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辺境の街 マノア
そして彼は落下する
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転移した後のジャンルードです。少しずつ近づいています。
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「ちょっと待て!アランっ。どこに飛ばす気だ・・・!」
そう言い終わらないうちに、自分が別の場所にいることにジャンルードは気づいた。正確には別の場所の「上空」だ。なるほど『ちゃんと飛ばせないかもしれない』というのは正しい。でもさすがに「上空」はないだろう。鳥じゃないのだ。およそ城の自室と同じ高さ。ビルで言うと3階建てくらいの高さから、ジャンルードは真っ逆さまに沼に落ちた。
「・・・覚えてろよ。アラン・・・」
葦の葉と足に絡まる藻に苦戦しながらジャンルードは沼から這い上がり、柔らかい下草と樫の木陰にどさっと倒れこんだ。『転移』は術者もそうだが運ばれる側も精神的に削られる。しかもジャンルードは「唯一」が見つかった時の疲れから回復していなかった。
「父上・・・兄上・・・・」
誰に聞かせるでもなく呟く。先ほどの二人の冷たい視線が頭から離れない。どうしてあの二人が。一体何があったというのか。まさか本当に俺を疑っているのか?
暗くどす黒い滓のような気持ちが心に溜まっていく気がしてジャンルードは両手で陽の光を避けた。晴れ渡った空が心にまぶしすぎる。その時、自分の紋章がうっすらと花を抱えて右手にあるのを改めて見つけた。そういえば、この花の少女。『落ち人』の少女は今一体どうしているだろう。すでに3日経過している。無事だろうか。相手が死亡すれば花は消える。消えていないということはまだ生存はしている。でも。
「言葉も習慣も違う世界で独りぼっちか。。。」
どれだけ心細いだろう。早く見つけてやらなければ。保護してやらなくては。「落ちてきた」ことを知っているのは、おそらく俺と極々わずかなものだけだ。そう思えば少し体が軽くなってきたような気がした。城の事はアランとアリスに任せよう。クリスの「唯一」、至高の赤薔薇姫が何とかしてくれるに違いない。
ジャンルードは起き上がると、バッグから水筒をとりだし、ごくごくと飲んだ。一息をつくと、崖の上に見える見慣れた町壁を見つめた。
――ここはフォンブリルの崖下の沼だ。フォンブリルに飛ばしてくれようとしたんだな。しかし、ここは城から馬で4日。真っ先に追手が来るだろう。留まっていては危険が高まる。そのまま通過してガドニア山とその裾野を抜けていく最短ルートを行くのには準備が足りない。あの森は学生時代何度も行かされた演習場所だ。それなりの危険がありソロは推奨されない。
「チェスナットヒルを抜けてアージェントヴィルからバクストンに入るか、アヴェランに入るかの二択だな。」
ハリスとも合流したいが、デアフィールドまで行くべきか。実家に帰って登城していなかったことを考えると父伯爵は魔伝バトを受け取っているだろうが、ハリスはついてくる気がまだあるだろうか。そう考えると自然と笑みがこぼれた。
「むしろ・・・おいていくと怒るな。」
向かう方向が定まったジャンルードはすくっと立ち上がる。まだ「病み上がり」の体だ。無理はできない。恐らく今日はチェスナットヒルに向かうだけで精いっぱいだろう。仰ぎ見れば太陽はかなり下のほうまで降りてきている。
「さて。。。それでは。 『清潔化』。『温風』。『変化』。」
そう唱えながらジャンルードは紋章の入った右手をさっと斜め右上方向に指揮をするように振りぬいた。
生活魔法。フォンブリルに入ることになってから、何よりもまず先に覚えた魔法だ。致命的に家事ができないジャンルードにとって、生活魔法は戦う術を学ぶより先に覚えるべきことだった。あっという間に沼の水と泥でどす黒くなっていた全身がきれいに乾き、茶色の髪と緑の瞳という「ありふれたダリオトール人」の特徴を持つ若者がそこに現れた。平民「エミリオ・バーク」の登場だ。この姿を知っているのはハリスとアレンのみ。兄上も留学していたと思っているので知らないはずだ。
「さて。急いで向かうか。」
沼から街道に出るまでは下草の深い野原だ。ジャンルードは少し足を取られながら一歩一歩踏みしめて歩いた。湿地帯のようだった地面が固く締まってくる。運悪く出てきた角ウサギを何匹か仕留めながらジャンルードは眼前に広がる落葉樹の森を見つめた。栗や栃の実といった食べられる木の実から、果実のなる木ばかりを集めた森はチェスナットヒルの大事な収入源だ。温暖期の今は花が一斉に咲いていて、所々コクワの実やベリーの低木が実をつけている。宵闇が迫るころ、ようやくチェスナットヒルの村にたどり着いた。やはり体力が落ちているようだ。ジャンルードは村に一軒だけある食堂兼宿屋に足を踏み入れた。
「いらっしゃいませー! 食事ですか。お泊りですか。」
「泊りを一泊頼みたい。夕食付きで。明日の朝と昼を弁当にしてくれるなら2泊分払う。あ。あとこれは駄賃だ。使ってくれると助かる。」
ジャンルードが道中とった角ウサギを差し出すと、威勢のいいおかみがにこっと笑ってキッチンのほうへ向かい、主人と相談して戻ってきた。
「ありがとうございます冒険者さん。明日朝食の時に弁当は渡せるそうです。それからお部屋は2階の一番奥です。お湯やお水は必要ですか?」
「いやいい。自分でやる。ありがとう。」
「ごゆっくりー! 夕食には早めに出てきてくださいね。酔っ払いで混むので。」
ジャンルードは鍵を受け取ると奥の部屋に向かった。質素ではあるが掃除がいき届いた気持ちのいい部屋だ。部屋の隅に置かれていた水差しと盥に向かい、手を振り払うと水とお湯がなみなみと張られた。得意な水魔法なら詠唱なしでいいのだ。顔を洗い口をゆすぐと、ジャンルードはどさっとベッドに倒れこんだ。卒業してからは、普段馬に乗ってばかりだったツケがきている。とにかく今日はここで休み、明日はアヴェランへ向かわなければ。行商の馬車でもあればいいが。ともするとそのままベッドに沈んでしまいそうな体を叱咤して、美味そうな香りが立ち込め始めた騒がしい階下へと降りていった。
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「ちょっと待て!アランっ。どこに飛ばす気だ・・・!」
そう言い終わらないうちに、自分が別の場所にいることにジャンルードは気づいた。正確には別の場所の「上空」だ。なるほど『ちゃんと飛ばせないかもしれない』というのは正しい。でもさすがに「上空」はないだろう。鳥じゃないのだ。およそ城の自室と同じ高さ。ビルで言うと3階建てくらいの高さから、ジャンルードは真っ逆さまに沼に落ちた。
「・・・覚えてろよ。アラン・・・」
葦の葉と足に絡まる藻に苦戦しながらジャンルードは沼から這い上がり、柔らかい下草と樫の木陰にどさっと倒れこんだ。『転移』は術者もそうだが運ばれる側も精神的に削られる。しかもジャンルードは「唯一」が見つかった時の疲れから回復していなかった。
「父上・・・兄上・・・・」
誰に聞かせるでもなく呟く。先ほどの二人の冷たい視線が頭から離れない。どうしてあの二人が。一体何があったというのか。まさか本当に俺を疑っているのか?
暗くどす黒い滓のような気持ちが心に溜まっていく気がしてジャンルードは両手で陽の光を避けた。晴れ渡った空が心にまぶしすぎる。その時、自分の紋章がうっすらと花を抱えて右手にあるのを改めて見つけた。そういえば、この花の少女。『落ち人』の少女は今一体どうしているだろう。すでに3日経過している。無事だろうか。相手が死亡すれば花は消える。消えていないということはまだ生存はしている。でも。
「言葉も習慣も違う世界で独りぼっちか。。。」
どれだけ心細いだろう。早く見つけてやらなければ。保護してやらなくては。「落ちてきた」ことを知っているのは、おそらく俺と極々わずかなものだけだ。そう思えば少し体が軽くなってきたような気がした。城の事はアランとアリスに任せよう。クリスの「唯一」、至高の赤薔薇姫が何とかしてくれるに違いない。
ジャンルードは起き上がると、バッグから水筒をとりだし、ごくごくと飲んだ。一息をつくと、崖の上に見える見慣れた町壁を見つめた。
――ここはフォンブリルの崖下の沼だ。フォンブリルに飛ばしてくれようとしたんだな。しかし、ここは城から馬で4日。真っ先に追手が来るだろう。留まっていては危険が高まる。そのまま通過してガドニア山とその裾野を抜けていく最短ルートを行くのには準備が足りない。あの森は学生時代何度も行かされた演習場所だ。それなりの危険がありソロは推奨されない。
「チェスナットヒルを抜けてアージェントヴィルからバクストンに入るか、アヴェランに入るかの二択だな。」
ハリスとも合流したいが、デアフィールドまで行くべきか。実家に帰って登城していなかったことを考えると父伯爵は魔伝バトを受け取っているだろうが、ハリスはついてくる気がまだあるだろうか。そう考えると自然と笑みがこぼれた。
「むしろ・・・おいていくと怒るな。」
向かう方向が定まったジャンルードはすくっと立ち上がる。まだ「病み上がり」の体だ。無理はできない。恐らく今日はチェスナットヒルに向かうだけで精いっぱいだろう。仰ぎ見れば太陽はかなり下のほうまで降りてきている。
「さて。。。それでは。 『清潔化』。『温風』。『変化』。」
そう唱えながらジャンルードは紋章の入った右手をさっと斜め右上方向に指揮をするように振りぬいた。
生活魔法。フォンブリルに入ることになってから、何よりもまず先に覚えた魔法だ。致命的に家事ができないジャンルードにとって、生活魔法は戦う術を学ぶより先に覚えるべきことだった。あっという間に沼の水と泥でどす黒くなっていた全身がきれいに乾き、茶色の髪と緑の瞳という「ありふれたダリオトール人」の特徴を持つ若者がそこに現れた。平民「エミリオ・バーク」の登場だ。この姿を知っているのはハリスとアレンのみ。兄上も留学していたと思っているので知らないはずだ。
「さて。急いで向かうか。」
沼から街道に出るまでは下草の深い野原だ。ジャンルードは少し足を取られながら一歩一歩踏みしめて歩いた。湿地帯のようだった地面が固く締まってくる。運悪く出てきた角ウサギを何匹か仕留めながらジャンルードは眼前に広がる落葉樹の森を見つめた。栗や栃の実といった食べられる木の実から、果実のなる木ばかりを集めた森はチェスナットヒルの大事な収入源だ。温暖期の今は花が一斉に咲いていて、所々コクワの実やベリーの低木が実をつけている。宵闇が迫るころ、ようやくチェスナットヒルの村にたどり着いた。やはり体力が落ちているようだ。ジャンルードは村に一軒だけある食堂兼宿屋に足を踏み入れた。
「いらっしゃいませー! 食事ですか。お泊りですか。」
「泊りを一泊頼みたい。夕食付きで。明日の朝と昼を弁当にしてくれるなら2泊分払う。あ。あとこれは駄賃だ。使ってくれると助かる。」
ジャンルードが道中とった角ウサギを差し出すと、威勢のいいおかみがにこっと笑ってキッチンのほうへ向かい、主人と相談して戻ってきた。
「ありがとうございます冒険者さん。明日朝食の時に弁当は渡せるそうです。それからお部屋は2階の一番奥です。お湯やお水は必要ですか?」
「いやいい。自分でやる。ありがとう。」
「ごゆっくりー! 夕食には早めに出てきてくださいね。酔っ払いで混むので。」
ジャンルードは鍵を受け取ると奥の部屋に向かった。質素ではあるが掃除がいき届いた気持ちのいい部屋だ。部屋の隅に置かれていた水差しと盥に向かい、手を振り払うと水とお湯がなみなみと張られた。得意な水魔法なら詠唱なしでいいのだ。顔を洗い口をゆすぐと、ジャンルードはどさっとベッドに倒れこんだ。卒業してからは、普段馬に乗ってばかりだったツケがきている。とにかく今日はここで休み、明日はアヴェランへ向かわなければ。行商の馬車でもあればいいが。ともするとそのままベッドに沈んでしまいそうな体を叱咤して、美味そうな香りが立ち込め始めた騒がしい階下へと降りていった。
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