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第2章 暗闇の中の光

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 部屋に戻ると、予想よりもかなり早く帰ってきた部屋の主に侍女たちが面食らったような顔をした。彼女たちは体裁を整えるが一歩遅かった。ミリアーナはしっかりと彼女たちが椅子に座りサボっているところを見てしまった。
 はぁ……。思わずため息をついた。
 それを聞いた侍女の一人がびくりと肩を震わせる。そんなに臆病者なら、そんなことやらなければいいのに……。

「まぁ、いいわ。この資料を持ってきて」

 さらさらとメモを書くと、先ほど怯えた少女に渡し、この場から離れる許可を与える。少女はこれ幸いと部屋から出て行った。

「私はしばらく寝室にいるから、中に控えていなくてもいいです」

 残っている侍女たちに告げる。

「ですが……」

「いいの。ひとりにさせて」

 ミリアーナが再度言うと、二人はしぶしぶ部屋を後にした。

 部屋の端から箱を取ってきて、ベッドに腰掛けた。
 シンプルな木の箱の中には、簡易な治療セットが入っている。
 箱を開け上の方にしまっているものをどけて目当てのものを探す。

「あった」
 
 箱の中から三種類の薬草と、包帯、乳鉢を取り出した。
 取り出した薬草を手際よく混ぜていく。慣れ親しんだ作業は特に意識することなく行うことが出来る。

 こんな早く使うつもりなかったのにな……。

 この城にミリアーナの味方なんていないから、いざという時のために用意していた薬草たちだ。用意はしていたけれど、使う必要なんてなければいい、そう思っていた。その願いはたったふた月かそこらで砕け散ってしまった。
 自分ひとり分の薬はすぐに混ぜ終わる。それを身体に塗ると包帯で固定した。ひやりとした感触に思わず体を縮めた。
 


 傷の手当てが終わったころ、ノック音が響いた。

「いいよ。入って」

 許可の声をかけると三冊の本を抱えながら侍女が入ってきた。

「ありがとう」

 感謝の言葉を伝えるが、彼女は気まずそうに視線を動かしただけで、本をミリアーナに渡すとそそくさと出て行ってしまった。
 ソファに腰を掛け、本を開く。大雑把に目を通しながらページをめくっていく。

「あった」

 先ほどの男の名前の妻らしき人物の名前を見つけた。
 指でなぞるように、処罰方法と原因をたどっていく。
 明らかに罪状に対して、処罰方法がきつすぎる。彼の様子からすると罪が事実かどうかさえ疑わしい。
 思わず息を吐いて、天井眺めた。



 ねぇ、フレア。心の傷を甘く見てはいけないよ。身体の傷は時間とともに治っていくけど、心の痛みは放っておくと、広がっていって、その人を破壊する。
 だから、身体の痛み以上に慎重に取り扱わなきゃいけない。可能ならば、できる限り早く吐き出させてあげないといけないよ。



 すっと、クレアスの教えが湧いて出た。
 たった数年ではあったが、ミリアーナは確かにクレアスの子供であり医者見習いだった。だから彼の教えを無視しづらいものがある。
 国王夫妻も皇太子も王女ももう亡くなってしまった。もう彼らの叫びは私が受け止めるほかない。じゃないと、彼らの悲鳴は行き場をなくし、彼ら自身を殺してしまう。
 ミリアーナはちらりと手元の書類を見た。
 数年間にしては多すぎる罪人の数。この内どのくらいが冤罪だったのだろう。そして王家に怨みを持つ者はこの程度ではないだろう。
 ふぅ、と思わずため息をつく。
 彼らの怨みを受け止める。この決断はいばらの道へと続くのだろう。
 ミリアーナは目をつぶり、もう一度大きく息を吐いた。


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