をしっかりと見つめて。先輩は少し驚いていた。
 
 自分一人幸せに出来るか怪しい僕なのだが、先輩に幸せになって欲しかった。
 こんなに優しい人には幸せな未来があって欲しかった。
 本当はもっとイケメンだったり性格が良かったりした誰かに任せてしまいたいけど、今ここに居るのは僕なのだ。
 
 もし神様がいるなら、きっと彼女を死なさないために僕はここに居たのだろう。
 
 今日、僕、時札 優ときふだ ゆう
に生きなくてはならない理由が出来た。
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