1 / 1
感謝しかない
しおりを挟む
今朝はあやうく寝坊するところだったが、スマホのアラームがちゃんと鳴ってくれたお蔭で予定どおり起きることができた。スマホには感謝しかない。
それ以前にベッドがあるお蔭で、僕は寝坊するほどに眠ることができている。ベッドにも感謝しかない。
もちろん寝るために必要なのはベッドだけじゃなかった。枕にも布団にも感謝しかない。シーツはもうところどころ破れかけてはいるけれど、破れないように頑張ってくれているのがわかるから、結局のところ感謝しかない。
羽毛布団からは頻繁に羽が飛び出してくるが感謝しかない。おかげで当初のふわふわ感はどこへやら、すっかりせんべい布団になってはいるが、それが布団である以上は感謝しかない。もう全然温かくなんかないが、ないよりはあったほうがいいに決まっているので感謝しかない。こんなに次から次へと羽が飛び出してくるということは、最初から不良品だったような気もしないでもないが感謝しかない。総じて鳥類には感謝しかない。
そうやってスマホに寝具に万物に感謝しまくっているうちに、すっかり通勤電車に乗り遅れて会社に遅刻した。部長には陳謝しかない。同僚にも部下にも課長にも社長にも陳謝しかない。ちなみに我が社には本社しかない。
打合せの約束をしていた取引先にも、普段ならば感謝しかないところだが、今日ばかりは陳謝しかない。
僕はさっそく営業車で取引先の店舗へと向かった。すでに約束の時刻からはだいぶ遅れている。先方には駐車場がないため、その付近をぐるぐると回って有料駐車場を探した。満車しかない。
そんなことをしているうちに、時間は容赦なく過ぎていった。さらに陳謝しかない。御社に陳謝しかない。
しばらく走りまわって、徒歩十分ほどの場所にようやく空きスペースのある駐車場を見つけた。感謝しかない。
そしていざ駐車場に入って周囲を見渡してみれば、なぜそこに空きがあったのかが立ちどころに判明した。ヤン車しかない。反社しかない。
僕はボンタンの裾をひきずるように車高を下げられたヤン車とヤン車のあいだのわずか一台分のスペースに、何度も細かく切り返しながら、極めて慎重に社用車をねじ込んだ。駐車しかない。
すでに三十分ほど遅れていたが、だからといって手ぶらで陳謝するわけにもいかない。幸い、店舗までの徒歩十分の道のりにはささやかな商店街があった。その中に、手頃な和菓子屋やケーキ屋でもあるといいのだが。僕は目を皿のようにして、一軒一軒の存在を確かめるように歩いた。パン屋しかない。
ならばパン屋でなるべくケーキっぽいパンを買うだけだ。だがすでに大半のパンは売り切れているようで、棚は一箇所を除いてすっからかんだった。パンダしかない。
仕方なくパンダの顔が描かれた菓子パンを購入し、取引先の店舗へと走る。途中、朝から何も口にしていないためか喉の渇きが限界に達し、このままでは陳謝の言葉もスムーズに出てこないのではと思い、ちょうど見つけた自販機の前でショーケース内のラインナップを見つめた。ファンタしかない。
そこで炭酸では飲むのに時間がかかってしまうと考えた僕は、すぐに次の自販機まで走り、再び眼前に並び立つペットボトル群を見つめた。番茶しかない。
僕はコインを投入し適当にボタンを押した。そして特に飲みたくもない番茶を急いで口に注ぐと、全力のラストスパートをかけて取引先の店舗へと飛び込んだ。それは大袈裟ではなく文字どおり、まさに飛び込むという具合だった。店舗の入口は自動ドアになっていたが、僕はそれが充分に開くのを待ちきれなかった。ガッシャーンしかない。
こうして僕はすっかり四十五分も遅刻したうえに、取引先の自動ドアまで破砕してしまったのであった。
ここまで来れば僕が求めることはただひとつ、恩赦しかない。そしたら今度こそ本当の本当に、感謝しかない。
それ以前にベッドがあるお蔭で、僕は寝坊するほどに眠ることができている。ベッドにも感謝しかない。
もちろん寝るために必要なのはベッドだけじゃなかった。枕にも布団にも感謝しかない。シーツはもうところどころ破れかけてはいるけれど、破れないように頑張ってくれているのがわかるから、結局のところ感謝しかない。
羽毛布団からは頻繁に羽が飛び出してくるが感謝しかない。おかげで当初のふわふわ感はどこへやら、すっかりせんべい布団になってはいるが、それが布団である以上は感謝しかない。もう全然温かくなんかないが、ないよりはあったほうがいいに決まっているので感謝しかない。こんなに次から次へと羽が飛び出してくるということは、最初から不良品だったような気もしないでもないが感謝しかない。総じて鳥類には感謝しかない。
そうやってスマホに寝具に万物に感謝しまくっているうちに、すっかり通勤電車に乗り遅れて会社に遅刻した。部長には陳謝しかない。同僚にも部下にも課長にも社長にも陳謝しかない。ちなみに我が社には本社しかない。
打合せの約束をしていた取引先にも、普段ならば感謝しかないところだが、今日ばかりは陳謝しかない。
僕はさっそく営業車で取引先の店舗へと向かった。すでに約束の時刻からはだいぶ遅れている。先方には駐車場がないため、その付近をぐるぐると回って有料駐車場を探した。満車しかない。
そんなことをしているうちに、時間は容赦なく過ぎていった。さらに陳謝しかない。御社に陳謝しかない。
しばらく走りまわって、徒歩十分ほどの場所にようやく空きスペースのある駐車場を見つけた。感謝しかない。
そしていざ駐車場に入って周囲を見渡してみれば、なぜそこに空きがあったのかが立ちどころに判明した。ヤン車しかない。反社しかない。
僕はボンタンの裾をひきずるように車高を下げられたヤン車とヤン車のあいだのわずか一台分のスペースに、何度も細かく切り返しながら、極めて慎重に社用車をねじ込んだ。駐車しかない。
すでに三十分ほど遅れていたが、だからといって手ぶらで陳謝するわけにもいかない。幸い、店舗までの徒歩十分の道のりにはささやかな商店街があった。その中に、手頃な和菓子屋やケーキ屋でもあるといいのだが。僕は目を皿のようにして、一軒一軒の存在を確かめるように歩いた。パン屋しかない。
ならばパン屋でなるべくケーキっぽいパンを買うだけだ。だがすでに大半のパンは売り切れているようで、棚は一箇所を除いてすっからかんだった。パンダしかない。
仕方なくパンダの顔が描かれた菓子パンを購入し、取引先の店舗へと走る。途中、朝から何も口にしていないためか喉の渇きが限界に達し、このままでは陳謝の言葉もスムーズに出てこないのではと思い、ちょうど見つけた自販機の前でショーケース内のラインナップを見つめた。ファンタしかない。
そこで炭酸では飲むのに時間がかかってしまうと考えた僕は、すぐに次の自販機まで走り、再び眼前に並び立つペットボトル群を見つめた。番茶しかない。
僕はコインを投入し適当にボタンを押した。そして特に飲みたくもない番茶を急いで口に注ぐと、全力のラストスパートをかけて取引先の店舗へと飛び込んだ。それは大袈裟ではなく文字どおり、まさに飛び込むという具合だった。店舗の入口は自動ドアになっていたが、僕はそれが充分に開くのを待ちきれなかった。ガッシャーンしかない。
こうして僕はすっかり四十五分も遅刻したうえに、取引先の自動ドアまで破砕してしまったのであった。
ここまで来れば僕が求めることはただひとつ、恩赦しかない。そしたら今度こそ本当の本当に、感謝しかない。
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
母の下着 タンスと洗濯籠の秘密
MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。
颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。
物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。
しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。
センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。
これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。
邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ
零
BL
鍛えられた肉体、高潔な魂――
それは選ばれし“供物”の条件。
山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。
見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。
誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。
心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。
サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします
二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位!
※この物語はフィクションです
流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。
当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる