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第8篇 as long as you love me
第2話
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灼熱の砂漠の王国。
様々な国から持ち寄られた商品で賑わう市場、その大通りから外れた薄暗い路地には屋台も無く、ただ地面に布を広げただけの怪しい店が並ぶ。
その中の1つに、異様に真っ赤な布を敷いて商品を並べる老爺が居た。布の上を覗き込めば、そこに置いてあるのは古ぼけたランプがたったの1つ。
「うわ、見ろよあれ」
「え?…嘘でしょ、あれって…あれ?」
「ああ、魔人の魔法のランプだなありゃ。裏通りは声を大きくして言えない商品が並ぶ…」
昼間とはいえ薄暗い路地は治安が悪く、そこを通る人々の足も速い。
老爺の売っているランプを見た人は、眉根を寄せ嫌悪感すら浮かべてみせるが、それでもチラリチラリと吸い寄せられるようにその視線を寄越していく。
「魔人の魔法のランプなんて、私初めて見たわ…ねぇもうちょっと近くで見てきていい?」
「やめな!うっかり擦っちまったらどうすんだい!」
「…それもそうね」
〝魔人の魔法のランプ〟
それはこの王国に生きる全ての人が知っている存在。
大昔の偉大な魔法使いが作ったとか、神が地上に落とした異物だとか、その存在がいかにして誕生したのかは不明だが、確かに分かっている事が2つある。
1つ目はランプを擦ると中に封じられている魔人が現れ、魔法の力で主人の願いをなんでも3つだけ叶えてくれるというもの。
そして2つ目は願いの代償に、魔人は3つ目の願い事が叶った瞬間に主人の命を奪い去ってしまうという事。
ランプの魔人によって叶えられてきた数々の偉業は有名だが、同時に命を奪い去られた主人達の数々の非業の最期もこの王国ではあまりに有名だった。
誰かのものか、ランプを目にした人からごくりと生唾を飲み込む音がする。
なんでも叶う3つの願い。あまりに甘美な響きは人々の指先をそのつるりとした曲線へと誘う。
けれど、現在においてそのランプを擦ろうとする人間はもう居なかった。
「…ねぇ」
「…」
「ねぇ、おじいさんってば!」
「……いらっしゃい、何か用かい?」
誰もが視線を寄越しながら、けれど誰1人として近寄らなかった老爺の元へ、小さな影が落ちた。
ゆるゆると老爺が顔を上げれば、まだ幼さを残した面立ちの少女が1人立っていた。
「ねぇ、それって本当の魔人の魔法のランプ?」
「ああ、そうだよ」
「みんなが言ってるように、3つの願いが叶うって本当?」
「ああ、そうとも」
「じゃあ…お願い叶えたら死んじゃうって話も、本当?」
「そうさ」
「…」
少女がまじまじとランプを見つめる。
大きなきらきらとした瞳に、ランプの鈍い輝きが映り込む。
「ふーん…」
「まぁ、確かめる方法は1つだけだがね…」
老爺がひっひっと引き攣った笑い声をこぼす。
「…お嬢ちゃん、何かお願い事があるのかい?」
「う、うん…でも…叶いっこないんだ…」
少女の答えを聞いた老爺が突然、割れるような大きな笑い声をあげる。唾を飛ばし、目を見開いて、ケタケタとゲラゲラと笑う。
「ひゃはははは!!何をおかしな事を…!!ひっひっひっ!!そんな時こそ、このランプの魔人の出番じゃないのかね…!?」
豹変と言ってもいい老爺の笑い声に、少女は思わず腰を抜かして座り込む。
老爺は気にせずに真っ赤な布で覆って慎重にランプを掴み上げると、ずい!と少女の眼前にそのランプを掲げてみせる。
「古ぼけたランプを擦ってごらん!指先でそろっと!さぁすぐに!ランプの魔人が現れて、あんたの願いを叶えてくれる!」
叫ぶように、歌うように老爺の朗々とした声が路地に響き渡る。
「叶いっこない願いだって、あら不思議!たちまち全てが思いのまま…」
「…すべてが」
古ぼけて磨かれてもいないランプが路地に差し込む細い太陽光を弾いてギラリと光る。どこかぼうっとしたような面持ちで、少女の指先が吸い寄せられるように持ち上がる。
「ひっひっひっ…ただし、お気をつけ…死んだ人間を生き返らせる事だけは出来ないよ…」
遂に、少女の細い指先がこつりとランプに触れる。
しかしこの炎天下の中で触れたランプのそのあまりの冷たさに驚いた少女の肩が跳ね、指先が揺れる。上下に、ほんの、ほんの少しだけ。
──パアアァァァァンンン!!!
瞬間、爆発音が炸裂する。
閃光が走り、凄まじい勢いで煙が渦巻く。目も開けていられない衝撃に、少女はただ頭を抱え込んで蹲る。
やがて、キーンという耳鳴りを残して全ての音が消える。
薄っすらと少女が瞼を持ち上げれば、老爺の姿が無い。消えている、あの怪しげな屋台もどきも、あちこちで広げられていた筈の布も、まばらでも僅かにあった筈の人通りも。
ただ、不気味なほど静かな薄暗い路地だけがあった。
パチパチと少女は目を瞬かせる。
何度目かの瞬きの後、ふいに視界をあの布のような紅と金色が埋め尽くした。
いつの間に目の前に立ったのだろう。
夜の闇を思わせる真っ黒な髪と、浅黒い肌の美丈夫がニヤリと口角を上げて少女を見下ろす。
「やぁやぁ幼いご主人様!私はアッサム!ランプの魔人!我がランプを擦ったご主人様の、3つの願いを叶えよう!!」
様々な国から持ち寄られた商品で賑わう市場、その大通りから外れた薄暗い路地には屋台も無く、ただ地面に布を広げただけの怪しい店が並ぶ。
その中の1つに、異様に真っ赤な布を敷いて商品を並べる老爺が居た。布の上を覗き込めば、そこに置いてあるのは古ぼけたランプがたったの1つ。
「うわ、見ろよあれ」
「え?…嘘でしょ、あれって…あれ?」
「ああ、魔人の魔法のランプだなありゃ。裏通りは声を大きくして言えない商品が並ぶ…」
昼間とはいえ薄暗い路地は治安が悪く、そこを通る人々の足も速い。
老爺の売っているランプを見た人は、眉根を寄せ嫌悪感すら浮かべてみせるが、それでもチラリチラリと吸い寄せられるようにその視線を寄越していく。
「魔人の魔法のランプなんて、私初めて見たわ…ねぇもうちょっと近くで見てきていい?」
「やめな!うっかり擦っちまったらどうすんだい!」
「…それもそうね」
〝魔人の魔法のランプ〟
それはこの王国に生きる全ての人が知っている存在。
大昔の偉大な魔法使いが作ったとか、神が地上に落とした異物だとか、その存在がいかにして誕生したのかは不明だが、確かに分かっている事が2つある。
1つ目はランプを擦ると中に封じられている魔人が現れ、魔法の力で主人の願いをなんでも3つだけ叶えてくれるというもの。
そして2つ目は願いの代償に、魔人は3つ目の願い事が叶った瞬間に主人の命を奪い去ってしまうという事。
ランプの魔人によって叶えられてきた数々の偉業は有名だが、同時に命を奪い去られた主人達の数々の非業の最期もこの王国ではあまりに有名だった。
誰かのものか、ランプを目にした人からごくりと生唾を飲み込む音がする。
なんでも叶う3つの願い。あまりに甘美な響きは人々の指先をそのつるりとした曲線へと誘う。
けれど、現在においてそのランプを擦ろうとする人間はもう居なかった。
「…ねぇ」
「…」
「ねぇ、おじいさんってば!」
「……いらっしゃい、何か用かい?」
誰もが視線を寄越しながら、けれど誰1人として近寄らなかった老爺の元へ、小さな影が落ちた。
ゆるゆると老爺が顔を上げれば、まだ幼さを残した面立ちの少女が1人立っていた。
「ねぇ、それって本当の魔人の魔法のランプ?」
「ああ、そうだよ」
「みんなが言ってるように、3つの願いが叶うって本当?」
「ああ、そうとも」
「じゃあ…お願い叶えたら死んじゃうって話も、本当?」
「そうさ」
「…」
少女がまじまじとランプを見つめる。
大きなきらきらとした瞳に、ランプの鈍い輝きが映り込む。
「ふーん…」
「まぁ、確かめる方法は1つだけだがね…」
老爺がひっひっと引き攣った笑い声をこぼす。
「…お嬢ちゃん、何かお願い事があるのかい?」
「う、うん…でも…叶いっこないんだ…」
少女の答えを聞いた老爺が突然、割れるような大きな笑い声をあげる。唾を飛ばし、目を見開いて、ケタケタとゲラゲラと笑う。
「ひゃはははは!!何をおかしな事を…!!ひっひっひっ!!そんな時こそ、このランプの魔人の出番じゃないのかね…!?」
豹変と言ってもいい老爺の笑い声に、少女は思わず腰を抜かして座り込む。
老爺は気にせずに真っ赤な布で覆って慎重にランプを掴み上げると、ずい!と少女の眼前にそのランプを掲げてみせる。
「古ぼけたランプを擦ってごらん!指先でそろっと!さぁすぐに!ランプの魔人が現れて、あんたの願いを叶えてくれる!」
叫ぶように、歌うように老爺の朗々とした声が路地に響き渡る。
「叶いっこない願いだって、あら不思議!たちまち全てが思いのまま…」
「…すべてが」
古ぼけて磨かれてもいないランプが路地に差し込む細い太陽光を弾いてギラリと光る。どこかぼうっとしたような面持ちで、少女の指先が吸い寄せられるように持ち上がる。
「ひっひっひっ…ただし、お気をつけ…死んだ人間を生き返らせる事だけは出来ないよ…」
遂に、少女の細い指先がこつりとランプに触れる。
しかしこの炎天下の中で触れたランプのそのあまりの冷たさに驚いた少女の肩が跳ね、指先が揺れる。上下に、ほんの、ほんの少しだけ。
──パアアァァァァンンン!!!
瞬間、爆発音が炸裂する。
閃光が走り、凄まじい勢いで煙が渦巻く。目も開けていられない衝撃に、少女はただ頭を抱え込んで蹲る。
やがて、キーンという耳鳴りを残して全ての音が消える。
薄っすらと少女が瞼を持ち上げれば、老爺の姿が無い。消えている、あの怪しげな屋台もどきも、あちこちで広げられていた筈の布も、まばらでも僅かにあった筈の人通りも。
ただ、不気味なほど静かな薄暗い路地だけがあった。
パチパチと少女は目を瞬かせる。
何度目かの瞬きの後、ふいに視界をあの布のような紅と金色が埋め尽くした。
いつの間に目の前に立ったのだろう。
夜の闇を思わせる真っ黒な髪と、浅黒い肌の美丈夫がニヤリと口角を上げて少女を見下ろす。
「やぁやぁ幼いご主人様!私はアッサム!ランプの魔人!我がランプを擦ったご主人様の、3つの願いを叶えよう!!」
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