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第32話 いざ参る・・・!と言えない小物です。
しおりを挟む本日の主催である侯爵家の屋敷が、夜の闇に浮かび上がる光の城と化していた。
貴人が乗車するに相応しい豪華な黒塗りの馬車が屋敷の前に滑り込む。
窓の外では無数に配置された魔導ランプが放つ光が、夜空に星を散りばめたかのように輝いていた。
門から屋敷へと続く道にはきらびやかな花々が飾られ、その先にある屋敷全体が光に包まれている。
どこからともなく、弦楽器と管楽器が織りなす優雅な音楽が響き、人々の賑やかなざわめきと重なり合っていた。
先に降りたクリスティアンの手を借りて馬車から降りたプルメリアは、そのあまりの非日常的で幻想的な光景に、息をのんだ。
屋敷で着付けをされてから親の服を着ているような身の丈に合わなさを感じていたが、この場を見て初めて着ている薄紫色のドレスの質の良さに感謝した。
プルメリアが着るには豪華過ぎるどころか、その場に相応しい装いだったのだと通説に感じる。
デビュタントくらいのレベルのドレスだったなら、この光の洪水に飲み込まれて、ちんちくりんな自分の存在は本当にちんちくりんとなって消えて埋もれてしまっていたのだろう。
クリスティアンの婚約者ではなかったデビュタントでは良かった装いも、婚約者になったのだから求められるステージが違うのだとやっと実感できた気がする。
自分には似合わない、お金を掛けられ過ぎていると申し訳なく思っていたが、そうじゃない。
相手の地位に相応しい振る舞いや装いは大切で、それをしなければ侮られたり恥をかかせたりするのだ。
(何もわかってなかったわ・・・・・・ちゃんとしよう)
馬車を降りた瞬間から夜会は始まっている。
内心の落ち込みを表情には出さないように気をつけながらプルメリアは前を向いた。
「さあ、行こう」
クリスティアンの言葉に促されプルメリアはクリスティアンを見上げる。
自信に満ち溢れた佇まいで笑みを浮かべるクリスティアンから肘を差し出される。
その肘に手を添えて身体を寄せた。
(あー、緊張する! がんばれがんばれがんばれ私!)
必死に自分に気合いを入れながらクリスティアンの横を歩くプルメリア。
クリスティアンはエスコートするプルメリアを連れて、大理石の階段を一段ずつ上っていく。
重厚な扉の前に立つと、扉番の男たちが恭しく頭を下げ、ゆっくりと二つの巨大な扉を開いた。
まるで、別世界へと続く扉が開かれたかのようだった。
扉の向こうから、まばゆいばかりの光が溢れ出し、温かな空気とさまざまな香りが混じり合い、一瞬にしてプルメリアの全身を包み込む。
ホール全体を照らすのは、何百年もの時を刻んだ巨大なシャンデリアだ。その無数の光の粒が、磨き上げられた大理石の床に反射し、足元から天まで続く星空のように煌めいていた。
華やかなドレスや燕尾服を纏った貴族たちが、まるで宝石のように輝いている。
フルートとヴァイオリンの生演奏が、祝福の歌のようにホールに響き渡り、人々の囁き声と、グラスの触れ合う軽やかな音が、その調べに重なっていた。
圧倒的な光景に、プルメリアは呼吸をするのも忘れそうになった。
デビュタントもとても豪華だった。
でもあの時は父が居た。
さっさと帰ることしか考えておらず、それも年に一度しかないのだからちょっとした粗相くらい田舎貴族だからと一笑に付して貰えると気楽だった。
緊張はしていたけれど、食べ物に意識がもっていかれるくらいは余裕が残っていたのだと、今と比較して思う。
その時、横に立っていたクリスティアンがプルメリアの耳元に顔を寄せた。
「大丈夫」
周囲に気づかれないよう、クリスティアンが極小さな声で囁いた。
耳にかけられた吐息のくすぐったさに少し肩を竦めてクリスティアンを見る。
灰青色の瞳は、この喧騒の中にあっても、一切の揺らがない。
まるで静かな湖面のように澄み切っていた。
濡羽色の艷やかな黒髪をさらりと揺らし、優しく微笑みかけられる。
(こんな、完璧な人の隣に、私が立っていてもいいのだろうか……)
そう思った瞬間、ホールのすべての視線が、一斉に二人へと注がれた。
プルメリアは、まるで全身を鋭い針で刺されたかのように、再び緊張に身を固くした。
クリスティアンはそんな彼女を励ますようにエスコートしてない方の手をあげて指先で滑らかな頬をするりと撫でた。
そして、優雅に大貴族の後継という威厳を感じさせながら、ホールの中心へと歩を進めていく。
「大丈夫。ここにいる全員が温室育ちの花なんだと思えばいい」
「えっ?」
「光も水も風も与えられるのが当然で、与えるタイミングもすべて管理されて育った者達ばかりだ。だから皆、似たような思想や価値観で生きてきた。だが、プルメリア、君は違う」
クリスティアンの声は、囁きながらも不思議なほど温かかった。
「君は、本物の太陽の下で育った。水も風も天候に左右されて足りず辛い時期もあっただろう。厳しい暑さにも寒さにも耐えたのだ。だから、プルメリアは真っ直ぐで強くて美しい。だから、君らしく、胸を張って。この会場の誰よりも君は素敵だ」
クリスティアンの励ましが耳に届き、プルメリアの胸がキュッと鳴ってふわりと温かい気持ちが胸に満ちた。
(いつも強引で、びっくりするくらい色気がすごくて、目が離せなくなりそうなとても美しい人で、でもすごく優しい人)
「はいっ」
小声で歯切れよく答えるプルメリア。
(胸を張って、自信がなくても自信があるように振る舞うのよ。私は公爵家に認められた婚約者なんだから、って)
プルメリアはクリスティアンを見つめて大輪の花のように美しく微笑んだ。
「その調子だ」
クリスティアンに微笑み返されて、その微笑み攻撃に顔が熱くなる。
(すっごい馴れてるもんね・・・・・・緊張した女性の対応とか、攻撃力高すぎっ)
クリスティアンがプルメリアに優しくしてくれるほど、何だか心がモヤッとするのだった。
♦♢♦♢♦♢
夜会のホールに二人が足を踏み入れた瞬間、誰もが息をのんだ。
最高級の純白のシルクに、薄紫の刺繍を大胆に裾に施し、小粒のダイヤモンドをいくつも縫い付けたドレスを身につけたプルメリアは、夜会のシャンデリアを受けて煌めいて、まるで光を纏っているようだった。
彼女の髪は、囀る鳴き声が美しい鳥の金糸雀の羽の色に似た、鮮やかなカナリアイエロー。
夜会の照明を浴びて、それは柔らかな金色のヴェールのようにきらめいている。
会場にいる多くは金の髪色を持つ貴族たちで、その特徴的な色味は逆に際立っていた。
彼女の瞳は、母親から受け継いだ甘さを感じる金の蜂蜜色。
その瞳が、周囲の光を反射してとろりと琥珀のように輝く。その美しさは、華やかな貴族令嬢たちの誰とも違っていた。
磨き抜かれた完璧な美とは異なる、瑞々しく、そのままの純粋な輝き。
計算された技巧や虚飾を一切排した、ただ純粋な、生来の美。
それはまるで、俗世の汚泥を知らない、無垢な天使が舞い降りたかのようだった。
クリスティアンは、その姿を初めて屋敷で見た時に「天使だ」と呟いた。その言葉は、決して誇張ではなかったのだ。
嫉妬に塗れた視線を向ける令嬢たちも、娘をクリスティアンの嫁にと狙っていた貴族の当主たちも、その圧倒的な美貌を前に、ただ見惚れることしかできなかった。
「クリスティアン様の横に並び立っても輝き負けしてませんから!」
プルメリアは真に受けてなかったが、その言葉は真実だった。
妖艶さと清純。仲睦まじく寄り添い立つ二人は、完璧な対を成すかのようだ。
夜会ホールにいる大勢の貴族たちの中で最も目立ち、最も美しい存在である。
プルメリアのカナリアイエローの髪色を見た者たちは、すぐにその出自を理解した。
「あれは、クレスディ家のご令嬢か?」
父親のクレスディ侯爵は、宝石のタンザナイトのような透明感のある鮮やかな青い瞳と、娘と同じカナリアイエローの髪色で知られる、稀代の美男貴族だった。
独身時代の人気は凄まじく、伝説となっている。
クレスディ伯爵の伴侶に選ばれた令嬢は女神のような美女だった。
それゆえ、皆納得せざるを得なかったと言われている。
今なお多くのファンを持つ彼の面影が、プルメリアの髪色に見出されたのだ。
そしてその伴侶の美女にそっくりな娘が、大貴族のクリスティアンの婚約者なのだとプルメリアに視線を向けていた貴族たちは理解した。
♦♢♦♢♦♢
プルメリアは、向けられる無数の視線に内心で怯えていた。
(な、なぜ、こんなに注目されるの……? クリスティアン様の婚約者だから?)
しかし、彼女の隣にいるクリスティアンは、そんな視線には慣れているようで、一切気にする素振りもない。
(これが圧倒的強者!)
大魔王の息子の魔王なのだからそれもそうかと一人納得するプルメリア。
クリスティアンはとても小さな囁き声で、耳につけたカフス型の伝達用魔導具を通してシルヴァンとやり取りを交わしている。
その魔導具はクリスティアンの髪色と馴染んで溶け込むように漆黒に染められているのでまったく違和感がない。
「・・・・・・ホールに入った。目線は多いが想定内だ。そちらで動きはあったか?」
シルヴァンからの短い返答に頷きながら、クリスティアンはホールの隅々に視線を走らせ、両親の姿を探す。
やがて、彼はホールの中央で古くからの付き合いのある貴族と談笑している両親を見つけると、プルメリアの手を優しく引いた。
「母上と父上だ。挨拶にいこう」
近づいてくるクリスティアンに気づいた公爵夫妻は談笑を止め、二人に視線を向けた。
クリスティアンは優雅にプルメリアをエスコートしながら二人へ歩み寄っていった。
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