73 / 87
72話 孤児院の天使たち
しおりを挟む
いつも通り、朝食を自室のベッドで摂ったトルセールが、お昼前に家族用の居間に顔を出し…
午後からジェレンチ公爵家が援助している孤児院に行かないかと、アディは誘われた。
今夜はオエスチ侯爵家の晩餐会へ出席する予定だが、他家の令夫人たちのように…
身体を磨く時間。 念入りに化粧をする時間。 夜会に着るドレスを選ぶ時間。 髪を綺麗に整える時間、等々…
着飾るための準備の時間を、アディは何時間も必要としないため、トルセールの誘いを機嫌良く受け入れた。
(時間をかけても容姿は変わらないと、アディはオシャレに関して、拘らないようにしている)
修道院に隣接した孤児院を訪れると… わぁわぁと大騒ぎで、トルセールに纏わりつく小さな子供たちを、一人ずつ、元気だったか? と声をかけて抱きしめるトルセールの姿に、アディは亡くなった自分の母親の姿が重なり、感動を覚えた。
「あなたは本当に素晴らしい女性ですね!」
そんな平凡な言葉しか浮かばない自分が、恥かしかったけれど… アディはそうトルセールに、言わずにはいられなかった。
<これからはたくさん本を読んで、言葉の勉強をすることにしよう!!>
密かにアディは心に決める。
泣きわめく乳飲み子を抱いて、困り果てていた若い修道女から、赤ん坊を受け取り、トルセールは上手にあやしながら、照れた様子でアディに微笑んだ。
「ここに来て小さな子供たちの世話をしているとね、身体の調子がとても良くなるの」
奇声を発して走り回る、次男のカンタールを眺めながら、トルセールはアディに語った。
トルセールの3人の子供たちも、乳母と一緒に遊びに来ていて、孤児院の子供たちと転げ回って遊んでいる。
この日ばかりは、服が泥だらけになっても、誰にも怒られないから、大喜びだ。
「身体の調子? どこか… 悪いのですか?」
眉をひそめて心配そうにアディがたずねると…
「ほら、オメガの発情期がね…」
「あ…!」
「3人目のコールを産んだ後… あの人と、愛人のことで喧嘩になって… それ以来、私が発情期になっても、私を罰するために、あの人… 私を抱かなくなってね…」
元夫の話をする時、トルセールの顔はどうしても寂しそうになる。
「トルセール…」
「私も彼の言いなりになるのが嫌だから、意地を張って、ずっと折れずにいたの… コールに母乳をあげているうちは、それでも良かったけど、その時期が終ると、少しずつ発情期が辛くなってね」
「何も… 何も知らなくて、ごめんなさい!」
<長兄の意地の悪さを、僕も知っていたはずなのに、トルセールだけは、兄も例外的に優しくしていると思い込んでいたから>
「良いのよ! もう、終わったことだから… 私が言いたかったのはね、こういう手のかかる小さな子の世話をしているうちに、発情期が止まってしまったのよ」
「え、発情期が?! そ… そんなことがあるの?」
「それどころか、母乳が少し出始めた時は本当に驚いたわ?!」
「えええ?! それって本当に大丈夫なの? 何かの悪い病気とかではない?」
「ふふふっ… 私もさすがに驚いて、王立医療院でオメガの専門医をしている、フェーブリ医師に診てもらったから大丈夫よ」
赤ん坊と触れ合うことで、母性本能を刺激され、トルセールの身体は、オメガホルモンの作用で次の子供を作るための発情期が抑えられ… 出産直後と同様に、目の前の子供を育てるのに適した、母親の身体へと変化したのだ。
「ふえええぇぇ―――っ…」
「おかげであの人と離婚する覚悟が出来たの… 親のいない子供たちの母親代わりをするだけで、発情期を抑えられて、抑制剤よりも良い効果が出るなんて、素敵な話でしょう?」
愛情深いトルセールだからこそ、起こせた奇跡だった。
「私はこの子たちに救われたのよ、だからアディにも、ここの天使たちに会わせたかったの」
腕の中で眠ってしまった赤ん坊の、可愛いピンクの頬にトルセールはキスを落とした。
午後からジェレンチ公爵家が援助している孤児院に行かないかと、アディは誘われた。
今夜はオエスチ侯爵家の晩餐会へ出席する予定だが、他家の令夫人たちのように…
身体を磨く時間。 念入りに化粧をする時間。 夜会に着るドレスを選ぶ時間。 髪を綺麗に整える時間、等々…
着飾るための準備の時間を、アディは何時間も必要としないため、トルセールの誘いを機嫌良く受け入れた。
(時間をかけても容姿は変わらないと、アディはオシャレに関して、拘らないようにしている)
修道院に隣接した孤児院を訪れると… わぁわぁと大騒ぎで、トルセールに纏わりつく小さな子供たちを、一人ずつ、元気だったか? と声をかけて抱きしめるトルセールの姿に、アディは亡くなった自分の母親の姿が重なり、感動を覚えた。
「あなたは本当に素晴らしい女性ですね!」
そんな平凡な言葉しか浮かばない自分が、恥かしかったけれど… アディはそうトルセールに、言わずにはいられなかった。
<これからはたくさん本を読んで、言葉の勉強をすることにしよう!!>
密かにアディは心に決める。
泣きわめく乳飲み子を抱いて、困り果てていた若い修道女から、赤ん坊を受け取り、トルセールは上手にあやしながら、照れた様子でアディに微笑んだ。
「ここに来て小さな子供たちの世話をしているとね、身体の調子がとても良くなるの」
奇声を発して走り回る、次男のカンタールを眺めながら、トルセールはアディに語った。
トルセールの3人の子供たちも、乳母と一緒に遊びに来ていて、孤児院の子供たちと転げ回って遊んでいる。
この日ばかりは、服が泥だらけになっても、誰にも怒られないから、大喜びだ。
「身体の調子? どこか… 悪いのですか?」
眉をひそめて心配そうにアディがたずねると…
「ほら、オメガの発情期がね…」
「あ…!」
「3人目のコールを産んだ後… あの人と、愛人のことで喧嘩になって… それ以来、私が発情期になっても、私を罰するために、あの人… 私を抱かなくなってね…」
元夫の話をする時、トルセールの顔はどうしても寂しそうになる。
「トルセール…」
「私も彼の言いなりになるのが嫌だから、意地を張って、ずっと折れずにいたの… コールに母乳をあげているうちは、それでも良かったけど、その時期が終ると、少しずつ発情期が辛くなってね」
「何も… 何も知らなくて、ごめんなさい!」
<長兄の意地の悪さを、僕も知っていたはずなのに、トルセールだけは、兄も例外的に優しくしていると思い込んでいたから>
「良いのよ! もう、終わったことだから… 私が言いたかったのはね、こういう手のかかる小さな子の世話をしているうちに、発情期が止まってしまったのよ」
「え、発情期が?! そ… そんなことがあるの?」
「それどころか、母乳が少し出始めた時は本当に驚いたわ?!」
「えええ?! それって本当に大丈夫なの? 何かの悪い病気とかではない?」
「ふふふっ… 私もさすがに驚いて、王立医療院でオメガの専門医をしている、フェーブリ医師に診てもらったから大丈夫よ」
赤ん坊と触れ合うことで、母性本能を刺激され、トルセールの身体は、オメガホルモンの作用で次の子供を作るための発情期が抑えられ… 出産直後と同様に、目の前の子供を育てるのに適した、母親の身体へと変化したのだ。
「ふえええぇぇ―――っ…」
「おかげであの人と離婚する覚悟が出来たの… 親のいない子供たちの母親代わりをするだけで、発情期を抑えられて、抑制剤よりも良い効果が出るなんて、素敵な話でしょう?」
愛情深いトルセールだからこそ、起こせた奇跡だった。
「私はこの子たちに救われたのよ、だからアディにも、ここの天使たちに会わせたかったの」
腕の中で眠ってしまった赤ん坊の、可愛いピンクの頬にトルセールはキスを落とした。
0
あなたにおすすめの小説
異世界にやってきたら氷の宰相様が毎日お手製の弁当を持たせてくれる
七瀬京
BL
異世界に召喚された大学生ルイは、この世界を救う「巫覡」として、力を失った宝珠を癒やす役目を与えられる。
だが、異界の食べ物を受けつけない身体に苦しみ、倒れてしまう。
そんな彼を救ったのは、“氷の宰相”と呼ばれる美貌の男・ルースア。
唯一ルイが食べられるのは、彼の手で作られた料理だけ――。
優しさに触れるたび、ルイの胸に芽生える感情は“感謝”か、それとも“恋”か。
穏やかな日々の中で、ふたりの距離は静かに溶け合っていく。
――心と身体を癒やす、年の差主従ファンタジーBL。
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
借金のカタで二十歳上の実業家に嫁いだΩ。鳥かごで一年過ごすだけの契約だったのに、氷の帝王と呼ばれた彼に激しく愛され、唯一無二の番になる
水凪しおん
BL
名家の次男として生まれたΩ(オメガ)の青年、藍沢伊織。彼はある日突然、家の負債の肩代わりとして、二十歳も年上のα(アルファ)である実業家、久遠征四郎の屋敷へと送られる。事実上の政略結婚。しかし伊織を待ち受けていたのは、愛のない契約だった。
「一年間、俺の『鳥』としてこの屋敷で静かに暮らせ。そうすれば君の家族は救おう」
過去に愛する番を亡くし心を凍てつかせた「氷の帝王」こと征四郎。伊織はただ美しい置物として鳥かごの中で生きることを強いられる。しかしその瞳の奥に宿る深い孤独に触れるうち、伊織の心には反発とは違う感情が芽生え始める。
ひたむきな優しさは、氷の心を溶かす陽だまりとなるか。
孤独なαと健気なΩが、偽りの契約から真実の愛を見出すまでの、切なくも美しいシンデレラストーリー。
【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】
古森きり
BL
【書籍化決定しました!】
詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります!
たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました!
アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。
政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。
男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。
自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。
行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。
冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。
カクヨムに書き溜め。
小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。
前世が教師だった少年は辺境で愛される
結衣可
BL
雪深い帝国北端の地で、傷つき行き倒れていた少年ミカを拾ったのは、寡黙な辺境伯ダリウスだった。妻を亡くし、幼い息子リアムと静かに暮らしていた彼は、ミカの知識と優しさに驚きつつも、次第にその穏やかな笑顔に心を癒されていく。
ミカは実は異世界からの転生者。前世の記憶を抱え、この世界でどう生きるべきか迷っていたが、リアムの教育係として過ごすうちに、“誰かに必要とされる”温もりを思い出していく。
雪の館で共に過ごす日々は、やがてお互いにとってかけがえのない時間となり、新しい日々へと続いていく――。
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
執着
紅林
BL
聖緋帝国の華族、瀬川凛は引っ込み思案で特に目立つこともない平凡な伯爵家の三男坊。だが、彼の婚約者は違った。帝室の血を引く高貴な公爵家の生まれであり帝国陸軍の将校として目覚しい活躍をしている男だった。
龍の無垢、狼の執心~跡取り美少年は侠客の愛を知らない〜
中岡 始
BL
「辰巳会の次期跡取りは、俺の息子――辰巳悠真や」
大阪を拠点とする巨大極道組織・辰巳会。その跡取りとして名を告げられたのは、一見するとただの天然ボンボンにしか見えない、超絶美貌の若き御曹司だった。
しかも、現役大学生である。
「え、あの子で大丈夫なんか……?」
幹部たちの不安をよそに、悠真は「ふわふわ天然」な言動を繰り返しながらも、確実に辰巳会を掌握していく。
――誰もが気づかないうちに。
専属護衛として選ばれたのは、寡黙な武闘派No.1・久我陣。
「命に代えても、お守りします」
そう誓った陣だったが、悠真の"ただの跡取り"とは思えない鋭さに次第に気づき始める。
そして辰巳会の跡目争いが激化する中、敵対組織・六波羅会が悠真の命を狙い、抗争の火種が燻り始める――
「僕、舐められるの得意やねん」
敵の思惑をすべて見透かし、逆に追い詰める悠真の冷徹な手腕。
その圧倒的な"跡取り"としての覚醒を、誰よりも近くで見届けた陣は、次第に自分の心が揺れ動くのを感じていた。
それは忠誠か、それとも――
そして、悠真自身もまた「陣の存在が自分にとって何なのか」を考え始める。
「僕、陣さんおらんと困る。それって、好きってことちゃう?」
最強の天然跡取り × 一途な忠誠心を貫く武闘派護衛。
極道の世界で交差する、戦いと策謀、そして"特別"な感情。
これは、跡取りが"覚醒"し、そして"恋を知る"物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる