青蔦の若君と桜の落ち人

楡咲沙雨

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領都 バクストン

受け入れられる。ということ【前編】

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 すがすがしい朝の空気の中、隊商とカイドの隊列は領都バクストンへの道を進んでいた。マノアを出てから3日目、ようやく最後の村を抜け小川を抜けると舗装がしっかりとされた道へと出る。周囲は小麦畑や果樹など様々に耕され、豊かな領であることを表している。

「バクストンは、自足自給が出来るように作られているの。辺境ですからね。マノアよりさらに大きい城壁都市よ。ほら。あの橋を越えると領都に入るわ。」

サーシャが指さした大きな石造りの橋を見ると、木々の奥にそびえたつ城壁の街。橋を渡ると両脇に薬草園と花畑と果樹園が広がり、堅牢な門の脇に兵士が立っているのが見えてくる。

「カイド様!」
「カイド様だ!」

わらわらと詰所から大勢の兵が出て馬車を取り囲んだ。

「お前ら。久しぶりだな。げんきにしてたか?」
「はい! カイド様もお元気そうで何よりです。本日はサーシャ様は御一緒ですか?」
「あぁ。娘ができたんでな。お披露目に来た。サーシャ、美桜。顔だけ出してやってくれ。」

御者席のカイドにそう言われて窓を開ける。サーシャと一緒に恐る恐る窓から顔を出し、習ったとおりに笑顔で手を振る。途端に声が静まり返り、ポカンと全員こちらを見ている。え。間違ったの???

「あらあら。皆見とれちゃって。エミリオも大変ね。」
「お母様に見とれてたんでしょう。小さい子供じゃなくてびっくりしたんじゃないですか?」

このまま家に向かう。と門の兵に告げ、別れを惜しむ隊商と別れ、カイドが馬車を走らせると両脇に店が立ち並ぶ道を抜け、時計台が現れる。それを左に曲がると山を従えるように塔が多い黒々とした大きな屋敷が現れる。「黒鷲砦」というのだとサーシャが教えてくれた。門が開くと整えられた花の生垣が続き、噴水の前の馬車寄せへとでる。すると大勢の使用人たちがずらっと並んで待ち構えていた。

「さて。美桜。御挨拶よ。」
「はい。お母様。」

馬車の扉が開かれ、カイドに手を取られて降りると、多くの使用人を従えてジェームズによく似た老執事が立っていた。

「ただいま。ヴィンス。息災で何よりだ。」
「カイド様。御無沙汰しております。奥様もお元気そうで。」
「ただいまヴィンス。この子が私たちの娘になった美桜・ヴェルノウェイ。美桜。ジェームズの兄のヴィンスよ。
「初めまして。美桜です。」
「これはこれは。なんとかわいらしいお嬢様でしょう。ジェームズはきちんとお世話できておりますでしょうか。」
「えぇ。良くしてもらっています。」
「それは安心いたしました。では皆様お部屋へご案内いたします。お荷物はお部屋へと運ばせますので。」
「あぁ。それとこれがエミリオとハリーだ。こいつらの部屋も俺たちの部屋の近くに頼む。」
「はい。大旦那様から言いつかっております。ではどうぞこちらへ。」

 邸内に入ると、そのまま応接室に通された。出された紅茶を飲んでいると、バタバタと足音がしてカイドをさらに大きくしてごつくした男性が足早に入ってきて、カイドを抱きしめる。

「帰ってきたか愚弟! 此度はよくやった。重畳重畳。神の思し召しだ。」
「・・・兄貴。美桜はまだ知らないから。」
「あ・・あぁ。そうか。挨拶をせねばな。可愛い姪御どの。初めてお目にかかる。カイドの兄、マクシミリアンだ。マックス伯父様と呼んでくれ。」

――熊だ。立ち上がった熊。存在自体が大きい。

ぽかんと口を開けた自分を奮い立たせて、美桜はサーシャに倣ったカーテシーで挨拶をする。

「マックス伯父様。初めまして。美桜と申します。よろしくお願いいたします。」
「なんと。可愛いなぁ。カイド。良かったなあ。」
「やらんぞ。兄上。」
「そうですわよ。あなた。まったく騒々しくてごめんなさいね。サーシャも久しぶり。美桜は初めましてね。私はフィリア伯母様よ。ホントにかわいいわねぇ。娘が欲しかったわねぇ。」

 熊の後ろからすっと出てきた可憐な小柄な女性がにこにこと美桜に微笑みかけた。カイドやサーシャと普通に話しながら、美桜ともにこにこと話してくれる。美桜は緊張が解けて、心が凪いでいくのを感じた。カイド達がすんなり自分を受け入れていても、貴族なのだから何らかの反発はあると思っていたのだ。なのに目の前の「当主夫妻」は屈託なく目の前で笑っている。美桜は思わずサーシャの手を握り、涙目になった。サーシャはその手をポンポンと叩くと安心させるように言った。

「言ったでしょう? 美桜はヴェルノウェイになったのだと。バクストンの者になったの。カイドと私がいいと決めたものに、バクストンは反対しないし、愛してくれるわ。この人たちもお爺様たちもあなたの家族。あなたを裏切らない愛してくれる人よ。」
「お母様・・・。」
「心配していたのね? 私たちはカイド達に娘ができてうれしいの。ここ2ヶ月はずっと手紙で自慢され続けていたのよ? バクストンにもいつでもいらっしゃいね? 私は息子しかいないから、姪ができて本当に嬉しいの。あとでドレスも贈らせてね? サイズは聞いておいたから選ぶのが楽しくって。」
「フィリア伯母様。ありがとうございます。嬉しいです。」
「あらまぁ。私も用意したのにフィリアも用意したのね。」

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