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07.開けてはならない扉
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次の日、目覚めるとレイは部屋にいなかった。毎度のことなので特に気にせず、リックは朝の支度を済ませる。
今日は土曜日だ。いつも通り実家に帰れば、母や弟妹たちが温かく出迎えてくれる。
……はずだったのだが。
「ごめんね、リック。実は……」
玄関先、母が申し訳無さそうな顔でリックを見る。母の後ろには、まだ十歳にも満たない双子の妹たちがくっついていた。
母の両足からひょこっと顔を出す姿は、あどけなくて可愛い。二人とも金髪のハーフアップにブルーの瞳とフランス人形のように可愛く、リック自慢の妹たちだ。
そんな二人が浮かない顔でリックを見上げた。
「あのね、リック兄ちゃん。昨日からレイルが風邪引いちゃって……」
「いま、部屋の奥で寝込んでるの……」
「せっかく来てくれたのに、ごめんなさいね……。風邪をうつしても悪いから、また来週来てくれるかしら?」
「ごめんね、リック兄ちゃん」
双子たちがしょんぼりと肩を落とす。リックは妹たちと目線が合うようにしゃがみ込むと、二人の頭をぽんぽんと撫でた。
「大丈夫。また来週も来るから。……母さん、家のことは? 大丈夫そう?」
「えぇ。セイラがレイルの看病をしてくれているから、家のことはなんとかなりそうよ」
「そっか。じゃあ俺、今日のところはバイトしてそのまま帰るわ。さっき、カルドおじさんに声かけてもらってさ」
カルドおじさんは、リックが小さい頃からお世話になっている知り合いの男性だ。実家の近くに住んでおり、時折弟妹たちの様子を見に来てくれる。
カルドは大通りを出てすぐのところにある商店で八百屋を営んでおり、畑仕事があるときや出荷作業で人手が足りないときは、よくリックに声をかけてくれていた。さっきも来る途中で声をかけられて、もし手が空いてるなら仕事に入れるぞ、と誘ってくれた。
「本当にごめんなさいね」
「ううん、大丈夫だよ、母さん。レイルとセイラによろしくな。マイとミイも、ちゃんと母さんの言うこと聞くんだぞ」
「うん!」
「またね!」
リックは母と妹たちに手を振って別れると、その足で八百屋に向かう。
八百屋に顔を出すと、事情を知っていたらしいカルドがリックのことを気にかけてくれた。早く仕事を切り上げて帰ってもいいと言ってくれたが、その申し出には丁重に断り、与えられた仕事をひとつひとつこなしていく。
それからリックは日が暮れるまできっちり作業を行うと、仕事を終えたあとは行く当てもなく街を彷徨い歩いた。
実家に帰れないとなると、寮部屋へ行くしかない。だが、
「レイに部屋貸せって言われたしなぁ……」
明確に何時まで、とは言われていないが、早く帰宅しすぎても彼の家族と鉢合わせる可能性がある。とはいえ、未成年で時間を潰せるような場所もないため万事休すだ。カフェやレストラン、商店は閉まっており、大通りはシャッターだらけになっている。人通りも少なく、リックの存在だけがこの大通りで浮いていた。
(さすがに家族だって帰ってるよな……。たぶん)
既に時刻は二十一時を回っている。よほどのことがない限り、家族も帰っているだろう。
そう当たりをつけて、リックは街を外れ、鬱蒼とした森の中を歩いていく。
そうして、いつもの見慣れた建物の中に入り、寮部屋の前へと辿り着いたときだった。ゾッとするような寒気に、リックは身震いした。
(なんだ? この嫌な感じは……)
ドアノブに手をかけ、ごくりと息を呑む。
扉の向こうから微かに物音がする。それと同時に、何かおぞましいものの気配も感じる。
開けてはならない、と誰かに言われているような気がした。だが、自分の意思に反して勝手に手が動く。
薄く扉が開いた先、ゆるりと視線を動かした男と目が合った。その口元には薄っすらと笑みをたたえている。
「馬鹿な奴だ。部屋には入るなと言っただろう?」
開け放たれた寮部屋の窓。切り取られた窓枠から差し込む青白い月明かり。
窓の縁に座り、優雅に足を組むレイの目は妖しく光っていた。
その目は、いつもリックが見ている目とは違う。まだレイと出会って数日しか経っていないが、それでも見間違えようがなかった。涼やかな青い瞳は見る者を魅了すると、もっぱら学園内で噂されているからだ。
そんなレイの瞳はいま、紅く染まっている。おまけに、男の口の端からちらりと見える歯は鋭く尖っていた。現に、部屋の中央にはよく見知った女生徒がうつ伏せで転がっている。ここのところ、ずっとレイと一緒にいた女生徒だ。
そんな彼女の首元には牙突された穴が二つ、くっきりと残っている。リックはぐったりとして動かない体を見て、震えそうになる足を一歩引いた。
「あぁ、逃げようなどという馬鹿な気は起こすなよ?」
レイがふわりと窓の縁から飛び降りる。
その姿は悪魔か何かだ。人間には存在しないはずの羽まで見えてしまったような気がして、リックはガタガタと奥歯を鳴らした。逃げなければ、と思うのに、体がいうことをきかない。
「お、お前ッ! 人間じゃねぇのかよ!?」
「見たら分かるだろう? お前はこの姿が人間に見えるのか?」
一瞬で距離を詰めてきたレイに、長い指で顎先を掴まれる。
レイとはほとんど背が変わらない。ほんの少しだけレイが大きい程度だ。だから距離を詰めて立たれると一気に顔が近づく。ムカツクほど整った顔が、眼前に迫っていた。
「ちょ、近い近い近い……!」
「近付かないと、血が吸えないだろう?」
「は……? お前、血って、まさか……!」
「そのまさか、だ。人間は、俺たちのような種族をヴァンパイアと呼ぶらしい」
レイがニヤリと笑って口を開く。
直後、首筋に鈍い痛みと、腹の底から湧き上がるなんとも形容しがたい快楽に襲われて、リックは意識を手放した。
今日は土曜日だ。いつも通り実家に帰れば、母や弟妹たちが温かく出迎えてくれる。
……はずだったのだが。
「ごめんね、リック。実は……」
玄関先、母が申し訳無さそうな顔でリックを見る。母の後ろには、まだ十歳にも満たない双子の妹たちがくっついていた。
母の両足からひょこっと顔を出す姿は、あどけなくて可愛い。二人とも金髪のハーフアップにブルーの瞳とフランス人形のように可愛く、リック自慢の妹たちだ。
そんな二人が浮かない顔でリックを見上げた。
「あのね、リック兄ちゃん。昨日からレイルが風邪引いちゃって……」
「いま、部屋の奥で寝込んでるの……」
「せっかく来てくれたのに、ごめんなさいね……。風邪をうつしても悪いから、また来週来てくれるかしら?」
「ごめんね、リック兄ちゃん」
双子たちがしょんぼりと肩を落とす。リックは妹たちと目線が合うようにしゃがみ込むと、二人の頭をぽんぽんと撫でた。
「大丈夫。また来週も来るから。……母さん、家のことは? 大丈夫そう?」
「えぇ。セイラがレイルの看病をしてくれているから、家のことはなんとかなりそうよ」
「そっか。じゃあ俺、今日のところはバイトしてそのまま帰るわ。さっき、カルドおじさんに声かけてもらってさ」
カルドおじさんは、リックが小さい頃からお世話になっている知り合いの男性だ。実家の近くに住んでおり、時折弟妹たちの様子を見に来てくれる。
カルドは大通りを出てすぐのところにある商店で八百屋を営んでおり、畑仕事があるときや出荷作業で人手が足りないときは、よくリックに声をかけてくれていた。さっきも来る途中で声をかけられて、もし手が空いてるなら仕事に入れるぞ、と誘ってくれた。
「本当にごめんなさいね」
「ううん、大丈夫だよ、母さん。レイルとセイラによろしくな。マイとミイも、ちゃんと母さんの言うこと聞くんだぞ」
「うん!」
「またね!」
リックは母と妹たちに手を振って別れると、その足で八百屋に向かう。
八百屋に顔を出すと、事情を知っていたらしいカルドがリックのことを気にかけてくれた。早く仕事を切り上げて帰ってもいいと言ってくれたが、その申し出には丁重に断り、与えられた仕事をひとつひとつこなしていく。
それからリックは日が暮れるまできっちり作業を行うと、仕事を終えたあとは行く当てもなく街を彷徨い歩いた。
実家に帰れないとなると、寮部屋へ行くしかない。だが、
「レイに部屋貸せって言われたしなぁ……」
明確に何時まで、とは言われていないが、早く帰宅しすぎても彼の家族と鉢合わせる可能性がある。とはいえ、未成年で時間を潰せるような場所もないため万事休すだ。カフェやレストラン、商店は閉まっており、大通りはシャッターだらけになっている。人通りも少なく、リックの存在だけがこの大通りで浮いていた。
(さすがに家族だって帰ってるよな……。たぶん)
既に時刻は二十一時を回っている。よほどのことがない限り、家族も帰っているだろう。
そう当たりをつけて、リックは街を外れ、鬱蒼とした森の中を歩いていく。
そうして、いつもの見慣れた建物の中に入り、寮部屋の前へと辿り着いたときだった。ゾッとするような寒気に、リックは身震いした。
(なんだ? この嫌な感じは……)
ドアノブに手をかけ、ごくりと息を呑む。
扉の向こうから微かに物音がする。それと同時に、何かおぞましいものの気配も感じる。
開けてはならない、と誰かに言われているような気がした。だが、自分の意思に反して勝手に手が動く。
薄く扉が開いた先、ゆるりと視線を動かした男と目が合った。その口元には薄っすらと笑みをたたえている。
「馬鹿な奴だ。部屋には入るなと言っただろう?」
開け放たれた寮部屋の窓。切り取られた窓枠から差し込む青白い月明かり。
窓の縁に座り、優雅に足を組むレイの目は妖しく光っていた。
その目は、いつもリックが見ている目とは違う。まだレイと出会って数日しか経っていないが、それでも見間違えようがなかった。涼やかな青い瞳は見る者を魅了すると、もっぱら学園内で噂されているからだ。
そんなレイの瞳はいま、紅く染まっている。おまけに、男の口の端からちらりと見える歯は鋭く尖っていた。現に、部屋の中央にはよく見知った女生徒がうつ伏せで転がっている。ここのところ、ずっとレイと一緒にいた女生徒だ。
そんな彼女の首元には牙突された穴が二つ、くっきりと残っている。リックはぐったりとして動かない体を見て、震えそうになる足を一歩引いた。
「あぁ、逃げようなどという馬鹿な気は起こすなよ?」
レイがふわりと窓の縁から飛び降りる。
その姿は悪魔か何かだ。人間には存在しないはずの羽まで見えてしまったような気がして、リックはガタガタと奥歯を鳴らした。逃げなければ、と思うのに、体がいうことをきかない。
「お、お前ッ! 人間じゃねぇのかよ!?」
「見たら分かるだろう? お前はこの姿が人間に見えるのか?」
一瞬で距離を詰めてきたレイに、長い指で顎先を掴まれる。
レイとはほとんど背が変わらない。ほんの少しだけレイが大きい程度だ。だから距離を詰めて立たれると一気に顔が近づく。ムカツクほど整った顔が、眼前に迫っていた。
「ちょ、近い近い近い……!」
「近付かないと、血が吸えないだろう?」
「は……? お前、血って、まさか……!」
「そのまさか、だ。人間は、俺たちのような種族をヴァンパイアと呼ぶらしい」
レイがニヤリと笑って口を開く。
直後、首筋に鈍い痛みと、腹の底から湧き上がるなんとも形容しがたい快楽に襲われて、リックは意識を手放した。
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