8 / 16
三章 趙成
格子越しの対話(ニ)
しおりを挟む
罪は子にも連座するのである。思えば、趙成が李斯に死を勧めるのは、李斯のことを慮ってというよりは、李斯の子らを案じてのことであるかもしれない。趙成も兄の趙高も、父の犯した罪のせいで、宮刑に処せられた。死罪を免れる手段として、宮刑に処されることを望んだのである。それだけに趙成は、子が父親の犯した罪の巻き添えになることに対して敏感なところがある。家を潰してまで、子らの命さえをも以って贖おうとする李斯に、趙成は憤りを覚えていた。
「その罪とはどのようなものにござりましょう?」
趙成の金切り声が石造りの獄舎に木霊した。
唐突な趙成の怒声に驚き、李斯は体を強張らせ、そして自嘲するように、ため息混じりの苦笑をもらした。
「生き恥を晒しておる者を尚辱める気か……」
「そう受け取っていただいても結構にござりまする」
言って、趙成はぞくりと身を震わせた。理由如何によっては李斯を殺害してしまうかもしれない。そうした自身の激情に気づき、恐怖したのである。
「これも儂が受けねばならぬ罰なのやもしれぬな」
李斯は腕を組み、思案するように天井を見上げ、それからゆったりとした口調で告白を始めた。
「儂はこれまでに数多の人間を死へと追いやった。将ではない故、矛を振るって敵を薙いだことはないが、儂の献じた策が奪った命は如何ほどあろうか。また儂の発案した法によって罰され、刑死した者も計り知れぬ。が、儂はこれらを悔いてはおらぬ。儒者どもを生き埋めにしたことに対してさえ、罪の意識はない」
李斯は先帝の命に従って、四百人以上の儒者を埋めて殺した。そのことを言っているのであろう。
「国のため、天下のためにやったこと。儂自身の保身を目的に奪った命なぞ、ひとつもない。と言いたいが一度だけ、儂は儂のために人を死なせた。韓非のことだ」
韓非という人物が何者であったか、無論、趙成も知っている。もっとも知っているとは言っても、彼の著作を通してのことである。思想には触れたが、面識はない。趙成が韓非の名を知ったとき、彼は既に服毒自殺を遂げてこの世になかった。謀計を胸中に秘め、やってきた隣国の公子が獄に繋がれ、詮議が始まる前に自害した。その程度のことしか知らない。
「儂が荀子の門を叩いたとき、彼はすでに荀子の門下生であった。彼は韓の王族の出なのだと他の兄弟子より聞かされたが、そのときは信じなかった。彼の姓にちなんだ冗談なのだと受け止めた。そなたは趙姓であるが、趙の王族には縁がないように、韓非もまたただ韓姓の男であると思ったのだ。そういった類のからかいを受けやすそうな人物であった。猫背で若白髪が混ざり、実際の歳よりもずっと老けて見えた。利発な男ではあったが、弁舌が苦手だった。吃る癖があって聴き取りづらいのだ。威光などまるで発さぬ、およそ王族とは対局の位置におるような人間が、韓非であった。真に王族であると知っても、彼を妬んだことはなかった。住む世界が儂とは違っておると思ったのだ。それは、彼が王族であったからではない。人に塗れて才を活かすことのできぬ種類の人間だと感じていたからだ。彼は仙人のように生きるべき男であったのだ。実際、彼の献策は一度も韓王に用いられることはなかった。それを、咸陽で儂と再会したときに零しておった」
ここまで語って、李斯はぽつりと「咸陽に来ねば良かったのにな」と寂しそうに呟いた。
「しかし呼び寄せてしまったのは儂なのだ。先帝は、彼の著書にいたく感動なさってな。彼と語らうことができたなら、死んでもよいとさえ仰られた。我事のように嬉しかった。自慢の宝物を褒められたような気がした。儂は得意になって、それは兄弟子の作だとお伝えした。韓非が隣国の人間だと知って、先帝はお喜びになられた。その感情は恋慕に似ていた。欲しいものは力づくで手に入れてこられた先帝が、いかにすれば韓非に会えるだろうかと悩んでおられた。小国など脅せば、たいていのものは差し出すというのに、先帝はそのことをすっかり忘れておられた。儂に言われて、ようやく気づくくらいであった。かくして、韓に攻め込むことが決まり、目論見通りに韓は和睦の使者として彼を遣わした。和睦はなったが、韓非は咸陽に残ることになった。先帝が引き止めたのだ。戦の目的は韓非であったのだから、当然だ。しかし用いはしなかった。あくまで客分として咸陽に留めおいた。先帝はすぐに気づかれるであろうと思った。韓非は文字と戯れてこそ活きる人物。が、儂の予想に反して、韓非は朝議にも招かれるようになった。彼の発言は昔と変わらず、吃りが酷く、聴きづらかった。にも関わらず、先帝は彼の言葉に最後まで耳を傾けておられた。気の短い、あの先帝がだ。最初に危機感を覚えたのは、姚賈であった。姚賈は、韓非が姚賈の地位どころか、儂の地位をも脅かす存在になるだろうと言った。それからだ。儂は韓非を警戒するようになった。疎ましく思うようになった。そして初めて、彼を妬んだ。彼を咸陽から追いだそうと画策した。韓非の吃音が昔よりも悪化していると先帝に告げた。実際には悪化などしていなかったのだが、それで充分であった。疑り深い先帝は、韓非が謀を秘めているから言い淀むのではないかとお考えになられた。儂の計画では、それで韓非は韓へと送り返されるはずであった。しかし先帝は儂が思っておった以上に、韓非に執着しておられたのだ。手に入れられぬのなら、いっそのこと殺してしまおうと思われたのであろう。韓非は間諜の疑いありとして、獄に繋がれることになった。そうなってしまったら、儂が韓非のためにできることなどひとつしかない」
それは趙成が李斯にしてやろうとしていることと同じである。
「儂は簡単に死んではならんのだ。それでは韓非が許してくれぬ」
趙成はどうしてやるのが良いのか、わからなくなった。李斯の表情は暗がりの中では、やはりよく見えない。どことなく李斯の姿勢から険しさが抜けたように感じるのは、気のせいであろうか。ジリジリと蝋が燃える音に混じって、李斯の深い呼吸の音が聞こえる。安らかだと思った。
「苦痛に満ちた日々を過ごすことになりまするよ」
言った後で、趙成は不必要な発言を悔いた。李斯がこれからどのような日々になるのか知らぬわけがないのである。死刑に処されるそのときまで苦痛に耐えると決めた人間に対して言う言葉ではなかった。
そうした趙成の後悔を汲み取ったのか、李斯は応答しなかった。
「その罪とはどのようなものにござりましょう?」
趙成の金切り声が石造りの獄舎に木霊した。
唐突な趙成の怒声に驚き、李斯は体を強張らせ、そして自嘲するように、ため息混じりの苦笑をもらした。
「生き恥を晒しておる者を尚辱める気か……」
「そう受け取っていただいても結構にござりまする」
言って、趙成はぞくりと身を震わせた。理由如何によっては李斯を殺害してしまうかもしれない。そうした自身の激情に気づき、恐怖したのである。
「これも儂が受けねばならぬ罰なのやもしれぬな」
李斯は腕を組み、思案するように天井を見上げ、それからゆったりとした口調で告白を始めた。
「儂はこれまでに数多の人間を死へと追いやった。将ではない故、矛を振るって敵を薙いだことはないが、儂の献じた策が奪った命は如何ほどあろうか。また儂の発案した法によって罰され、刑死した者も計り知れぬ。が、儂はこれらを悔いてはおらぬ。儒者どもを生き埋めにしたことに対してさえ、罪の意識はない」
李斯は先帝の命に従って、四百人以上の儒者を埋めて殺した。そのことを言っているのであろう。
「国のため、天下のためにやったこと。儂自身の保身を目的に奪った命なぞ、ひとつもない。と言いたいが一度だけ、儂は儂のために人を死なせた。韓非のことだ」
韓非という人物が何者であったか、無論、趙成も知っている。もっとも知っているとは言っても、彼の著作を通してのことである。思想には触れたが、面識はない。趙成が韓非の名を知ったとき、彼は既に服毒自殺を遂げてこの世になかった。謀計を胸中に秘め、やってきた隣国の公子が獄に繋がれ、詮議が始まる前に自害した。その程度のことしか知らない。
「儂が荀子の門を叩いたとき、彼はすでに荀子の門下生であった。彼は韓の王族の出なのだと他の兄弟子より聞かされたが、そのときは信じなかった。彼の姓にちなんだ冗談なのだと受け止めた。そなたは趙姓であるが、趙の王族には縁がないように、韓非もまたただ韓姓の男であると思ったのだ。そういった類のからかいを受けやすそうな人物であった。猫背で若白髪が混ざり、実際の歳よりもずっと老けて見えた。利発な男ではあったが、弁舌が苦手だった。吃る癖があって聴き取りづらいのだ。威光などまるで発さぬ、およそ王族とは対局の位置におるような人間が、韓非であった。真に王族であると知っても、彼を妬んだことはなかった。住む世界が儂とは違っておると思ったのだ。それは、彼が王族であったからではない。人に塗れて才を活かすことのできぬ種類の人間だと感じていたからだ。彼は仙人のように生きるべき男であったのだ。実際、彼の献策は一度も韓王に用いられることはなかった。それを、咸陽で儂と再会したときに零しておった」
ここまで語って、李斯はぽつりと「咸陽に来ねば良かったのにな」と寂しそうに呟いた。
「しかし呼び寄せてしまったのは儂なのだ。先帝は、彼の著書にいたく感動なさってな。彼と語らうことができたなら、死んでもよいとさえ仰られた。我事のように嬉しかった。自慢の宝物を褒められたような気がした。儂は得意になって、それは兄弟子の作だとお伝えした。韓非が隣国の人間だと知って、先帝はお喜びになられた。その感情は恋慕に似ていた。欲しいものは力づくで手に入れてこられた先帝が、いかにすれば韓非に会えるだろうかと悩んでおられた。小国など脅せば、たいていのものは差し出すというのに、先帝はそのことをすっかり忘れておられた。儂に言われて、ようやく気づくくらいであった。かくして、韓に攻め込むことが決まり、目論見通りに韓は和睦の使者として彼を遣わした。和睦はなったが、韓非は咸陽に残ることになった。先帝が引き止めたのだ。戦の目的は韓非であったのだから、当然だ。しかし用いはしなかった。あくまで客分として咸陽に留めおいた。先帝はすぐに気づかれるであろうと思った。韓非は文字と戯れてこそ活きる人物。が、儂の予想に反して、韓非は朝議にも招かれるようになった。彼の発言は昔と変わらず、吃りが酷く、聴きづらかった。にも関わらず、先帝は彼の言葉に最後まで耳を傾けておられた。気の短い、あの先帝がだ。最初に危機感を覚えたのは、姚賈であった。姚賈は、韓非が姚賈の地位どころか、儂の地位をも脅かす存在になるだろうと言った。それからだ。儂は韓非を警戒するようになった。疎ましく思うようになった。そして初めて、彼を妬んだ。彼を咸陽から追いだそうと画策した。韓非の吃音が昔よりも悪化していると先帝に告げた。実際には悪化などしていなかったのだが、それで充分であった。疑り深い先帝は、韓非が謀を秘めているから言い淀むのではないかとお考えになられた。儂の計画では、それで韓非は韓へと送り返されるはずであった。しかし先帝は儂が思っておった以上に、韓非に執着しておられたのだ。手に入れられぬのなら、いっそのこと殺してしまおうと思われたのであろう。韓非は間諜の疑いありとして、獄に繋がれることになった。そうなってしまったら、儂が韓非のためにできることなどひとつしかない」
それは趙成が李斯にしてやろうとしていることと同じである。
「儂は簡単に死んではならんのだ。それでは韓非が許してくれぬ」
趙成はどうしてやるのが良いのか、わからなくなった。李斯の表情は暗がりの中では、やはりよく見えない。どことなく李斯の姿勢から険しさが抜けたように感じるのは、気のせいであろうか。ジリジリと蝋が燃える音に混じって、李斯の深い呼吸の音が聞こえる。安らかだと思った。
「苦痛に満ちた日々を過ごすことになりまするよ」
言った後で、趙成は不必要な発言を悔いた。李斯がこれからどのような日々になるのか知らぬわけがないのである。死刑に処されるそのときまで苦痛に耐えると決めた人間に対して言う言葉ではなかった。
そうした趙成の後悔を汲み取ったのか、李斯は応答しなかった。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし
かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし
長屋シリーズ一作目。
第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。
十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。
頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。
一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。
別れし夫婦の御定書(おさだめがき)
佐倉 蘭
歴史・時代
★第11回歴史・時代小説大賞 奨励賞受賞★
嫡男を産めぬがゆえに、姑の策略で南町奉行所の例繰方与力・進藤 又十蔵と離縁させられた与岐(よき)。
離縁後、生家の父の猛反対を押し切って生まれ育った八丁堀の組屋敷を出ると、小伝馬町の仕舞屋に居を定めて一人暮らしを始めた。
月日は流れ、姑の思惑どおり後妻が嫡男を産み、婚家に置いてきた娘は二人とも無事与力の御家に嫁いだ。
おのれに起こったことは綺麗さっぱり水に流した与岐は、今では女だてらに離縁を望む町家の女房たちの代わりに亭主どもから去り状(三行半)をもぎ取るなどをする「公事師(くじし)」の生業(なりわい)をして生計を立てていた。
されどもある日突然、与岐の仕舞屋にとっくの昔に離縁したはずの元夫・又十蔵が転がり込んできて——
※「今宵は遣らずの雨」「大江戸ロミオ&ジュリエット」「大江戸シンデレラ」「大江戸の番人 〜吉原髪切り捕物帖〜」にうっすらと関連したお話ですが単独でお読みいただけます。
織田信長 -尾州払暁-
藪から犬
歴史・時代
織田信長は、戦国の世における天下統一の先駆者として一般に強くイメージされますが、当然ながら、生まれついてそうであるわけはありません。
守護代・織田大和守家の家来(傍流)である弾正忠家の家督を継承してから、およそ14年間を尾張(現・愛知県西部)の平定に費やしています。そして、そのほとんどが一族間での骨肉の争いであり、一歩踏み外せば死に直結するような、四面楚歌の道のりでした。
織田信長という人間を考えるとき、この彼の青春時代というのは非常に色濃く映ります。
そこで、本作では、天文16年(1547年)~永禄3年(1560年)までの13年間の織田信長の足跡を小説としてじっくりとなぞってみようと思いたった次第です。
毎週の月曜日00:00に次話公開を目指しています。
スローペースの拙稿ではありますが、お付き合いいただければ嬉しいです。
(2022.04.04)
※信長公記を下地としていますが諸出来事の年次比定を含め随所に著者の創作および定説ではない解釈等がありますのでご承知置きください。
※アルファポリスの仕様上、「HOTランキング用ジャンル選択」欄を「男性向け」に設定していますが、区別する意図はとくにありません。
滝川家の人びと
卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。
生きるために走る者は、
傷を負いながらも、歩みを止めない。
戦国という時代の只中で、
彼らは何を失い、
走り続けたのか。
滝川一益と、その郎党。
これは、勝者の物語ではない。
生き延びた者たちの記録である。
もし石田三成が島津義弘の意見に耳を傾けていたら
俣彦
歴史・時代
慶長5年9月14日。
赤坂に到着した徳川家康を狙うべく夜襲を提案する宇喜多秀家と島津義弘。
史実では、これを退けた石田三成でありましたが……。
もしここで彼らの意見に耳を傾けていたら……。
徳川慶勝、黒船を討つ
克全
歴史・時代
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。
尾張徳川家(尾張藩)の第14代・第17代当主の徳川慶勝が、美濃高須藩主・松平義建の次男・秀之助ではなく、夭折した長男・源之助が継いでおり、彼が攘夷派の名君となっていた場合の仮想戦記を書いてみました。夭折した兄弟が活躍します。尾張徳川家15代藩主・徳川茂徳、会津藩主・松平容保、桑名藩主・松平定敬、特に会津藩主・松平容保と会津藩士にリベンジしてもらいます。
もしかしたら、消去するかもしれません。
花嫁
一ノ瀬亮太郎
歴史・時代
征之進は小さい頃から市松人形が欲しかった。しかし大身旗本の嫡男が女の子のように人形遊びをするなど許されるはずもない。他人からも自分からもそんな気持を隠すように征之進は武芸に励み、今では道場の師範代を務めるまでになっていた。そんな征之進に結婚話が持ち込まれる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる