67 / 68
66話 諸事情
王太子殿下との話が終わると、さっそく僕が任されたエスカデール公爵領について、帳簿を見せてもらえるよう、ナシオに頼むと…
公爵領に関する資料や帳簿は、すべてエスカデール公爵邸に置いてあると言われた。
「え? 公爵邸が別にあるの?!」
「もちろんあるさ。 言ってなかったか?」
「聞いてないよ! でもナシオは王宮のこの離宮に住んでいるのに?」
もう、ナシオってば、また言葉がたりないよ。
「はははっ… いや、ジェレミーと会うまでは半々で行き来していたんだ」
国王陛下や王太子殿下、そして王国の中枢をになう大臣たちと、今までは軍事の面で協議し合うことが多かった。
そして話し合いが白熱すると深夜まで及ぶこともあり、そんな時にナシオはこの離宮を利用していた。
僕と出会った夜も、王太子殿下に不良火薬の捜査状況を報告しに来て、ついでに戦時中の部下だった人たちの顔を見に、王宮舞踏会に参加して偶然、僕を見つけたらしい。
「そうなの?! 忙しいナシオらしいなぁ…」
そう言えば、僕と暮らすようになってから、家でゆっくりと休憩するのを見たことがない。
僕と一緒に食事して、眠って、軍服に着替えて急いで出て行って、晩餐までに帰って来るという毎日だった。
「半々と言っても、軍本部で寝泊まりすることが多かったし、実際はたまに公爵邸へ寝に帰るだけで、暮していたとはとても言えない。 どちらにしてもジェレミーは、王宮で暮らす方が便利だろう?」
「それは… そうかも?」
確かに… ケガをして歩けない僕には、頼めばすぐに来てくれる王宮医の先生が近くにいるのは心強い。
「それに、王宮の方がジェレミーを守りやすい」
「ああ、保安上の理由!」
「それが一番の理由だ。 今はまだオレの周囲はごたついていているし、戦後まもなく王都の治安も悪い。 オレはやることが多くて、ジェレミーの側にいられないから… だけど、いずれは公爵邸に移るつもりだ。 そのつもりでいてくれ」
いずれとはナシオが王位継承権を放棄した後のこと。
「うん。 僕はナシオの都合の良い方で良いよ」
公爵邸に移ればもっと両親や弟と気軽に会えるはず。 でもナシオの言う通り、安全が一番だ。
マウリシオに誘拐された時のように、みんなに心配をかけたくない。
「ふふっ… オレもジェレミーが安全ならどっちでも良い」
「ふふふっ… ありがとうナシオ」
翌日には僕用の書斎が用意され、公爵邸から運んだ領地に関する帳簿や資料が、整然と並べられた。
◇ ◇ ◇ ◇
その夜、ナシオとベッドに入り長い腕の中で、僕は王太子殿下を話題に出した。
「王太子殿下は… 幸せになれないのかなぁ?」
「…人それぞれ幸せの形は違うから… オレたちの物差しで、他人の幸せを測るのはやめた方が良い」
「うん、でも殿下は優しくて良い人だから… 幸せになってほしいよね?」
眠りにつく前の心地よい時間を、愛するナシオと過せることがあまりにも幸せで… 僕はそんなことを考えた。
「はははっ… エルナンドを優しいと言うのは、ジェレミーぐらいだよ」
「え?! でも… 今日、お会いした時も殿下はすごく優しかったでしょう?」
「あれはジェレミーが相手だったからさ。 他の人間にはあんな穏やかな態度はとらない」
「えええええ~っ! 信じられいないよ」
「だからオレは腹黒王太子を押し退けて、国王になる気になれないのさ」
ナシオはブルブルッ… とコミカルな表情で身体を震わせる。
そう言いながらナシオはいつも王太子殿下を高く評価していると、周囲にくりかえし発言している。
思わずクスクスと笑った。
「なぁ、ジェレミー… あまりエルナンドに関わらないようにしてやれ」
「え、何で?」
もちろん僕から殿下に関わろうとは思わない。 だってナシオという伴侶がいるし… 接点も無い。
「確証はないけど… エルナンドはアルベルトに惚れていたように思えるんだ」
「はっ?! アルベルト兄様に?!」
…でもアルファだよ?! フェロモンも関係無いし…… ああ、でも妃殿下もアルファだった。 いや、でも妃殿下は女性だし…? そう言ったら、僕も男だし? んんん……?
…それも、ありえなくないか?
僕が考え込んでしまうと、あわててナシオが補足した。
「いや、だから確証はない。 エルナンドのことは子供の頃から知っているから、アルベルトと一緒の時の態度が違うと… オレの勘でそう思っただけなんだ」
でもナシオの勘は、良く当たる。
「アルベルト兄様にそんな話、聞いたことないよ?」
「あのアルベルトが、そんな軽はずみなことを口に出すと思うか? それにアルベルトがエルナンドの気持ちを知っていたかもわからない」
「ああ…」
兄様が気づかないまま殿下の片思いだった可能性もあると…?
「いつも一緒にいたダミアンや、アクセルの方がオレよりも知っていたかも知れないが… アルベルトが亡くなった今は、そっと沈めておいた方が良い」
「つまり… ええっとぉ… ナシオが言いたいのは、僕が殿下に関わると……」
「エルナンドは… ジェレミーがアルベルトに、良く似ていると言っていただろう? オレもそう思う。 性格もダミアンよりも似ているし」
どれだけ似ていても僕はアルベルト兄様ではないから、殿下を刺激するようなことはしない方が良い。 だから『そっと沈めておく』…だ。
「ナシオの言いたいことが、何となくわかった気がする」
「あくまでも、オレの推測だから… 誰にも話さないでくれ」
「うん、ココだけの話にする」
軍本部で初めて会った時も、殿下はすごく優しかった。 …そして僕を見つめる殿下は寂しそうに見えた。
『君はアルベルトとダミアンによく似ているね…』
僕に番のナシオがいなければ、殿下の愛妾という未来もあったかもしれない。
ナシオの言う通り推測の域を出ない話だけど。
※次回が最終話となります。
あなたにおすすめの小説
身代わりにされた少年は、冷徹騎士に溺愛される
秋津むぎ
BL
第13回BL大賞奨励賞頂きました!
最終17位でした!応援ありがとうございます!
あらすじ
魔力がなく、義母達に疎まれながらも必死に生きる少年アシェ。
ある日、義兄が騎士団長ヴァルドの徽章を盗んだ罪をアシェに押し付け、身代わりにされてしまう。
死を覚悟した彼の姿を見て、冷徹な騎士ヴァルドは――?
傷ついた少年と騎士の、温かい溺愛物語。
貧乏子爵のオメガ令息は、王子妃候補になりたくない
こたま
BL
山あいの田舎で、子爵とは名ばかりの殆ど農家な仲良し一家で育ったラリー。男オメガで貧乏子爵。このまま実家で生きていくつもりであったが。王から未婚の貴族オメガにはすべからく王子妃候補の選定のため王宮に集うようお達しが出た。行きたくないしお金も無い。辞退するよう手紙を書いたのに、近くに遠征している騎士団が帰る時、迎えに行って一緒に連れていくと連絡があった。断れないの?高貴なお嬢様にイジメられない?不安だらけのラリーを迎えに来たのは美丈夫な騎士のニールだった。
追放オメガ聖帝の幸せな結婚〜クールなスパダリ騎士に拾われて溺愛されるまで〜
あきたいぬ大好き(深凪雪花)
BL
ノルディーナ王国の聖帝サーナは、教皇のありもしない嘘のせいで聖宮から追放されてしまう。
行く当てがないサーナが国境に向かうと、そこで隣国ルミルカ王国の騎士であるムーシュと出会う。ムーシュから諸事情により偽装結婚を提案されて、サーナは期限付きの偽装結婚ならばよいと承諾し、一時的に保護してもらうことに。
異国暮らしに慣れていく中で、やがてムーシュから溺愛されるようになり……?
【完結】選ばれない僕の生きる道
谷絵 ちぐり
BL
三度、婚約解消された僕。
選ばれない僕が幸せを選ぶ話。
※地名などは架空(と作者が思ってる)のものです
※設定は独自のものです
※Rシーンを追加した加筆修正版をムーンライトノベルズに掲載しています。
婚約破棄されて追放された僕、実は森羅万象に愛される【寵愛者】でした。冷酷なはずの公爵様から、身も心も蕩けるほど溺愛されています
水凪しおん
BL
貧乏男爵家の三男アレンは、「魔力なし」を理由に婚約者である第二王子から婚約破棄を言い渡され、社交界の笑い者となる。家族からも見放され、全てを失った彼の元に舞い込んだのは、王国最強と謳われる『氷の貴公子』ルシウス公爵からの縁談だった。
「政略結婚」――そう割り切っていたアレンを待っていたのは、噂とはかけ離れたルシウスの異常なまでの甘やかしと、執着に満ちた熱い眼差しだった。
「君は私の至宝だ。誰にも傷つけさせはしない」
戸惑いながらも、その不器用で真っ直ぐな愛情に、アレンの凍てついた心は少しずつ溶かされていく。
そんな中、領地を襲った魔物の大群を前に、アレンは己に秘められた本当の力を解放する。それは、森羅万象の精霊に愛される【全属性の寵愛者】という、規格外のチート能力。
なぜ彼は、自分にこれほど執着するのか?
その答えは、二人の魂を繋ぐ、遥か古代からの約束にあった――。
これは、どん底に突き落とされた心優しき少年が、魂の番である最強の騎士に見出され、世界一の愛と最強の力を手に入れる、甘く劇的なシンデレラストーリー。
追放された味見係、【神の舌】で冷徹皇帝と聖獣の胃袋を掴んで溺愛される
水凪しおん
BL
「無能」と罵られ、故郷の王宮を追放された「味見係」のリオ。
行き場を失った彼を拾ったのは、氷のような美貌を持つ隣国の冷徹皇帝アレスだった。
「聖獣に何か食わせろ」という無理難題に対し、リオが作ったのは素朴な野菜スープ。しかしその料理には、食べた者を癒やす伝説のスキル【神の舌】の力が宿っていた!
聖獣を元気にし、皇帝の凍てついた心をも溶かしていくリオ。
「君は俺の宝だ」
冷酷だと思われていた皇帝からの、不器用で真っ直ぐな溺愛。
これは、捨てられた料理人が温かいご飯で居場所を作り、最高にハッピーになる物語。
その首輪は、弟の牙でしか外せない。
ゆずまめ鯉
BL
養子ゆえに、王位継承権を持たないオメガで長男のレイン(24)は、国家騎士団として秘密裏に働き、ただ義弟たちを守るためだけに生きてきた。
第一継承権を持つアルファで次男のリオール(19)は、そんな兄に「ごく潰し」と陰口を叩く連中を許せなかった。自分を犠牲にしてまで守る価値はないと思っていた。なにかと怪我の多い国家騎士団を辞めさせたかった。
初めて訪れた発情期のとき。約束をすっぽかされたリオールが不審に思い、兄の部屋へ行くと、国家騎士団の同僚──グウェンソード(28)に押し倒されるところを目撃して激高する。
「今すぐ部屋から出ろ!」
独占欲をあらわにしたリオールは、グウェンソードを部屋から追い出し、兄であるレインを欲望のままに抱いた。
翌朝、差し出されたのは特注の首輪──外せるのはリオールのみ。
「俺以外に触らせるな」
そう囁かれたレインは、何年も首輪と弟の執着に縛られ続けてきた。
弟には婚約者がいるのに、こんな関係を続けてもいいのか。
本当にこのままでもいいのか。
ひたすら執着して独占したがる弟と、罪悪感に苛まれる兄。
その首輪は、いつか弟の牙で血に染まるのか──。
どうにかしてレインを落としたいリオールと、弟との関係に悩むレインのオメガバースです。
リオール・グランケット(19)×レイン・グランケット(24)
※この作品は2015年頃に本文を書き、2017年頃にオメガバースに改稿、さらに2026年に手直しした作品になります。読みにくいかもしれません。ご了承ください。
三人称ですが攻めだったり受けだったり視点がよくかわります。攻め視点多めです。