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番外の章
番外編 ジェレマイア
しおりを挟む「妃教育は順調と聞いている。レティシア嬢は優秀なのだね」
「教育のスケジュールを詰めすぎではないか? 毎日のように登城していると聞いたよ。もし辛いなら言って欲しい。まだ婚姻まで期間があるのだから休みも入れるよう指示する事は私でも出来る」
婚約者となってから定期的に開かれていたお茶会では、妃教育の進捗を語る始まりばかりだった。
まだ幼いレティシアは私の好きな食べ物や趣味を聞いてくれたり、普段は何をされているのかを聞いてきたりしていた。
時間の経過と共に会話は少なくなり、婚約相手の定型文のような儀礼的なやり取りに終始していったが。
ある日、レティシアが初めて刺繍してくれたハンカチを渡された。
優秀なレティシアも珍しく刺繍は不得手だったのか、とても拙い刺繍がされたハンカチ。
頬を真っ赤にして刺繍を手渡すレティシアは可愛かったな。
年の離れた妹が居たらこのように思うのだろうと思った。
そのハンカチは今でも大切にしている。
成長と共に異性として意識していくと、私の後ろ暗い行動に罪悪感が強まるようになっていった。
―――もし、もしもの話であるが、私がレティシアと婚約を結んでから後ろ暗い行動をせず、彼女だけを尊重して大切に待っていたのなら、成長した彼女から美しい刺繍の入ったハンカチを渡されていたのだろうか。
誰に何を勧められようと、それが年の離れた婚約者を守る為だと諭されようと。
強い意思で拒絶していたなら、私の隣にレティシアは立ち続けてくれたのかもしれない。
もしかしたら思い合う未来が―――
「またそのハンカチですか」
側近のライナルドの声が突然耳に入り肩が跳ねる。
「お前……入室する時のノックはどうした」
「しましたよ。何度も」
シレッとした表情で返されるが、絶対嘘だと思われる。
幼馴染のこの男の私に対する扱いは昔から変わらない。
あまりに図々しい態度に、過去に一度「これは不敬と呼ばれるものではないのか。いつか罰せられても知らんぞ」と腹立ちまぎれに注意した。
その時に「世継ぎの王子で、非常に優秀で、三度見するような美しさも手に入れている殿下は、大勢の人々に神の如く傅かれる存在ですよね。ですが、殿下も一人の人間であらせられる。一人くらいは殿下が一人の人間だと思い出させる存在が必要だと思うのですよ。その存在が私です」と、素晴らしくいい話のように語られた。
その時に「そうだな」と納得してしまったのが間違いだったのかもしれない。
それから特に遠慮がなくなったような気がしている。
ただ、他の者が私と共に居る時や公的な場では、側近として優秀に振る舞っており、しっかりと分けてる事が分かるから、何も言えなくなっている。
「そのハンカチ、レティシア嬢からのですもんね。もう手に入る事はないだろうから、余計に大切ですね。思い出はどんどん美化されて婚期が遅れると」
「おまえ、私が王太子だってこと忘れてないか?」
「いいえ。何年殿下と過ごしていると思っているんです。記憶だけでなく私の体の隅々、骨の髄まで刻まれていますよ」
「そこまで覚えていなくていい。気持ち悪い」
「殿下、気持ち悪いとは失礼ですよ。殿下のそのレティシア嬢への執着のほうが……おっと、これ以上は失言ですね」
「すでに失言しているがな」
返答せずに微笑む側近に全身から力が抜けるような脱力感を感じながら、仕事に戻る事にしようとペンを取る。
「ああしていれば。なんて、不毛ですからね」
「……」
「後悔とは、あとになってから悔やむから後悔なんですよ。後悔しない人はいませんし殿下も大後悔中でしょうが、それはすべて今更のこと。ですが、その苦い後悔を知ったこれからの殿下なら、次に苦い後悔をしない為に行動することは出来ますからね。それを教訓にして次に活かしましょう! ……といっても、簡単に思いきれないとは思いますので、心ゆくまで気の済むまで後悔しまくってください」
「…………」
鋭利なナイフで心を抉ってくるようなことをいう側近だが、心配してくれているのは知っている。
「……ありが」
「さぁ、溜まってきた書類仕事でも片付けましょうね。少し捌けたら休憩時間を作りますから、その時にまたグズグズ後悔タイムを満喫してください。……なにか仰られましたか?」
「いや、なにも。もう必要のない言葉となった」
「そうですか? では頑張りましょう!」
腹が立つから言わない。
だが、ライナルドがこんな風だから私は救われているのかもしれない。
『一人くらいは殿下が一人の人間だと思い出させる存在が必要だと思うのですよ。その存在が私です』
そうだな。
ありがとう。
あの後悔を糧にして次に繰り返さないように。
情けなくもまだ吹っ切れない私は、間違いなく人間だな。
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