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湯上がりだったのだろう。アンドレ様の黒い髪が、完全に乾いておらず少し濡れて艷やかに輝いている。
火照ったように薄っすらと頬は赤く、夜という時間帯のせいか・・・考えたくも想像したくもないが・・・
まるで、情事の後の様な妙な色気があった。
前世は恋人も居たし、結婚もした。
子供には恵まれなかったが、夫婦仲はとても良かったように思う。
前世の夫はアンドレ様と少し違い、豪快で大雑把な人であった。
小さな事にうじうじ悩みがちな私を「大丈夫だ!お前には俺がいるだろう!心配するな。笑った顔が一番好きだ!元気だせ!」と、ぎゅうぎゅうに抱き締めながら励ます人だった。
私だって好きで落ち込んでる訳じゃないし「豪快な貴方が解決に乗り出すと余計ややこしくなるから止めて!」と怒っていたのに、最後にはそんな夫にいつも笑ってしまって‥
笑わされてるうちに『何とかなるかやってみよう』とさせられていたのだ。
豪快で大雑把で太陽のような人だったから、女はたくさん寄ってきた。
豪快な男だし、深く考える事もなく衝動的に『浮気するかもな。』とヤキモキしていたけれど、
その心配は全くの杞憂に終わった。
無神経と思うくらいズカズカと人の心の中に入る人であったけれど、大事な所では間違えない人だ。
余所見など一度もされたことがなかった。
余所見もしないが、余所見も許さない人だったから、私は「この人なら深く深く愛しても大丈夫」と、自分にいつの間にかかけていた制限をとっぱらって愛せた。
好きになりすぎると裏切られた時が怖い、程々であれば裏切られた時に深く傷つけられずに済むと。
結婚して何年経っても子供に恵まれない事で、子供が居なければ他の女の所へ行ってしまうかもと悪い方ばかりを想像して、余計に制限をかけていたのかもしれない。
子供が欲しくて夫婦になった訳ではなく、もっとずっと傍に居たいから結婚した事はいつの間にか、結婚すれば子供が居て当たり前、何の為に結婚したの!?に替わっていた。
友人で結婚している人の多くは子供がもう何人も居て、その事が子供がいない私達はいつか離婚もある。と思っていたのかも。
前世の死因は・・交通事故だった。
夫の運転する車に乗っていた私達は、赤信号無視のトラックに凄い勢いで車を潰される如く突っ込んでこられたのだ。
二人とも即死だったと思う。
どちらかが残る人生じゃなくて良かった。どちらも、互いが居ないとダメだったから。
今世に誕生して、転生の記憶を思い出した時、まず最初に思ったのは、また夫に会いたいだった。
私が持つこの世界の記憶と思い出した前世の記憶の混乱が落ち着くと毎日の様に考えた。
侯爵家の図書室では詳しく調べられず、もっと詳細に調べたくて王立図書館に通いつめ調べ続けた。
結局、転生者の誕生の周期、生まれ記憶を取り戻した現在の人数から考えて、冷静に無理だと思ったのだけれど。
転生者は思い出せばすぐに囲われる。
今、王国に居る人数は三人で、一人の男性、残りは二人とも女性。
どちらの年齡も現世の両親より年上な年齡の事から、夫はいないと断定した。
私の両親の様な居ない様に扱われる特殊な環境下じゃなければ、まだ申告してない転生者は限りなく居ない。
転生者の厚遇を考えても、居ない様に扱われてるなら、すぐ申告して保護を求めるだろうと。
だから、夫はいない。
この世界のどこにも。
アンドレ様はその夫とは違い、穏やかで思慮深く真面目な性格だ。
夫との様な激しい愛はないが、穏やかな愛が少しずつ少しずつ積み重なっていく様に愛せる人だった。
それは結局は、幻だったのだけれど。
バスローブを纏い、濡れ髪の水分をタオルで拭きながら、こちらを見つめるグレーの瞳を見つめる。
全く逢う事も叶わなくなった一ヶ月。
私が動けば今宵の様に逢う事は容易く叶っただろうが、不穏な違和感と避けられてるとしか思えない態度に、怖くて頑なになっていったのだ。
浮気なのか、突然煩わしく思われたのか、混乱と寂しさの一ヶ月だったのだから。
ハッキリと現実を突きつけられるまでは、勘違いしていたかった。
ただ忙しいだけだ。私の事を大切に思うからしている事だ。などと。
長い時間経ったのだろうか?ジッと見つめ続けてしまい、旦那様が怪訝な顔をした。
「イルヴァ、どうした?」
「アンドレ様・・・・お帰りなさいませ。」
お帰りなさいと声をかけるのも最後になるだろうから。
一瞬、目を丸くしてイルヴァを見つめ、
「あ、ああ・・・イルヴァ、ただいま。」
と、アンドレ様は軽く微笑み言葉を返した。
アンドレ様の私室はやっぱり少し男性らしい趣きがあった。
妻となってから7ヶ月、慌ただしく結んだ婚約期間も含めて十ヶ月。
初めて足を踏み入れたそこは、アンドレ様らしいと感じた。
勿論使用人が綺麗に整えているだろう部屋だが、家具や調度品はほぼ全てアンドレ様の好みで設えてあるだろう。
派手な装飾さはなく、実用的そうで堅実な雰囲気だ。
真面目なアンドレ様っぽい部屋だった。
最後に見れて良かった気がする。私が見ていたアンドレ様には、この部屋を見る限り変わりない気がしたから。
アンドレ様に促されてソファに腰掛ける。すぐ隣にアンドレ様も座った。
「イルヴァ、大切な話というのは?」
今まで押しかける様な事はしたことがなかったので、大切な話の中身を想像しているのだろう。
いつも低い声を更に低くして、アンドレ様はそっと尋ねてきた。
シンと部屋が静まる。
「はい、大切な話というのは・・・アンドレ様、離縁致しましょう。」
結局は、シンプルに伝えてしまった。
浮気を怒りに任せて詰る事も、涙を零して責める事も、する気もなくなった。
前世の夫を思い出したからかしら。私にはとても愛してくれる人が居たという記憶が。
あんな移り気な女にうつつをぬかす男より、私だけを一途に愛してくれた男が居たのだ。
前世の記憶を思い出した当初は辛かったけれど、今は思い出せて良かったと思う。
あの記憶は、今私を強くさせてくれている。
「なっ・・・・何を言っているのか、分かっているの?イルヴァ。」
「重々承知しております。アンドレ様が証明書まで作って下さった、私との婚姻条件を破棄された事も。相手が元婚約者候補筆頭の方だということも。他にもありますが、口にしたくありませんわ。」
「・・そこまで分かっているのか。でも、何故そこで離縁になるのだ?証明書を破棄する事ということは、私が浮気をしたと言うことだろう?」
「まさかアンドレ様、浮気では無く本気だからとおっしゃりたいのですか?」
本気なのは分かっているが、言い訳だとしたら最悪だ。
「そんな訳ないだろう。本気ではない。絶対にないよ、イルヴァ。」
本気ではないのなら、やはり浮気だ。
本気だろうが浮気だろうが、私以外に男女の愛を持って触れた時点で浮気だ。
「イルヴァ、そもそも、どこからが浮気になるんだ?」
アンドレ様は続ける。
「接吻か?抱擁か?手を繋いだ事と言うのか?それとも供も連れず逢うだけで浮気なのか?」
「それら全てをされたということですか?」
「違う!どこからが浮気になるのか明確には分からないから聞いている。」
身振り手振りが激しくなり、イルヴァには、アンドレが取り乱している様に見えた。
「可愛らしい事をおっしゃったりしないで下さいませ。接吻でも抱擁でも手を繋ぐでもありませんわ。かつて婚約を結ばれる直前まで行かれた令嬢。あの頃の話を聞くにアンドレ様はとても気に入っていらしたとか。そんな方と・・・二人っきりで、男女の休憩場と呼ばれる宿の一室に入室されたとか。そう・・・それだけのことです。」
喉に苦いものが込み上げた。
アンドレ様の髪も肌も、私の髪を撫でて下さった長い指にすら、あの女の見えぬ手垢があるような気がした。
「・・・・離縁を了承する。とは、言いたくない。私達の間に証明書はある事は分かっている。が、縋らせてくれ。償いはする・・と、言ったら?」
何を女々しい事をおっしゃるのか。
あの女との逢瀬の場所を貴方自らも用意されたのでしょうに。
「今の私には聞く気もございませんが・・・聞くとしたらこう返すでしょう。婚姻後すぐのあの日々に居た私は、今朝亡くなったのです。妻とは死別されたのですから、アンドレ様も時を待ち再婚なさいませ。と。」
「何を言っている・・生きて今私の目の前に居るではないか。取り乱している‥のか?」
不安気に揺れる目で、私を見つめるアンドレ様。
取り乱しているのならば、大声をあげ泣き叫び、貴方を責め詰め寄っていましてよ。
静かに取り乱すなんて器用な事できませんわ。
「イルヴァ、夜も深い時間に大事な話をすると朝の光で後悔すると言う。また明日、昼間に時間を作ることにする。その時に、これからの事を話し合おう。いいね?」
アンドレ様は苦悩する様に眉間にシワを寄せ、大きな溜息をついた。
私は、言葉を返す事はしなかった。
同意も否定も。
私の無言を肯定と都合よく勘違いしたのか、それとも、もう少し時間を置けば私が落ち着くと思ったのか。
アンドレ様の真意は分からない。
ホッとしたのだろう。
アンドレ様は先程まで少し張り詰めた顔を緩ませて、私の手を取り扉前までエスコートする様に連れて行く。
「イルヴァ、寝室まで送るよ。」
以前のアンドレ様を感じる、優しい声で言う。
「いえ、大丈夫ですわ。プリメラが近くで待機してると思うので。」
「そうか。ならここで‥イルヴァ、おやすみ、いい夢を」
エスコートしていた手をそのまま口元に持っていくと、唇で軽く触れた。
甲に触れた柔らかな感触が遠のく。
「はい、おやすみなさいませ。」
見送るアンドレ様の視線を背中に受けながら、これが最後のキス・・・
その手の甲の部分を閉じ込める様にそっと手を重ねた。
火照ったように薄っすらと頬は赤く、夜という時間帯のせいか・・・考えたくも想像したくもないが・・・
まるで、情事の後の様な妙な色気があった。
前世は恋人も居たし、結婚もした。
子供には恵まれなかったが、夫婦仲はとても良かったように思う。
前世の夫はアンドレ様と少し違い、豪快で大雑把な人であった。
小さな事にうじうじ悩みがちな私を「大丈夫だ!お前には俺がいるだろう!心配するな。笑った顔が一番好きだ!元気だせ!」と、ぎゅうぎゅうに抱き締めながら励ます人だった。
私だって好きで落ち込んでる訳じゃないし「豪快な貴方が解決に乗り出すと余計ややこしくなるから止めて!」と怒っていたのに、最後にはそんな夫にいつも笑ってしまって‥
笑わされてるうちに『何とかなるかやってみよう』とさせられていたのだ。
豪快で大雑把で太陽のような人だったから、女はたくさん寄ってきた。
豪快な男だし、深く考える事もなく衝動的に『浮気するかもな。』とヤキモキしていたけれど、
その心配は全くの杞憂に終わった。
無神経と思うくらいズカズカと人の心の中に入る人であったけれど、大事な所では間違えない人だ。
余所見など一度もされたことがなかった。
余所見もしないが、余所見も許さない人だったから、私は「この人なら深く深く愛しても大丈夫」と、自分にいつの間にかかけていた制限をとっぱらって愛せた。
好きになりすぎると裏切られた時が怖い、程々であれば裏切られた時に深く傷つけられずに済むと。
結婚して何年経っても子供に恵まれない事で、子供が居なければ他の女の所へ行ってしまうかもと悪い方ばかりを想像して、余計に制限をかけていたのかもしれない。
子供が欲しくて夫婦になった訳ではなく、もっとずっと傍に居たいから結婚した事はいつの間にか、結婚すれば子供が居て当たり前、何の為に結婚したの!?に替わっていた。
友人で結婚している人の多くは子供がもう何人も居て、その事が子供がいない私達はいつか離婚もある。と思っていたのかも。
前世の死因は・・交通事故だった。
夫の運転する車に乗っていた私達は、赤信号無視のトラックに凄い勢いで車を潰される如く突っ込んでこられたのだ。
二人とも即死だったと思う。
どちらかが残る人生じゃなくて良かった。どちらも、互いが居ないとダメだったから。
今世に誕生して、転生の記憶を思い出した時、まず最初に思ったのは、また夫に会いたいだった。
私が持つこの世界の記憶と思い出した前世の記憶の混乱が落ち着くと毎日の様に考えた。
侯爵家の図書室では詳しく調べられず、もっと詳細に調べたくて王立図書館に通いつめ調べ続けた。
結局、転生者の誕生の周期、生まれ記憶を取り戻した現在の人数から考えて、冷静に無理だと思ったのだけれど。
転生者は思い出せばすぐに囲われる。
今、王国に居る人数は三人で、一人の男性、残りは二人とも女性。
どちらの年齡も現世の両親より年上な年齡の事から、夫はいないと断定した。
私の両親の様な居ない様に扱われる特殊な環境下じゃなければ、まだ申告してない転生者は限りなく居ない。
転生者の厚遇を考えても、居ない様に扱われてるなら、すぐ申告して保護を求めるだろうと。
だから、夫はいない。
この世界のどこにも。
アンドレ様はその夫とは違い、穏やかで思慮深く真面目な性格だ。
夫との様な激しい愛はないが、穏やかな愛が少しずつ少しずつ積み重なっていく様に愛せる人だった。
それは結局は、幻だったのだけれど。
バスローブを纏い、濡れ髪の水分をタオルで拭きながら、こちらを見つめるグレーの瞳を見つめる。
全く逢う事も叶わなくなった一ヶ月。
私が動けば今宵の様に逢う事は容易く叶っただろうが、不穏な違和感と避けられてるとしか思えない態度に、怖くて頑なになっていったのだ。
浮気なのか、突然煩わしく思われたのか、混乱と寂しさの一ヶ月だったのだから。
ハッキリと現実を突きつけられるまでは、勘違いしていたかった。
ただ忙しいだけだ。私の事を大切に思うからしている事だ。などと。
長い時間経ったのだろうか?ジッと見つめ続けてしまい、旦那様が怪訝な顔をした。
「イルヴァ、どうした?」
「アンドレ様・・・・お帰りなさいませ。」
お帰りなさいと声をかけるのも最後になるだろうから。
一瞬、目を丸くしてイルヴァを見つめ、
「あ、ああ・・・イルヴァ、ただいま。」
と、アンドレ様は軽く微笑み言葉を返した。
アンドレ様の私室はやっぱり少し男性らしい趣きがあった。
妻となってから7ヶ月、慌ただしく結んだ婚約期間も含めて十ヶ月。
初めて足を踏み入れたそこは、アンドレ様らしいと感じた。
勿論使用人が綺麗に整えているだろう部屋だが、家具や調度品はほぼ全てアンドレ様の好みで設えてあるだろう。
派手な装飾さはなく、実用的そうで堅実な雰囲気だ。
真面目なアンドレ様っぽい部屋だった。
最後に見れて良かった気がする。私が見ていたアンドレ様には、この部屋を見る限り変わりない気がしたから。
アンドレ様に促されてソファに腰掛ける。すぐ隣にアンドレ様も座った。
「イルヴァ、大切な話というのは?」
今まで押しかける様な事はしたことがなかったので、大切な話の中身を想像しているのだろう。
いつも低い声を更に低くして、アンドレ様はそっと尋ねてきた。
シンと部屋が静まる。
「はい、大切な話というのは・・・アンドレ様、離縁致しましょう。」
結局は、シンプルに伝えてしまった。
浮気を怒りに任せて詰る事も、涙を零して責める事も、する気もなくなった。
前世の夫を思い出したからかしら。私にはとても愛してくれる人が居たという記憶が。
あんな移り気な女にうつつをぬかす男より、私だけを一途に愛してくれた男が居たのだ。
前世の記憶を思い出した当初は辛かったけれど、今は思い出せて良かったと思う。
あの記憶は、今私を強くさせてくれている。
「なっ・・・・何を言っているのか、分かっているの?イルヴァ。」
「重々承知しております。アンドレ様が証明書まで作って下さった、私との婚姻条件を破棄された事も。相手が元婚約者候補筆頭の方だということも。他にもありますが、口にしたくありませんわ。」
「・・そこまで分かっているのか。でも、何故そこで離縁になるのだ?証明書を破棄する事ということは、私が浮気をしたと言うことだろう?」
「まさかアンドレ様、浮気では無く本気だからとおっしゃりたいのですか?」
本気なのは分かっているが、言い訳だとしたら最悪だ。
「そんな訳ないだろう。本気ではない。絶対にないよ、イルヴァ。」
本気ではないのなら、やはり浮気だ。
本気だろうが浮気だろうが、私以外に男女の愛を持って触れた時点で浮気だ。
「イルヴァ、そもそも、どこからが浮気になるんだ?」
アンドレ様は続ける。
「接吻か?抱擁か?手を繋いだ事と言うのか?それとも供も連れず逢うだけで浮気なのか?」
「それら全てをされたということですか?」
「違う!どこからが浮気になるのか明確には分からないから聞いている。」
身振り手振りが激しくなり、イルヴァには、アンドレが取り乱している様に見えた。
「可愛らしい事をおっしゃったりしないで下さいませ。接吻でも抱擁でも手を繋ぐでもありませんわ。かつて婚約を結ばれる直前まで行かれた令嬢。あの頃の話を聞くにアンドレ様はとても気に入っていらしたとか。そんな方と・・・二人っきりで、男女の休憩場と呼ばれる宿の一室に入室されたとか。そう・・・それだけのことです。」
喉に苦いものが込み上げた。
アンドレ様の髪も肌も、私の髪を撫でて下さった長い指にすら、あの女の見えぬ手垢があるような気がした。
「・・・・離縁を了承する。とは、言いたくない。私達の間に証明書はある事は分かっている。が、縋らせてくれ。償いはする・・と、言ったら?」
何を女々しい事をおっしゃるのか。
あの女との逢瀬の場所を貴方自らも用意されたのでしょうに。
「今の私には聞く気もございませんが・・・聞くとしたらこう返すでしょう。婚姻後すぐのあの日々に居た私は、今朝亡くなったのです。妻とは死別されたのですから、アンドレ様も時を待ち再婚なさいませ。と。」
「何を言っている・・生きて今私の目の前に居るではないか。取り乱している‥のか?」
不安気に揺れる目で、私を見つめるアンドレ様。
取り乱しているのならば、大声をあげ泣き叫び、貴方を責め詰め寄っていましてよ。
静かに取り乱すなんて器用な事できませんわ。
「イルヴァ、夜も深い時間に大事な話をすると朝の光で後悔すると言う。また明日、昼間に時間を作ることにする。その時に、これからの事を話し合おう。いいね?」
アンドレ様は苦悩する様に眉間にシワを寄せ、大きな溜息をついた。
私は、言葉を返す事はしなかった。
同意も否定も。
私の無言を肯定と都合よく勘違いしたのか、それとも、もう少し時間を置けば私が落ち着くと思ったのか。
アンドレ様の真意は分からない。
ホッとしたのだろう。
アンドレ様は先程まで少し張り詰めた顔を緩ませて、私の手を取り扉前までエスコートする様に連れて行く。
「イルヴァ、寝室まで送るよ。」
以前のアンドレ様を感じる、優しい声で言う。
「いえ、大丈夫ですわ。プリメラが近くで待機してると思うので。」
「そうか。ならここで‥イルヴァ、おやすみ、いい夢を」
エスコートしていた手をそのまま口元に持っていくと、唇で軽く触れた。
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