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88話 ナーデルの心2 ナーデルside
しおりを挟むシルトと結婚の約束をしてから、1年以上過ぎていたが…
卒業以来、シルトは王都のナーデルに一度も会いに来たことが無かった。
<あの人は本当に、私と結婚をする気があるの?! いくら魔獣退治が忙しいからと言っても!!>
上級生たちの卒業祝賀パーティーで、ナーデルはパーティの手伝いを頼まれ、仕方なく礼装に身を包み参加した。
参加者はみな美しく着飾り、パーティに参加するオメガには、ナーデル以外の全員にエスコートする婚約者か恋人がいた。
結婚に対して自由度の高いアルファとは違い、オメガは早婚が好ましいというのが、一般的な貴族の常識である。
その為にほとんどのオメガは、20歳を過ぎる前に結婚し…
それ以降になると、社交界では "行き遅れ" 扱いになり、良縁は望めなくなるのだ。
そんな理由から、婚約者や恋人がいない、ナーデルのようなオメガは珍しい。
婚約者のいないナーデルはそれを理由に…
学園最後の卒業パーティーで、不幸にも相手がいないアルファの卒業生のために、予備のダンス・パートナーとして、教師たちに頼まれて参加した。
<これだから、嫌だったのに! 自分がみじめになる>
いくら嫌でも、ナーデルにはパーティの参加を断れない理由があった。
及第点を取れなかった魔法の実技試験を、パーティに参加すれば代わりに、追加試験無しで及第点をくれると言われ、教師と取引したのだ。
前の年の卒業パーティーではシルトがパートナーで、婚約者がいない身でも、何も恥じることは無かったのだが…
『オレは次男だから、家督は継げない… 出来るだけ、魔獣退治で手柄をたてないと、カルト伯爵家に相手にもされないだろう』
父カルト伯爵が亡くなったナーデルの婚約者ヴィントに、"軟弱な男に嫁がせることは出来ない" と言ったのを、シルトは気にしていたのだ。
2人の間の秘密の約束で、正式にはいまだ婚約はしていない。
それがナーデルには不安だった。
<本当にシルト様は、私を迎えに来てくれるのだろうか? ずっと待たされた末に、"行き遅れ" になったらどうしよう?!>
パートナーのいない冴えないアルファたちと、足を踏まれながら4回踊り、ナーデルはイライラと会場のすみで壁の花になっていると…
「君… 北方の出身ですか?」
北方では珍しくは無いが、王都では目を引く…
ナーデルの色白の肌に、腰までのサラサラとした銀の髪、青みがかったアメジストの瞳を見て、声をかけた者がいた。
声をかけられ、ダンスの申し込みか? とナーデルは渋々振り返り…
相手の顔を見て、アッ…! と驚く。
「・・・っ!」
ナーデルに声をかけた相手は、見覚えのある青銀色の髪に、空色の瞳をしていた。
「…違いましたか? これは失礼しました」
見るからにナーデルよりも年上で、成人しているように見える紳士然とした相手は… 苦笑し穏やかに謝罪した。
「い… いえ! 私は北方の出身です!」
相手を無言で、じろじろと不躾に見つめてしまっていたと気づき、ナーデルは慌ててお辞儀をした。
「初めまして… 私はシュナイエン辺境伯家の長男ゾネです、ええっと…?」
「ゾネ様?! あっ… 失礼しました! カルト伯爵家の次男ナーデルと申します、以後お見知り置きを!」
<持っている雰囲気は違うけれど、シルト様によく似ている… この方はシルト様のお兄様?!>
「ああ、やはりカルト伯爵家の御令息でしたか!」
騎士になるために、生まれて来たようなシルトとは違い…
ゾネは貴族的で、猛々しさなど微塵も感じさせない、スラリと背が高い細身のアルファだ。
この時ゾネは、他の婚約者候補に会いに来たのだが、すでに恋人がいたので帰ろうとしていた時に、ナーデルを見つけ声を掛けた。
順位は低いが、ナーデルもゾネの婚約者候補の1人だったからだ。
「一曲踊ってくれますか?」
細長い手をナーデルに差し出し、ゾネは優雅にお辞儀をすると、ダンスを申し込んだ。
夢見るようにゾネにうっとりと見惚れ、ナーデルは喜んで受け入れ、軽やかなダンスを楽しんだ。
<ああ… シルト様の振り回すような、強引なリードとは違って… ゾネ様のリードだとまるで蝶のように踊れる! 素敵! 素敵! 素敵!!>
この夜ゾネは、好きな詩人についてナーデルと語り合い、話に花が咲いたことを思い出し…
連絡用の幻鳥を使い、2人の素晴らしい出会いを祝い、美しい思い出を大切にしたいと、自作の詩を書きナーデルへ贈った。
青色の幻鳥で届いたゾネの詩を読み…
心が蕩けきったナーデルの瞳は、見つけたばかりの恋に溺れ、潤んでいた。
<ヴィント様を失って、もう2度と誰かに恋することは無いと思っていたけど… でも、ゾネ様が現れてすべてが変わった!! きっとこうなる運命だった!!>
何よりも…
ゾネと結婚し、将来辺境伯夫人になれば、大嫌いな父カルト伯爵よりも身分は上になる。
2度と父の言いなりにならなくて済むと思うと、ナーデルの胸の中で、ドンドン希望がふくらんでいった。
ナーデルの心から、シルトに関する思いが綺麗に消え…
ゾネへの思い、一色に染まった。
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