浮気な婚約者を忘れ、一夜の恋に僕を捧げる

金剛@キット

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66話 諸事情



 王太子殿下との話が終わると、さっそく僕が任されたエスカデール公爵領について、帳簿を見せてもらえるよう、ナシオに頼むと… 
 公爵領に関する資料や帳簿は、すべてエスカデール公爵邸に置いてあると言われた。 


「え? 公爵邸が別にあるの?!」
「もちろんあるさ。 言ってなかったか?」

「聞いてないよ! でもナシオは王宮のこの離宮に住んでいるのに?」
 もう、ナシオってば、また言葉がたりないよ。

「はははっ… いや、ジェレミーと会うまでは半々で行き来していたんだ」

 国王陛下や王太子殿下、そして王国の中枢ちゅうすうをになう大臣たちと、今までは軍事の面で協議し合うことが多かった。
 そして話し合いが白熱すると深夜まで及ぶこともあり、そんな時にナシオはこの離宮を利用していた。

 僕と出会った夜も、王太子殿下に不良火薬の捜査状況を報告しに来て、ついでに戦時中の部下だった人たちの顔を見に、王宮舞踏会に参加して偶然、僕を見つけたらしい。


「そうなの?! 忙しいナシオらしいなぁ…」
 そう言えば、僕と暮らすようになってから、家でゆっくりと休憩するのを見たことがない。 
 僕と一緒に食事して、眠って、軍服に着替えて急いで出て行って、晩餐ばんさんまでに帰って来るという毎日だった。

「半々と言っても、軍本部で寝泊まりすることが多かったし、実際はたまに公爵邸へ寝に帰るだけで、暮していたとはとても言えない。 どちらにしてもジェレミーは、王宮で暮らす方が便利だろう?」

「それは… そうかも?」
 確かに… ケガをして歩けない僕には、頼めばすぐに来てくれる王宮医の先生が近くにいるのは心強い。

「それに、王宮ココの方がジェレミーを守りやすい」
「ああ、保安上の理由!」

「それが一番の理由だ。 今はまだオレの周囲はごたついていているし、戦後まもなく王都の治安も悪い。 オレはやることが多くて、ジェレミーの側にいられないから… だけど、いずれは公爵邸に移るつもりだ。 そのつもりでいてくれ」

 いずれとはナシオが王位継承権を放棄した後のこと。

「うん。 僕はナシオの都合の良い方で良いよ」
 公爵邸に移ればもっと両親や弟と気軽に会えるはず。 でもナシオの言う通り、安全が一番だ。 

 マウリシオに誘拐された時のように、みんなに心配をかけたくない。

「ふふっ… オレもジェレミーが安全ならどっちでも良い」
「ふふふっ… ありがとうナシオ」
 

 翌日には僕用の書斎が用意され、公爵邸から運んだ領地に関する帳簿や資料が、整然と並べられた。


◇  ◇  ◇  ◇




 その夜、ナシオとベッドに入り長い腕の中で、僕は王太子殿下を話題に出した。

「王太子殿下は… 幸せになれないのかなぁ?」

「…人それぞれ幸せの形は違うから… オレたちの物差しで、他人の幸せを測るのはやめた方が良い」

「うん、でも殿下は優しくて良い人だから… 幸せになってほしいよね?」
 眠りにつく前の心地よい時間を、愛するナシオと過せることがあまりにも幸せで… 僕はそんなことを考えた。

「はははっ… エルナンドを優しいと言うのは、ジェレミーぐらいだよ」
「え?! でも… 今日、お会いした時も殿下はすごく優しかったでしょう?」
「あれはジェレミーが相手だったからさ。 他の人間にはあんな穏やかな態度はとらない」
「えええええ~っ! 信じられいないよ」

「だからオレは腹黒王太子を押し退けて、国王になる気になれないのさ」

 ナシオはブルブルッ… とコミカルな表情で身体を震わせる。
 そう言いながらナシオはいつも王太子殿下を高く評価していると、周囲にくりかえし発言している。

 思わずクスクスと笑った。


「なぁ、ジェレミー… あまりエルナンドに関わらないようにしてやれ」

「え、何で?」
 もちろん僕から殿下に関わろうとは思わない。 だってナシオという伴侶がいるし… 接点も無い。

「確証はないけど… エルナンドはアルベルトに惚れていたように思えるんだ」

「はっ?! アルベルト兄様に?!」
 …でもアルファだよ?! フェロモンも関係無いし…… ああ、でも妃殿下もアルファだった。 いや、でも妃殿下は女性だし…?  そう言ったら、僕も男だし? んんん……?
 …それも、ありえなくないか?

 僕が考え込んでしまうと、あわててナシオが補足した。

「いや、だから確証はない。 エルナンドのことは子供の頃から知っているから、アルベルトと一緒の時の態度が違うと… オレのかんでそう思っただけなんだ」

 でもナシオのかんは、良く当たる。

「アルベルト兄様にそんな話、聞いたことないよ?」

「あのアルベルトが、そんな軽はずみなことを口に出すと思うか? それにアルベルトがエルナンドの気持ちを知っていたかもわからない」

「ああ…」
 兄様が気づかないまま殿下の片思いだった可能性もあると…?

「いつも一緒にいたダミアンや、アクセルの方がオレよりも知っていたかも知れないが… アルベルトが亡くなった今は、そっと沈めておいた方が良い」

「つまり… ええっとぉ… ナシオが言いたいのは、僕が殿下に関わると……」 

「エルナンドは… ジェレミーがアルベルトに、良く似ていると言っていただろう? オレもそう思う。 性格もダミアンよりも似ているし」

 どれだけ似ていても僕はアルベルト兄様ではないから、殿下を刺激するようなことはしない方が良い。 だから『そっと沈めておく』…だ。
 
「ナシオの言いたいことが、何となくわかった気がする」
「あくまでも、オレの推測すいそくだから… 誰にも話さないでくれ」

「うん、ココだけの話にする」
 軍本部で初めて会った時も、殿下はすごく優しかった。 …そして僕を見つめる殿下は寂しそうに見えた。

『君はアルベルトとダミアンによく似ているね…』


 僕につがいのナシオがいなければ、殿下の愛妾という未来もあったかもしれない。

 ナシオの言う通り推測すいそくの域を出ない話だけど。




※次回が最終話となります。

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