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16話 婚約者
しおりを挟む身体が大きいから、食事の量も人の倍は食べるのだろう、パダムは結局3人分をペロリと平らげた。
満足そうにパダムは最後の一口を飲み干し、ワインが入っていたゴブレットを空になった木製の器の横に置く。
「ふうう~っ! 生き返った…」
実感の籠った言葉であり、アイルにとってはご褒美のような言葉だった。
「さぁ聞かせてもらおうか? 君のコトを… なぜ、結婚できないのかを」
アイルはパダムが食事中に、隣室から運び込んだ椅子に座る。
パダムの部屋の家具はほとんど、パダムが暴れたせいで壊れているからだ。
「妹ミニャックが未婚で出産し、私はその姉ですから… 妹と同様にふしだらな女だと婚約者のクラン公爵家長男マニス様に言われたのです」
アイルの話を聞き目を剥くパダム。
「クラン公爵家のマニス! あの腰抜けの若造か!!」
「マニス様をご存知なのですか?!」
「アイツは魔獣退治を前に大言壮語を吐いておいて、いざ魔獣を前にすると、子供のように逃げ惑い、他の騎士たちの足手まといになり、我々がどれだけ迷惑を被ったコトか!!」
パダムが魔獣に傷を負わされたのも、マニスが原因だった。
「そんなコトが… あの方の魔力はとても強いと聞きましたが」
「学園ではそうかも知れないが、実際の戦いでは、臆病風に吹かれたのさ! だが、あんな奴の戯言で君が結婚できないのはオカシイ!!」
「いいえ、先方は大貴族ですから、彼らがひと言貴族社会で愚痴を零せば、私のような者はスグに弾き出されてしまいます」
「確かに、ソレは厄介だな… 君も私もクラン公爵家の意のままというワケか!」
「パダム様が…?」
「ああ… マニスの妹ブラヌが、私の婚約者だからだ」
苦しそうに零すパダムに、アイルは息を呑む。
<ブラヌ様… 何度か会ったコトがある、とても静かで、穏やかな人>
マニスと結婚すれば義理の姉妹になるのだからと、ブラヌの方が年下だったが、内気なアイルに仲良くしようと心を砕いてくれた、優しい少女。
「…婚約者ですか?」
アイルの心臓は胸の中で、ドクドクと壊れそうな程、暴れ出す。
「ああ」
成熟した大人の男性であるパダムならば、当然のコトである。
<…結婚していないコトは、お兄様に聞いて知っていたけれど>
婚約者の有無については、アイルはすっかり失念していた。
<だから結婚できないと… 私はソレで良くても、ブラヌ様にとってはそう簡単なコトではない、自分の夫となる人が他の女性を妻のように抱いているとなれば…>
ヂクヂクと痛む胸を、アイルは無意識で押さえる。
少し前までの幸福感がウソのように引き、アイルは自分を大罪人のように感じてしまう。
「申し訳ありません…!」
青ざめた顔でアイルは椅子から下り、床に跪いて頭を下げる。
<私は勝手に思い込んでいたけれど、パダム様がお優しいのは… 私への気遣いからではなく、婚約者のブラヌ様への裏切りを気にしておられたのだ!!>
「申し訳ありません… パダム様のお心も知らず、申し訳ありません…!」
<私は何て思い違いをしていたのだろう!!>
涙が溢れ、ポタポタと床に落ちる。
<パダム様に婚約者を裏切らせて、喜んでいたなんて!! 私は… 私は…!!>
「何故、君が謝るのだ? アイル、顔を上げてくれ!」
パダムはアイルの前に跪いて、肩を掴む。
「どうか、ご容赦を!! …私は喜んでいたのです、アナタのお役に立てたと… ですが!!」
アイルは恥ずかしくて、顔を上げられなかった
「悪いのは私だアイル! 君は私を救った聖女だ、何も恥じることは無いのだ!!」
「いいえ! いいえ!」
「婚約など私が望んだコトではない! 父が勝手に私を引き留めたくて決めたコトなのだ!!今は迷惑しているぐらいだ!!」
「ですが… パダム様」
涙声で床に額を摺り付けるように、頭を下げたままのアイルを、パダムは強引に引き起こし、膝の上に乗せて抱きしめる。
「アイル… 頼むから謝るな… 君は私にとって、ただ一人の聖女だ!! 謝るな! 謝るな!!」
涙を流すアイルを宥めようとする、パダムの声は苦痛で震えていた。
「頼む… アイル、謝るな! 君は何も悪く無いのだから、悪いのは私だ、私なのだ!!」
「パダム様… パダム様…」
パダムにどれだけ宥められても、アイルには溢れる涙を止めるコトは出来なかった。
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