青蔦の若君と桜の落ち人

楡咲沙雨

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領都 バクストン

受け入れられるということ。【後編】

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振り返ると銀髪の美しい立ち姿の老婦人がやはり銀髪だがしっかりとした体躯の老齢の男性と立っている。こちらは熊というより、もう「山」だ。威圧感が半端ない。

「父上。母上。ただいま戻りました。これが私の娘になりました美桜です。美桜。お祖父さまとお祖母様だよ。」

美桜は慌てて立ち上がると、前に進み出てカーテシーを取った。
「初めてお目にかかります。ミオ・ヴェルノウェイです。」
「まぁまぁ。本当に可愛らしいこと。ねえ。」
「あぁ。私がファルコニウス・バクストン。前領主だ。こっちは妻のエレン。お祖父さまとお祖母様でいい。美桜。よろしく頼む。」
「ありがとうございます。お祖父様。お祖母様。」

挨拶を終えた美桜を見て、カイドがさらに続ける。

「あと、俺の家で預かっている冒険者の エミリオ・バークとハリー・デーン。」
「あ・・ああ。よろしく頼む。」
 
お茶を飲みながら談笑していると、メイドが部屋の用意が整ったと告げた。先に休んでおけとサーシャと美桜が案内されて階段を上がった。

「お父様やエミリオたちはまだお話があるのですか?」
「えぇ。道中の様子とかいろいろね。」

用意された部屋に入ると、衣類の箱もすべて整えられている。メイドも下がった部屋で美桜はベッドに倒れこみ、緊張で疲れたせいかうつらうつらとし始めた。

――でもどうしてエミリオ達まで残ったんだろう・・・

 美桜が疲れから優しい眠りに落ちている頃、応接室に残った者たちもまた優しい邂逅の時間を過ごしていた。『変化ヴァリエ』を解いたジャンルードとハリスが、バクストンの者たちにその姿をさらしたのだ。

「お祖父さま、お祖母様。伯父上伯母上。初めてお目にかかります。ジャンルードです。」
「護衛騎士、ハリス・デアフィールドと申します。」

エレンは何も言えずに瞳に涙をたたえたまま、ジャンルードをギュッと抱きしめる。ファルコニウスはその二人を大きく抱え込んだ。

「私の可愛いジャン。やっと。やっと会えたわ。かわいい孫に。なんて立派になったのかしら。」
「お祖母様・・・。」
「お前がバクストンの祝いを乗り越え、立派になったことは知っていた。影を城に送ってもいたからな。だが我らは辺境を守るもの。簡単にはここを離れられぬ。逢いに行けぬ我らを好いてはおるまいと思っていた。よくぞバクストンへ来てくれた。」
「そのようなことは! 私こそ不甲斐ないゆえ、孫とは認めぬと思っておられぬのかと思っておりました。お邪魔していいものかもわからず、時間ばかりが過ぎて。申し訳ありません。」
「何を言うか。お前はバクストンの若鷹。我らが主と仰ぐ唯一ぞ。愛しておらぬはずがない。」

 ほろほろと泣くエレンの涙をハンカチで拭いながら、エミリオはファルコニウスに謝る。すべては自分が勝手に好かれていないと思っていたからこそ。こんなにも愛されていると感じられるのは、マノアに来てから。美桜に感情を学んだから。

「さあさあ。お茶にしましょう。話すこともたくさんあるわ。それで? ジャンの花はあの子なのね?」

 フィリアがそつなくお茶を入れ替える。ソファに座って、ジャンルードは右手の手袋を外した。

「これは・・・。なんと見事な。そして何だこの青蔦は・・・。」
「父上。ジャンはまだ花が顕現しただけ。本当の力はまだ得ていない。しかし、花の眷属に認められ、自分の眷属を得た。それによって精霊の加護を得たのでその証だ。」
「なんと・・・! 伝承にある程度でまさか本当に出るとは・・・。」

カイドが、精霊の加護の受け取り方を説明すると全員が固まった。眷属を持つだけでも希少なことなのに、それがお互い持っていれば精霊の加護にまで到達するのだ。

「特に4大精霊の属性の高い者は、色々と幼少時から教え込む必要があります。テイムを学ばせるのも手かと。それによって精霊も力を貸してくれるでしょう。」
「ジャンよ。よくやってくれた。これによってさらに生き延びる機会を得るものも増えよう。カイドもよくあの落ち人の姫と出会ったな。」
「あればかりはもう運命としか・・・。本当にいい娘なのです。ジャンと心も通い始め、この地で生きることを覚悟したバクストンの娘。どうか力になってやってください。」
「もちろんだとも。現辺境伯の名に賭けてジャンと添い遂げさせる。それが幸せというものだ。」
「ありがとうございます。伯父上。お祖父さま。」
「ただ・・・。この甥っ子はヘタレでして。告白したのは昨夜のことで、まだ自分の出自も告げられておらず、『変化ヴァリエ』を解けないのです。これを話さないことには俺の二の舞になるかもしれなくて。」
「「あらまぁ。」」

からころと女性達が笑い転げる。バクストン辺境伯の息子と知った時のサーシャの逃げっぷりは未だに語り継がれているのだ。サーシャも照れながら笑っている。

「まぁ、今は俺の長男と次男の婚約者候補たちが来ているからな。『変化ヴァリエ』は解かぬほうがいいだろう。今回もだめそうなのだがな。明日の夜会が終わると帰るから、それまではそれでいろ。」
「いなかったのですか。今回は。」
「二人とも顕現したのは早かったが、二人とも『色付きカラーズ』なのでなぁ。なかなか見つからんよ。それでもどうしてもと周りがうるさいので、花の名前で集めて夜会は開催しているが。」
「とにかく、一休みして夕食にしましょう。私、美桜ともっとお話ししたいわ。息子たちにも逢わせたいし。」
「そうですね。そうしましょうか。」

家族たちと別れた後、眷属たちを屋敷に入れる許可をもらい、ジャンルードは変化ヴァリエ』を戻すと厩へ向かった。3頭は日向で寝そべって目を閉じていた。

「ハティ、スコル、オラージュ。屋敷に入ってもいいと許可をもらってきた。行くぞ。」
『主。お待ちしておりました。』
『エミリオおそーい。っていうか、この名前でいいの? 真名があるでしょうあなた。』
『そうだ。まだ美桜に伝えていないのか。』
「王族と知って逃げられないだろうか・・・。」
『逃げられたら諦めるの?』
「そんなことはない!」
『じゃあ早めに言うべきだ。真名を知らぬと真に繋ぎあうことはできんぞ』
「解った。。。さて。美桜のところへ案内する。とりあえず、『清潔化クリーン』。」

いきなり入ってきた3頭に驚くものは多かったが、懐いている様子に安心し遠巻きに眺めているようだった。美桜の部屋をノックすると、応答がない。ジャンルードは仕方なく、ドアを少しだけ開け、ハティとスコルだけを中に入れた。自分の部屋は隣だ。いいのか?隣で。

『主。少し休むといい。警備は俺がしておく。』
「あぁ、オラージュ。少し寝るよ。」
夕食までのしばしの間、ジャンルードは家族に会えた幸せの中眠りについた。








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