56 / 178
54話 シルトの私室
しおりを挟むシルトの私室に入ると、リヒトは興味津々で部屋の中を見回した。
辺境伯の部屋にしては、装飾などの類はほとんど無くとても質素で… 並べてある家具も、貴族の持ち物と言うには、素朴過ぎるぐらい実用的なものばかりだった。
<ふふふっ… シルト様の匂いがする、何だか居心地が良いお部屋だなぁ>
ニコニコと微笑むリヒトの頬に、キスを落としシルトは眉尻を下げて困った顔をした。
「少しせまいが、我慢してくれ… もう少し広い部屋に移れるよう、明日手配するから」
次男のシルトが少年時代から、使っている部屋で… 当主である辺境伯が使う部屋は、現在は母のフォーゲルが使っていた。
先代当主が亡くなり悲しみに沈む母から、父との思い出が詰まる部屋を、取り上げることなど出来ず…
何よりシルト自身が、使い慣れた自分の部屋を出るのが面倒だったという、ずぼらな理由もあった。
「シルト様らしい良いお部屋で、私はとても好きです、旅の途中で泊まった宿屋や船室よりも、ずっと広いですし」
腰を引き寄せられ、リヒトは分厚いシルトの胸に手を置き… 間近から美丈夫の顔を見上げた。
「そうか…?」
キスがリヒトの小さな唇に、1つ落ちる。
「それよりも… 私が一緒ではシルト様のお立場が悪くなるのでは? お部屋の広さよりも、そちらの方が問題だと思います」
生真面目なリヒトの、お小言が始まった。
「…妻同然の恋人が一緒の部屋で、何が悪いんだ?」
少しだけ、シルトがすねた。
「でも… 重臣の皆様はナーデル様との結婚を望んでいると…」
跡継ぎ問題についてフォーゲルに聞いた話が、リヒトに重く伸し掛かり… 赤金色の瞳が不安そうに揺れ、シルトから視線を外した。
「私はナーデルが嫌いだ! あれの腹に自分の種をまくことなど、考えられない!」
「でも…」
玄関ホールで抱き合う2人は、まるで恋人同士に見えたのに…
晩餐の席でシルトがナーデルと睨み合う姿を、何度も見ていたリヒトは、戸惑っていた。
「お前は王太子に抱かれ、王太子の子を孕んだとしたら… その子を心から愛せるか?」
「私は性奴隷ですから… 子供は…」
「質問から逃げるな!」
シルトはじろりと、リヒトを睨んだ。
「ううっ… 出来ません!」
王太子とギフトが淫らに抱き合っている姿を目撃して以来、リヒトは質問と同じ内容の悩みを持ち、苦しんだ経験はそんなに昔のことではない。
奴隷でなければ、リヒトも即答していた。
「まぁお前には知る権利があるからな…」
心底、嫌そうな顔でシルトは、大まかにナーデルとの昔話を、リヒトに語った。
「跡継ぎを産むことだけが、妻の仕事ではありませんから… 有事の際は夫に代わり、家と領民を守ることも大事ですし、そこまで信頼関係が壊れていては、シルト様の言う通り、ナーデル様を妻には出来ませんね!」
怒りをふくんだ険しい表情で、リヒトはムッ… と、眉間にシワを寄せた。
まだまだ未熟なリヒト自身、あまり自覚は無かったが…
昔、シルトが愛した恋人だったと聞き、ふき出したナーデルへの嫉妬心が大きく作用し、リヒトの怒りを激しくしていた。
「今は私に飼い殺しにされ、自分の立場をどうにかしようと、躍起になっているが… 近いうちにカルト伯爵と話し合い、ナーデルを実家に戻すことにする」
リヒトにこれ以上は説教されないと分かり、シルトは、ホッ… と、頬をゆるめた。
すでにリヒトの尻に、敷かれ始めているシルトである。
「出過ぎたことを言ってしまい、申し訳ありませんでした… あっ?! シルト様…っ!!」
申し訳なさそうに謝るリヒトを抱き上げ、シルトはベッドへ転がすと…
フォーゲルが選んで着せた、リヒトの凛とした美しさを際立たせた服を手早く脱がせた。
「悪いなリヒト、宿屋からずっと我慢して来たから限界なんだ!」
転がされた時に乱れ、リヒトの目の上に被さった孔雀色の髪を… 太い指でシルトはそっと払いのけると、リヒトの唇を奪った。
「待って下さい! 明日は祭祀が…っ」
話の途中でリヒトは、唇を塞がれてしまう。
シルトの舌に口内を柔らかく撫でられ…
カッ… と、熱くなったリヒトは、夢中でシルトの愛撫に応えることしか出来なくなった。
「明日の為に、手加減はする」
唇を離し、シルトは腕に嵌めた抑制リングを、調整し始め… フワリとシルトから、アルファのフェロモンが立ち上る。
「・・・・・・」
欲望で濡れた瞳でリヒトは、無雑作に服を脱ぎ捨てるシルトを…
心奪われるように、うっとりと見上げた。
4
あなたにおすすめの小説
愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない
了承
BL
卒業パーティー。
皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。
青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。
皇子が目を向けた、その瞬間——。
「この瞬間だと思った。」
すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。
IFストーリーあり
誤字あれば報告お願いします!
番解除した僕等の末路【完結済・短編】
藍生らぱん
BL
都市伝説だと思っていた「運命の番」に出逢った。
番になって数日後、「番解除」された事を悟った。
「番解除」されたΩは、二度と他のαと番になることができない。
けれど余命宣告を受けていた僕にとっては都合が良かった。
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
殿下に婚約終了と言われたので城を出ようとしたら、何かおかしいんですが!?
krm
BL
「俺達の婚約は今日で終わりにする」
突然の婚約終了宣言。心がぐしゃぐしゃになった僕は、荷物を抱えて城を出る決意をした。
なのに、何故か殿下が追いかけてきて――いやいやいや、どういうこと!?
全力すれ違いラブコメファンタジーBL!
支部の企画投稿用に書いたショートショートです。前後編二話完結です。
お飾り王妃の死後~王の後悔~
ましゅぺちーの
恋愛
ウィルベルト王国の王レオンと王妃フランチェスカは白い結婚である。
王が愛するのは愛妾であるフレイアただ一人。
ウィルベルト王国では周知の事実だった。
しかしある日王妃フランチェスカが自ら命を絶ってしまう。
最後に王宛てに残された手紙を読み王は後悔に苛まれる。
小説家になろう様にも投稿しています。
嫌われ魔術師の俺は元夫への恋心を消去する
SKYTRICK
BL
旧題:恋愛感情抹消魔法で元夫への恋を消去する
☆11/28完結しました。
☆第11回BL小説大賞奨励賞受賞しました。ありがとうございます!
冷酷大元帥×元娼夫の忘れられた夫
——「また俺を好きになるって言ったのに、嘘つき」
元娼夫で現魔術師であるエディことサラは五年ぶりに祖国・ファルンに帰国した。しかし暫しの帰郷を味わう間も無く、直後、ファルン王国軍の大元帥であるロイ・オークランスの使者が元帥命令を掲げてサラの元へやってくる。
ロイ・オークランスの名を知らぬ者は世界でもそうそういない。魔族の血を引くロイは人間から畏怖を大いに集めながらも、大将として国防戦争に打ち勝ち、たった二十九歳で大元帥として全軍のトップに立っている。
その元帥命令の内容というのは、五年前に最愛の妻を亡くしたロイを、魔族への本能的な恐怖を感じないサラが慰めろというものだった。
ロイは妻であるリネ・オークランスを亡くし、悲しみに苛まれている。あまりの辛さで『奥様』に関する記憶すら忘却してしまったらしい。半ば強引にロイの元へ連れていかれるサラは、彼に己を『サラ』と名乗る。だが、
——「失せろ。お前のような娼夫など必要としていない」
噂通り冷酷なロイの口からは罵詈雑言が放たれた。ロイは穢らわしい娼夫を睨みつけ去ってしまう。使者らは最愛の妻を亡くしたロイを憐れむばかりで、まるでサラの様子を気にしていない。
誰も、サラこそが五年前に亡くなった『奥様』であり、最愛のその人であるとは気付いていないようだった。
しかし、最大の問題は元夫に存在を忘れられていることではない。
サラが未だにロイを愛しているという事実だ。
仕方なく、『恋愛感情抹消魔法』を己にかけることにするサラだが——……
☆お読みくださりありがとうございます。良ければ感想などいただけるとパワーになります!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる