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36話 戦場2
しおりを挟む捕まえた手を放さず、険しい表情のまま、アイルの腰を引き寄せ、パダムは自分の膝に乗せた。
周りの騎士たちの視線など一切気にせず、パダムは耳や頬にキスをしながらアイルを責める。
「ココは本当に危ないのだ! 夜になればオークの群れがやって来る、なぜ来たんだアイル!!」
深紅の美しい瞳でジロリと睨まれ、アイルはしょんぼりとする。
「申し訳ありません… パダム様、どうかお気を静めてください」
自分が歓迎されるとは、アイルも思っていなかったが、やはり面と向かって言われると、落ち込むのだ。
「アイル! 王都に帰るんだ」
責めながらも、アイルの首筋に吸い付くパダムに、若い騎士が生意気にも口を挟む。
「アイル様にとって… 一番危険なのはパナス・ダラム様、ご自身ではありませんか?」
可笑しそうに、揶揄いを含んではいるが、けして若い騎士からは、悪意を感じない。
「まぁっ… ハンガット様!」
真赤になってアイルは、背後に座る若い騎士を睨む。
「何だと、ハンガット?」
ムスッとしながら、パダムは若い騎士を睨んだ。
「誰がどう見ても、今はアイル様の貞操の危機ではないかと、思うのですが?」
ニヤニヤと笑うハンガットの顔には、戦いで負った切り傷が幾つも付いていた。
「そうなのか? アイル」
心配そうにアイルを、見つめるパダム。
「パダム様、睡眠を妨げて申し訳ありません… 平気そうに見えて、とても疲れていらっしゃいますよね?」
手に持った布で、丁寧にパダムの顔や首を拭き、アイルは膝から下りようとするが… ガッチリと細い腰に回った手が外れない。
「ダメだ! 君は私が守る…」
本当に疲れているのだろう、子供のように言い張るパダムに、思わず笑みが零れるアイル。
「ありがとうございます、パダム様… でも今は眠って下さい」
「嫌だ!」
疲れと眠気で、パダムはマトモな判断が出来なくなっているようだ。
「ダメですよ、眠って下さい」
アイルは深紅の瞳が隠れるように、細い掌をそっと眼の上に置く。
目を隠した途端、パダムからスーッ…スーッ… と、寝息が聞こえて来た。
ホッと息をつき、アイルの腰に回った。長く逞しい腕を静かに外して、膝からゆっくりと下りる。
「お見事ですアイル様… いつもこの調子で、寝かしつけてくれたら、ありがたいのですが」
ヒソヒソと話すハンガットは、亡くなったアイルの妹ミニャックの婚約者だった青年だ。
「…パダム様は、眠らないのですか?」
眉をひそめて、アイルはヒソヒソと旧友に話を聞く。
「眠らないと言うか、戦いの最中でも交代で休憩を取るのですが、パナス・ダラム様は絶対に一区切りつくまで、休憩を取らないのです… だから皆、心配で…」
よく見るとハンガットの腕に傷があり、重傷者を優先して、治療師には見せていないのだと、アイルには窺われた。
「なるほど、ムチャをなされるのですね?」
話しながらハンガットの腕を取り、腰に下げた袋から清潔な布を出し、水筒の水で濡らすと血と汚れを拭い、アイル自身が集めた薬草と、神殿で貰った聖水を調合して作った軟膏を塗りこめる。
コレだけでも魔獣の呪毒で炎症を起こさず、苦痛に耐える為の、体力を奪われなくて済む。
「ええ… この方がココにいる騎士の中で、誰よりも強いのは分かるのですが、だからこそ失えない存在なのです…」
ハンガットは驚いた様子で、話しながら怪我をした腕を見る。
神殿の聖水の浄化作用のおかげで、痛みが消えたからだろう。
傷自体も薬草の効果で、治癒魔法ほどではないが、早く治るはずだ。
周りにいた騎士たちを見回し、アイルは少し大きめの怪我を、我慢している人を見つけると、ハンガットにしたのと同じ処置を次々と手際よくしてゆく。
きっと睡眠の質も上がる。
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