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訳あり王子と秘密の恋人 第一部 第三章
2.だんらんディナー
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王族だからといって、毎日晩餐会みたいな料理を食べているわけじゃない。
朝はシリアルにミルクを注ぐこともあるし、ランチにピザをかじることもある。そして、ディナーにフィッシュパイとトマトのサラダスープと言う、シンプルな家庭料理──ただしシェフ謹製の──を楽しむことも普通だ。
さらにきょうは、ハウスのダイニングに給仕をする侍従の姿がない、完全な「家族だけの日」だった。国民は仰天するかもしれないが、エドゥアルドも家族にパイを取り分ける技術を持っている。
二十人は座れる長いダイニングテーブルは、マントルピースを背にした──いわゆる「誕生日席」にエドゥアルド、その向かって左にフェリシア。右手にサイラスとミシェル、と並ぶのが定位置のようだった。
好きなところへ座っていいと言われたので、エリオットはフェリシアの右手側にひとつ分席を空けて椅子を引いた。ミシェルの正面には、透明人間でも座っているような隙間ができる。
対面を避けたことで、彼女に含みがあると受け取られたらどうしよう、と不安だったが、ミシェルはこの場にエリオットがいるだけで喜んでいるようだった。日焼けした頬に愛嬌のある笑みをのせて、グラスに水を注いでくれる。フェリシアたちも、それを必要な距離として受け入れていた。
エリオットは気持ち椅子を斜めにして、彼らのほうに体を向ける。
パイとスープの皿が行き渡り、好きなだけパンを取ると、和やかな雰囲気でディナーが始まった。
まず話題に上ったのは、サイラスとミシェルの新婚旅行について。セーシェルの人々の素朴で純粋な歓迎や、海がどれほど青く透き通っていて綺麗だったかをふたりは代わるがわる語った。バカンスは毎年、水上コテージで過ごしたいと言う意見には、両親とも深く共感していた。
バッシュが持って帰って来た海の一部を思い返しながらも、エリオットはつい兄夫婦のようすを伺ってしまう。
十年前の事件について、叔父に疑いを持ちながら言えずにいたミシェルと、彼女の恐れや罪悪感を清算するため、エリオットを餌にしたサイラス。互いの弱さや傲慢さに、ふたりはどう折り合いをつけて一緒にいるのだろう。
エリオットがぼんやりしている間にも、話題は世界情勢から若者の間ではやっているドラマまで、次々と繋がって流れていく。
初めのうちは気を遣ってか、頻繁に反応を求められたエリオットだったが、早々にリタイアする。食事以前に、ふたり以上で会話をするのにも慣れてないので、発言権のボールがくるくる回されていくのを目で追いながら、おとなしくマッシュポテトから白身魚を発掘する作業にいそしんだ。
やがて、会話が途切れたところで、「さて」とエドゥアルドがワインのグラスを置く。
「わたしの息子たちは、ゴシップ誌の紙面を奪い合って競争でもしているのかな」
このまま、「うん」「へえ」「そうなんだ」の相槌だけで乗り切れるかと思っていたエリオットは、慌てて「いいえ」と言った。サイラスもほぼ同時に。
顔を上げると、エドゥアルドは愉快そうに兄弟の言いわけを待っている。
「結婚式で弟が自分より目立ったからと言って、注目を取り戻そうとなんてしていませんよ」
「おれだって、いままで稼げなかったゴシップを取り返そうなんて考えてない」
自分から、カメラに写りに行っているような言い方はやめてほしい。
「王宮の周りは、ずいぶん賑やかになったわね」
「エリオットを追いかけるカメラが増えましたから」
フェリシアが全粒粉の茶色いパンをちぎりながら言い、バターの皿を義母に押しやったミシェルが頷く。
「いつものひとたちに加えて、最近は政治担当まではりついているんじゃなくて?」
「側近をひとり増やしたくらいで、騒ぎすぎなんですよ」
憲法に違反しているわけでもないのに、とサイラスはグラスの水を煽る。
ベイカーから聞いたばかりの、侍従武官の件だ。
「サイラス」
長男の率直な発言を咎めながらも、エドゥアルドはさほど深刻な懸念を抱いているわけではなさそうだった。
「分かっています。近々、心配性なマスコミ向けにコメントを出しますから。先に原稿を?」
「いや、内容はお前に任せる」
「後悔しますよ」
エドゥアルドのグラスに白ワインを注ぎながら、サイラスはきらりと目を光らせた。
「あまり煽るんじゃないぞ」
「まさか。誠意をもって事実を述べるまでです」
朝はシリアルにミルクを注ぐこともあるし、ランチにピザをかじることもある。そして、ディナーにフィッシュパイとトマトのサラダスープと言う、シンプルな家庭料理──ただしシェフ謹製の──を楽しむことも普通だ。
さらにきょうは、ハウスのダイニングに給仕をする侍従の姿がない、完全な「家族だけの日」だった。国民は仰天するかもしれないが、エドゥアルドも家族にパイを取り分ける技術を持っている。
二十人は座れる長いダイニングテーブルは、マントルピースを背にした──いわゆる「誕生日席」にエドゥアルド、その向かって左にフェリシア。右手にサイラスとミシェル、と並ぶのが定位置のようだった。
好きなところへ座っていいと言われたので、エリオットはフェリシアの右手側にひとつ分席を空けて椅子を引いた。ミシェルの正面には、透明人間でも座っているような隙間ができる。
対面を避けたことで、彼女に含みがあると受け取られたらどうしよう、と不安だったが、ミシェルはこの場にエリオットがいるだけで喜んでいるようだった。日焼けした頬に愛嬌のある笑みをのせて、グラスに水を注いでくれる。フェリシアたちも、それを必要な距離として受け入れていた。
エリオットは気持ち椅子を斜めにして、彼らのほうに体を向ける。
パイとスープの皿が行き渡り、好きなだけパンを取ると、和やかな雰囲気でディナーが始まった。
まず話題に上ったのは、サイラスとミシェルの新婚旅行について。セーシェルの人々の素朴で純粋な歓迎や、海がどれほど青く透き通っていて綺麗だったかをふたりは代わるがわる語った。バカンスは毎年、水上コテージで過ごしたいと言う意見には、両親とも深く共感していた。
バッシュが持って帰って来た海の一部を思い返しながらも、エリオットはつい兄夫婦のようすを伺ってしまう。
十年前の事件について、叔父に疑いを持ちながら言えずにいたミシェルと、彼女の恐れや罪悪感を清算するため、エリオットを餌にしたサイラス。互いの弱さや傲慢さに、ふたりはどう折り合いをつけて一緒にいるのだろう。
エリオットがぼんやりしている間にも、話題は世界情勢から若者の間ではやっているドラマまで、次々と繋がって流れていく。
初めのうちは気を遣ってか、頻繁に反応を求められたエリオットだったが、早々にリタイアする。食事以前に、ふたり以上で会話をするのにも慣れてないので、発言権のボールがくるくる回されていくのを目で追いながら、おとなしくマッシュポテトから白身魚を発掘する作業にいそしんだ。
やがて、会話が途切れたところで、「さて」とエドゥアルドがワインのグラスを置く。
「わたしの息子たちは、ゴシップ誌の紙面を奪い合って競争でもしているのかな」
このまま、「うん」「へえ」「そうなんだ」の相槌だけで乗り切れるかと思っていたエリオットは、慌てて「いいえ」と言った。サイラスもほぼ同時に。
顔を上げると、エドゥアルドは愉快そうに兄弟の言いわけを待っている。
「結婚式で弟が自分より目立ったからと言って、注目を取り戻そうとなんてしていませんよ」
「おれだって、いままで稼げなかったゴシップを取り返そうなんて考えてない」
自分から、カメラに写りに行っているような言い方はやめてほしい。
「王宮の周りは、ずいぶん賑やかになったわね」
「エリオットを追いかけるカメラが増えましたから」
フェリシアが全粒粉の茶色いパンをちぎりながら言い、バターの皿を義母に押しやったミシェルが頷く。
「いつものひとたちに加えて、最近は政治担当まではりついているんじゃなくて?」
「側近をひとり増やしたくらいで、騒ぎすぎなんですよ」
憲法に違反しているわけでもないのに、とサイラスはグラスの水を煽る。
ベイカーから聞いたばかりの、侍従武官の件だ。
「サイラス」
長男の率直な発言を咎めながらも、エドゥアルドはさほど深刻な懸念を抱いているわけではなさそうだった。
「分かっています。近々、心配性なマスコミ向けにコメントを出しますから。先に原稿を?」
「いや、内容はお前に任せる」
「後悔しますよ」
エドゥアルドのグラスに白ワインを注ぎながら、サイラスはきらりと目を光らせた。
「あまり煽るんじゃないぞ」
「まさか。誠意をもって事実を述べるまでです」
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