悪恋〜ヴィランに恋する乙女の短篇集〜

KUZUME

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第8篇 as long as you love me

第5話

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 「やぁやぁ、そこの道行くお兄ちゃん!是非うちの商品を見とってくれ!」
 「ほぉ、これは質の良い髪飾りだねぇ」
 「どうだい?後ろの可愛いお嬢ちゃんに!」
 「ふふふ、これなんて小さな紅玉が可愛い。うちの可愛い妹も喜ぶだろう」
 「おっと、兄妹だったかい。両親はどうした?2人だけかい?」
 「ああ、兄妹2人きりで旅をして回っているんだ。どうかな、うちの可愛いお姫様に免じて少しまけてくれないかい?」

 ガヤガヤと熱気が渦巻き、人々の陽気な空気で満ちるオアシス近くの街の市場通りにて、人間の姿でニコニコニコニコと人の良い笑顔で露天商の店主と話をするアッサムの斜め後ろでペコは鼻の頭に皺を寄せてブスくれていた。
 あの花畑をアッサムと2人旅立ってから、ペコは力の限り泣いたり喚いたり、果ては食事も睡眠も全てを拒否して全身でこの美丈夫、ランプの魔人のアッサムを拒絶してみたが何かが変わる事は何もなかった。
 むしろどうしても魔法の契約を途中で破棄、ではなく放棄したいという事なら手がなくもないが…と白状したアッサムにペコが詰め寄るも、放棄した際の契約違反料が更に耳を疑う内容の、現状悪化としか言いようがないものだったので流石にペコもこの話を続けることは諦めた。
 ペコがどれだけアッサムのことを拒絶しても、アッサムは意にも介さずにニコニコと笑顔を浮かべ四六時中話しかけてきた。ランプの中がいかに退屈か、豪邸に住んで贅沢をするでもなく旅をしてみるのも初めてだが案外楽しいなど、たわいも無い話をただつらつらと。ペコから相槌1つ返ってこなくとも。

 「う~む、よし!兄妹2人の旅だ!その麗しい兄妹愛にまけてやるよ!」
 「ありがとう」

 露天商の店主から受け取った小さな紅玉の付いた髪飾りを、アッサムがペコの髪に着けてやる。

 「…誰が妹よ」
 「そういう事にしときなさいよ。怪しまれて役人を呼ばれても嫌だろう?ペコ」
 「…どうもありがとう、アッサムお兄ちゃん」

 大分棘のある声がペコから溢れるも、アッサムはそれにも楽しそうに口角を上げる。
 そしてペコの耳へ顔を近づけると、するりとその輪郭を指で撫でてから囁く。

 「ペコ様、どうやらこの近くのオアシスが〝虹の雨が降る〟というオアシスらしいよ」



♦︎



 砂漠の只中、突如現れた緑のオアシスにペコは胸がほっと落ち着くのを感じる。
 あると知っていたとはいえ、砂漠の中で目にするオアシスの安堵感は許容し難いものがあった。

 「ここがお母さんの言っていたオアシス…」
 「みたいだねぇ。ほら、あれをご覧よ。ペコ」

 アッサムが指差す先に視線を遣れば、何故かオアシスの縁にそれは大きな象が居る。
 アッサムはなんて事ないように「象がいる」と告げているが、ペコは何故こんな所に象が!とぎょっと目を剥く。

 「えっ!?象!?なんで!?」
 「なんでだろうねぇ」
 「えっていうか襲ってきたり…!」

 パオォォォ…ン、と象が優雅にひと鳴きすると、ペコ達が居る方向へは目もくれずに長い鼻でオアシスの水を掬っては口へと運ぶ。

 「大丈夫みたいだねえ。あの子もただ水を飲んでいるだけだよ、きっと」
 「えええええ…」

 更にオアシスの淵に近づいて行こうとするアッサムとは対照的に、ぺこは尻込みをする。初めて見る象の大きさに、ペコはすっかり腰が引けていた。

 「…ん?」

 ペコを置いてオアシスのすぐ淵まで歩み寄ったアッサムが何かに気づいたように声をあげる。

 「おーい、ペコ!こっちに来てごらんよ!」
 「え、え~…私はここで…」
 「いいから、ほら!早く!」

 ──パチン!

 「ぐえぇっ!」

 アッサムが指先を1つ鳴らすと、ペコの体が何かに引っ張られているかのように突然強い力で引き寄せられる。
 転ける!と目をつむったペコだったが、次にペコに訪れた衝撃はぽすんという至極軽いものだった。
 そろり、目を開ける。
 目の前にはアッサムの上衣のドアップ。どうやらアッサムへ向けて引き寄せられ、アッサムに受け止めて貰ったらしい。
 げ、と思うのも束の間。ペコの視界にキラキラとした虹の雨が降る。

 「……!!」

 キラキラ、キラキラ。細かい水の粒が虹色に煌めいている。
 顔を上げれば、象がその鼻からオアシスの水でシャワーを振り撒いていた。

 「わ、わわわ…綺麗…!」
 「〝虹の雨が降る〟って、カラクリはこういう事だったか」
 「凄い凄い!わあ…!ねえ!見た!?凄い!」
 「そうだねえ、中々綺麗な景色だ」

 ペコは幻想的なその光景にはしゃぎながら、傍らのアッサムを振り仰ぐ。
 するとアッサムも上を見上げていた顔を下へ向け、ペコと目を合わす。
 キラキラと、アッサムの周りに虹が舞っている。瞳をじっと見れば、瞳にもキラキラとした虹と、アッサムと同じように頬を緩めるペコの顔が写っていた。
 なんだか恥ずかしくなったペコは未だ居たアッサムの腕の中から急いで出ると、ふん!と鼻を鳴らす。

 「ま、まだ旅は終わりじゃないよ!こうなったら、お母さんが私に話してくれたお父さんと回った所、全部行ってやるから!」
 「ああ、構わないよ!存外、中々楽しい願い事になりそうだからね」
 「…いつの日か貴方をギャフンと言わせたいわ」
 「それが願い事なら、どうぞ。最高のシチュエーション、舞台を整えてとびっきりのギャフン!を言ってあげるとも!」
 「い、いらないっ!願わないっ!」
 「そう?2つ目の願い事が決まったらいつでも言ってくれたまえよ」

 存分に虹の雨を楽しんだ2人はオアシスを後にする。
 ペコは、最後にもう一度だけそっと後ろを振り返った。
 オアシスの不思議な象は、変わらず長い鼻で水を振り撒いていた。
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