王家の影である美貌の婚約者と婚姻は無理!

iBuKi

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第31話 信じることができる人。

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 ――――夜会当日。

 プルメリアの夜会への準備は早朝から始まった。

「プルメリア様、おはようございます」
「おはようございます」
「おはようございます」

 いつものようにレイチェルを筆頭に専属侍女三人の朝の挨拶から始まる。
 しかし挨拶後は別の仕事へと行ってしまう侍女二人も今日はそのままプルメリアの寝室でレイチェルの背後に控えている。

「お、おはようございます・・・・・・」
 三人のメラメラと気合い十分な表情に、プルメリアはちょっぴり気圧されつつ挨拶を返す。

「さぁさぁ、朝食を召し上がりましょうね。それからすぐにプルメリア様の本気の美しさを引き出すご準備に入りますからね!」

(本当の美しさ・・・・・・?)

 目の据わったレイチェル怖い。
 モーニングティーを飲み終えると、ベッドのヘッドボードを背もたれにして座ったままのプルメリアの膝に美しい刺繍が入った上質な布がひざ掛けのようにかけられ、朝食が並べられたトレーを膝の上に置かれた。

 プルメリアの好きなものばかりだ。

「さっと食べ終えられるように、カトラリーを使わずに食べられるものを用意させて頂きました」

 つやつやとルビーレッドに輝く甘い苺を指で摘んでぱくっと齧り付く。
 じゅわっと果汁が顎下を滴りトレーに落ちた。
 あまーい、おいしーい、さいっこー!
 これすっごい高い苺! とテンションが上がる。
 公爵家に居候になって何度か食べる機会があったけれど、毎回すっごい高い苺と思って何度でもテンションが上がっている。

「甘くて美味しい! ありがとう」

 お礼を伝えてパクパクと食べ進める。
 マナー講師の夫人が見たら顔を顰めそうな豪快な食べっぷりだが、レイチェルたちは微笑ましそうに見つめている。

 クリスティアンや公爵夫妻が同席する場では、学んだ所作をしっかりと活かして成果を披露出来ていたプルメリア。
 しっかりと素地が出来てきているため、公式な場ではないこういう極プライベートな場では、あまり厳しくしなくていいと、公爵夫妻はもちろんクリスティアンからも侍女たちはコソッと言われていたこともあって微笑ましく見守られているのもある。

 今まで農業を主体とした領地でのびのび育ち、令嬢でありながら自身も領民に混じって鍬を振っていたような令嬢である。
 それが婚約によって畑など一切見かけないような自由な家で過ごしていた生活から一変公爵家で生活し始め、突然環境がガラリと変わった生活。それはそういう階級の家に嫁ぐには当然のことで来た以上は精一杯努力せねばならないのだが、息が抜ける場所も必要だろうと配慮してくれていたのだった。

 朝食を食べてすぐに始まる準備・・・・・・
 香油を使って身体を揉みほぐし・・・・・・と、自分は動かないが周囲が大忙しの準備が始まるのだった。

 侍女たち三人が完璧に仕上げてくれた「本気の美しさが引き出されたプルメリア」は、今まで見たこともないような豪奢な夜会用のドレスを身につけ、全身を最終チェックということで、鏡の前に立たされていた。
 公爵家の力を最大限に使って用意されたプルメリアのために誂えたその衣装は、純白のシルクをベースに、プルメリアの故郷を思わせる薄紫色の花々が繊細に刺繍されている。
 完璧な姿に仕上げられた自分自身を見つめながら、これから始まる夜会に胃が痛くなるような張り詰めた緊張が全身を覆った。

(私、お金掛けられ過ぎじゃない!? まだ婚約者なのにこんな凄そうなの用意できちゃうんだ・・・・・・こわいこわい。公爵家こわい。お金の力こわい・・・・・・)

 田舎令嬢の私にこんなに手間とお金を掛けてくれるんだから、クリスティアンの心変わり以外での破談は確実にないなと確信しかない。
 心変わりも私がお飾りで愛する人は第二夫人になりそう。
 ここまでお金使ったのに元取れないなんて、公爵家としてアリかナシといったらナシ一択だろう。

 もっと真面目にお仕事学ばなければ・・・・・・顔色が青褪め冷や汗まで滲んできたような気がしてきた。
 その姿を見たレイチェルが、プルメリアに鏡越しに優しく声をかける。

「プルメリア様は、そのままのプルメリア様でいらっしゃればいいのです。このドレスは、プルメリア様という宝石を、ただ美しく飾るためのものですから。本当に女神のようにお美しいですわ。クリスティアン様の横に並び立っても輝き負けしてませんから!」

 レイチェルがフンス! と鼻息荒くプルメリアに伝えてくる。

「ええ!? それは言いすぎだよ・・・・・・私はちんちく」

 その時、控えめに扉がノックされる。
 プルメリアの言葉が途切れ、少しほぐれそうになっていた緊張感が戻って来る。

「プルメリア、準備出来たかな? 姫をお迎えにきましたよ」

 からかうように笑みを含んだクリスティアンの声だった。

 レイチェルは微笑んで「どうぞ、お入りください」と応える。

 扉が静かに開かれ、クリスティアンが姿を現した。
 完璧な黒の燕尾服を身につけ、夜会用にと普段よりもしっかりと髪もセットされている。
 たったそれだけというのに、その神に愛された魔性の美貌は、部屋の空気を一瞬にしてドラマティックなシチュエーションの場面のような効果を与えてくるのだ。
 老いも若きも女性も男性も思わずため息をこぼして見つめてしまうほど美しい。

 彼の灰青色の瞳が、部屋の中央に立つプルメリアの姿を捉えた瞬間、まるで時間が止まったかのように、一瞬だけ表情が固まる。

「……まるで、この夜のために生まれた天使かのようだ」

 クリスティアンはそう小さく呟くと、ゆっくりとプルメリアに近づいた。
 その声には、日頃の冷徹な響きはなく、僅かに熱を帯びていた。
 だがその小さな呟きは少し距離のあるプルメリアの耳には届かなかった。
 ただ熱を帯びた声であったことは聞き取れたので、凄い褒めてくれてるのかも? とは考えていたが。

 それ以上クリスティアンが言葉を発することなく、無言で手を差し出した。

「さあ、私の美しい花プルメリア。この夜会は、君が咲き誇るための最初の舞台だよ」

 内心甘い言葉にギョッとしつつ、プルメリアがその手にそっと触れると、護るという強い意志を感じさせるような温かさが伝わってきた。

 クリスティアンにエスコートされてそのまま馬車に乗り込み、扉が静かに閉まる。
 二人の世界は外界から切り離されたようなそんな感覚に陥る。

 馬車の揺れと、微かに聞こえる蹄の音が、二人の間の沈黙を穏やかに彩る。
 プルメリアの緊張はいまだ解けず、硬くなったままだ。

「君は、ありのままの君でいればいい。前に約束したふたつのことだけ守ってくれたらいいんだ」

 クリスティアンは、まるで彼女の心を見透かしたかのように、静かに言った。

「私が、君を絶対に護る。だから、プルメリア。ただそこに存在するだけで誰よりも美しい君は、私の隣で君らしく輝いてくれるだけで大丈夫だ」

(か、輝く? 確かに私の衣装は物凄く目立つし輝いてるけれど・・・・・・)

 恐らくクリスティアンはそんな意図では言っていないのだが、自分がちんちくりんだと確信しているプルメリアは検討違いの方向に受け取る。
 プルメリアの内心をクリスティアンが知れば「いやそうじゃない」とずっこけそうであるが、肩のこわばりがほどけ、静かに聞いているような姿のプルメリアに、満足そうにクリスティアンは微笑んでいる。

 検討違いに受け取っていたプルメリアだが、クリスティアンがくれたその言葉は、まるで魔法のようにプルメリアの不安を溶かした。

「あの……クリスティアン様は、どうして私を婚約者に選んでくださったのですか? 美しい子を誕生させるためっていうのは以前も訊いたのですけど・・・・・・」

 本当に美しいだけなのだろうか。美しさならクリスティアンの遺伝子だけで事足りると思ってしまうくらい彼は美しい。
 ちょっとくらい美が足りなく生まれたとしても、クリスティアンが凄まじいだけでそれでも周囲の誰より飛び抜けて美しい子どもが誕生するに違いないと思う。
 だから・・・・・・もし美しさ以外で選ばれたとしたら、プルメリアが他の令嬢よりも風変わりでおもしろいからではないかと当たりをつけていた。

 ずっと聞きたかった問いを、思い切って口にする。
 クリスティアンは、少し驚いたような表情を見せた後、静かに首を横に振った。

「プルメリアは『おもしろいから』だと思っているのだろう?」

「はい……」
 プルメリアは、図星をつかれて、声が小さくなる。

「違う」

 否定したクリスティアンの声は、これまでのどんな言葉よりも率直で、深い響きを持っていた。

「私の世界はプルメリアが思うよりずっと冷たく、欺瞞に満ちている。皆、何かの目的のために仮面をかぶり、私を利用しようと近寄ってくる。望むものを手に入れるためには相手を嘘で陥れ不幸にすることだって躊躇いがない。その手段によって相手の心や身体が生きる気力を失うほどに傷つけられようとも気に留めることも反省することもない。人の心を持たない者ほど権力を手に入れ望むものを掴む」

 クリスティアンは、初めて本音の心の内を明かし、彼が感じていた冷たい世界にプルメリアの心は揺さぶられる。

「私はこれまで、何者にも染まらない君のような純粋な人間を求めてないつもりでいて、本当は求めていたのかもしれない。プルメリア、君の素直さが、私には眩しい」

 そして、彼の灰青色の瞳がプルメリアを真っ直ぐ見つめ切ない光を宿した。

「私は、君を飾り立てるためや、利用するために選んだのではない。ただ、ありのままの君という存在を、私の隣に置いておきたかっただけだ。だから、君を君じゃなくしてしまうような悪意すべてから、プルメリアを護りたいんだ」

 彼の真意を測りかねつつも、プルメリアは自分の他と違う部分ではあるものの、貴族らしくない素直さや純粋さという己の善良でありたい部分を求められたと知って心が温かくなるのを感じた。

 これから始まる夜会への緊張や恐怖が、少しずつ溶けていく。
 美しさという目に見えるだけで替わりがきくような抽象的なものではなく、プルメリアがもつ心の本質を気に入ってくれてることを知ったから。
 今、彼女の目の前にいる美しいこの男が、どんな困難からも自分を護ってくれる、そう信じられたから。



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