8 / 80
7話 父と長男 アーヴィside
書斎のドアをノックし、アーヴィが中へ入るとオエスチ侯爵イーダは書斎の机で書類にサインをしていた。
「父上、お話があります」
「アーヴィか… 私からもあるぞ」
侯爵は顔を上げ息子の顔を見上げ、ニヤニヤと笑う。
「ズイブンご機嫌ですね… 何か良いコトでもありましたか?」
「エスケルダの土地を全部買い取ることになったのだ」
こうなるコトを予想していた侯爵は土地に関する契約書を用意していた。
その契約書に数時間前、エスケルダにサインさせ、今はトントンと動かす指の下に重ねてある。
「全部? 確か結婚の持参金代わりに譲られるという話ではありませんでしたか?」
「こちらから婚約を解消する代わりに土地を私が全部買い取る契約を結んだのだ」
<だからニヤニヤ機嫌よく笑っていたのだ>
アーヴィは嫌そうな顔をする。
「ソレは良かったですね、父上はずっと隣の土地を欲しがっていましたよね」
嫌味のつもりでアーヴィは言ったのだが侯爵には通じなかった。
「ああ、安く手に入って良かったよ」
嬉しそうに満面の笑みを浮かべる父イーダ。
「安くですか…」
アーヴィの顔に父への軽蔑が浮かぶ。
「ああ! そうだ」
隣人の不幸を喜んでいるように見える父が理解できず、アーヴィは気持ち悪かった
「それよりも先日買った青毛の馬がエスケルダから盗まれた馬だとご存じでしたか?」
「何だと?!」
侯爵のニヤニヤ笑いが引き、目を剥く。
「西方騎士団の騎士が強盗団と繋がっているという話も聞きました」
「そんな話、誰にきいたのだ?!」
「オレの元婚約者にですよ」
冷笑するアーヴィ。
「エスケルダのオメガか?!」
「馬を売りに来た馬主が強盗団の1人なのではありませんか? だとすると口利きをした騎士団長も仲間かも知れない」
侯爵の顔色を見ながら淡々と話すアーヴィ。
「そんな馬鹿な! 騎士団長のオンテンは私の学園時代からの友人だ、そんな奴ではない!!」
「ですが間違いなく馬はエスケルダのものです」
「まあいい、オンテンに馬主に付いて尋ねてみる… たかが馬で強盗団に関わりを持つようなコトになったらオエスチ侯爵家の名に傷がつくからな!!」
侯爵はイライラと机を叩き。
「ですから明日、馬はエスケルダ家に返します」
「何故だ? あれは金を払ってウチが買ったものだ、なぜ返さなければならない?」
父イーダは机を打ち鳴らすのを止めて、指を組み両腕を机の上に置くと、物わかりの悪い子供に世の中の道理を教え導こうとするような顔をする。
「ですが、盗まれた馬なのは間違いありませんから!」
「あの馬が、エスケルダのモノだという確かな証拠はあるのか? 無いだろう?」
「ですが…父上!!」
「話は終わりだ!」
面倒そうに話を切り上げる父イーダに、アーヴィは憤りを感じ、握り締めた拳をブルブル震わせる。
ヴィトーリアが号泣するのを宥め諭すエスケルダ家の当主の姿が脳裏を過ぎる。
『オエスチ侯爵は一度手に入れたモノを、簡単に手放すような人ではないのだよ』
大きな紺青色の瞳から溢れる涙に、魂を引き絞るような鳴き声に… アーヴィはそれまでの怒りを忘れて胸が痛んだ。
何か一つぐらい、彼に取り戻してやりたいと思うほどに…
<一夜で大切なモノを失った人たちから、更に何かを奪おうとする非道な人間がいる… その恥ずべき人間が自分の父親だと思うとこんなに辛いコトは無い…>
恥ずべき父の行いを、一番近くにいる息子のアーヴィが止めるコトの出来ないもどかしさが、大きな無力感となり襲い掛かる。
子供から大人になる一番大切な時期に、醜悪な父から離れ王都の学園で過ごせたのはアーヴィにとって何よりも幸運だった。
「父上、学園で紹介された隣国の騎士がオレに剣技の指導をしてくれるというので、1年ほど隣国へ修行しに行きたいのですが?」
アーヴィは侯爵をジッと無表情で見つめる。
「隣国だと? 我が国でも強い騎士はいくらでもいるではないか、何もそんなに遠くまで行かなくても…」
予想通り難色を示し、アーヴィの決意を曲げさせようとする父イーダ。
「ですが、何度手合わせしても勝てませんでした… 我が国では強い騎士ほど弟子を取りたがりませんし、このような機会は滅多に無いコトですから、学園側もオレに引き合わせてくれたのでしょう…」
「…金と時間をかけてソコまでやる必要があるのか? お前は将来、侯爵になるのだし」
「今のままでは王立騎士団には入れませんから… 我が国の辺境に位置するオエスチ侯爵家を継ぐなら、武勇を示し名を上げれば、王都の大貴族たちに西の田舎者とバカにされるコトも無くなるのではありませんか?」
ただの騎士ではなく、王立騎士団の騎士と言えば、侯爵の虚栄心と欲望を刺激できるとアーヴィは知っていた。
「良いだろう、好きにしろ!」
「ありがとうございます」
渋々アーヴィの願いに応じた父イーダに頭を下げて書斎を出る。
学園を卒業した後、将来爵位を継承した時の為に領地経営を父から学ぼうとしばらく家にいたが、このまま父と共に暮らすのはアーヴィには耐えられなかった。
あなたにおすすめの小説
愛され少年と嫌われ少年
透
BL
美しい容姿と高い魔力を持ち、誰からも愛される公爵令息のアシェル。アシェルは王子の不興を買ったことで、「顔を焼く」という重い刑罰を受けることになってしまった。
顔を焼かれる苦痛と恐怖に絶叫した次の瞬間、アシェルはまったく別の場所で別人になっていた。それは同じクラスの少年、顔に大きな痣がある、醜い嫌われ者のノクスだった。
元に戻る方法はわからない。戻れたとしても焼かれた顔は醜い。さらにアシェルはノクスになったことで、自分が顔しか愛されていなかった現実を知ってしまう…。
【嫌われ少年の幼馴染(騎士団所属)×愛され少年】
※本作はムーンライトノベルズでも公開しています。
魔性の男
makase
BL
俺はとにかくモテる。学生の頃から、社会人になった今でも、異性問わずにモテてしまう。
最近、さえない同性の先輩に好意を持たれている。いつものことだろう。いい人だから、傷つけたくはないな。
そう、思っていた。
[BL]憧れだった初恋相手と偶然再会したら、速攻で抱かれてしまった
ざびえる
BL
エリートリーマン×平凡リーマン
モデル事務所で
メンズモデルのマネージャーをしている牧野 亮(まきの りょう) 25才
中学時代の初恋相手
高瀬 優璃 (たかせ ゆうり)が
突然現れ、再会した初日に強引に抱かれてしまう。
昔、優璃に嫌われていたとばかり思っていた亮は優璃の本当の気持ちに気付いていき…
夏にピッタリな青春ラブストーリー💕
俺は夜、社長の猫になる
衣草 薫
BL
冤罪で職を追われた葵は、若き社長・鷹宮に拾われる。
ただし条件は――夜は“猫”として過ごすこと。
言葉を話さず、ただ撫でられるだけの奇妙な同居生活。
タワマン高層階の部屋で、葵は距離を崩さない鷹宮に少しずつ惹かれていく。
けれど葵はまだ知らない。自分が拾われた本当の理由を。
【完結】ただのADだった僕が俳優になった話
Toys
BL
《元ADの新人俳優×事務所のトップ俳優》
ADのアルバイトをしている彼方は、突然映画に出演する事になった。
そこから俳優としての道を歩み始めるが、まさかの事件に巻き込まれ殺されかける。
心に傷を負った彼方を、事務所の先輩である響が助け、守ってくれる。
犯人が捕まるまでの不安な日々を、響の過保護なまでの愛が埋めていく。
しかし所属事務所のトップ俳優の隣に立つために自分を磨く彼方は、次々と予期せぬ事に巻き込まれる。
芝居に恋に事件にと180℃違った人生を歩むことになった彼方。
事件を乗り越えた先、二人が辿り着くハッピーエンドとはーー。
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。